第26話 正義に似た鉄槌
「親や親戚に借りても、借金しても300万は貰う。今から借用書を書いてやる」
そう言って鷹也はポケットから折りたたんだ紙を出した。それを伸ばすとB5ほどの大きさになった。
「私 は、多村鷹也様に借用した二百万と、妻彩様と密通した慰謝料として百万円を○○年9月1日までに支払います」
そう書いた紙に空欄に名前と判子を要求した。
「あの……。ひと月しか期限がないんですが」
「当たり前だ。本来なら今日貰いたいのを猶予をやるんだ。逃げたら取立屋に売る。親や兄弟に追い込みがかかる。そうならないように期日までに払え」
「は、はい」
「じゃ帰るぞ。アヤ」
「う、うん」
鷹也に彩は従うほかなかった。
車の中は終始無言だ。何か言葉を出せばそれが怒りに変わることは明白だ。
彩は悲しくなった。
自分の過ち。
許されない過ち。
後悔だけが押し寄せるがどうにもならない。
鷹也の怒りは治まらなかった。治まるわけがない。
だが、娘を思えばこの妻も必要かも知れないという思いだけだった。
「なぁ」
「………………」
「返事は!」
「あ! は、はい」
「これからオレたちはうまくいくわけがない。寂しいと言う理由で平気で家庭を壊すオマエと結婚したのが間違いだった! オマエに恋い焦がれて10年目にして目が醒めるなんてオレにも目が無かった!」
「……そんなこと言わないでよぉ……」
「だが娘には母親が必要だ」
「う、うん」
「早いほうがいい。まだスズは小さい。入れ替わっても気付かないかも知れない」
「そ、それって……」
「離婚だ」
彩は大声を出して泣き出した。
だが鷹也は、表情一つ変えない。むしろギリリと歯ぎしりをした。
「チャンスを! チャンスを下さいぃぃ!」
「そんなものない!」
まさに修羅場だ。彩が泣き叫んでも鷹也には今まで愛くるしいと映っていたものには見えなかった。
「帰ったら通帳や保険のことを教えて貰う。いいな」
「やだぁ。いやですぅ! スズと一緒にいたいぃぃ! タカちゃんと一緒にいたいのぉぉ!」
「ふざけるな! 汚れた病気をスズに感染させるつもりか!」
彩の動きがピタリと止まる。
「ひょっとしたらその手で触られてもう感染しているかもしれん。早期に病院に連れて行く」
「う、うん」
「会社に休暇をもらえてよかった。あの男と結託して、オレが家を顧みないから有責離婚させられて、今までの稼ぎをぶんどるつもりだったのか? それとも、オレの子と偽ってあいつの子を育てさせるつもりだったんだろう!」
疑われても仕方が無い。事実、浮気男はそんな話を彩に持ちかけたことがあったのだ。
一時は夫から心が離れ、浮気男に心を奪われたのも事実だった。
だが、夫が家に帰り自分の過ちに気づいた。だからこそ正直に告白したのだ。
己の間違いを。懺悔しても許されるはずのない過去を。
彩はもう泣きじゃくるしかなかった。
謝罪の言葉を述べるしかなかった。
しかし鷹也は冷たく言い放つ。
「こちらはそちらの都合は知らん。受け入れるつもりはない」




