第103話 ずっと君のこと
しかし、鷹也は思うところあってそれを止めた。
「すいません。やっぱり見てみます」
「そうですか?」
「せっかく矢間原さんが提案してくれているのにそれを断るのも無下だと思いまして」
「いや〜。ありがとうございます」
矢間原の車が独身寮の駐車場に入って行く。
矢間原は三人を待たせて、先に寮の中に入って行った。
「ばーさん。シゲばーさん」
矢間原が玄関先で叫ぶとシゲルが顔を出した。
「どうしたい。ヤマちゃん」
「今、次期支社長が東京から視察に来てさ。社宅に入りたいんだけど、独身寮の広さを参考にされたいんだってさ」
「なんだい。急にこられても汚いよ。まぁ、空き部屋が一つあったねぇ。アヤちゃぁ〜ん」
シゲルは彩を呼んだ。彩は台所で水仕事をしていたがすぐに出て来た。
「はいはいはい。シゲさんどうしたの?」
「なんか、お偉いさんが視察に来たんだってさ。三階の空き部屋を見せてやっておくれ」
「ええ。大丈夫です」
それを聞いて矢間原は親指を立てて駐車場に戻って行き、待っていた三人に声をかけた。
「大丈夫だそうです」
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
二人並んで独身寮に向かって行く。
その後ろに立花と近野も続いた。
「カホリさん。でもオレ待ってます」
「え?」
「カホリさんがオレに振り向いてくれるように頑張ります」
「……それって、私が振られないと無理じゃない?」
「いえ。オレの方がいいって思わせます」
「……そっか」
近野はその言葉を受けてニコリと微笑んだ。
矢間原が独身寮の扉を開ける。
そこにはシゲルと彩が頭を下げて迎えていた。
「ようこそいらっしゃいました」
周りのざわめき。
街の音、風の音。
それらが全て小さくなり、時が止まる。
鷹也に聞き覚えのある声。
その声の持ち主が顔を上げる。
目が合った。
それと同時にみんなが見ている中、鷹也は彩に向かって駆け出した。
近野の見ている目の前。
矢間原の見ている目の前。
そして彩の体を抱きしめる。
三ヶ月前にしていたと同じように。
その瞬間、彩は涙をこぼした。
鷹也の声は震えていた。
「ずっと君のこと……捜してたんだ」