第10話 不発の計略
次の朝。彩はパタパタとスリッパの音を鳴らしながら鷹也の部屋を開けた。
「タカちゃん。朝だよ。会社に遅れるよ」
彩にはまだ休みのことは言っていない。会社ではないのだ。
鷹也は目を覚ましたが寝たフリをした。
彩が近づくことを知っているから。
近づいて来たら、力づくでも自分の寝具に引き込む。そう思っていたのだ。
彩は入り口のドアから数度名前を呼んだ。
いつもだったらすでに部屋に入り込んでいる頃だ。
鷹也は欲求をさらに溜め込み、彩が罠にかかるのを待つ。
彩は仕方なしに鷹也に近づいて手を伸ばした。
ユサユサと体が揺さぶられる。
鷹也は彩の腕を掴んで悪っぽい笑い声を立てながらマットレスの上に押し倒した。
「かかったなぁ。バカめ〜」
「ダメだよぉ。スズが待ってる」
「いいじゃね〜かよ〜。たまってんだよ〜」
「ダメ。会社でしょ。ホラ。起きて」
そう言って彩は鷹也の腕を振り払ってドアに向かった。
だが鷹也はくじけない。
彩の後ろに駆け込んで柔らかに抱きついた。ふんわりと彩の髪の香り。鷹也は彩の女を感じてますます興奮した。
「ダメだってばぁ〜」
「いいじゃん。ちょっとだけだって」
「いい加減にしてよ! 今度でいいでしょ!」
「今度っていつだよ〜。アヤ愛してるぅぅぅ」
「ハン! 誰にでも言うんでしょ!」
「言うわけねーだろ?」
そういいながら胸に手を伸ばすが彩は固く肘を立ててガードしていた。
彩のかたくなな抵抗に鷹也はいら立ちを感じ始めたとき
「ママー! ごはんー!」
キッチンから子供の声だ。一気に現実に引き戻された。
彩は緩んだ抱擁を振り払って
「バカ。そういうことなんだよ。子供がいるってことは」
そう言って、スリッパの音をパタパタと鳴らして出て行ってしまった。




