第8話 緑の誘い
『フォレステスト』。アルジャン国の南に位置する大陸最大の森林群。ここは、内海『ランドシー』から海へとつながる川によって北と南に二分されており、北を『フォレストノージス』南を『フォレストサグシス』と呼ぶ。
この森を抜けずに南に位置する国『スディア』へ行くには、アルジャン国と『コート』国の共同交通機関を使うか、ブランネージュ国を経由し、その南の『ガレ』国を通り抜けなければならなくなる。後者は多分に時間を費やしてしまうのが難であり、前者はなかなかの金額がかかる上に利用者がとても多いため切符の入手がとても困難であった。その為、森を通り抜けようとする者達も少なくはないが、行方不明になる者が後を絶えない。いわゆる魔の森と呼ばれる場所である。
一行も、例にもれず徒歩にてこの森を抜けようとしていたが、すでに7日が経過。完全に迷っていた。
「どうしよう・・・・・ごはん、もうなくなっちゃった――――――」
項垂れるようにしてつぶやくルージュ。
「あぁ・・・・・って、そんなことが問題じゃねぇ!!」
肯定したかに見えたリアンだったが、すかさず怒鳴り返す。
「まさか・・・・こんなにあっさり迷うなんて――――――」
「どうしましょう―――――」
二人のやり取りをよそに、アリスとネージェが頭を悩ませていた。周りは変わり映えしない森林風景。日の光も木漏れ日程度しか届かず、方角を知るすべもなかった。
「ミカもお腹すいたしー!!」
「皆さんに迷惑をかけるんじゃありません!まったくあなたって子は・・・」
駄々をこねるミカを、ラファがいさめる。その肩をつつき、リアンが空を指さしてラファに問いかけた。
「ラファ、まだ無理そうか?」
「すみません、リアンさん。さっきも言った通り、ここの空は異質な魔力が滞留していて、私達では飛び続けるのもやっとです。」
答えるラファは、言葉を裏付けるようにルージュの頭の上に乗っていた。ちなみにミカはレースの頭の上にいる。
「そうか・・・・手詰まりだな――――――これが魔の森と言われる所以か。」
リアンが呟きながらため息をつく。一行はそろって頭を悩ませていた。
「ありゃ?人がいる。」
その時、不意に声が聞こえてきた。全員が辺りを見渡すが、その声の主は確認できない。
「気のせい?」
「じゃないよ。」
ルージュが小首を傾げたところに、上から一人の少女が降ってきた。緑を基調とする服を身に纏い、同色の長い髪は一つにまとめ、腰には一対のククリ刀、そして大きめの帽子が目に付いた。そのあまりの唐突な登場に、皆驚きを隠せなかった。
「みんな迷子?」
「えっ、まぁ・・・お恥ずかしながら・・・・もしかして、道わかる?」
突然の登場に加え、突然の質問をしてくる少女。呆気にとられつつもアリスが淡い期待を胸に少女に問いかける。
「ん~ん、ボクも迷子だもん。」
「「「あんたもかよ!!!」」」
ルージュ・アリス・リアンの3人が素早く切り返す。その様子が気に入ったのか、腹を抱えて笑う少女。
「あははは、おもしろいね。みんなは迷ったばかり?」
「はぁ・・・・7日は経つな。お前は?どのくらいここにいるんだ?」
呆れつつもリアンが現状を説明し、同じように少女にも質問する。
「ん~・・・・・わかんない。でもけっこうここにいる。ぜんぜん出らんないんだもん。」
少女の返答に肩を落とす一行。脱出の糸口どころか、遭難者が1名増えてしまった。
「そうだ、良かったら手伝ってくんないかな?」
しかしそんな雰囲気など意にも介さず、少女が突然提案を持ちかけてきた。
「なにを?」
気力なく返事をするルージュ。面々も、とりあえず顔だけは少女に向けた。
「これから魔女の家に行くんだけどさ、そこから〝鍵〟を取ってこなくちゃいけないんだ。」
「鍵?なんの?」
「行きながら話すよ。それじゃぁ、行こーー!!」
ルージュの質問は軽く流され、楽しげに先頭を進もうとする少女。皆、その唐突ぶりに思考が停止していた。
「・・・・まだ、行くとは言ってないんだけどね。」
苦笑いで答えるネージェ。それにため息をつきアリスが促す。
「まぁ、ただ歩いていたって迷うだけなら、ついていく価値はあるかもね?」
皆それに頷き、少女の後を歩き始める。その時、そうだと言わんばかりに少女が振り向いた。
「そういえば、名前聞いてなかった。もぉ、みんな、せっかちさんだなぁー。」
「「「お前のせいだよ!!!」」」
またも言葉がそろう3人。やれやれと頭を抱えながら、アリスが答え、順に自己紹介をした。
一行の自己紹介が終わると、コホン、と一度咳払いをし、少女が口を開いた。
「ボクは〝ボワ〟。よろしくねーー!!」
「「・・・・・・ボワ!?」」
少女の名乗りに、明らかな反応をみせるルージュとリアン。
「二人ともどうしたの?知っている名前?」
その反応に、いち早くネージェが問いかける。
「知っているも何も・・・・〝ハイエンドルキラー〟、〝天才・ボワ〟。かつて名を馳せた凄腕の賞金稼ぎの名前だ。」
「あぁ・・・そんなふうに言われたこともあったね~」
リアンの説明に、照れくさそうに頭を掻くボワ。本人が認めていることから、リアンの言っていることが間違いではないことが証明されていた。
「ハイエンドルキラー?」
聞きなれないセリフに、アリスが聞き返す。
「高額手配書ばかりを次々とクリアしていったことからそう呼ばれていたんだ。しかもそれが、当時わずか14歳の少女だって言うんだから―――――」
「それゆえに〝天才〟―――3年前に行方不明になったって・・・・・?!」
リアンの言葉に、ルージュが補足を加える。そして自分が言葉にしたことで、そのことに気づいた。そしてその結論に至ったのは全員同時だった。
「じゃぁ、あなた・・・・3年間も森で迷っているの?」
アリスが半ばあきれたふうにボアに問いかける。
「3年になるんだぁ、そりゃ長いはずだよね。」
全然気にも留めない感じで答えるボワ。一行は呆れながらも、当初のボワの目的のため歩を進めた。
しばらく森の中を進むが、依然として変わらぬ風景ばかりが続く。
「ところでさぁ・・・・魔女って、なに?」
ルージュがふと思った疑問を問いかける。目的ができたことで、そのこと自体に意識が向かい、誰も本質的な部分の質問をしていなかった。
「この森に住んでいる魔女らしいんだぁ。ずっとここにいるけど、ボクも初めて知ったんだよね。」
「初めて知った・・・・っていうことは誰かから聞いたってことだよね?それ以前に、何のために鍵をとりに行くの?」
不思議なことを口にするボワに、ネージェが小首を傾げる。
「この森で迷った時に、たまに良くしてくれている〝カラス〟がいるんだけどね。実はその魔女に、カラスの姿に変えられてしまったんだって。それを元に戻すには鍵が必要ってことらしいんだぁ。ボクはずっと世話になっちゃってるから、恩返しの意味も含めてね。取ってきてあげるって言ったんだぁ。」
「なるほど。で、そのカラスは?」
アリスが辺りを見渡しながら言葉を発する。カラスどころか、彼女たちはここ数日でボワ以外の生命徴候を感じ取っていなかった。
「一緒には来ていないよ。別の用事があるんだって。」
「ふぅん・・・・・」
その後はボワの奮闘記を聞きつつ、目的の場所をめざし歩いていた。どのくらい歩いたかわからないが、今までほぼ変わることのなかった情景が拓け、小さな川を挟んだ向こう岸に一つの家が見える場所に出た。
「アレっぽいね――――じゃ、ちょっと偵察してくる。みんなはここで待ってて。」
そう言うとボワは、軽い身のこなしで川から飛び出た岩の上を渡り、家へと近づいていった。
「・・・・なぁんか、怪しい雰囲気ね―――――」
アリスが不穏な発言をする。皆同じ雰囲気を感じ取っているのか、ただ黙って、事の次第を見守っていた。
数分の後、扉から一人の老婆が飛びだし、川沿いを走っていった。続いてボワが扉から出てきてその後を追う。
「みんな追って!!あいつが鍵を持ってる!!」
その言葉に反応し、全員が後を追う。何処にそんな身体能力があるのか、なかなか老婆に追いつくことができない。一行は川を渡るタイミングが計れず、対岸をひたすら追いかけていた。
そうしているうちにやっとボワが追いつき、老婆にうまく足をかけ転ばせた。
「はぁ、はぁ。やっと、追いついた・・・・鍵、渡してもらうよ?」
ボワが、片手を老婆にさしだす。その時、老婆の口が妖しく歪んだ。同時に、ボワの背後の木が巨大な口を形作り、老婆ごと呑みこもうと襲いかかる。
「ボワ、伏せて!!」
「!?」
異変に気付くと同時に聞こえてきた声。その声に反応し、ボワが身を屈める。瞬間、頭の上を紅い閃光が走り抜ける。
『バガンッ!!』
爆音と共に砕け散る木であろう物体。閃光の発射元、川を挟んだ対岸でルージュが銃口をニ門、ボワの方に向けていた。
「ちっ・・・・」
老婆は舌打ちをすると、先ほどの木のように姿を歪め、今度はカラスの姿になって、飛んでいった。
「・・・・・うそ―――――」
呆然とそれをみつめるボワ。そこで初めて、自分が騙されていたことを知った。
「・・・・・そういうことか――――――」
「リアン?」
リアンの雰囲気に気づいたアリスが反応する。彼女は、明らかに「しまった」という表情をして髪を掻きむしっていた。
「オレたちが迷い続けるこの森・・・・ちょっとやっかいだぞ。」
「やっかい・・・・というと?」
「あぁ・・・・魔の森、〝サングボイズ〟って聞いたことあるか?」