第7話 狼の血
「・・・・・ひまだぁーーー――――――」
アルジャン国、主都『アルジアン』。ルージュは一人、アルジアン城前にある大広間の中央噴水の淵に腰かけていた。
アリスとネージェは依頼を受けるために求配所に行き、リアンはトリーゼからの用事ということで城へ出ていた。リアンの後をこっそりつけていたのだが、さすがに城の中にまでは侵入できず、退屈な時間を過ごしていた。
「こんなことならわたしも求配所行くんだったなぁ・・・・」
そのまま、噴水の淵に寝転がる。目を閉じ、昼寝でもしようかと思った時だった。
「こんにちは。」
不意に声をかけられた。ゆっくり眼を開けると、にっこりとほほ笑みこちらを覗きこむ女性がいた。
「隣、いいかしら?」
「・・・・・はい。」
少し馴れ馴れしさを感じつつも、ルージュは身体を起こしながらたどたどしく答え、少し横にずれて座った。〝ありがとう〟と言って女性は隣に腰をかける。そしてしばらく、無言のまま時を過ごした。ルージュはこの女性がとても気になり、覗きこむように隣へ視線を移そうとした時、また不意に声をかけられた。
「私は、トルナーデ。あなたは?」
「あっ、ルージュ・・・です。」
「そう、良い名前ね。」
彼女が笑みを浮かべながら答える。ルージュも名を褒められたことで少し緊張がほぐれたか、表情のこわばりが解け若干頬を染めていた。女性の優しそうな笑みに、警戒の必要はないとルージュは判断し、会話の先を進めようと口をひらいた。
「あの、ありがとうございます・・・・すみません、あなたは―――――」
「お母さんは元気?」
「えっ?」
自分の問いを言い終える前に、また質問された。しかしそれ以上に、なぜ急に母の事が話題に出るのか。さっぱりわからなかったが、この女性が自分に近づいてきた理由なのだろうということは予測ができた。
「お母さんの事、知ってるの?」
「ん~、たぶんだけどね。」
あからさまに聞いてきた割には、曖昧に答えるトルナーデ。苦笑いを見せ、軽く頭を掻いた。
「たぶん?」
「うん。ルージュちゃんのお母さんの名前、〝トロンべ〟じゃない?」
「あっ、はい。そうです。」
「やっぱり、匂いが一緒だったから・・・・・私はね、あなたのお母さんの双子の妹なの。」
「・・・・・・えぇーー?!」
驚いて思わず立ち上がるルージュ。ふと、まわりの視線を集めていることに気づくと、恥ずかしそうにまた先ほどの場所に腰をかける。普段頭を使うことを得意としないルージュだったが、さすがに今回ばかりは理解が早かった。
「・・・・じゃぁ、わたしの―――――」
「叔母さんにあたるわね。」
「全然知らなかった。」
ルージュは本当に何も知らなかったと呆けた顔をみせた。トルナーデはその様子に再び笑みを見せると、そのまま会話を続けた。
「お母さんからは、なにも話を聞かなかった?」
「お母さんはわたしを産んでから程なくして亡くなったらしいので、わたしは顔も知らないんです。」
「・・・・そう、お姉ちゃんはもう、いないんだ・・・・・ごめんなさい、知らなかったとはいえ。」
笑みも一転、急激に表情が暗くなるトルナーデ。
「いえ、大丈夫です。そういうものだと思っていますから・・・・それより、匂いって、なんですか?」
ルージュは彼女に対しフォローを入れつつも、会話の中で唯一理解に至らなかった単語を質問した。
「えっ?―――――お母さん・・・・おばあちゃんも一緒に暮らしてたんじゃないの?」
さらに一転、トルナーデは驚いたように話し、問いに答えるよりもさらに質問を重ねてきた。
「おばあちゃんとは一緒に暮らしてました。」
「・・・・・・そっか、何も言わなかったんだ―――――――おばあちゃんは元気?」
「・・・・・・。」
急に無言になるルージュ。彼女の表情が明らかに沈んでいくのが分かった。
「・・・・・ルージュちゃん?」
「殺されました。」
「・・・・・え?」
二人の間にもう一度静寂が流れる。次に言葉を発したのは、ルージュが先だった。
「わたしがここにいるのも、それが理由の一つです。その犯人を探して旅をしています。」
「そう・・・・探しているってことは、誰かはわかっているの?」
「はい――――狼人族の男です。」
「・・・・・・狼人族――――――」
トルナーデは、落ち込むような顔を一瞬だけ見せたが、すぐに顔色を元に戻しルージュの方を向く。
「ルージュちゃん。ちょっと、見ていてほしいの。」
そう言って立ち上がり、2、3歩前に出る。すると突然、周囲に風が舞い起こる。ルージュはこの光景に覚えがあった。
「・・・・・まさ・・・か――――――」
風が徐々に収まると、その中心にいたトルナーデの姿は少し変わっていた。頭に狼の耳、そして後方には大きな尻尾が生えていた。ゆっくりこちら側に向き直る。
「驚いた?」
「・・・・驚きました。」
キョトンとした顔でトルナーデを見つめるルージュ。
「私と、あなたのお母さん、トロンベは、狼人族と人間族のハーフなの。」
「ハーフ・・・・じゃぁ、わたしのおじいちゃんが狼人族ってこと?」
「いいえ、おばあちゃんのオラージュが狼人族よ。」
「え?だって、おばあちゃんには耳も尻尾も・・・・・あぁ、そうか。トルナーデさんみたいに人の姿になっていたってこと――――――」
ルージュは今の状況にも戸惑っているが、それでも必死に理解しようと頭を回転させていた。この出会いに、何か謎を解くものがあるかもしれないと、肌で感じているのかもしれない。
「それはないわ。純血統の獣人種は、完全な人間の形にはなれない。私があの姿になれるのは、準血種・・・つまりハーフだから。あっちの姿が元で、今が獣変している状態。」
「じゃぁ、おばあちゃんは?」
「多分、自分で取ったのでしょうね――――――」
「なんで、そんなこと・・・・」
「その辺についてちょっと話をしなくちゃね。」
そう言ってまた、ルージュの横に腰をかけるトルナーデ。
「あなたのおばあちゃんで私のお母さん、オラージュは、もともと住んでいた里の英雄だったの。〝ロイ・オラージュ〟と言ったら有名だったわ。」
「英雄・・・ですか?」
英雄という言葉は理解できるが、果たして何の英雄なのか。ルージュの頭に疑問符が浮かんでいた。
「そう。55年前、『ノード国』で起きた大乱があったの。9人の魔女が同盟を組み、悪魔が大量生成され、一時、国は闇に落ちた。そこで立ち上がったのが、その国の四大主都。人間族の治める東の首都『モンテ』、同じく人間族の治める南の首都『デジュール』、熊人族の治める西の首都『サイ』、そして、狼人族の治める北の首都『ホクト』。戦いは1年にもおよび、全ての悪魔と、首謀者の魔女たちを討ちとることで大乱は終結した。その時、大元である9人の魔女を討ちとった人物たちを〝七英雄〟と呼んだの。」
「七英雄?・・・・魔女は9人だったのに?」
話自体のスケールはさておき、単純に数の違いに疑問を持ち、そのことを問いかけるルージュ。
「うん。他の英雄の追随を許さず、たった一人、3人もの魔女を討ちとった人物がいたの。それが、私達の母〝オラージュ〟。風を操り、拳に発現させた嵐は全てを薙ぎ払う。そしてついた異名が〝ロイ・オラージュ〟。」
「はぁ・・・・おばあちゃんってすごい人だったんだ~。」
ルージュは、純粋に祖母への敬意を表していた。そして、その高貴の血を受け継いでいる事を嬉しく思った。そしてそれはトルナーデも同じらしく、ルージュの反応に自分も誇らしくなり、その表情は笑みに満たされていた。
「そうだよ。それでお母さんは、同じ七英雄の一人、人間族の〝ツイスタ〟と結婚して私達を産んだの。残念ながら、お父さんは難病を患って死んじゃったから私達は顔すら知らないんだけどね。」
「そうだったんですか・・・・・でも、すごいですよね!英雄同士の子供ってことはすごい高血統じゃないですか?!」
「一応そうね。でも、その後は比較的平和に暮らしていたから、この血が役に立つ時はなかったけどね。」
苦笑いを見せ、はにかむトルナーデ。しかし、次の瞬間には表情がくもり、遠くを見てまた話しだした。
「でも、本題はここから・・・・私達は順調に成長して、私は同じ里の人と結婚した。もちろん狼人族の人ね。そして息子も生まれ、とても幸せな日々を過ごしていたわ。あの日が来るまでは―――――」
「あの日?」
「えぇ。今から17年前、私達の里がある北地方の首都ホクトと、東の首都モンテが抗争状態に入ったの。そのせいで両主都は、完全に獣人種と人間種が対立した。そんな時、事件は起きてしまった。」
「・・・・・・。」
ルージュは問いかけることも止め、トルナーデの話を一瞬でも聞き逃すまいと集中していた。
「トロンベ・・・・あなたのお母さんが人間族の人と恋に落ちたの。そして、それを守るために、お母さんが共だって里を離れてしまった。」
「・・・・・トルナーデさんをおいて?」
「えぇ。そのことで、お母さんとお姉ちゃんは裏切り者扱いされ、私もその血を継いでいるってことで夫と別れることになったわ。」
「そんな――――――」
「あっ、でも勘違いしないでね。私は別に二人の事を憎んでいるわけじゃないのよ。もちろん、あなたのお父さんの事も。お姉ちゃんが好きになったのなら、それは自由なことだし、お母さんもそれを守ってあげようとしただけ。私の夫に関しては・・・まぁ、それまでの仲だったってことでしょうし。」
淡々と語るトルナーデ。しかし、さすがのルージュでも、気を使わずにはいられない内容だった。
「・・・・・わたしが言うのもなんですけど、割り切りすぎじゃないですか?」
「そう思う?でも、昔からそういう性格なのよ、私。でも、一番苦労かけちゃったのは私の息子。里ではそのことでいじめられていたし、さすがにそれを見過ごすことができなくて、このアルジャンに逃げてきたんだけど。」
「そうなんですか・・・・・今は息子さんと二人で暮らしているんですか?」
ルージュの問いに、一瞬また表情を曇らせるトルナーデ。
「いいえ、旅をしているわ・・・・もう、数年帰ってきてない。どこほっつき歩いているんだか。」
「そうなんですか・・・・・あの、息子さんのお名前は?」
ルージュは、この質問が自然に口から出ていた。話の流れからいけば特に不思議でもない質問。しかし、ここで名前まで聞く必要性も本来ならば特にはない。しかし、彼女の本能は何かを感じ取っていたのだ。ここで聞かなければならないのだと。そして、真相はすぐに訪れることとなった。
「・・・・・・・。」
ルージュの質問に押し黙るトルナーデ。顔をうつむかせ、一切の言葉を発さなくなった。数十秒と反応がなく、再びルージュが声をかけた。
「トルナーデさん?」
「・・・・・・〝ガーレ〟―――――――」
「!?」
自分の心臓が高鳴るのがわかった。ここで、まさかここでその名を聞くことになろうとは。ルージュは、次の言葉を吐き出せずにいた。
「・・・・やっぱり知っているのね、ルージュちゃん。あなたがさっき、おばあちゃんが殺されたって話をした時、まさかとは思ったの。」
「・・・・なぜ・・・・ですか?」
「ガーレが言っていたの、旅に出る前。〝あいつだけは絶対に許さない〟って。」
その言葉を聞いて、ルージュは俯いた。その手は、拳を握り締め小刻みに震えていた。次に発せられたルージュの言葉には、怒りの色が見て取れた。
「トルナーデさんは、止めなかったんですか?」
「止めたわ、最初は。でも、止めきれなかった。いえ、違うわね。止められなかった。」
「なぜですか!?」
ルージュは立ち上がり声を荒げる。今度は周りの目など気にもならなかった。怒りの籠った眼差しで睨み付ける。それに一度顔を伏せ、呼吸を整えてから、トルナーデは言葉をつづけた。
「それが、私へのガーレの優しさだったから。」
「優しさ・・・・・・」
想像もしなかった単語に、一気に怒りが冷めるルージュ。
「あの子は、本当はとても優しい子なの。優しすぎるほどに。」
「・・・・・・。」
「あの子は、私のたった一人の味方だった。どんな時も私を優先して考えてくれた。里にいた時も、私がハーフなのをバカにする人がいれば、大人であろうと立ち向かって行ったし、この町に来てからも、ずっと私を守ってくれた。あの日、突然〝母さんがこんな目に会うのはあいつらのせいだ〟って言って、その時は、そうじゃないよって言ったけど・・・・その言葉が私を思ってくれた言葉だと思ったら、強く否定することもできなくて。ある朝起きたら、もうあの子の姿はなかったわ。」
「・・・・・すみません、声を荒げてしまって。」
そう言うと、ルージュは再びトルナーデの横に腰をかけた。
「いいのよ、あなたが怒るのは当然の事。怒鳴ってくれてありがとう。間違っているのは、私とガーレの方なんだから。」
「いえ――――――」
ルージュは複雑な気持ちだった。ガーレに対する復讐心が揺らいでいた。あの人の行動は、母への愛の標。しかし、それを推し測ったとしても、村人全員の命と天秤にかけられるものではないはず。でも。ルージュの心の中は葛藤を続けていた。
「ルージュちゃんがここにいるってことは、ガーレは目的を果たしちゃったってことよね?」
「はい・・・・・」
「そう・・・・それじゃぁもう、ガーレと一緒にあなたの住んでいたところを訪れることはできないでしょうね・・・・住人の〝一人〟を殺しておいて、他の人が黙っているわけはないでしょうしね。あの子の性格だから、〝他の住人に手を出すようなことは絶対しない〟だろうし。逃げだすのも苦労したでしょうから―――――」
「?!」
ルージュはその驚きを必死で隠した。彼女の中で、さらなる疑問点が湧きあがる。トルナーデの言い分が正しければ、あの村の惨状はどう説明すればいいのか。いや、ここでそれを口にしていいのか。ルージュはもう何が何だか分からなくなっていたが、そのせいか、別の事がはっきりと頭に浮かんだ。
「あれっ?・・・・・ってことは、わたしとガーレは従兄妹?」
「うん?えぇ、そうなるわね。」
目を丸くして固まるルージュ。もはや、それ以後は何も考えられなくなっていた。
「――――ルージュちゃん。」
トルナーデの呼びかけで我にかえるルージュ。
「この先、ガーレを追うのでしょう?」
「・・・・・はい。」
「それなら、あの子にあったら、叱ってあげて。それだけでは許せないかもしれない。その時はルージュちゃんにまかせる。でも・・・・でも、もしも許すことができたら、〝もう、帰って来なさい〟そう私が言っていたことを、伝えてもらっていいかしら―――――――」
その言葉を話の最後とし、トルナーデはその場を後にした。一人残されたルージュは、自分の目的を再確認させられていた。