第5話 決意と決別
「いやぁ、絶景!!」
机の上に広がるお金の山。それを前に3人が会話を弾ませていた。
「すごいですね、お二人とも!!」
「ちょっと稼ぎすぎた感もあるかしらね?」
「9日間もあれば、これくらいは!!余裕、余裕!!」
アリスとルージュが自慢げに胸を張る。アリスの実力もさることながら、やはり賞金稼ぎ〝 Bloody・hood 〟の名が伊達ではなかった。その名を出すだけで、普段受けられないような高額の依頼も査定無しで受けられるのは大きかった。
「とりあえず、今日の夕飯分は・・・・っと、このくらいかな?ルージュ、行ってきてもらえる?」
「わかったぁ!!よし行こっか、レース!」
アリスにお金を渡されると、ルージュはネージェの人形に呼びかける。レースと呼ばれた人形は頷きで応えると、二人は扉を飛び出していった。
「あんなに仲良くなって・・・ありがとね、ネージェ。長い間お世話になっちゃって。」
机の上のお金を片付けながらアリスが語りかける。
「お礼なんていらないよ。わたしも楽しかったから、お互い様!」
そう言ってにっこりとほほ笑むネージェ。それに対し、アリスも同じように笑顔を見せた。
「そう・・・・じゃぁ、それも今日でおしまいかな――――」
しかし、急にアリスの声色が変わる。その変化にネージェも即座に気づき、言葉の真意を問いかける。
「終わりって・・・・どうしたの、アリス?」
ネージェの問いかける声は若干震えが入り、問いかけつつも、返ってくる言葉を悟っているようでもあった。
「急でごめんね。私達、明日出発することにしたの―――――」
「あし・・・た・・・・・・」
明らかに動揺を隠しきれないネージェ。久しく忘れていた、人の温もりのある生活。それが突然失われる恐怖を、彼女は既に知っていた。そのことも、彼女の動揺を煽っていた。
「・・・・そっか・・・・そうだよね、二人は旅をしているんだもんね。いつかはいなくなっちゃうんだよね・・・・それが、明日ってだけで――――」
「ネージェ・・・・・」
「ご・・・ごめんね。二人がいなくなるの考えたら・・・・ちょっと――――」
ネージェの目には涙が浮かび、今にもこぼれそうだった。自分自身を抱きしめ、肩の震えを抑えようと必死だった。その様子だけで、彼女がこの数日をどれだけ幸せに過ごしていたかがわかった。
「た・・・楽しかったよ。二人と過ごせて。こんなに楽しかったの、何年ぶりだろ―――――」
「ネージェ・・・・」
「じゃぁ、今日はお別れ会しなくちゃね。いっぱい盛り上げて、明日からの旅立ちに・・・・」
「ネージェ!!」
無理に明るく振舞おうとするネージェに、アリスが声をぶつける。その勢いに肩を震わせ、言葉をとぎれさせるネージェ。
「荒げてごめん。でも、あなたに伝えたいことがあったから。どうしても、伝えたいこと。」
「伝えたい・・・こと――――――」
「・・・・・ネージェ、私達と一緒に来ない?」
その言葉にネージェは、自分の胸が高鳴るのがわかった。しかし、同時に頭をよぎるあの人の顔。今の立場上、自分には自分を自由にできる権利もないと考えているため、アリスの申し出に頷くことはできなかった。顔を俯かせ、嬉しさを隠しつつ、また悔しさをかみしめつつ断りの言葉を発する。
「あ・・・・その・・・・・気持ちは嬉しんだけど・・・・わたしは・・・お母様への御恩もあるし・・・・・ここを離れるわけには――――――」
「あなたは、ホントにそれでいいの?」
再び、ネージェの言葉途中で声をかけるアリス。その言葉に伏せていた顔を上げる。
「恩を感じているのは・・・・まぁ、百歩譲るとするわ。でも、自分が受けている仕打ち、ちゃんと理解してる?私は・・・・私は許せない。」
「アリス―――――」
アリスが真剣であることは、その表情から容易に読み取れた。ネージェは、彼女の雰囲気に圧倒され、断ろうとしていた気持ちごと言葉を失った。
「あいつはあなたを利用しているの。それが今わかるのは、私達だけ。あなたが迷宮から抜け出すには今しかない。」
「いま・・・・」
「そう、私達ならあなたを連れていける。でも、あなたも、ただついてくるだけじゃいけない。」
意味深な言葉を投げかけるアリス。ネージェはただ、彼女の言葉を心の底から理解しようと聞いていた。そして、自分も何かをしなければいけない、そう捉えその意味を問い返した。
「・・・・どういう――――」
「彼女としっかり決別すること―――――」
「決・・・・別――――――」
「そう、それはつまり・・・この国の、全てを捨てること――――」
「!?」
アリスの提案は突拍子もないことだった。国の全てを捨てる。彼女との完全な決別は、この国における自分のいまの立場から考えると、それは恩知らずな悪役になるということにほかならなかった。
それだけではない。彼女の中には先代国王の血が受け継がれている。王族としての自分は死んだことになっているが、それでも正当な王族の子孫であるという誇りは持っていたつもりだった。この提案に乗るということは、本来自分が守るべき人々とその気高き誇りをも切り捨てなければいけないことになる。
これは、ネージェが答えを出すにはあまりにも高い壁だった。
「そうでもしなければ、あなたはこの呪縛から抜けられない。そして・・・今なら私達があなたを守ってあげられる。」
「・・・・・・・。」
「ネージェ、あなたが少しでも心を揺らしているのなら、今答えは求めない。一晩ゆっくり考えて。そして、私達と行く決断してくれるなら、明日の〝首都巡礼行進〟でけじめをつけた後、首都南門に来て―――――」
そう言うとアリスは扉の方へ歩いて行く。
「・・・・待っているから。」
ただ一言だけを最後に言い残し、店を後にした。彼女は、扉に向かってから店を出るまでの間、一回も後ろを振り向かなかった。一人残されたネージェ。日が沈み始め、部屋の中も徐々に暗くなってきていた。
「わたしは・・・・わたしは―――――――」
・
・
・
「んん~、なんて良い光景。」
馬に引かれる櫓の上から、人々を見下ろすジェリア。壮観と眺めながらも、その人物を探してしきりに目を動かす。
「ネージェは、ちゃんといいつけを守っているかしらねぇ?」
櫓がそろそろ、ネージェの人形屋の近くに差し掛かろうというときだった。
「止まれー!!」
櫓を先導する護衛の兵隊が、一団の進行を停止させる。ジェリアは立ち上がり、その道の先に居る人物に話しかけた。
「〝私から見える位置に〟とは言ったけど・・・・・まさか、そんなに堂々と出来る子だとは思わなかったわ―――――――」
ジェリアの視線の先、櫓が通る大通りの中央にネージェの姿があった。
「ジェリア様――――――」
「――――?!」
ネージェの発した言葉に怪訝な顔をするジェリア。いつもの呼び方と違う。しかし、その陰りは一瞬だけ。すぐに先ほどの表情に戻った。
(「そうね、このネージェと私が義母子であることを知っている人間はいなかったのよね。こういうところは気がきくようね―――――――」)
クスリと微笑を浮かべ、さらに尊大な口調でネージェに語りかけるジェリア。
「どうしたのかしら?この機に、いままでのお礼を言う気にでもなったのかしら?」
「はい――――――それと、お別れを告げに。」
「なに―――――――」
一転、怪訝な表情に戻るジェリア。対するネージェは一切表情に変化はない。芯に覚悟を決めている者とは、こういう顔になるのかもしれない。
「いままで支えていただき、ありがとうございました。わたしは・・・・あなたを離れ、新たなわたしを始めます―――――」
「―――――ふ・・・・ふふふ、ネージェ―――――今ならその発言、なかったことにしてあげるわよ?」
明らかに怒りを隠しきれていない様子のジェリア。周囲もどよめき出す。この都市に住む者の大半、特にこの周辺に居を構える人々は、今のネージェとジェリアの関係を認知している。そんな中でのこの騒動。ネージェに向けられる視線には、一つとして彼女の味方をするものはなかった。
「わたしは、自分が間違っているとは思っていません。確かに、あなたには大変お世話になりました・・・・いままでの全てを含めて。たぶん、本当ならこれからもこの生活は続いたでしょう。でも・・・・このままじゃいけないのだと、私に言ってくれた人がいたんです。一緒に行こうと、言ってくれた人がいたんです!」
「・・・・・それだけのことで、心を動かされたとでも?」
ジェリアの表情と声色が、みるみるうちに悪化していく。しかし、対するネージェの表情は、強ばりながらもどこか清々しさをもっていた。
「それだけのこと・・・・そうですね、心は動かされました。でも、それだけのことってわけでも、ないですよ?」
そういうとネージェは一度顔を伏せた。そして、再び上げる時その顔にはわずかに笑みが含まれていた。
「わたしは・・・・あなたのこと、あまり好きではありませんから。ここに決別を宣言させていただきます――――――」
「・・・・・・よく言ったわ、ネージェ―――――――」
ジェリアの声色が明らかに変わった。ネージェの身体は震えを覚えたが、ばれないように必死に拳を握り、堪えていた。よく見れば、笑みを浮かべる口元でさえ、若干震えていた。
(「ごめんなさい、お母様・・・・・でもわたし達は、このままでいてはダメなんです―――――――」)
そう心の中で言葉にしながら、必死に余裕の表情をみせるネージェ。
「前へ――――――――」
ジェリアの声に応え、護衛の兵団が一斉に前に出る。その数は、ざっと見積もっても50は下らなかった。
「あなたの決意を汲みとりましょう―――決別の形は、永遠でも構わないのでしょう?」
その言葉に反応し、兵団がそれぞれの武器を手にする。周囲の民衆も騒ぎたてる。この場での悪は、ネージェただ一人であった。
兵団が武器を手にしたのを見ると、彼女のドール『レース』が、あたかも自分がネージェを守るのだと言わんばかりに前に立つ。その存在を心強く思ったか、一度頬をほころばせると、後ろに待機させてあった自分くらいの大きさの鞄を、前に突き立てる。それを合図ととったジェリアは、自分の持つ扇子でネージェを指す。途端、勢いよく押し寄せる兵団の波。
「覚悟なさい、ネージェ――――――」
そんな声がジェリアから聞こえた気がした。
「覚悟はできています・・・・・でも、それは生きる覚悟です!わたしは、ルージュやアリスと共に生きます!!」
そう言って、ネージェが鞄の鍵に手をかけた。
「その覚悟!!」
「しかと受け取った!!」
しかし、ネージェの鞄が開くことはなかった。声と共に、どこから現れたのかレースの両脇に着地する赤と青の二つの影。
「なんだ、お前達は?!」
「ご紹介にあずかりました、アリスです。」
「同じく、ルージュです。」
兵団の先陣の問いに、軽口調でそう口にし、不敵な笑みをジェリアにぶつけるアリスとルージュ。
「二人とも・・・・どうしてここに――――――」
ネージェの疑問はもっともだった。アリスの話では待ち合わせは南門のはず。決してここでないことは確かだった。
「そんな野暮なことは聞かないの!」
ルージュがとびきりの笑顔と言葉をネージェに送る。
「『待ってる』っては言ったけど・・・・さすがにネージェ一人でこの状況を抜け出すのは大変だろうと思ってね。」
アリスは振り返ることなく言葉に応える。ネージェは二人の後ろで、〝ありがとう〟と小さく言葉にし、そっと涙をこぼした。
しかし兵団は、感動の場面などお構いなく進軍。彼女達に刃をかざしむかって来ていた。
「そうだ・・・・・ネージェが心配っていうのが一番だけど―――――――」
言葉を紡ぎながら舌なめずりし、妖しい笑みを口元に浮かべるアリス。腰に手を回し、剣と刀を抜き取る。それに倣うように、ルージュも魔銃を召喚し両手に携える。
「ちょっと、こういう場面で暴れてみたかったのよね!!」
そう言って不敵な笑みとともに、兵団に正面から突っ込んで行くアリス。
「あっ、わたしはついでに暴れるだけだからね?アリスと一緒にはしないように♪」
口にしながらも、ほのかに笑みを浮かべつつルージュもアリスに並ぶ。
「・・・・・クスッ。レース――――――」
二人の様子に肩の力が抜けたネージェ。彼女の頬にも、笑みが現れる。近くに控えていたレースに声をかけると、こちらに振り向き首を縦に振る。
「あの二人に負けていられない・・・・・・今日からわたし達も、あの一員なんだから!」
・
・
・
(「何が起こっている。相手はたかだか小娘3人。なのに、手傷をおっていくのは我が兵団ばかり。」)
眼下の光景はジェリアにとって信じられないものだった。その数を半分にまで、いや、すでに半分は下回っている兵団。しかもまだ、彼女たちとの接触から5分と経っていない。
「こんなことが―――――」
怒りの表情と共に、手に持つ扇子をへし折る。その時、不意に目の前に現れる青の剣士。5メートルはゆうにあろうかという櫓を駆け上がってきたようだった。ジェリアは突然のことに驚き、慌ててそのまま後退する。勢いのまま椅子に腰がかかり、身動きが取れなくなった。剣士はゆっくり近づき、右手の刀をジェリアの喉元に当てた。
「こんにちは、女王様?」
「―――――あっ、あなた達が、ネージェをたぶらかしたのね?!」
「たぶらかす?まぁ、そう言わなくもないけど・・・・最後の決断は、彼女自身の意思よ。」
「ネージェの意志・・・・ネージェが、あなた達と一緒に行くことを選んだこと?」
「いいえ・・・・・あなたを見限ることよ――――――」
アリスは刀を横に一閃振るう。すると、派手な髪飾りが壊れ、髪がばらけた。ジェリアは自分が殺されると思ったのか、がたがたと震え、そのまま意識を失った。
「殺すわけがないでしょう・・・・・不本意だけど、あなたはこの国に必要な人なのだから―――――――」
後ろに振り返り、櫓を後にするアリス。そのときすでに、眼下の戦闘は幕を引いていた。
・
・
・
「わたし、この街から出るの、始めてかも。」
「そうなんだ。じゃぁ、これからはネージェにとって初めて尽くしだね!」
首都南門から出ながら、会話をかわす3人。先ほどの騒動の後は、意外とすんなり抜け出ることができた。現場を目撃していた者達は、その様子を目の当たりにしたことから彼女達を追うことはなかった。それに加え、ネージェの家が北区側にあったことで、この南門の警備にまで情報が行きわたっていなかったことが幸いした。
「ネージェ・・・・私が聞くのも変な話だけど―――――後悔してない?」
「アリス――――うん、してないよ。」
アリスの問いに意外とあっさり、しかも極上の笑みと共に返すネージェ。
「あのままじゃダメなのはわかっていたことだけど、わたしには選択肢がなかった・・・違う、選択肢を作れなかった。わたしは弱いから。二人に会って、勇気をもらって、それに選択肢までもらって・・・・・本当にありがとう。二人のおかげで、新しいわたしが始められる。」
そう言って深々と頭を下げるネージェ。
「お礼なんていらないよ、ネージェ。」
「私達は好き勝手やっただけ、ネージェもそれについてきただけ。全部、あなたの力なんだから・・・・胸を張りなさい?」
ルージュに続きアリスが返答する。そして、顔を上げたネージェの表情は、涙と笑顔でいっぱいだった。
「・・・・・・はい!!」