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御伽噺戦記  作者: ran
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第4話 白き職人

「2名一部屋で100エンドル。特価だからな、これ以上はまけられんぞ!」


 宿屋のカウンターから威勢のいい声が飛ぶ。それを真正面で浴びせられる二人の女性。あきれ顔で財布を取り出す青い服の女性。


「はいはい―――――って、あれ?」


「どうしたの、アリス?」


 財布を見ながら固まるアリスの顔を覗き込むルージュ。その表情は、普段のアリスからは考えられないほどの絶望感に満ちていた。


「お金がない――――」


「え?」


 飛び出したアリスの言葉に、ルージュは気の抜けた声と呆れた表情を見せた。


「そういえば、次の依頼で補充しようと思ってたんだ・・・・・」


「それって・・・契約金はわたしに出させるつもりだったってこと?」


「うん・・・・・ルージュ、お金貸して?」


 アリスが合掌で頭を下げる。ため息混じりに肩を下げながら自分の財布に手を伸ばすルージュ。


「はぁ・・・しょうがないなぁ――――――あれ?」


 首を傾げ、自分の身体をポンポンと叩きまわる。


「ルージュ?」


「・・・・・財布がない。」


「・・・・・・・。」


『バタン!!』


 2人は宿屋の店先につまみ出された。


 ここはブランネージュ国の首都『ネジュア』。二人は、街につくごとに求配所に寄り、依頼をこなして資金を調達しながら進んできた。しかし、ここにきて思いもよらない足踏みをしてしまった。


「・・・・アリス、前の街でどのくらい使った?」


 追い出された宿屋を、立ち尽くして見つめながら口を開くルージュ。


「ごめん、私はお酒を飲むとダメなんだ。」


 問に即答で答えるアリス。その表情は本当に申し訳ないという顔をしていた。


「そんなに率直に謝られると怒りようがないんだけど・・・・・・まぁ、財布を失くしたわたしが言えることじゃないけど。」


「ルージュはいつ失くしたかわかる?」


 腕を組み、片手を顎に伸ばし、目閉じ天を仰ぐ。今日の出来事を思い出そうと必死に頭を巡らせるルージュ。


「お昼食べたときはあったんだよねぇー・・・・そのあとは――――――はっ。市場で、遊んでいた子供たちにぶつかった・・・・手練れの犯行かぁ。」


 結論に達したルージュも、目に見えてテンションが落ちていった。


「・・・・アリス?現在の所持金は?」


「3エンドル―――――」


 二人して地面に膝をつき項垂れる。彼女たちの上空にのみ暗雲があるようだった。


「都市クラスの求配所じゃ、簡単な依頼すら受けられない・・・・・」


ルージュの声が虚しく風に流されていく。


「金目のものを持っているわけでもないし―――――」


アリスの声も弱々しく、周りの雑踏の音にかき消されていった。


「アリスの剣、1本くらい売れない?」


「私の剣は別に銘あるものじゃないからね。ただ頑丈に作られているだけで・・・こんなものを持っていったら、逆に処分料とられちゃうよ―――――」


 立っている気力もなくなり、その場に寝転がり空を見上げる両者。


「いっそ強盗でもしちゃおうか?」


 不穏な発言をするアリス。その表情は絶望を通り越して薄ら笑いを浮かべていた。


「捕まってもご飯は食べられるねー。」


 やる気なくルージュが返事をする。彼女もまた、アリスと同じ表情をしていた。


「その後、脱獄すればまた旅に出られるわよ?」


「賞金首になるけどね―――――」


「どっちかを捕まえれば、賞金もらえるんじゃない?」


「申請した時点で、また二人とも捕まるんじゃないかなぁ?」


「それじゃぁ、ダメかぁ。」


 アハハと二人して空笑いをする。その時、彼女たちの上に影が重なった。


「あの~――――――」


 頭の上から声が聞こえ、上目遣いでその方向を見る。そこには一人の女性が立っていて、こちらを覗きこんでいた。


「・・・・大丈夫ですか?」


「「・・・・・はい。」」


     ・

     ・

     ・


「それは大変でしたね?」


「まぁ、無計画だったことは反省点だよねぇ・・・・・」


 女性に対しルージュが苦笑いで答える。


 二人に声をかけたのは『ネージェ』と名乗る女性だった。優しそうな笑顔に銀色の長い髪、そして綺麗な白い肌。どうやら買い物の帰りだったらしく、大きな買い物袋を手に持っていた。

 ネージェに事情を説明したところ、自分の家に来ないかと誘われたため、二人は彼女の好意に甘えることにした。


「それより・・・ホントにお邪魔していいの、ネージェ?」


 アリスが何度目かの確認をする。するとネージェも何度目かの満面の笑顔で回答した。


「えぇ、ゆっくりしていってください。狭いところではありますけど。あっ、ここです。わたしの家。」


一軒の家の前に着く。そこは家というよりは店の佇まいだった。


「〝ドールファクトリーネージェ〟?」


ルージュが首をかしげながら店の看板を音読する。


「人形屋?」


「はい。私、人形師というものをやっていますので。どうぞ、中へ。」


 アリスの問いに簡潔に答えるネージェ。そしてそのまま店の中に二人を案内する。扉の中に入ると、そこには様々な人形が店中に陳列されていた。二人がしばらく眺めていると、店の奥の方から一体の人形がトテトテと走ってきた。店の人形よりは一回り大きく、水色の瞳に、同色の髪色をしていた。


「ただいま、レース。」


 ネージェの声に会釈で応えると、人形は買い物袋を受け取り、また奥へと走っていった。


「・・・・動いてる!?」


「あれは・・・・どういう仕掛け?」


 二者二様に驚きを体現する。ルージュは身を乗り出し体で驚きを表し、その瞳の中には星が輝いて見えるようで、アリスは一転、その場で目を丸くしていた。ネージェは、そんな二人を見て「くすくす」と笑いながら問いに答えた。


「私、ちょっと魔術もかじっていまして。そんなたいしたものではないですけど・・・・一応自操型の術式を組み合わせて、自分で考えて動くようにはしているんです。まだ、彼女だけですけどね。」


「いや、十分すごいよ。職人だね、ネージェ。」


 アリスが感心しながら口を開く。ネージェは控えめな答えを返すが、内心は褒められたことが嬉しいようで、少し頬を赤らめて照れていた。


「へぇ~、魔術ってこんなこともできるんだぁ。すごいね!!」


「ありがとう。夕飯までは・・・まだちょっと早いですね。お好きな場所でゆっくりしていてください。わたしは少し仕事をしてきますね。」


 ネージェが部屋の奥へと行こうとしたとき、二人が彼女の仕事に興味を持ち、同行を提案した。ネージェは快く承諾し、工房へと案内した。

ネージェの後に続き店の中の一室に入る。そこには人形の型や、造り途中のもの、人形の作成に必要な物の他に、魔術の本などが部屋中に散在していた。


ネージェはこの部屋に入った瞬間から一言も言葉を発しなくなった。ただ目の前の人形にだけ集中し、次々と形ができていく。


「へぇ――――――」


「・・・・本物の職人っていうのは、こういうことを言うんだろうね。」


 二人はネージェに習い、ただ静かにその過程を見届けた。


               ・

               ・

               ・


「すみません、夕食を作っていただいちゃって。」


「ただでおいてもらっているんだから、このくらいはね。それよりも・・・アリスの不器用さにわたしはびっくりなんだけど?」


ネージェに対する表情から一変、冷ややかな目線でアリスを見るルージュ。


「面目ない・・・・っていうか、ルージュがなんでもできすぎ。」


 しょぼくれた顔も一瞬、逆に食って掛かかってくるアリス。


「いや・・・・このくらいはやろうよ。一応、女の子なんだから。」


「ん・・・む~~――――」


 年下にさとされ、再び顔をしかめるアリス。その様子を少しハラハラしながら見ていたネージェが、とりあえず話題をそらそうと先を促す。


「ま、まぁ、それより早く食べよ?おいしそうだよ!」


 『リン!!』


 その時、唐突に店の鐘が鳴った。


「あれ、誰か来たみたいだね?」


ルージュがその音に反応したと同時、ネージェの表情がこわばる。


「う・・・うん、ちょっと行ってくるね―――――――二人は先に食べてて。」


 そう言って立ち上がり、店の方へ進んで行く。その肩が微妙に震え、なにかおびえを訴えているようにも見えた。彼女にとってただ事ではない、そう感じ取ったルージュとアリスは、お互いの目が合うと同時に席を立った。


「・・・・なんか、様子おかしいよね?」


「ちょっと、いってみようか――――――」


        ・

        ・

        ・


「はい、どちらさまでしょうか・・・・・」


 ネージェはおそるおそる店のドアを開ける。そこにいたのは一人の女性だった。


「あら、ネージェ。居るならもっと早く出てきなさいな。やっぱりあなたはダメな子ね。」


「すみません・・・・お母様―――――」


(「「お母様?!」」)


 ネージェの前にいる女性は、明らかに皇族ではないかと思える風貌で、外には護衛と思われる人の姿も見えた。物陰から様子を探る二人は、互いに口を手で押さえ、必要以上に声がもれないようにしていた。


(「ネージェって偉い人なのかな?!なんでこんなところに住んでんだろ?」)


 ルージュが小声でアリスに話しかける。


(「私に聞かないでよ。ほら、続き話すよ。」)


 二人の会話をよそに、ネージェたちの会話も先を進めていた。


「お母様・・・・今日は、どのような御用件で―――――」


「用件?そうね、あなたの顔を見に来たということにしましょうか。ありがたく思いなさい?」


「はい・・・・ありがとうございます――――」


「・・・・しおらしくしていれば良いというものじゃなくてよ。行きますよ、お前達!!」


「「はっ!」」


 本当に何をしに来たのかわからないほど、あっさりと会話が終わった。女性の声に応え、護衛の者達が馬車までの道を開ける。しかし途中、あからさまに何かを思い出したかのような仕草をしながらこちらに向き直り口を開いた。


「そうそう。10日後の〝首都巡礼行進〟。私から見えるところに出ていなさいね。決して、忘れないように―――――――」


 その言葉を最後に、高笑いをしながら馬車に乗り、都市の中心方向へと走っていった。その間中、ネージェはずっとお辞儀をしたままだった。


「なんか、嫌なやつね。」


 物陰から出てきて声をかけるアリスに、ネージェが頭を上げる。


「アリスさん、ルージュさん・・・・・聞いていらしたのですか?」


「ごめん、ネージェ・・・それより、今の人は?」


 ルージュが謝罪を言いながらも、状況を把握しようと質問を投げかける。ネージェは困ったような表情をしながらも、しばらくの後決心がついたように二人に面と向かった。


「あの方は・・・・ブランネージュ国女王、ジェリア様・・・・・わたしのお母様です―――――」


「っていうことは・・・・やっぱりネージェは――――」


「はい、王家の人間です。」


          ・

          ・

          ・


 食事が終わり、片付けも済んだ後、ネージェは二人に自分の事を話しだした。


「わたしは、先代国王と第一王妃の間に第一子として産まれました。」


「つまり第一王姫・・・・次期国王か王妃最優先候補じゃない?それがなんでこんなところに?」


 アリスがもっともな意見を投げかける。その横ですでに話についていけていないルージュが、首を傾げながら自分に判るように整理しようともがいていた。しかし、そんな彼女の様子に関係なくネージェは話を続けた。


「その当時は、です。私がまだ小さい時、わたしの産みの母上は、病によりその命を引き取られました。そして、第二王妃であったジェリア様が正室となり、第一王妃を引き継ぎました。」


「ん~と・・・・ネージェのお母さんが死んだことが、ネージェがここにいる理由ってこと?・・・・ん?――――――ん!?」


 ルージュが疑問符を頭の上に並べながらも、なんとか会話に参加する。しかし、そこにアリスの容赦ない修正が入る。


「いや、この時点ではまだネージェは第一王姫よ。産みの父親である国王が顕在しているから・・・・まだ一番権力のあるお姫様に違いはないわ。」


「ですが数年の後、父上も病により床に伏せ、結局助かることなく、命を引き取りました。」


 ネージェが続けた言葉に、アリスは唐突に事態を理解した。


「なるほど・・・・それで、成り上がり式に第一王妃だったジェリアが女王に君臨したってことね。跡継ぎも既にいるわけだから、他の皇族が割って入る隙もなかったと。」


 アリスは納得したといった感じに答え、椅子に背中を預ける。


「ジェリア様には3人のお子様がおりました。わたしの御兄弟様に当たるのですが・・・・・」


「第一王姫から第四王姫に成り下がり・・・・疎まれて追い出されたってところかしらね―――――」


「・・・・・・。」


 アリスの自己回答に、無言でそのまま俯くネージェ。


「・・・・どういうこと?」


 もはや会話に付いていくことは不可能と悟ったルージュが、アリスが納得した様子を感じ取り、要約する内容を求めてきた。


「簡単に言うと、王位継承の一番候補だったのが、四番目に落ちちゃって、しかも嫌われてこんなところに住むはめになったって事。」


「えぇーー!?そんなのネージェがかわいそうだよ!!」


「いえ、わたしは気にしていませんから・・・・」


 やっと理解できたルージュが感情のままに言葉を発する。ネージェはそう口にしながらも、明らかに暗い顔を見せた。


「でもね――――ちょっと解せない点があるんだけど・・・いい?」


 口元に手をおきながらアリスが疑問を投げる。


「なんでしょうか?」


「王位継承の優先度が下がったのはわかるわ。そういうことをしている国やら貴族やらがないわけでもないから。でも、第四王姫といっても王族の人物には変わりない。それに元第一王姫よ・・・・・なんで、誰も気づかないの?」


「あっ、そっか。」


 それは理解できたと、ルージュがアリスの意見に賛同する。そして、答えを求めるようにネージェへと視線を向けた。


「それは・・・・王族としてのわたしは、もう死んでしまっていることになっているからです。」


「「えっ?!」」


 ネージェの思いがけない言葉に、思わず声が飛び出す二人。


「わたしも、母上と同じ病にかかり、命を落としたことになっているのです。血筋は同じなので、不思議に思う者も国にはいませんでした。」


「なるほど・・・・王族としてのネージェは死んだことにして、同じ名前の娘を拾ったことにする。慈愛ということにしてこの店を預け、自分はあたかも援助しているように見せ、国民の支持を得る。最悪の手口ね―――――」


 アリスが重い口調で推察したことを言葉にする。その雰囲気から、彼女が本気で怒っている事がうかがいしれた。


「すごいですね、アリスさん。ほとんど正解です・・・でも・・・それでも、お母様が援助してくれていることには変わりありませんから。わたしが文句を言う筋合いなんて、ないんです。」


「ネージェ・・・・・」


 自分はこの状況にあることを、別に気にしてはいないと語るネージェ。しかし、彼女からにじみ出ている雰囲気を感じ取り、ルージュが悲しげな顔で声をかけた。


「・・・・・え~と、以上です。すみません、つまらない話を聞かせてしまって。それでは、わたしは先に休ませてもらいます。ごめんなさい。お二人もゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。」


 言葉を失う二人に、わざと明るく振舞うネージェ。しかし、話の内容もあったため逃げるように足早に自分の部屋へと入っていった。部屋に残された二人。重い空気だけが漂っていた。


「ねぇ、アリス?」


「なに?」


「ネージェも一緒に連れて行けないかな?」


 ルージュは、今一番自分の思っていることを率直に言葉にした。アリスも気持ちは同じだったが、ネージェをこのまま誘うには難があると感じていた。


「それができれば理想だけど・・・・難しいでしょうね。ネージェにも、なにか思うところがあるのだろうし。」


「なんとかできないかな?」


「なんとかねぇ・・・・・・あの女王様、何か言ってたわね。10日後になんとかって?」


 アリスが何か閃いたという顔をして、先ほどのネージェと女王の話を思い出そうとする。


「あぁ、〝首都巡礼行進〟ってやつのこと?」


 自分が思い出そうとしていた単語が、ルージュの口からあっさり出てきたことに、アリスは驚いた表情を見せた。


「あんた記憶力いいのね・・・・まぁ、その時が勝負どころでしょうね。」


「何かひらめいた?」


「アリス様にまっかせなさい!とりあえず、10日間は御やっかいになることにしますか。資金調達もあるしね?」


「りょーかい!!」

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