第3話 青の剣士
村を出て数日、ルージュは『ワラフ』と『ブランネージュ』の国境付近を歩いていた。目的が復讐というあまり褒められたものではないとはいえ、今の彼女が存在するには、理由が必要だった。
「それにしても・・・・あてもなくっていうのは、かなーーーーーり先行き不安・・・とりあえずわかっているのが、ものすごーく強くて、狼人族で、ガーレって名前だけだもんね・・・・見つかんのかなぁ?」
自分の計画性のなさに項垂れるルージュ。頭をあげ道の先に目を向けたとき、ふとその人物に気づいた。これから自分が向かおうとしていた方角を眺め佇む、青が目立つ服装の女性。腰には剣と刀、形は少し違うが大剣と思われるもの、計3本を携えている。さらに、布で覆われた大きな十字架を背負っていた。
「あんなところで立ち止まって、なにしてるんだろ・・・・あの人?」
いぶかしげに眺めながらも、自分の進む先にいるので少しずつ近づくルージュ。その彼女の視線に気づいたのか、青の女性がこちらを向いた。青い大きなリボンを頭にのせ、同色の服と純白のエプロンからなるエプロンドレス。何よりもとても綺麗な顔立ちをした人だった。
「・・・・・戦るの?」
「へ?」
しかし、聞こえてきたのは最悪の台詞だった。呆気にとられたルージュは、数秒間その場で固まってしまった。そのことに気づくと、頭を小刻みに振り意識を我に戻す。
「なんで、そんな好戦的なセリフを・・・・・・」
「だって・・・・戦いたそうな顔していたし。」
突拍子もない言葉に苦笑いしながらも、なんとか返答を絞り出したルージュだったが、青の女性は淡々と言葉を続ける。
「一切していませんけど!?」
「そう?まぁ、いいでしょ?ちょっとくらい。今ちょうどイラついていたとこだったし。」
ルージュは、驚きを飛び越えて変な表情に達していた。しかし、とりあえずは全力で否定をする努力をした。そんな彼女の反応などお構いなく、青の女性は腰の剣を抜き右手に構え、もう戦うことは決定事項だとでもいうように構えをとり、こちらを見据えてくる。
「それ、あなたの都合でしょう!!わたし関係なくない!?」
「気にしな・・・いっ!!」
わけのわからなくなったルージュは、とりあえず頭に浮かぶ言葉を並べる。しかし、会話も途中であったが一気に距離を縮めてくる女性。そして一閃が振るわれた。
「!?――――〝ベオウルフ〟!!」
『ガキンッ!!』
咄嗟に魔銃を召喚し、ルージュはギリギリで刃を受け止めた。
「?!―――魔銃・・・っていうのかしら?へぇ~、ちょっとおもしろそう。」
言葉と共に表情に笑みを作った青の女性は、一気に後方に跳躍し距離をとった。すると、もう1本、今度は刀を抜き2本を構える。
「行くわよ!」
不敵に笑うと再び疾駆。ルージュとの距離を一息につめる。
「ガンナーには、距離を詰めろってね!!」
「あまいっ!!」
振るわれる斬撃に対し、銃に付いた刃で応戦するルージュ。明らかに剣術使いというこの女性を相手にしても、一歩と引けを取らない芸当を見せる。
「あら、やるじゃない。」
「わたしを、そこらへんのガンナーと一緒にしないでね。それに、わたしはこっち(ショートレンジ)の方が得意なんだから!」
「そう・・・それならこういうのは?!」
大ぶりの一撃でルージュを引き離し、同時に自分から距離をとる。そして何もないところで剣を振るう女性。すると、そのまま斬撃が飛び、ルージュに襲いかかってきた。
「うっそ!?」
ギリギリでそれをかわす。しかし、かわした先に次弾が飛んできた。その後も斬撃は止まらず、ルージュは防戦一方を強いられた。
「どうしたの?ショートレンジしか取り柄がないのかしら?」
「ちょっ・・・まっ・・・こんな・・・んあぁ~!!もう!?」
かわし続けることにしびれを切らせたルージュは、何かを振り切るように吠えた。そして、飛んでくる斬撃を足場にして、上空に出て斬撃の暴風圏から抜け出す。
「あったまきた!それなら、見せてあげる・・・・ショートレンジだけでもあなたとは戦えるってところを!!」
そう言って、頭巾をかぶり自ら視界を狭めるルージュ。その様子に、口元に呆れた風な笑みを見せる青の女性。
「まぁ、どんなスタイルで戦おうが勝手だけどさ・・・・それじゃぁ、余計に見えなくなるんじゃないの?!」
上空のルージュに対しても容赦なく斬撃を飛ばす。かわす術のない彼女がどう切り抜けるか、自分なりに考察しつつ出方を伺う。
しかし、女性の予想を上回る行動をルージュはとった。斬撃をひとつ残らず全て、撃ち落とした。そのまま女性の方へ向って降りてくるルージュ。
「うそ・・・でしょっ?!」
青の女性は状況に驚愕しながらも、飛ぶ斬撃に利点がなくなったと判断するや、距離がつまったところで素早く直接の剣戟にシフトした。しかし、ルージュもそれに遅れることなくついていく。
二人の剣舞は徐々に合数と激しさを増していく。ルージュは宣言通り、銃撃を使わず、剣戟のみで肉迫していた。対する女性も、余裕があるとは言えないような状態ではあるが、それでも、ルージュの斬撃は彼女の衣服にも届くことはなかった。
そんな中、青の女性がルージュに対し仕掛けようと、頃合いを見計らっていた。
(「視界は狭い。あなたはやりやすいのかもしれないけど、かぶりものは致命的でしょ?――――背後ががらあき!!」)
タイミングを計り、瞬時に移動しルージュの背後をとる女性。そしてそのまま斬りかかった。確実と思われた一撃は、絶妙なタイミングでルージュが下に屈み、かわされてしまった。この時、ルージュは一切女性を見ていなかった。同時にこちらに向けられる銃口。その時でさえ、ルージュの視線は女性に向いていない。撃ち放たれた銃弾を、至近距離ながらも寸でではじき、一度距離をとる女性。
「・・・・・あなた、後ろにも目がついているの?」
「まぁね~。ぜぇーんぶ、見えていましてよ♪―――――」
驚愕の表情で問いを投げる女性に、そう言ってルージュはゆっくりと上体を起こしながら、フードの奥で不敵に笑った。
「ふぅん・・・・・じゃぁ、ちょっと本気だそうかな?」
そう言うと剣を鞘におさめ、刀だけを手に持つ女性。
「今までのは本気じゃなかったんかーい・・・・本気なのに1本しか使わないの?」
不敵な笑みは一転、困ったような顔でおどけるルージュ。今ので終わってくれたらと淡い期待を抱いていたが、この人相手では何かしらの決着がないと終わらないと悟り、諦めてとりあえず目先の疑問を口に出した。
「本気だからよ。私の真髄は一・・・というよりはこの子(刀)を使った戦い方が一番得意っていうだけなんだけどね。」
言葉にしながら刀を正面に構え、こちらを見据える女性。ルージュも腹を据え、その時に備える。
「ふぅ――――――――――はっ!!」
集中で閉じた目を開くと同時に、一息に駆ける。速さだけなら先ほどまでの倍は速い感じがした。その動きにかろうじてついて行くルージュ。剣戟を先に仕掛けようとするが、先手が奪えない。近距離での銃撃でタイミングをずらそうとしても、そのすべてを斬り落とされた。
「はぁぁぁ!!!」
先ほどまでとは違い一切の会話はなく、二人とも現在だけに没頭していた。女性の気迫は、それだけでルージュを圧倒しそうな勢いだった。
「くっ!?」
攻防の中、ルージュがいなしきれずにバランスを崩し後方に仰け反った。
『キンッ―――――』
いつ納めたのか、刀は鞘にしまわれ、彼女がルージュの隣で奇妙な体勢をとっていた。前屈みになり、手を柄にかけるか否かの位置で止め、あからさまに〝今から抜く〟と言わんばかりだった。
(「回避・・・・できない?!」)
女性の体勢は、ルージュが体勢を崩した直後には既に出来上がっていたようで、これから攻撃が来るのを知りながら、ルージュは回避行動をとれずにいた。
「しまっ―――――」
「〝秘剣 『一刀』〟!!」
女性の言葉と共に刀が鞘から抜き放たれる。
「あぁぁーーー!!」
刹那、ルージュは意地で身体を捻らせ、銃口ニ門を女性に向ける。
「〝ツインバレット 『フレア』〟!!」
斬撃と銃撃、双方の渾身の一撃がぶつかり爆発する。その衝撃波に吹き飛ばされたルージュは、宙を舞い背中から地面にたたき落とされた。
「いったー・・・・・」
体を起こしながら痛みに耐え目を開けると、刀をこちらに突き付け悠然と佇む女性がいた。
「私の勝ちね。」
そう言葉にし、満面の笑みを見せる。その表情を見たルージュは、開いた目をもう一度閉じ、頭を地面につけ寝ころぶ。
「・・・・・・はぁ、負けちゃった。」
「なかなか・・・・ううん、かなりね。楽しかったわ。」
女性も刀を納め、ルージュの隣に腰を下ろした。
「私は〝アリス〟。あなたは?」
「ルージュ。」
「ルージュか・・・ルージュはどうしてこの道を?旅でもしてる?」
「まぁ、旅って言えば旅だけど――――――」
アリスと名乗る女性に、別に隠すことでもないと思ったルージュは自分の事情を話した。自分のこと、村のこと、そして狼人族の男のこと。
「そう・・・・・・村が――――ごめんなさい、知らないとはいえ、あまり口にしたいことではないわね。」
「大丈夫。理由はこんなんだけど、時が来るまでは普通でいようって思ってたから。」
そう口にするも、話したことで情景を思い出したのか、唇をかみしめ何かを必死で耐えるような仕草を見せた。
「・・・・強いね、ルージュは――――」
「そんなことないよ―――――アリスもなにかの旅?」
「そうね、私は・・・・・私は、役割を探してる。それと、人探し・・・・かな。」
ルージュの問いに、歯切れ悪く答えるアリス。それだけで、彼女にも何かの事情があることが伺いしれた。
「・・・・・人探しか―――――じゃぁさ、一緒に探さない?」
「え?」
ルージュの突然の申し出に、気の抜けた声がアリスから漏れた。しかし、同時に自分の胸が高鳴ったことにも気づいた。
「何処にいるかわからないのも同じだし、なにより一人より二人だって!旅は道連れっていうしね♪」
そう言って立ち上がり手を差し出すルージュ。どこかで、この申し出を望んでいたのかもしれないと感じたアリスは、彼女の言葉に頬笑みで返し、迷いなく差し出された手をとった。
「よろしくね。ルージュ。」
「うん。アリスも、よろしくね!・・・・ところで、なんでイラついてたの?」
ルージュが、ずっと思っていた根本的な疑問をぶつけた。
「ん?あぁ、ちょっと道に迷ったからよ。」
「・・・・・えぇーーーーー?!」