第28話 帝国
帝国『エンパイア』。この大陸でもっとも大きな国であり、発展した国であり、統制された国である。徹底的に管理された環境は、逆に人々の活気を誘い、帝国へと移住を希望する人も少なくはない。
しかし、4年もの期間がありながら、彼女達は誰一人帝国を訪れてはいなかった。運命のいたずらというものなのか、彼女達自身にそれを知るすべはなかったが、そのおかげで、次の目的地に困る事はなかった。
その帝国に入ってすぐの街で、彼女達は違和感に気付いた。
「・・・・・精気が感じられないわね―――――」
すれ違う人から人、その全ての人物から生きている感じが受け取れなかった。
人であることには間違いない。しかし、そこにいるのは人形なのではないかと思うほど、人間味を失っていた。それは、中心都市に近づくにつれ強く感じとれていった。
そして、帝都『エンペリア』には、人の気配が一切感じられなかった。
――帝都『エンペリア』――
都市中央、エンペリア城正門へと繋がる広場と街道、『王通』。その広場に入った瞬間、一行はそれぞれの武器に手をかける。正門直下の階段の前に、明らかな敵意を纏わせ立ち並ぶ5つの影があった。
「黒極騎士団――――――」
アリスの口からその言葉がこぼれる。すると、彼らの中央に位置し、一人だけ階段に腰掛けていた、銀の甲冑に身を包んだ騎士が立ちあがった。
「ようこそ、勇敢な戦士達よ。あなたの言うとおり、我らこそ黒極騎士団。元々は十五位までいたのだが、いつのまにか残りわずかとなってしまった。まぁ、とりあえずは紹介をしよう。右端が第十四位〝無限のアンフィニ〟・その隣が第九位〝無情のメルシレス〟。左端が第十五位〝不幸のマルール〟・その隣が第三位〝夜傘のパラプリュイ〟。そして私が、第一位〝最強のエクストリム〟。以後お見知りおきを。」
紹介された騎士団だが、一切動きは見せず、パラプリュイだけが軽くお辞儀した程度だった。
「・・・・自己紹介は結構だけど・・・何を企んでいるのかしら?」
アリスが威嚇まじりに問いかける。それに軽く笑いを含み、エクストリムが答える。
「企んでいるなどと。そんなことは毛頭・・・・ただ名前くらいは知っていた方がよろしいかと思ってね。自分たちを殺す者の名前くらいは――――――」
「まぁ、待て。まず、私にも名乗らせてくれ。」
エクストリムが剣に手をかけたところで、階段上から一人の男が降りてきた。身なりからして皇族身分である事が見てとれた。
「・・・・あなたは?」
「私はこの帝国の王、〝アルカンダイン〟――――」
ネージェの問いにそう答えながら階段を降り切ったアルカンダインは、騎士団の前に立った。
「なるほど――――――」
「あなたが黒幕ということね―――――」
ボワとマレーンが納得したという顔で口にする。
「まぁ・・・そう言えなくはないな。」
「では・・・そろそろ、その目的を教えていただいてもよろしいのではなくて?物語も、クライマックスに近いのでございましょう?」
ラプが核心に迫ろうと言葉を紡ぐ。
「ん?そうだな、目的・・・・・・世界の再生といったところか?」
「世界の再生?おかしい事を口にするニャ。そいつらは世界を破壊していってるニャ。再生と全く逆ニャ。」
アルカンダインの言葉に即座に食いつくチャト。
「そんなことはないさ。ゼロから創り上げる。まず、全てを無くさずして創りなおす事が出来ると思うか?」
「・・・・・あぁ、なるほど。ものすごく簡単に言うと、世界征服の類ってことね。自分の望む世界を創るって言う・・・あれでしょ。」
アリスが半ばあきれた表情を見せた後、剣を掲げアルカンダインを睨む。
「月並みだけど・・・・そんなことは、私達がさせないわ!っていうか、ほんとにできると思っているの?」
「できるさ。彼の力さえ完全に手に入ればな!!」
力強く握りこぶしを作り、言葉にしてみせるアルカンダイン。
「彼?」
「たぶん・・・黒極騎士団が言っていた〝主〟って奴の事じゃない?」
フィユの疑問にマレーンが答える。
「手に入れば――――つまりそれは・・・・〝主〟とやらの復活はまだということですよね?」
「それなら、ここであなた方を全員倒してフィナーレですわね。」
ネージェとラプが意気込みを表面に現す。
「まぁ、待て。そう急く事もあるまい。まずは順序ってものがある。」
そう言うとアルカンダインは指を鳴らす。すると、黒い戦士が2人現れた。その中央、戦士に捕まる形で抑えられている見知った顔。
「ラパン!?」
アリスの声に顔を上げるラパン。
「ア・・・リス・・・・・アリス!」
ラパンが声を上げると、2人の戦士は手を離しその場から消えた。解放されたラパンは一目散にアリスの元に駆け寄る。アリスも、それを疑うことなく抱きとめた。
「アリス、アリス!!怖かったですーー!」
「ラパン、無事でよかった。もう、大丈夫だからね。」
その言葉にラパンは顔を上げ、アリスに笑顔を見せた。しかし、その表情も束の間、ラパンにより突き飛ばされるアリス。
「痛った・・・・ラパン、なにす―――――」
『ザスッ!!』
尻もちをつき、もんく交じりに顔を上げたアリスだったが、言葉は途中で止まった。彼女達の目には、大鎌を携えた男が、上空からラパンを突き刺している映像が映っていた。
「ちっ、一匹かよ!!」
舌打ちをしながら言葉を発し、大鎌をラパンから引き抜くと同時に、一息で騎士団の列まで跳んでいく男。
倒れゆくラパンの身体を、アリスは慌てて抱きとめた。
「ア・・・・リス・・・・怪我は・・・ない・・・・ですか?」
「大丈夫・・・私は大丈夫よ――――」
アリスの目から大粒の涙が溢れる。握ったラパンの手からはどんどん力が抜けていくのがわかった。
「紹介が遅れてしまったな。彼は第五位〝死鋏のスゾー〟よろしく頼む。」
エクストリムが悠々と先の人物を紹介する。そこで、彼女達の我慢が崩壊した。アリスを除き、敵へと疾駆する。騎士団もエクストリムを除きそれを迎え撃つ。各々が瞬時に敵を見定め、それぞれの戦いが始まった。
その中、アリスはまだ、ラパンを抱えていた。しかし、徐々にラパンの身体が光に変換されていく。
アリスは本能的に、ここでラパンと別れることになるのを悟っているかのように、慌てる事もなく彼女の声に耳を貸していた。しかし、それに反し、涙が止まる事はなかった。
「アリス・・・これ・・・を―――――」
そう言って、首飾りをアリスに渡すラパン。
「ここでの・・・役目が終わったら・・・・・これで・・・元の場所に・・・戻れますです―――――」
「これで・・・・」
「はいです・・・・アリス・・・・あなたに・・・辛い運命をおしつけてしまって・・・すみませんです――――――」
「何言ってんのよ・・・ラパンの所為じゃないよ。」
「ありがと・・・です・・・やっぱり・・・・・アリスは、優しい・・・・人です―――――」
そう言っている間にも、ラパンの身体はそのほとんどが消えかかっていた。
「アリス・・・世界の命運を・・・・あなたに・・・託しますです――――」
「・・・・まかせなさい。世界でもなんでも救っちゃうから!」
「ありがとです・・・・アリス・・・大好きですです―――――ああ・・・これでやっと・・・・・・・果たせましたよ・・・・オ―――――――――」
涙まじりの笑顔を最後に見せると、その後何かを悟ったかのように穏やかな表情を見せ、次の瞬間、ラパンの体は一層まばゆく光輝き、収まるころには完全に消えてしまっていた。
「終わったか?」
その様子を見ていたエクストリムが、今か今かと剣を手に待っていた。アリスは何も言わず立ち上がると、ラパンから手渡された首飾りをかけ剣を手に取る。そして、目を開けると、エクストリムへと疾駆していった。
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「はぁはぁはぁ・・・・」
戦闘開始から2時間余り、彼女達は満身創痍だった。
黒極騎士団のアンフィニとマルールを倒し、残るナンバーにも手傷は負わせた。しかし、差が出たのは、この一人がいるかどうかだった。
エクストリム。黒極騎士団第一位にして最強を名に持つ者は、伊達ではなかった。
最初は、アリスとの戦闘に専念していたが、二人が倒されたのがわかると、他のメンバーにも攻撃を仕掛けるようになった。その中にありながら、無傷ではないが攻撃は全て鎧までで止まり、疲労の様子は一切表わさず、なにより、長身の身体とほとんど変わらぬ大きさの大剣を、片手のみで操っていた。
現在、最初の位置に全員が位置取り、対峙していた。
「なかなかだな・・・・これほどの力をもっているとは思わなかった。特に貴公・・・蒼の剣士よ、お前は別格だ。」
「・・・・・・・。」
エクストリムに名指しされるが、アリスは一切答えようとはしなかった。
エクストリムが称賛を贈るのももっともだった。疲労こそ他のメンバー同様限界寸前であったが、彼女は一切の傷を負っていなかった。もちろん、身に纏う衣類も含めてである。
「・・・・みんな、動ける?」
アリスが声だけを後ろに向ける。一行は顔を見合わせ、ネージェが代表し声をかけた。
「大丈夫、まだいける。」
「そう・・・・なら、私が時間を稼ぐからみんなは逃げて。」
「「「!?」」」
「何言ってるの、アリス!?」
マレーンがその言葉に怒りをぶつける。
「マレーン・・・この場を無事抜けるにはこれが最良だと思うわ。みんなは、一度立て直して・・・ルージュがいればまだ何とかなると思う。ルージュを探して――――」
「・・・・死ぬ気なのですか?」
ラプがそう口にする。それに口元に笑みを作り言葉を返すアリス。
「そんなわけないでしょ?ある程度時間を稼いだら、私も逃げるわ。」
そう口にするも、それが作った言葉である事は全員がわかっていた。
「相談は終わったか?それなら、第二幕、始めさせてもらおう。」
騎士団が再び己の武器に手をかける。その様子にアリスも剣を握り、
「早くっ!!?」
そう口にした時だった。
「その必要は、ないよ。」
彼女達のさらに後ろ、街道の方から聞こえる声。そして、彼女達の合間をぬい、前に歩み出る一人の女性。誰かはすぐに分かった。身長は少し伸びたかなと思うくらい。二本に結っていた髪は、一本にまとまり、そして、忘れられるわけがない〝赫〟。
しかし、声をかけられなかった。いや、声をかけてはいけないと思ったのだ。その名を最初に口にしていいのは、彼女なのだと。その人物がアリスの前に出て、騎士団と対峙する。
「・・・・ルー・・・ジュ?」
恐るおそるアリスの口からこぼれたその名に、赫は顔だけこちらに向け答えた。
「久しぶり、アリス。みんな。」
そう言って笑顔を見せる。そこにいたのは、あの日と変わらぬ無邪気な笑顔を携えたルージュその人だった。そのまま全員の顔を眺めるともう一度笑顔を見せ、再び騎士団に顔を向ける。
「・・・ウィズダム。予定通り、みんなをお願い。」
「えぇ、まかせて。」
また後方から聞こえる声。その方向に一行が振り向くと、そこには不思議な雰囲気を纏わせる女性がいた。
「・・・・ルージュ、予定通りって?」
アリスが、ルージュに顔を戻し尋ねる。
「アリスがやろうとしていた事を、わたしがするの。」
ルージュは振り向かずそう答えた。続けてウィズダムと呼ばれた女性が言葉を続ける。
「あなた方が逃げる時間をルージュが稼ぎます。あなた方に、ここで倒れてもらっては困りますので。」
「でも、ルージュは?!」
「大丈夫ですよ。あの子なら、心配いりません。ですから今は、この場を退くことだけを考えてください。」
ボワの言葉にそう答えると、ウィズダムの身体が光り、次の瞬間大きな白い竜へと姿を変えた。
『さぁ、私の背中に乗って下さい。』
「・・・・竜人族・・・・・生き残りがいたのか―――――」
リアンから言葉が漏れる。その壮大な姿に一行は、気圧されていたが、禍々しい雄叫びで無理やり現実に引き戻された。騎士団の方を向くと、メルシレスがこちらに向かって走ってきていた。
「そうか・・・あの赫いのか。おまえ(無情)に感情を与えたのは――――」
エクストリムが口元に笑みを作りながらそう言い、『楽しそうだ』と小さくつぶやいた。
その間もメルシレスは一直線にルージュを目指す。
「みんな、早く!!」
ルージュの声で、一行はやっと行動に移り始める。それを確認すると、ルージュの周囲に風が吹き荒れ、おさまると狼人化したルージュが現れた。
すると、ゆっくり歩き出しメルシレスへと近づく。ルージュの周囲に再び風が集まりだし、その規模がどんどん大きくなっていく。そしてそれを右手に纏わせ、メルシレスがルージュへと襲いかかる瞬間、その拳を敵へとぶつける。
「〝嵐纏衝 穿貫〟―――――」
風は、拳がぶつかった点であらぶり、そのままメルシレスの身体に路を穿っていった。その場に倒れ、大地へと還って行くメルシレス。
その正面でルージュは、騎士団に向かって左手をかざして手招きし、挑発するように口元にはうっすらと笑みを浮かべる。
「・・・・・おもしろい―――――――――」
そう言葉にするエクストリムの顔は歓喜に満ちていた。




