第1話 赤き少女
「たっだいまぁーーー!!」
小さな集会所、その入り口に元気良く現れたのは赤い頭巾をかぶった少女。
「おぅ!!おかえり!!」
「今回は早かったな?」
「いくら稼いできたんだぁ?オレらに奢ってくれ!!」
集会所内から多くの声が少女にかけられる。ここにいるすべての人が、彼女を知っているようだった。
ここは『ワラフ国』にある小さな村『ルージェルフ』。その唯一の酒場にして、狩猟や手配書、そしてその情報などの紹介をしている、〝求配所〟である。
店の中の様子からは、この少女が人気者であるということがうかがいしれた。聞こえてくる声に手を振り、会話を交えつつ少女はカウンターへと向かっていく。
「おかえりなさい、ルージュ。」
優しく微笑みながら少女に声をかけ、カウンターの中から少女に飲み物を差しだす女性。
「ただいま!スリン!」
ルージュと呼ばれた少女も、同様にほほ笑みながら言葉を返し、差し出された飲み物に口をつける。
「今回はどうだったの?」
「楽勝かな。全然大したことなかった。」
「あれ、中々の金額懸かってなかった?けっこうな奴だっていう情報だった気がするんだけど?」
丸いお盆を片手に客席の方からこちらに歩いてくる女性が、ルージュたちに話しかける。手持無沙汰なのか、お盆をくるくると指の上でまわしていた。
「サマちゃん、お行儀悪いわよ!?」
「おっと。ごめん、スリン姉。癖になっちゃってさ。」
お盆を手に取り、カウンターの中のスリンと呼ばれた女性に片手で謝るサマと呼ばれる女性。
「それで、具体的にはどうだった?」
「前評判だけ。本人は全然大したことなかったよ?ただ単に、デカイ一撃持っていたのと、逃げ足が速かったからいままで捕まってなかっただけ。わたしの敵じゃないよ、あんなの。」
ルージュが飲み物を口にふくみながら、サマに返答する。
「さすが〝 Bloody・hood 〟、話題の賞金稼ぎは伊達じゃない――――――」
集会所入口付近、求配窓口の方で手配書の処理をしながら、こちらに顔を向けずにボソッと口を挟む女性。
「あったりまえじゃん!そんなの当然でしょ、ウィン。ってまぁ、威張れるほど大きな戦績、挙げてるわけでもないんだけどね。」
そう言って苦笑いをこぼすルージュ。ウィンと呼ばれた女性も、相変わらず顔は書類の方を向いていたがその口元には笑みが浮かんでいた。
「でも、依頼成功率100%は十分威張れる数字じゃないのかい?はいよ、毎度ながらおごりだから、食ってきな。」
「やったぁ!ありがと、オータ!!」
調理場から来たオータと呼ばれた女性が運んできた食事に、一目散にありつくルージュ。その光景を見て店の中がさらに活気に包まれる。
長女スリン、次女オータ、三女ウィン、四女サマ。集会所を経営する4人娘。明るく気さくなスリンとオータ。少し控えめだが、物知りで実は優しい一面を持つウィン。そして、元気いっぱいでやんちゃなところもあるが芯はしっかりしているサマ。ルージェルフ集会所の名物4姉妹とは彼女達の事を指す。
そして、そんな彼女たちの中にありながらも、その存在を隠しきれないのがこの少女、〝ルージュ〟である。
15歳という年齢でありながら、この村を拠点とし賞金稼ぎを生業としている。明るく人当たりも良く、村人の誰からも愛され、村人全員の娘とも呼ばれている。年齢の割に低い身長が本人としては悩みだが、それも相まって村中では可愛がられている。
しかし、彼女にはもう一つの名前があった。それが〝 Bloody・hood 〟。賞金稼ぎの中で、最近噂され始めた名前である。依頼を失敗したことがなく、大物ですら苦もなくおとす。血を連想させるかのような赤い頭巾を常にかぶっていることからそう呼ばれていた。
だが、その正体を知っているのは、実はほぼこの村の人物だけなのであったりする。彼女は、村の娘と愛される一方で、英雄としても称えられていた。
「ごっち!!オータの料理はあいかわらずおいしいね!」
食べ始めてから数分と経たないうちに、ルージュは皿の上のものを綺麗にたいらげた。
「ありがと。でも褒めたってこれ以上は何も出ないよ!」
「ちぇっ、オータのけち!それじゃ、帰ってゆっくり休もうかな。」
調理師との食後の会話を交わした後、立ちあがりぐっと背伸びをするルージュ。彼女の様子を見て、棚に置かれてあった紙袋を手に取るスリン。
「帰るならこれを持っていって?オラージュさんに頼まれていたの。遅くなってごめんなさいって伝えておいてくれる?」
そう言ってルージュに小さな紙袋を手渡す。
「おばあちゃんに?わかった!!」
それを受け取ると入り口の方へ向かうルージュ。帰り際も集会所中の人達から声をかけられ、出入り口に辿り着くのにも時間がかかる。数分をかけやっと扉の前に立ったルージュは、振り返り集会所の顔ぶれを臨んだ。
「みんな、またねーー!!それから、ウィン。次の依頼、良さげなヤツ選んどいて!!」
そう言い残すと、ルージュは勢いよく外へ駆けだしていった。
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「おばあちゃん、ただいまー!」
「あら、ルージュ。帰ったのかい?おかえり。」
自宅に帰ると、ルージュは一目散に祖母の部屋へと向かった。
祖母の名前はオラージュ。彼女たちはこの家に二人で暮らしている。父親はルージュ同様賞金稼ぎをしていたが、ルージュがまだ幼い頃に、手配書の人物を仕留めることができず、逆に返り討ちにあい命を落とした。母親はルージュを身籠っている時に難病を患っており、彼女を産んで程なくして他界していた。その為、二人の事を彼女はほとんど知らない。この祖母が母親代わりであった。
「おばあちゃん、これ。スリンから預かってきたよ。遅くなってごめんだってさ。」
ルージュはスリンから預かった紙袋をオラージュに渡した。
「あら、全然遅いことなんてないのにねぇ。ありがと。」
「なにが入ってるの?」
「ん?これはね・・・・・」
ルージュの質問に、勿体つけながら紙袋をあざくるオラージュ。中から取り出したのは小さなお守りだった。
「お守り?」
「そう、お守り。ルージュの分もあるわよ。」
「ほんと!?」
「えぇ。でもまだあげられないわ。」
「えぇ~?!なんでぇ?」
喜んだのも束の間、お預けをくらったルージュが不服な物言いを立てる。
賞金稼ぎという面を持ち、あまつさえ物騒な異名まで持つ彼女だったが、この辺りの感情表現は、実際のルージュの年齢として相応しい。むしろ幼いくらいのものだった。
こういった子供の面のルージュを簡単に引き出せるのは、もしかしたらオラージュしかいないかもしれない。
「秘密。それよりお買い物に行ってきてもらえるかしら?残りものじゃあなたの分の夕食を作れないわ。」
「うそ!?わかった、すぐ行ってくるね!」
さっきまでの疑問はどこへいったか、二つ返事でルージュは部屋を飛び出していった。嵐が過ぎ去ったかのような静けさが戻った部屋の中で、オラージュは外に見えるルージュの後姿を見つめつつ、少し表情を曇らせた。
「この嫌な感じ・・・・・・そろそろ、なのかしらね?マリア―――――――これがあの娘の力になることを・・・・祈るだけ――――――――」
そう言って、胸元に光る首飾りの小さな珠を握りしめた。