第18話 天使
「あれは?!」
ネージェの瞳に、その姿が映った。こちらに向かい、単身馬を駆る人物。その人物がネージェとジェリアのいるところまで近づいた。
「トリーゼさん。お久しぶりですね。」
ネージェがその人物に会釈する。相手は、アルジャン国王トリーゼだった。
「君は、リアンと一緒にいた人だね。久しぶり。すまないが、再会の挨拶はこの辺にさせてもらっていいかい?私は、そちらの方に用事があって来たんだ。」
そう言うと馬から降り、ジェリアへと近づき、片膝をつき頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。ブランネージュ女王、ジェリア公。」
「あなたは?」
「私は、現アルジャン国王、トリーゼと申します。以後お見知りおきのほどを。この度は、私の失態によりこのような事態を招いてしまい、大変申し訳ありません。この戦いは、ある悪魔によって仕組まれたものです。決して、我々の意思とは関係ありません。」
「・・・・その証拠となるものはあるのですか?」
「ありません・・・ですので、ここには、私単身で参りました。我が軍の指揮をとるより、このような事にまきこんでしまった貴国をお守りすることが先決かと思い、囚われていました場所より、急行した次第です。」
「囚われていた?」
ネージェがその単語に反応する。
「はい。あの悪魔は、私を地下牢に閉じ込めました。リアンが助けに来てくれたのですが、時すでに遅く我が軍は進行しており・・・・・向こうは今、リアンに任せているのです。」
「リアンとは?」
ジェリアが、幾度か出てきたその名前に疑問を持ち問いかける。
「私の・・・・愛する人です。彼女は単身、あの悪魔に挑んでいます。私も、早く加勢したいのですが・・・筋はまず通さねばなりません。一、国王として。」
トリーゼの瞳にこもるまっすぐな気持ち。ジェリアも、それに心を動かされないような悪人ではなかった。
「いま少し時間をください。我が陣にいる悪魔が、この悪魔たちの統率者です。奴を倒せば、この戦いに終止符を打てます。」
トリーゼの言葉に、しばしの間を開け、ジェリアが口を開く。
「・・・わかりました。あなたの言葉を信じましょう。共に、平和な国を築くために・・・あなたのご武運を祈ります。」
「ありがとうございます。では、私はこれで。」
「待って!?」
馬に乗ろうとするトリーゼをネージェが止める。
「どうしましたか?」
「陣に戻るんですよね?それなら彼女と一緒に。フィユ?!」
傍らで戦うフィユを呼び寄せ、事情を説明する。
「了解。リアンの為となったら断る理由もなし。国王さん、早く乗って!」
「ありがとう、よろしく頼む。」
「おまかせ!ファラダ、飛ばしていくよ!!」
「承知!主殿、御客人、しっかりつかまって下さい!!」
そう言うと、目にもとまらぬ速さで駆けていった。それを見送ると、ジェリアが口を開いた。
「私は、何をやっていたのかしらね・・・・・」
「お母様?」
「隣国では、あんなに真っすぐで、まだ若い国王が頑張っているというのに。私は、自分のことしか考えていなかった。私の醜い嫉妬で、あなたにも迷惑をかけていたというのに―――――」
ジェリアの目からは涙がこぼれた。ネージェが初めて見る、この人の涙だった。
「お母様は、頑張っていましたよ。そうでなければ国は成り立ちません。私の事だって、あの日に全てが終わりました。それでもそう思うのでしたら、これから変わればいいんですよ。」
そう言って、ネージェはジェリアを抱き締めた。
「ネージェ・・・許してくれるの?」
「許すも何も、わたしはお母様を憎んだりなどしていませんよ。あの時言った言葉は嘘です。わたしが街を離れたのは、お母様にこれ以上迷惑をかけたくなかったからです。」
「ネー・・・ジェ―――――」
一層大粒の涙を流すジェリア。その二人の様子を、戦いながらも見守るチャトの姿があった。
「ん~、愛だニャー。」
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「はぁぁぁーーー!!」
リアンの蹴りが空を切る。彼女の身体はすでに傷だらけだった。対するベリアルは余裕の表情。しかし、彼も無傷というわけではなかった。
『強くなったね、リアン。出会ったときは、あんな弱々しく可憐な少女だったのに。クックックッ。』
「黙れ、貴様さえいなければオレは――――」
『〝オレは平和に暮らせていた〟とでも言いたいのか?残念だがそれはない。お前は、オレと出会う運命だったんだからな?クックックッ。』
「なんだと?」
リアンが、険しい顔を一層陰らせて問う。
『お前は親父に売られたのさ。お前の親父は、お前を産んですぐ死んじまった自分の妻に、一度だけでいいから会いたいと。そう、たった一回死者に会うだけの事でお前の命を差しだしたんだ。』
「なに・・を・・・でたらめを!?」
『でたらめじゃないさ。でもまぁ、実際にお前の命をもらいに行った時には、駄々こねてうざかったから、あいつの命を取っちゃったんだけどね。クックックッ。』
「ま、まさか―――――」
『そう、お前がその両腕を失ったあの夜だ。オレも悪魔ですからさ、契約は絶対なわけですよ。最初の契約はお前の命だったけど、実際にはあいつの命を取ったわけだ。だからってお前に何もしないわけにはいかないだろ?だから、その両腕をもらっちまったら、お前はどうすんのかと思ってさ?クックックッ。』
「そうか・・・・要はお前の暇つぶしでオレは生かされたようなものか。」
ベリアルの言葉に、歯を食いしばるリアン。握りしめた銀の拳はギリギリと音を鳴らしていた。
『ご明答。』
「貴様ーー!!」
ベリアルに飛びかかろうとするリアン。しかし、一手先にベリアルが動き、リアンの銀の腕にその両手をあてる。すると、銀の腕は粉々に砕け散った。
『あの小僧からの贈り物だったな?んなもんつけてんじゃねぇよ。目障りだ。お前には、オレのとっておきの絶望を贈ってやる。心を込めてなぁ。』
不敵に笑い、こちらを見下ろすベリアル。それを睨みかえし。
「ざけんな、オレに絶望を与える?冗談はよそで言え。貴様如きに、オレを絶望させる事が出来んのか?!」
『・・・・強がるなよ、小娘が――――』
急に口調が変わるベリアル。その変貌に身震いをするリアン。
『そんな強気な口調も、挑発する態度も、全て自分を騙す為の壁だろ?お前は何も変わっちゃいないんだよ。あの日の、か弱い娘のままだ。』
そう言うと、魔術を使っているのだろうか、手も触れずにリアンの身体が宙に浮き、自由を奪われた。
「何をする?!」
『よく見ておけ。今この場に、この数倍の悪魔が現れたらどうなるか・・・想像できるか?』
「なっ――――」
『思い描けたか?さぁ、とくと楽しめ!!』
ベリアルの両手が上がる。
「やめ―――――」
リアンの悲痛の声がもれる。その刹那だった。
「「させるかーーーー!!」」
怒声と共に、疾風の如く現れた二つの影は、ベリアルの両側を通り過ぎる。やや遅れて、その二つの影が連れてきた風が通り過ぎると同時、ベリアルの両腕が吹き飛んだ。
『ぐぁぁぁーーー!?』
その場に膝をつくベリアル。リアンの拘束も解けたのか、地面に叩きつけられるように落ちるが、すかさずベリアルから距離を取る。ある程度離れたところで、彼に痛手を負わせたたであろう二つの影を確認する。
「リアン、無事か?!」
「間に合ってよかった!」
そこにいたのは、トリーゼと、ファラダにまたがるフィユだった。
『貴様らぁぁ――――』
振り向きながら激しい形相で二人を凝視するベリアル。すると、斬り落としたはずの腕が、また生えてきた。
「うわっ・・・」
「だてに悪魔は語ってないか。」
二人が、再び構えを取る。しかし、何かに気づいたように、すぐにその構えを解いた。ベリアルは怪訝に思ったが、その理由に気づき、すかさず後方に向き直る。そこには、リアンと二人の天使がいた。
「二人とも、本当にいいのか?」
「もちろんです。これは私達二人が決めた事ですから。やっと大天使様の認可も下りましたし。」
「ミカ達がリアンと一緒にいられる事には変わりないしー!」
「リアンさんには今まで大変お世話になりました。」
「天使は恩に報いて初めて天命と成すんだしー!」
二人のいつも通りの雰囲気に、リアンも一度肩の力を抜く。
「・・・・二人とも、今まで楽しかった。ありがとう。」
「それはこちらの台詞です。ありがとうございました。」
「リアン、ありがと。」
3人でお辞儀し合う。そして、
「うん、それから―――――」
「「「これからもよろしく!!」」」
言葉を言い終えると、3人は光に包まれる。その光がおさまると、リアンに、なかったはずの両腕が生まれていた。
『何が起きた――――』
「天使達が・・・・・」
「リアンの腕になった―――――」
フィユ達の驚きをよそに、リアンは調子を確かめるように手を開いたり閉じたりして動かす。それが一通り終わると、ベリアルを睨みつける。その表情に顔をひきつらせるベリアル。
『つ・・・強がるなーーー!!』
怒声を散らしながら突進してくる。それに左手を上げ、制止させるような仕草をする。同時に、彼女の腕には銀色の文字のようなものが浮かび上がる。すると、ベリアルはその手に触れる直前、壁にでもぶつかったかのように急に止まった。
『な・・・何が――――』
『ドゴッ!!』
言葉の全てが言い終わる前に、リアンの蹴りにより吹き飛ばされるベリアル。よほど効いたのか、吹き飛んだ先から動けずにいた。それにリアンが近づき、その頭に右手を乗せる。
『貴様・・・』
「ベリアル・・・もう、眠りな―――――」
リアンの声にも表情にも、先ほどまでの怒りの雰囲気は感じられなかった。
『ふざけるな・・・・貴様の――――』
「この腕、天使なんだよ。これがどういうことかわかるか?」
『天使?・・・・まさか?!』
「おやすみ、ベリアル。〝 Raphael 〟―――――」
リアンがその言葉を口にすると、再び彼女の腕に銀色の文字のようなものが浮かび上がり、そして、ベリアルの身体は徐々に光に変わっていった。完全にその姿が消えると、今まで暴れていた悪魔が急におとなしくなり、そして銅像が崩れるように瓦礫となって土に還っていった。
「・・・・ふぅ。」
リアンが息を吐く。それとほぼ同時くらいに歓声がわきあがった。この戦争が終わった事を皆感じ取ったのだ。
「おつかれさま、リアン。」
「トリーゼ。」
リアンの肩に手を置き、労いの言葉をかけるトリーゼ。リアンも、素直にその手に体を預けた。その様子をにこやかに見守るフィユ。
「一件落着と。さぁ、向こう側は・・・・ん?」
ブランネージュ側を見たフィユの目に、何かが映った。




