第17話 継がれゆく血が絶えることはなく
「・・・・。」
ルージュは今、それと対峙していた。
ガーレと別れてから数時間、ブランネージュ軍が悪魔との戦闘を始めた時から数えて半日くらい前。遺跡を抜けた辺りにある湿地帯、そこで一度休憩をしていると、そいつが追いついてきた。ルージュにとって、あってはいけない事態だった。
「・・・・約束・・・したじゃない―――――――」
ルージュの手には魔銃が握られる。彼女の雰囲気が目に見えて変わるのがわかった。
彼女の目の前にいるのは、あの黒い何か。ガーレと戦ったはずのこいつがここにいる。それは、つまりそういうことだった。
「・・・・・嘘つき―――――――」
言葉と同時に疾駆、至近距離で魔弾を撃ち放つ。そのまま流れにまかせ一度離脱し、様子をうかがう。
全弾命中したのは確認した。しかし、数秒動きを止めた程度で、何もなかったかのようにこちらに向きなおす黒い化け物。その様子を確認するとすかさず近づく、今度は剣戟も加え一気にたたみかける。またも全攻撃命中するも、微動だにせず、しかも今度は、すかさず反撃してきた。
『ドゴッ!!』
そのゆっくりした動きに似合う破壊力。ルージュは飛び退きそれをかわし、自分がいたであろう場所を確認する。そこは、予想に反せず、爆発でも起きたかのように地面が穿たれていた。しかし、その情景に一切動じず、ルージュは立ち上がる。そして、それを睨みつける。
「・・・・ガーレが、あんたなんかに負けるわけ・・・・ない!!」
あきらめずに喰らいつく。素早いフットワークに銃撃と剣撃の嵐。
敵の攻撃は、一度でもくらえばこの身を砕く。それだけは許してはならない。もしかしたら、ガーレはこれをもらってしまったのか。普通なら絶対くらうはずはない。でも、あの時は自分との戦闘の後、万が一がないとは言えなかった。
(「ガーレ――――」)
心の中で悔しさを噛みしめながら、今は目の前の敵に集中する。しかし、傷跡は残せているものの、全然衰えを見せない敵に、焦りを感じ始める。
「何、こいつ?ちょっとずつ攻撃してるのがダメ?・・・・・・じゃぁ、これで――――」
ベヒーモスへと変形させて一撃にかけるルージュ。
「!?」
弾を装填するその一瞬、いつの間に近づいたのか目の前に現れる黒。振りかざされるその拳がルージュを捉える。咄嗟に魔銃を盾にするが、あっさりと砕かれ、ルージュは激しく飛ばされる。
「くぁっ!?」
岩に身体が激突する。その衝撃で、身体の自由が奪われた。霞む目を開けると、ゆっくりこちらに歩み寄る敵の姿が見えた。
「くっ・・・うぅ~――――」
ふらふらと立ち上がるも、それだけで精一杯だった。その間も、徐々に敵との差は詰まる。
(「こんなところで・・・止まってられないのに―――――」)
悔しさに唇をかみしめる。その時だった、
(「ルージュ、大丈夫か?」)
不意に、声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に、目を見開く。自分の傍らに、彼の姿があった。
「ガーレ――――生きて・・・って、体、透けてない?」
(「まぁ、死んじまったからな。魂だけだと、こんな事が出来るらしい。」)
「そう・・・ごめん、わたしの所為だよね・・・・」
一瞬上向きかけた気持ちも、彼の状態を見てすぐに戻ってしまった。ルージュが顔を伏せる。
(「バカなこと言うな。オレが弱かったから死んだ、それだけだ。お前の所為なんかじゃない。だいたい、ルージュが苦戦するような奴に、オレが勝てるわけないだろ?」)
「でも、ルージェルフに来た時は追い払ったんでしょ?」
(「あの時は、ばあさんが追い払ったみたいなものだ。オレはほんの少し手伝ったにすぎない。」)
「そうなんだ・・・おばあちゃんって、強かったんだね。」
(「想像以上に、な―――――それより・・・やれるか?」)
話がそれたのを修正し、ガーレが根本的な質問をルージュに投げかけた。
「当然――――って言いたいところだけど、ちょっと無理かも。さっきまでであの調子なのに、今の状態では・・・・手詰まり。ごめん、ガーレ。わたしもそっちに行くね。」
弱々しく笑顔を作るルージュ。それに対し、ガーレはため息を吐く。
(「お前・・・その台詞はオレに向けていう言葉じゃないだろ?それに、そんな顔見せられたら、あきらめたなんて思えないんだが?」)
指摘されたルージュの顔は、口元こそ先ほどの笑顔を保っているが、その中では歯を食いしばり、ボロボロと流れ出る涙をよそに、その瞳は光を失わず、敵だけを睨みつけていた。
(「悔しいんだな?」)
「・・・・うん――――負けたくない・・・あいつに勝って、みんなのところに行きたい。」
(「それなら、オレが秘技を授けてやろう。」)
そう言うと、ガーレの気配が消えた。
「ガーレ?・・・・!?」
どこに行ったのかと思った瞬間、自分の中にガーレの意識を感じた。
(「しっかり覚えろよ、次からは、おまえ一人でできるようにならなきゃいけないんだからな?」)
「できるようにって・・・なにを?」
(「・・・・まだ気付かないのか?お前、自分が何なのかわかってないな?」)
「何なのかって?」
本当に何も気づいていないルージュ。そのことにさらに大きなため息を吐くガーレ。
(「はぁ・・・いいか、オレとお前の関係はなんだ?」)
「従兄妹・・・って、まさか?!」
そこでやっとガーレの言いたいことに気づいたルージュ。
(「そのまさかだ。お前は狼人族の血の入った混血種だが、そこに眠っているのは英雄の血だ。」)
「でも、獣変なんてやったことないよ?!」
(「だから、オレが教えてやるんだよ。お前のすべてを委ねろ。後はオレがやる。お前はただ、これからオレがやる事の全てを覚えるんだ。いいな?」)
「・・・・・わかった。」
意を決したようにうなずくルージュ。
(「よし、行くぞ。」)
ゆっくりと目を閉じる。ルージュの身体が、次第に風に包まれ、その風は強さを増していく。吹き荒れる砂塵と水しぶきは敵の進行を許さなかった。一層強い風が吹き、ルージュの姿があらわになると、そこにいたのはまさしく、狼人の姿をとったルージュだった。狼の耳と尻尾、そして目の色がガーレと同じく右目が赤、左目が橙色となっていた。
「・・・・ホントになるんだ。」
ゆっくりと開いた後、その眼で自分の身なりや尻尾を確認してしみじみと答えるルージュ。
(「当たり前だろ?そういう血を継いでいるんだからな。」)
「そっか・・・でも、強くなったの?」
(「それは試してからのお楽しみだ。しっかり覚えろよ、狼人化している時の動きは、普通の人間とは勝手が違うだろうからな。」)
すると、勝手に体が動き出す。どうやら、ガーレに身体の主導権を奪われたようだった。文句を言ってやろうかとも思ったが、目に映る光景があまりにも違い、そんな気持ちすら失わせた。
「速い・・・・・」
(「お前の身体能力に狼人化の力が加わればこのくらいは楽勝だ。いまのくらいでも、オレには扱いきれてないくらいだ。」)
そういうガーレだが、自在に動き回り、次々と攻撃を与えていく。
(「それにしても・・・この格好は動きづらいな。破っていいか?」)
そう言ってスカートに手をかけるガーレ。それを全力で止めるルージュ。
「ダメ!!女の子の服に勝手に触れるなんて何考えてんの?!まったく。」
こんな状態でもふざけた会話を交わす。いつも程度には余裕がでてきた証しだった。一度距離を置き、様子をうかがう。先ほどよりはダメージがあるようだが、それでも、倒すには至らない。
(「まだダメか・・・それなら、アレを試してみるか。」)
「何を?」
ガーレの言葉に反応し問いかけるルージュ。
(「ばあさんが、英雄となった時に使っていた技。オレも何回か試したことはあるんだが・・・・本物は桁違いだった。もう一度、今度はお前の体で試してみる。」)
「・・・・それ、大丈夫なの?」
(「まっ、なるようになるだろ。今日のを教訓に、おまえが完成させろ。」)
「なんて無責任な。」
そう言いながらも、構えを取る。
足を大きく開き、上半身はだらんと力を抜く。獣変したとき同様、周囲に風が集まりだす。しかし、規模は先ほどとは比べ物にならず、まさに、そこに嵐があるようだった。その風の壁に、右手を差し入れると同時に、敵に向かい疾駆する。風は右手に引きずられるようにルージュの後を追う。
「「〝嵐纏衝〟!!」」
言葉と共に、拳を敵に乗せる。風は、暴風となり敵を呑みこみつつ地面に傷を穿ちながら奔っていった。その場に残ったのはルージュと、静寂さを取り戻した湿地帯だけ。
深呼吸をし、一度大きく吐き出す。
「ガーレ・・・ありがと。」
(「・・・・・。」)
「ガーレ?」
いくら待っても返事が戻る事はなかった。優しく微笑むように目を閉じる。心の中でもう一度ガーレにお礼を言うと、当初の目的の為、その場を後にした。




