第11話 橙の資格
「「海だぁぁーーー!!」」
橋の上で大声を上げる、ルージュとボワ。
ここは『スディア』国の首都『スド』。フォレステストを抜け数日、久しぶりの都市という都市だった。海に面するこの都市は、海産業が盛んで有名であり、大きな港も持つ。
しかし、それ以上に有名な出来事でこの国は今話題となっていた。
この国の王子が妃を迎え入れた事により、王の代替わりがあったのだ。数ヶ月前の出来事だというのに、未だに話題が絶えないのにはもちろん理由がある。
王子が迎え入れた妃は、隣国の姫で、その隣国にはとある風習があった。国の名は、騎士の国『オランジュ』。姫が嫁ぐとき、侍女と愛馬を引き連れ、単身で向かわなければならないというのだ。
それだけでも話題性には事欠かないが、それ以上に、彼女の魅力にこの都市は見惚れていた。気さくで民にも愛想よく、騎士の国出身である為武術にも精通する。女神とも称されていた。
一行は、その話題の妃を拝見できないかと、淡い期待を胸に城まで来たのだが、さすがにそう簡単に会うことなどできるはずもなく、現在は宿泊先を探すため、中央街にむかうところだった。
「お姉様、危ないですわよー!!」
「大丈夫だよー!!」
橋の入り口付近で、先行するルージュ達に注意を促すラプ。
「なんか、あの呼ばれ方にも慣れたみたいね。」
「ルージュに押し付けたみたいになってしまったもんな。」
アリスとリアンが苦笑いしながら後方を歩く。
ラプを助けた時の一件で、さすがに〝お姉様〟呼ばわりされるのは皆ごめんだったらしく、塔から助け出したルージュに押し付けたのだった。ルージュも初めのうちは嫌がっていたが、もう慣れたらしく、もはや拒まなくなっていた。
「お姉様ーー、待って下さーい!」
ラプが駆け寄ろうとした時、その横を猛スピードで駆け抜ける馬車があった。馬車の軌道は不安定で、どうやら制御できていないらしかった。
「お譲ちゃんたち、あぶねーぞー!?」
「「へっ??」」
『ドカンッ!!』
狙いすませたかのようにルージュとボワを轢き、〝すまん〟とだけ言い残しそのまま走り去る暴走馬車。
「「・・・・・ほえ?」」
呆けた声だけ残し、そのまま橋の欄干を突き破り空中に投げ出される二人。そして、呆けた顔と飛び出した姿勢をそのままに、当然の如く落下を始めた。
「「・・・・・・・・は??」」
呆然とそれを眺める残された4人。徐々に事態を呑みこみはじめ、顔が青ざめていく。
「・・・・落ちたーーーー!!」
最初に声を上げたのはアリス。すかさず橋の横にある崖を降りはじめるリアン。
「レース、追って!!」
「私も!!」
ネージェの号令でリアンの後を追うレースと、出遅れたが自分も行こうとするアリス。
「お待ちくださいですの!お姉様たちは、たぶん大丈夫ですわ!」
しかし、それを静止させるように声を張るラプ。
「なんでそんなことがわか・・・・・るかもしれない。」
勢いのまま反論しそうになるが、よく考えてみるとあの二人なら大丈夫かもしれない。そう思ったアリスは一度呼吸を整え冷静さを取り戻す。ネージェも同様だった。
「でも、追いかけないわけには行かないよね?・・・・どうやってここを降りるかが問題ですけど――――――」
橋の下をのぞきながら、言葉にするネージェ。日の光があまり届かないのか、薄暗く底が確認できなかった。
「大丈夫です。わたくしに考えがありますわ――――――――」
・
・
・
「落ちてるーーーー!?」
「ボクたち落ちてるーーーー!?」
絶叫しながら、落下を続ける二人。すると突然、魔銃を手にするルージュ。即座に第2形態へと変える。
「ボワ、つかまって!!」
ルージュの声に、彼女がやろうとしている事を悟り、しっかりとしがみつくボワ。それを確認するとレバーを引き装填する。真下に照準を定め、距離を計る。地面が徐々に近づき、衝突するか否かというタイミングで撃ち出す。
「ベヒーモス―――――〝崩穿花〟!!」
『ドゴッ!!』
水しぶきを上げ、発射直後に拡散した赤い閃光が地面を穿つ。水しぶきが収まると、その中央、水浸しになりながら空を眺め寝ころぶ二人の姿が現れた。
「・・・・・ボワ、生きてる?」
「・・・なんとか。」
しばらく寝転んだままだったが、弱々しく口を開くと、もそもそと起き上がりながら周りを確認するルージュとボワ。
「たっかいねぇ・・・ボクたちあそこから落ちてきたんだぁ――――」
上空を見上げたボワが高さを確認する。明るさの度合いもあるだろうが、橋がとてつもなく小さく見えた。
「それより、ここ・・・・」
「大丈夫かー、二人ともーー!?」
ルージュの声を切り、大きな声を上げリアンが崖を降りて来た。
「すっげー・・・あそこ降りてこれんだぁ。」
「なんとかねー。」
「それなら良かった。まったく、ひやっとしたぜ。」
ボワが関心しながら口を開く隣で、ルージュはリアンに対して無事を示すように手を振る。リアンは二人の無事を自らの目で確認すると、悪態をつきながらもほっと胸をなでおろした。
「他のみんなは?」
リアンしか降りて来ないのを確認しルージュが問いかける。
「ん・・・あれ?どうしたんだ?」
リアンも小首を傾げる。すると、頭上から声が聞こえてきた。
「お姉様ーー、ご無事ですかーー!?」
「無事なようね?」
「まぁ、予想通りかな?あの二人には心配すら必要なかったかも。」
「二人とも無事でよかったしー!」
「一時はどうなる事かと思いました。」
ラプが大きな声でルージュを呼びながら大手を振る。アリスとネージェがその隣で笑いながら話し、そのやや上空に天使2人の姿が見えた。3人はアリスの持っていた巨大な十字架に腰をかけ、ゆっくりと降りてきていた。ラファとミカもスピードを合わせて飛んでいた。足のつける位置まで来ると、十字架から降りる3人。いの一番にリアンが問いかけた。
「・・・それは・・・・どういう仕掛けだ?」
「魔術ですわ。まだ自分を浮かべることはできませんが、物を媒体にすれば・・・・でも、今日はとても魔力の通りが良かったのですわ。どうしたのでございましょう?」
事の次第を説明しながらも、何かが腑に落ちないと小首をかしげるラプ。しかし、それを追求出来るほどの人物は一行にはおらず、あまり気にもとめなかった。
「なんでオレにも言ってくれないんだよ?」
「言うより早く駆け降りていったじゃない?」
リアンの問いかけに即答で指摘するアリス。リアンは苦い顔をして肩を落とした。そのくだりを一行がひとしきり笑ったところで、改めて全員が周りを見渡す。
「ここは・・・城の敷地っぽいかな?」
アリスが崖上の城を確認しながら答える。城から崖に視線を落としていくと、岩壁に扉があり近くには小屋のようなものもあった。
「ガチョウの飼育場みたいですわね?」
ラプが、近くにあった囲いの中にいるガチョウを見つけ意見を出した。
「ん~・・・・ん?」
周りを見ていたルージュの目が、ある一点で止まる。目を細め、よく確認する。
「人がいるよ?」
「「「え?」」」
その言葉に驚き、一斉にその方向を向く。そこには小さな小屋、その影に隠れるようにしてこちらを見ている人物がいた。ルージュが手を振りながら声をかける。
「こんにちはー。怪しい者じゃないですから安心して下さーい!!」
「「余計、怪しいわ!?」」
アリスとリアンに後ろからこつかれる。その様子を見て安心したのか、ゆっくりとこちらにむかって来た。姿が見える所まで来ると、その人物は女性だった。
「あのあの、皆さんは・・・どちら様ですか?」
「私達は旅をしている者なんだけど、ちょっとトラブルがあって・・・あっ、私はアリス。よろしくね。」
不安を与えないようにと、極上の笑顔を作りながら自己紹介をするアリス。そして、ひとしきりこちら側の紹介が終わったところで、ルージュが女性に声をかけた。
「あなたの名前は?」
「あのあの、私は、フィユといいます。あのあの、よろしく・・・お願いします。」
おどおどしながらそう口にするフィユ。橙色の髪が綺麗に風になびき、体の線は細く、とても大人しそうな雰囲気だった。
「フィユさんですね、よろしくお願いします。」
ネージェがお辞儀をすると、皆もそれにならい、それぞれ挨拶する。フィユは人慣れしてないのか、一人一人にせかせかとお辞儀を返していた。
「ところでフィユは、こんなところで何をしているんだ?」
リアンが当然の疑問を口にする。
「あのあの、私はこの城の、ガチョウ番をしておりますので。」
「ガチョウ番?あぁ、あのガチョウ達―――――」
ボワがさっきのガチョウを見ながら言葉にする。
「ちょうどお世話の時間か何かだったの?」
ネージェが質問する。フィユはおずおずしながら首を横に振った。
「あのあの、いえ、世話の時間とかではなくて・・・私はずっとここにいますので――――」
「ここにいる?」
その言葉に疑問を持ったルージュが怪訝な顔をする。
「あのあの、はい、私は一日中ここにいてガチョウ達の世話をしています。あのあの、あんまりすることはないのですが。」
苦笑いをしながらフィユは答えた。
「一日中・・・なのですか?」
「あのあの、はい、そう言いつけられていますので―――――」
信じられず聞き返すネージェに、意味深にフィユは答えた。
「ここの王様にか?たく、どこの国にもそういう輩はいるんだな。」
リアンが呆れたという顔をすると、フィユはそれに首を横に振った。
「あのあの、いえ、王様ではなく・・・妃様にです・・・」
「・・・・なるほど。評判の妃も、裏ではこういうことってわけね。似たようなことを経験したばっかだけど・・・・やっぱりこういうのはあんまりいい気分にはなれないわね。」
顎に手をあてながら、納得したかのようにうなずくアリス。その言葉にネージェが苦笑いを浮かべていた。
「あのあの、妃様も悪いお人なわけではないです。私をここにおいてくださっていますし・・・・・あのあの、こんな話題はよしましょう。それよりも私のお友達をご紹介します。」
雰囲気を察したのか、そう言ってフィユは一行を、城へ続く入口の近くにある小屋の脇の方へ案内する。そこには一頭の黒い馬がいた。たてがみがフィユと同じく、橙色をしていた。
「お友達ってこのお馬さん?」
ルージュが首を傾げながら問いかける。フィユはほほ笑みながら頷く。
「あのあの、ただのお馬さんではありません。ね、〝ファラダ〟。」
「・・・・まぁ、言葉をしゃべれる馬がそこらへんにいるとは思えんからな。」
「「「!?」」」
一行は自分の耳を疑ったかのように、皆一様に目を丸くしていた。目の前にいる橙の毛並みを持つ黒い馬が、人語を解したのであるから当然と言えば当然である。
「・・・・・あぁ、馬人族の獣変か!」
リアンが手をたたき、納得したという顔をする。しかし、フィユは首を横に振る。
「あのあの、いえ、彼は馬人族ではありませんよ。」
「オレは馬だ。」
「「「・・・・・。」」」
全員が言葉を失った。
「まぁ、気持ちはわからんではない。こんな存在は稀だろうからな。だが、一番驚いているのはオレ自身なんだからな?」
一行の様子を察したのか、ファラダがフォローを入れてくる。しかし、彼女たちの頭はついていっていなかった。
「あのあの、ファラダはずっと私のそばにいてくれていたの。妃様がこの国に嫁いできた時に、一緒に来て、今もそばにいてくれているの。」
「そうなのですか・・・・・・ん?」
フィユの言葉に、ネージェは納得しつつも、どこか引っかかったといった表情をする。
「ファラダさんはフィユの相棒みたいなものなの?」
ルージュが不意に問いかける。しかし、質問が何かの確信に触れているのか、返る答えははっきりとしないものだった。
「あのあの、はずれてはいませんが―――――――」
「オレが仕えていた主は、今のフィユではない。」
「・・・・どういうこと?」
フィユとファラダの答えに、アリスが眉をひそめながら疑問を口にする。
「あのあの、それは―――――」
「――――!?フィユ!来たぞ!!」
答えようとしたフィユの言葉をさえぎり、ファラダが声を荒げる。それに反応し、フィユは一行に、小屋の陰に隠れるよう指示する。二人の様相をくみとり、指示に従う一行。するとフィユは、いそいでガチョウ達の世話をし始めた。その直後、城へと続く扉が開かれ、そこにいたのは一人の女性、おそらく例の妃であろう人物が立っていた。その手には、フィユの食事らしきものがあった。
「感心ね、オキューペア。あなたは真面目で助かるわ。」
「あのあの・・・・はい。ありがとうございます、フィユ様――――――」
「「「!?」」」
驚きは一行。状況を理解できていない。フィユは妃をフィユと呼び敬っていた。
(「どういうこと?」)
(「オレが知るか?!」)
(「静かに、まだ話は続いている―――――」)
ルージュとリアンの会話を区切り、アリスが話の内容に耳を澄ます。しかし、話はたいした用件もなく、あっさりと終わった。妃がいなくなると、状況を確認しながら、一行はフィユのもとに駆け寄った。
「フィユさん。あの、差し出がましいかもしれませんが、どういうことなのかお聞きしても?」
ラプが先陣を切って話を切り出す。
「あのあの、これは――――――」
「フィユ。オレから話そう。ここまで来たら聞いてもらったほうが誤解はない。それに・・・・この人たちになら話をしても問題ないような気がするしな。」
「ファラダ・・・・・」
ファラダの提案にフィユは少し考えた後、全てを任せるように、〝お願い〟と口にした。
「皆さんを信じて話す。願わくば・・・・これが良き方向にむかうことを祈って。まず核心から話そう。騎士国オランジュの姫、この国の妃になるはずだったのは・・・・ここにいるフィユだ。」
「フィユが?!」
一番最初に声を上げたのはボワだったが、皆同様の反応を示した。
「そうだ。オランジュの風習は知っているだろう?今、妃となっているのはフィユの侍女だった女だ。」
「待ってください。それが本当だとしたら、なんでそのようなとり違いが起きたのですか?」
ファラダの説明に対し、ネージェが当然の疑問を切り返す。
「この国に来る途中だ。〝王槍〟を奪われた。」
「おうそう?」
聞きなれない言葉に、単純に言葉を返すルージュ。
「あのあの・・・・王槍はオランジュ王家に伝わる〝始まりの槍〟。来るべき時にふさわしき主が持つこととされていたのですが・・・父上が旅のお守りにと預けてくださったのです。私は特に、この槍と縁があったものですから。いつか返しに来てくれればいいとお預かりしたのですが・・・・それを奪われてしまったのです。」
「それがとても大切な槍だってことは、侍女の人だって知ってたはずだよね?それなのに、そんなこと―――――」
「許される道理はねぇな。」
フィユの説明に対し、ボワの言葉に続き、リアンが怒りをあらわにする。
「あのあの・・・でも、あの方にも王族の血は流れているので・・・私にとってこの結果になったことは、特に問題あることではないんです。」
「「「??」」」
「どういうこと?」
フィユの、一見意味不明な説明にいぶかしげな表情をする一行。アリスが代表するように発言するが、数瞬と待たず、ふとネージェが何かを思いついたように口を開いた。
「外皇子―――――」
「そうだ。あの女は、オランジュ国王が外でつくった子供だ。よくその言葉を知っていたな?」
「そういったことには、ちょっとだけ詳しいもので・・・・でも、これでなんとなく理解できました。」
ファラダの問いに淡々と答えるネージェ。
ファラダの話によれば、今妃として振舞っている彼女は、国王と街娘との間に産まれたのだという。
彼女の母親は数年前に亡くなったが、最後まで王家の末席にも名を連ねることができなかった。その母親の無念を晴らすため、使用人として城に入り、フィユの侍女にまでなったという。そして、今回の件でフィユの立場を奪うことで、目的を果たしたのだ。
しかし、フィユ自身はこの事に関して特にどうとは思っておらず、むしろ彼女の幸せを願っていた。ファラダもそれを知っている為か、いまの境遇になにも言わないのだという。
「あのあの・・・私は、なにも気にしていませんので―――――」
その台詞にかける言葉をなくす一行。しかしルージュには、彼女の顔がとても寂しそうに見えた。
「ねぇ、フィユ・・・外には出てるの?」
「あのあの、私はここから出る事が出来ないので。」
ルージュの不意な質問に、さもそれが当然なのだと答えるフィユ。
「そうなんだ――――じゃぁさ、明日わたしたちと出かけない?」
「へ?」
突然の申し出に声を失うフィユ。しかし、その胸は確かに高鳴っていた。
「あのあの、でも、私は・・・・・」
「そうね、あの妃が来る時間は決まっているんじゃない?朝と夜の食事時ってかんじよね?その時間を避ければ万事解決。」
ルージュの提案にアリスが言葉を付け足す。胸元をつかみ思案するフィユ。ふとファラダの方を向く。それに首を縦に振り、フィユを促す。
「あのあの・・・本当にいいのですか?」
フィユの問いかけに笑顔で答える一行。それに満面の笑みを浮かべるフィユ。
「あのあの、よろしくお願いします。」




