第10話 金の蔓
「ありゃ?みんなー、なんかあるよぉー!!」
ボアが声を上げる。その指の先には、灯台のような小さな塔が建っていた。
合流地点から、町ひとつ分くらいはあろう大きな橋を渡った先、そこから少し離れたところにその塔はあった。一行はもの珍しく、塔へと近づいていく。
「こんなところに塔?何のために・・・・・」
アリスが怪訝な表情をする。徐々に近づいていくと、その円柱状の塔には扉も何もなかった。しかし、金色に光る蔓のようなものが伸びており、それは頂上付近の窓へと繋がっていた。
「・・・ちょっと行ってくる。」
そう言って蔓を登り始めるルージュ。
「ボクも!!」
ボワもその後に続いた。
「気をつけてねー。」
「・・・・・。」
「どうした、アリス?」
二人に声をかけ見送るネージェの傍ら、その蔓をじっと凝視するアリスにリアンが声をかける。
「なんか・・・・これ、髪っぽくない?」
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「到着!」
ルージュが窓から塔の中に入る。そこにあったのは一つの部屋だった。しかも、今現在も使われている生活感と、愛らしい女の子らしさの雰囲気を漂わせていた。
「ん・・・ん~。」
ふと、階下から寝息らしき声が聞こえた。ボワも部屋に到着し、二人で階段を降りつつその方向に歩み寄る。そこには、大きなソファーに寝転がる女性がいた。その女性が寝返りをうってこちら側を向く。金色の髪は自分にまきつくほどに長く、肌は透き通るように白い。どこかの令嬢ではないかと思える気品すらも感じられた。
「キレイな人だねぇ。」
「うん。」
ボワの呟きに答えてゆっくりとその人物に近寄るルージュ。すると、寝ていたはずの女性が目覚め、ふいに目があってしまった。
「あ・・・・・」
「ん~・・・どちらさまですの?」
寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こす女性。ルージュたちがここにいることを、まったく意に介していない様子だった。
「あっ、すみません。名乗るのでしたらわたくしからですわね?わたくしはラプンツェルと申しますわ。」
非を謝りながら丁寧に挨拶をするラプンツェル。それを見て、敵意はない事をルージュは確認した。
「えっと・・・わたしはルージュ、よろしくね。」
「ボクは、ボワだよ。」
ラプンツェルの自己紹介に自分たちも答えるルージュとボワ。
「ルージュさんにボワさんですわね。よろしくお願いいたしますわ。ところで、ここには何をしにいらしたんですの?」
ここにきてやっと、まともな質問がラプンツェルの口から出てきた。
「んーとね、この森を横断しようとしていたんだけど、この塔を見つけてさ。」
「ちょっと調べてみようってことになったんだぁ。」
ルージュとボワが事の次第を説明する。
「そうでございましたか。」
「ラプンツェル・・・・・ラプって呼んでいい?」
「えぇ、かまいませんですわ。」
ルージュが勝手に呼び名を作るが、ラプは快くそれを受け入れた。
「ラプはなんでこんなところに?」
「わたくしは、ずっと小さい頃に魔女に連れ去られまして・・・・以来ここで魔術を勉強しながら暮らしているんですのよ。」
平然とした顔で、何やら問題のありそうな発言をするラプ。ボワがその単語に反応し疑問符を浮かべる。
「連れ去られて?」
「えぇ、もう15年はなるでしょうか?」
「そう・・・なんだ―――――逃げだそうとは考えなかったの?」
ルージュがふと、当然と思われる疑問を口にする。
「試みた事は・・・・わたくしは、ここに連れられてから最近まで髪を切った事がなかったのですが、最近〝オリヴィア〟も顔を出さなかったので、自分の髪をつたって塔を降りられないかと試してみましたの。」
「あぁ、塔からぶら下がっていたのは髪だったのかぁ。てか、よくそんなに伸ばしていたね?」
ボワが窓の方を向きながら問いかける。
「髪は一番身近な魔力媒体ですから。〝オリヴィア〟からも切らないようにと念を押されていまして・・・・上手く塔の下までの長さは確保できたのですが、この部屋でしか暮らしたことのないわたくしの腕では、どう考えても下まではもたないと思いまして・・・・断念せざるを得ませんでしたわ。」
自分の細腕を撫でながら苦笑いを見せるラプに対し、二人も苦笑いで返すしかなかった。ふと思い出し、ボワが口を開く。
「〝オリヴィア〟って言うのが、その魔女?」
「えぇ。かつては、協会認定の魔術戦技女連隊〝ウィッチーズ〟の一人だったらしいのですが、どうやら禁忌に触れた研究を行っていたらしく、除隊させられ、逆に〝討伐指定〟を受けてしまっているらしいですわ。」
「さっき魔術の勉強って言ったよね?その禁忌の手伝いをさせられているってことなのかな?」
ルージュがラプの話を聞き、ふとした疑問を聞き返す。
「いえ、わたくしはただ、自分が魔術士になる為の勉強しかしておりませんわ。オリヴィアが私的な研究をここでやったこともありませんし。」
「ふぅーん。なんか、その魔女がラプを連れてきた意味、あんまわかんないね?」
「そうですわね。でも、おかげでそこそこの魔術士にはなっていると思いますわ。」
ラプの説明に、小首を傾げ答えるボワ。ラプは軽く笑みを見せつつ、少し自慢げに答えた。
「魔術を使って脱出は出来なかったの?」
ルージュが、核心を突く質問をする。それに対し控えめに首を横に振るラプ。
「この塔自体に結界が張られていますの。だから、一定以上の魔力を収束できないようになっているのですわ。」
「ふぅん・・・・理屈はあんまわかんないけど、ラプを逃さないようにはしてるってことだよね?だてに悪い魔女ではないってことだね。」
ボワが腕組みして考える風な格好を取る。その時、外から大きな音が聞こえてきた。
『ズンッ!』
塔が鈍く揺れる。ルージュが急いで窓に駆けより外を見る。すると、塔下では、アリス達が黒服の誰かと戦っていた。
「ボワ、みんなが戦ってる!?」
「誰と?!」
「黒服のやつ!」
ルージュの出した特徴に、ラプが反応する。
「!?―――たぶん、オリヴィアですわ!普通の人では勝ち目はありませんわよ!」
ラプが慌てた声を出す。その様子を見て、ルージュは少し思案したあと、ボワを見て名を叫んだ。
「ボワ!」
ルージュがボワをみつめる。それだけでわかったのか、一度だけ頷き、ボワは階段を駆け上がり窓に飛び乗る。
「ボクは先に行くよ!!」
そして、塔下へ降りて行った。それを見送ると、ルージュはラプに近づいていった。
「ルージュさん?」
「ラプ、聞かせて・・・・ここを出る気はある?」
ルージュの真剣な表情に、曖昧な返事はできないと悟ったか、一度深呼吸をすると、意を決した表情になるラプ。
「えぇ、わたくしはここから出たいですわ。」
その答えに満足したのか、ルージュの顔が一度笑顔になる。
「わかった。じゃぁ、持ち物があったら今のうちに準備してね。じゃないと、もう〝なくなっちゃう〟から――――――」
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「わしの新しい身体になるからじゃよ―――――」
「「「?!」」」
その言葉に、握った柄に力を込めるアリス。
ルージュたちが塔に入ってすぐ、この老婆は現れた。名をオリヴィア。見てくれからも想像できる通り魔女だった。
この魔女は、口が軽いのか余裕の表れかはわからないが、聞いてもいないのに事情をすんなりと話した。自分が協会お抱えの機関にいた事、禁忌を犯し追放された事、この塔に住むラプンツェルという女性の事。そして今の話題は、その禁忌というのが完成し、その為に件の女性を飼っていたということだった。
オリヴィアの完成させた禁忌、それは〝魂の移植〟。自分の魂を別の誰かに上書きし、その身体の全てを手に入れるというもの。身体能力や知識、魔術をたしなんでいれば魔術要因、なにより、その身体が今まで積み上げてきた経験。それを人格だけを失わせ略奪しつくすというのだ。そして、その第1号がラプンツェルということだった。
「くっくっくっ――――怒ったのかえ?」
「・・・・あたりまえだ―――――」
オリヴィアの小馬鹿にしたような笑い声に、リアンは声に重みをきかせ、もはや我慢の限界と敵を睨みつける。
「よかろうて、相手をしてやるぞよ?小娘ど――――――」
オリヴィアは言葉途中、しかし、リアンの脚は既にオリヴィアの目の前にあった。命中は必然、そう思われた。
『ドゴッ!!!』
しかし、激しい音と共に吹き飛ばされたのはリアン。それをレースが受け止めるも勢いを殺しきれずに塔に激突する。
「くっくっくっ。勇むのはいいが・・・・・わしゃ、強いぞよ?」
妖しく笑うその顔に、目元を引きつかせるアリス。
「そう・・・・・・・それなら、手加減なんていらないわね―――――まぁ、する気もないけど!!」
疾駆、オリヴィアへと肉薄し剣を振るうアリス。しかし、その斬撃のことごとくをかわされる。
こんな老婆に、アリスの斬撃をかわすほどの身体能力はない。恐るべきは、その魔術の操作性にあった。だてに、協会の戦技隊にいたわけではないようだ。
一度距離を置くアリス。しかし、顔を上げた直後、目の前に炎の球体が迫っていた。遅れるとわかっても防御しないわけにはいかない。腕の一本を覚悟し、何も持たない手を前に出す。しかし、衝撃はいつまで待っても来なかった。恐る恐る目を開けると、そこには2本のククリ刀を盾にするボワがいた。
「アリス、無事?!」
「ボワ・・・・ありがと、助かった!!」
礼を言いながら立ち上がる。そこに、初撃のダメージから戻ったリアンとレースが並ぶ。
「くっくっくっ。頭に血が上った奴ほど相手にするのが楽なことはないわな。それから、数が増えたところで所詮小娘、わしの敵じゃないの。」
下手に出れば、また返り討ちにあうだけと慎重になる3人。しばらく対峙の時間が続いた。
『ガガァンッ!!!』
不意に訪れる静寂を破る音。背後から聞こえるそれに目を向けると、みるみるうちに崩れ落ちる塔があった。それにあっけをとられる一行。オリヴィアも例にもれなかった。
「なにが起こったのじゃ?!」
崩壊がおさまり、土煙が風に流されていく。塔のあったであろうその中央には、ベヒーモスを構えるルージュと、その後ろに立つラプンツェルがいた。
「ルージュ・・・・」
赤い姿を見たアリスがほっとした顔になる。それにルージュが気づき、アリスに近づく。
「だめだよ、アリス。怒ったアリスは見かけほど強くないんだから。」
「ルージュには言われたくないよ・・・・その子がラプンツェル?」
「そう♪」
ルージュの横まで近づき一度お辞儀をするラプ。そしてそのまま前に出て、オリヴィアと対峙する。
「オリヴィア・・・・・」
「おやおや、出てきてしまったのかい?困った子だねぇ。」
あざ笑う態度は変わらず、しかしその目はしっかりとラプンツェルを見つめる。こころなしか、目つきが鋭くなっているように感じた。
「いままでお世話になりました。わたくしは、あなたのもとを放れますわ。」
「くっくっくっ。まさか、こんなに自己主張出来る子だったとはねぇ。で、逃げられると思っとるのかえ?」
人を小ばかにする口調から一転、暗く、重く、その言葉が重圧となる。
「逃げますわ――――」
その重圧を、なんともないかのように簡単に跳ね返すラプンツェル。
「よかろうて・・・・試してやろう―――――」
「よろしくお願いしますですわ・・・・ルージュさん、みなさん、手出しはなしでお願いします。」
無言で頷く一行。それを確認すると、再びオリヴィアの方を向くラプ。すると、既に戦闘は始まっていた。
自分の周囲に光の球体を無数に配置する魔女。
「〝サンダーナイブズ〟――――――」
言葉と同時に、こちらにむかって無数に飛んでくる電撃を伴う光の刃。しかし、ラプンツェルは微動だにせず、ただ一言だけ呟く。
「〝 inverse(反転) 〟―――――」
その直後、急に方向を変える光の刃。大きく旋回し、今度は、撃ち出したはずの主人であるオリヴィアを襲う。刃は魔女にあたる直前、片手一つでかき消された。
「くっくっくっ。〝術法介入〟かえ。そんなものまで使えるのかい?本当によく成長したのぉ―――――――」
次々と繰り出される魔女の攻撃を、ことごとく相殺するラプ。かつてとはいえ、協会でトップクラスの魔術士であった彼女に対しこの実力。単純な魔術戦では、確実に互角と言えた。
「くっくっくっ。もはやお前の方が上かの・・・・じゃが、残念かな。実戦経験のなさが敗因じゃわ。」
その言葉の直後、突如としてその身を光の鎖で拘束されるラプ。
「?!いつの間に――――――」
「気付かなかったかえ?くっくっくっ。」
いつの間に上がったのか、オリヴィアの姿は上空にあった。手をこちらにかざし、魔法陣を展開させている。
「魔力砲!?そんなものを撃ったらみなさんまで!?」
「まぁ、わしの知ったことじゃないがの。」
異様な笑みを浮かべるオリヴィア。それを見て絶望を覚えるラプ。しかし、この状況で戦意を削がぬ存在が5つあった。
「実戦経験?まさか、オレたちを忘れといてそれを口にするのか?」
言葉とともに、レース・ボワ・アリスを続けざまに上空へ蹴り上げるリアン。
「この高さまで来れると思っておるのか?魔術士でもない貴様らが!?」
「そういう奢り、それも実戦で培ったのかなぁ!?」
オリヴィアの言葉に言い返しつつ、アリスを担いだレースを交差させたククリ刀に乗せ、その刀身を勢いよく蹴り上げて二人を撃ち出すボワ。
「あなたが今までどんな敵と戦ってきたのか知りませんが、わたし達がそれより劣っている理由はどこにもありませんよ?レース!!」
ネージェの号令で、アリスを力の限り放り投げるレース。アリスは一気にオリヴィアの頭上を越え、宙を舞う。
「何!?」
「奢り・・・・その実戦経験とやらが、逆にあなたの敗因よ――――あなたを越えられずとも、私たちもいろんな修羅場をくぐってきている・・・・あなたに劣る理由は私たちにはないのよ?」
抜刀の構えを取り、狙いを定め不敵に笑うアリス。
「秘剣―――――」
「まっ・・・待て――――――」
「―――――〝一刀〟!!」
オリヴィアの静止を待たず、撃ちだした斬撃で魔法陣ごとオリヴィアを斬る。斬撃の勢いとともにそのまま落下するオリヴィア。しかし、まだ終わりではなかった。落下中のオリヴィアの目に映ったのは、赤い姿。下方に待ち構えるその者の手には、巨大な〝魔〟が握られていた。
「ラプはここを放れるって言った・・・・邪魔は、させない!!」
弾を装填し、狙いを定める。
「ベヒーモス―――――〝焔輪花〟!!」
撃ちだされた赤い閃光は、螺旋の尾をひきながらオリヴィアを呑みこみ、そのまま彼方へと消えていった。ルージュの近くに着地するアリス。二人で目を合わせ笑顔を見せると同時に、互いの手を頭上で叩き合わせた。
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「ホントにいいの?」
「えぇ。帰る家もわかりませんので・・・・自宅探しという名目で、皆さまの旅にご同行させていただきたいのですわ。」
ひと段落し、出発となったときラプから旅に同行したいという申し出があった。自宅探しと言いつつも、彼女にその意思がほとんどないのは明らかだった。全員の意見を聞こうと振り返るルージュ。
「みんな―――――」
ルージュが振り向くと同時に無言で頷く一行。断る理由は、彼女たちにはもちろんなかった。
「それじゃぁ、ラプ、これからよろしくね!」
「はい。よろしくお願いいたしますですわ・・・・・・あと、もう一つお願いがあるのでございますが―――――」
ルージュが極上の笑みで言葉にすると、ラプも劣らぬ笑顔で返事をした。そして彼女は、もうひとつの提案を、頬を少し染めながら口にしようとしていた。
「なに?」
「あの・・・・皆さまを、〝お姉様〟と呼ばせて下さいですわ!?」
「「「・・・・・・・・・。」」」
「・・・・・・・・は??」




