泣き虫だったお父さん
古いテープが回り始めました。僕のお祖父さんが八ミリで撮った映像をDVDにダビングしたのです。
僕は、ドキドキしながらテレビの画面を覗き込みました。白黒のちょっとぼやけたスクリーンの仲には5歳のお父さんが写っています。頭を坊ちゃん刈りにして、半ズボンのスーツ姿で千歳飴を持って走り回っている5歳のお父さん。七五三のお祝いです。
お母さんが「あら、かわいい!!」と思わず呟いてしまいました。ほんとに、目がくりくりしてかわいいんです。
僕は「ほんと、お父さんってかわいかったんだね」
「うん、かわいかったんだよ」と、自慢するお祖父さん。
次のシーンは、お父さんが奴凧を持って畦道を走っています。
「あれ、ここどこ?」と僕は聞きました。
「この家の裏だよ。四〇年前は、ここは田舎で田圃ばっかりだったんだよ」と、お祖父さんは言いました。
「ええっ、信じられない」と、僕はつい大きな声を出してしまいました。
だって今は、家がいっぱい建っていて、マンションまで建っているんですから。とても凧を飛ばすような所はありません。凧など飛ばしていたら、マンションの屋根にぶつかるか、電信柱に引っかかってしまいます。いいなあ、こんな広々としたところで走り回れるなんて。僕はお父さんがうらやましくなりました。
あれ、お父さんが畦道で転んでしまいました。
大きな口を開けて「うわぁ~ん!!」と泣き出してしまいました。しきりに後ろを振り向いて助けを求めているようです。
女の人が駆け寄ってきて「泣かないの、たっくん、男の子でしょう」と、なだめるように言いながらお父さんを抱き起こしました。お父さんは辰雄というので、たっくんと呼ばれていたのです。
すかさずおじいさんが「あ、あれ、お祖母ちゃんだよ。お父さんのお母さん」と、目をまるくしながら言いました。今は天国に行っていないけど、僕のお祖母さんです。
「お義母さんってきれいだったのね」と僕のお母さんはいいました。おじいさんは、それには返事をしないで、40年前の時代に引き込まれてしまったように、画面に見入っています。
スクリーンの仲のお父さんは、まだ泣きやみません。お祖母さんは服に付いた泥を叩き落としながら「もう泣かない、泣かない」と、ちょっと焦り気味に言っています。
僕は「なんだ、お父さんも、泣き虫だったんだ」
するとお祖父さんが「泣き虫で弱虫で、いつもいじめっ子にいじめられてたんだ。情けないったらありゃしないよ」と、ほんとに情けなさそうです。
へ~え、今はとっても強いのに、子供のころは弱虫のお父さんだったのです。僕と一緒じゃないの。
そこへ、ちょうど「ただいま」とお父さんが帰ってきました。僕は玄関の方へ飛び出していって、「お父さん、握手しよう」と、手を差し出しました。
お父さんはびっくりして、「なんだ、トモ(僕の呼び名)どうしたんだ?」と目をぐるぐるさせています。
「お父さん小さいとき弱虫だったんだって。僕と同じだね。弱い者同士握手」と、僕はしてやったりと、いつもお母さんの前で威張っているお父さんの顔を見上げました。お父さんはまだ不思議そうです。
「八ミリ見たんだよ。おじいちゃんがDVDにダビングしたんだよ」
「なんだそうか やれやれ、あれ見ちゃったのか。まあしょうがないな。ばれちゃったか。うんじゃあ握手しよう」とお父さんは右手を僕の前に突き出しました。僕は小さい手をお父さんの手に絡ませました。
お父さんの手は大きくて温かいのです。僕にとっては何処の誰よりも優しくて強いお父さんです。僕はますますお父さんが好きになりました。