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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三つ之川祭

作者: 藤園未来

高校時代に書いていた作品です。一応読み直しはしました。

 淡い、赤い光が向こう側から流れている。目の前には新しくはないが古くもなさそうな橋。赤い光の方からは手招きをするように楽しそうな声が、一瞬の沈黙も許さないが如く聞こえる。しかし今、橋を前に止まっている少年は動く気配がない。ただ足の先を見つめている。

 しばらく経っただろうか、目の前が暗くなる。突如として灯りを奪われた事に不快感がつのり、少年は顔を上げた。

「迷子ですか?」

 中性的な声だった。きちんと顔をあげたつもりだったのだが、少年の目には鎖骨しか見えない。しかし肩のまるみや白い髪の長さが女性であることを示していた。

「迷子ですか?」

「母さん達を待っているんだ」

 二回目の質問にすかさず答えた。

少年はやっと十五歳を迎えた。しかし成長期も変声期もまだである彼の身長は平均身長より低く、声も女と間違えられる事が時折あった。

 少年の答えに背の高い女性は笑いをこぼした。

「ふふっそれは迷子というんです。私はこの祭りの係員、お母さん達の所へ送りますよ」

「祭……?」

 ゆっくりと係員は目を合わせるように背を屈める。しかしそこに彼女の顔はなく、キツネの半面をつけ、口元しか見えないものであった。

「お名前は?学ランと言う事は中学生くらいかな。髪の毛長いね、前髪は切った方がいいですよ」

「護。……前髪は切る予定だったんだ」


 橋を渡ると騒ぎは一層に大きくなった。スタッフの方を見ると、口元だけだが笑っていた。

「お金は持っていますか?」

「持ってないよ。このお祭りみたいなものに来る予定はなかったんだ」

 左側をみるとお面屋と書かれている屋台があった。しかしその中身は奇妙な事にすべて狐の半面であった。子供は買おうと思わないだろう。いつだって少女は魔法少女のお面を喜んでつけていたし、少年はヒーローやモンスターのお面を選んだ。

「このお祭りは三つ之川祭りといって、三つの川の間で行われる祭りです。係員や屋台の方はみなこの狐のお面をつけるんですよ。それが昔からのしきたりです。顔を見られるということはこのお祭りでは極力さけるものですね。他方から来た方はお面をつけないので分かりやすいですよ。」

「ふーん……」

 特に興味のあることでもない話を聞き流しながら、周りを見渡した。確かに皆狐の半面を付けており、まるで仮面舞踏会のように奇妙であり、不気味であり、しかしどこか魅力を感じてしまう光景だった。

「まあ、買わない方がいいかもしれませんね。このお祭りの屋台はおかしなものばかり売っていますから、おなかを壊すかもしれません」

「そんなこと、係員がいっていいの?」

 係員が言ってはいけないような、批判的な言葉に驚きを隠せなかった護の様子に、係員はまた笑いをこぼした。

「係員といっても……色々とありますから」

 どこか意味を含ませた言い方に足が止まる。彼女の長い髪は腰ほどまであり、頭半分ほどだけ縛っていた。器用なことに髪で髪を縛っているのだろうか?ゴムのようなものは一切見えなかった。

 急いで彼女の元へ行き、またゆっくりと歩く。明るくも奇妙な空間に心が躍っているのか、はたまた初めての場所に緊張しているのか、護は周りを見渡す行動を止めることはなかった。ふと、見たことのない現象が起きている事に気付く。一店舗に二つといったところだろうか、あの赤い光の正体であるちょうちんがぶら下げられている。その一つ一つに金魚の影絵がつけられていた。じっとみていると、その尾はかすかに揺れ、水面を揺れるように光もまた揺れていた。

「なんだあれ……」

「え?」

係員がそういって少年の方を見た。視線の矛先をたどっていく。

「ああ……これはただのちょうちんですよ。金魚はそうみえるようにほどこした騙し絵のようなものです。気にしていては前へ進めませんよ」

 平凡に、当たり前のように彼女は言った。そういわれると少年も納得した。

「そういえば……護さんはご両親と離れたと言っていましたね。なぜ離れたか、覚えていますか」

 歩きながら、会話のつまみにしたかったのだろうか、彼女は護にそう聞いてきた。顔が半面覆われている分、どんな感情で聞いたのだろうか、とても気になる。

護は昔から自分は感情を表に出さない方であると自覚していた。事実、いつなんどきでもクラスメイトの陰口で言われる言葉は「何考えてるか分かんない。怖い」であった。彼らはこんな気持ちで己と接していたのだろうか……無感情という恐ろしさを初めて体験した気がした。

「ただ、行きたくなかったんだ。母さんたちの目は穏やかだったけど、それ以上にかなしそうだった。きっと行ったら怖い事が待っていると思ったんだ」

「いきたくなかったんですか。なるほど……それでここに来てしまっては仕方ありませんね」

 係員はそれだけいうとまた無言で歩き始めた。護も後に続くが、周りの楽しげな声につい口が開いてしまう。

「あのさ、係員さん。名前とかないの?係員さんって呼び辛いんだけど」

 我ながらひどい話の振り方だ。と少し自己嫌悪をしながら彼女の方へ顔を向けると感情のない狐の半面の下、口元の端が微かに下がっていた。

「名前を教えた所で……今後会うことはないでしょう。覚えるだけ脳を圧迫する無駄な行いです」

 ただそれだけ言うと表情を隠すかのように勢いよく進行方向へ顔を向けた。それは会話をすることを拒まれたような気がして、少し胸が痛んだ。

 金魚のだまし絵は歩を進めるほど激しく動くようになった。人の量も先ほどまでの比ではなく、何度かぶつかりながら歩いていた。これほどまでに、彼女の身長の高さに感謝することはないだろう。

「係員なのに、迷子をまた迷子にさせるようなことしていいの」

「そう言われましても、これでも気をつけてはいるのです。しかし手は繋ぎたくないでしょう?あなたも年相応でしょうから」

「まあ、確かに」

 突っ立っているわけにもいかない二人は、ようやく見えてきた二つ目の川を渡ることにした。


 橋は赤く塗られ、所々金箔で模様が施されていた。たしかに、祭りのど真ん中にあるという点では正しい橋の魅せ方ともいえよう。

「この橋は『ちにれ橋』といいます。昔はここも戦場の場でした。何人もの戦人がこの川で死にました。彼らも人を殺した身でしたからね。川は錆臭く、橋は血で真っ赤に。当時はここは呪われているとも言われていたらしいですが、数百年もするとそんな噂はどこへやら。ちにれ橋という名前だけが残って、血の上にまた赤いペンキで装飾を施したのですよ。真ん中の橋という事もあり、昔もきっと中心として華やかだったのだろうと、愚かな人々がね。下手に金箔で模様も付けてしまったものですから、もう昔の面影はありませんね」

「血濡れ橋ってこと?……不気味だな」

「本当、不気味すぎて私は笑ってしまいました」

 幅の広いちにれ橋の真ん中で二人でまた立ち止まる。川の流れる音も周りの客の声で聞こえてこない。今己が立ち止まっている所で何百人もの人が死んだという話が本当だとしたら……笑顔で通りすぎる客たちが恐ろしく思えた。


 目の前に、赤い液体が飛び散る。己の体も悲鳴をあげ、目が飛び出しそうな激痛が襲う。二つの塊がなお己に手を向けた。周りは頭が割れるようにうるさく、痙攣をおこす足が痛みから遠ざかろうとでも思っているかのように肉体と離れようとする。あたり場所が悪かったのだ……そうすればすぐに死ねたのに。

『ひっ……ぐす……』


 はっとした。いま、己は何を見ていたのだろう。名前のない寒さがした。あたりを見回すとスタッフの姿が見当たらない。またはぐれてしまったらしい。目を覚ました原因である泣き声を探してみる。と、屋台の裏付近、川の前の暗がりでおかっぱの少女が顔を覆っていた。親とはぐれたか、そう思い少女の元へ向かっていく。

「どうしたんだ……?」

 肩に手を置くと一瞬だけびくりとした身体がゆっくりとこちらへ向けられる。その口元は泣いている少女とは思えないほどにこやかに笑っていた。

『見ィーつけタ』

 後ろから老人とも、若者とも、はたまた男性なのか女性なのかも分からない、いうなれば全てが混ざったような声がした。汗が背中を伝う。少女から手を離し、感じたことのない恐怖に恐怖しながらおもむろに後ろを向く。

 目だった。たった一つの目が深く、強く護を見ていた。口なんて見当たらない。輪郭のないその黒い物体からは何百本もの手が見える。言葉をつけるとしたら、球体。球体という言葉でさえしっくりとこないこの不気味なモノは目じりを緩ませ喜ばしそうに言葉を発した。

『獲物、トられたのカと思った』

「護さんっ!」

 ぐいと手を光の存在する方へ引き寄せられた。球体の驚くように見開かれた目はそのままこぼれおちそうだった。先ほどのフラッシュバックが否が応でも思い出される。振りきるかのように引き寄せられた方を見ると、声の主、係員がいた。さきほどまで感情が読めなかったのが嘘かのような慌てぶり、焦りっぷりに言葉がでない。

「やられたっ、まさか手下を使うなんて」

「え……あの……どういう」

 係員に質問しようとした、その時。なんだか係員の声が先ほどよりも鮮明に聞こえている気がした。口をつぐんでみると、何がおかしいのかは一目瞭然であった。客という客が口を閉じ、二人の事をじっとみていたのだ。さらしものにされている気分に不快感が募る。

「生死人だ……」

「なんでこんな所に」

「黒渕様に呼ばれたのか」

「ならばなぜ黒渕様はいらっしゃらない」

「まさか」

「まさか」

「まさかまさかまさか」

 ちょうちんが大きく揺れた。目を向けるまでもない。金魚達が影絵にしてはぬめりのある、ギョロリとした瞳をこちらに見せていた。まるでさきほどの球体のように……。

「こっちです」

 また手を引っ張られる。さきほどまでつながれていなかった、係員の心遣いで護のためにつながれなかった手が。

 客が動く気配はなくただ見えない目をこちらにむけていた。押し退けるようにして三つめの橋を目指していると。

『獲物ッ……私の獲物がァ!』

 球体の声だった。声を聞いた客たちの体がほんの少し揺れた。嫌な予感がする。

「やっぱり」

「黒渕様の獲物だった」

「逃げたのね、逃げてしまったのね」

「なんて罰あたりな生死人」

 前の方にいる客たちが護と係員を離そうとするかのように押し寄せてきた。

「手を離さないでください。スピードを緩めないで、見つかってしまう」

 今まで以上に冷静な係員の声に護は黒渕と呼ばれているあの球体につかまったら最後、自分がどんな目に合ってしまうかが容易に予測出来てしまった。さきほどの彼女の焦りが乗り移ったようだった。

「黒渕は、地獄鬼の一人です。子供たちが、両親と会うための積み上げる石を、わざと崩すゲス野郎共です。その地獄鬼の、一匹である、黒渕は……いつの日か石を崩すよりも、積んでいる子供たちを、腕・足・内臓・眼球・毛・耳・口・喉・心臓・脳の順番に、わざと骨を折るようにして、わざと痛みが続くようなやり方で、食べる事に快感を覚えてしまったんです。子供の、身体は綺麗なモノだから、蓄えれば蓄えるほど力は強くなり、ついに地獄から這い出てこの……この三つ之川まで来たんです」

 息絶え絶えにいう彼女の口からでる黒渕は、より一層護の想像力に火をつけてしまった。

 ああ、いやだ!そんな生き地獄。


 三つめの橋までの道は先ほどより二倍はあるのではないのか。そんな考えが浮かんだ。進んでいるはずなのに水の音は聞こえないし橋も見えない。むしろ後退しているように感じる。

「ね、係員」

「もう少しです。変な事は考えないで」

 護の足は限界だった。後ろからも前からも客は襲ってくるし、黒渕の声は耳にはびこるようにずっと聞こえてくる。さきほどから横の屋台は金魚すくいのままで、金魚という金魚が目を見開いて見ているのが分かった。

精神ももう、壊れてしまいそうだ。

「っ見えた!川ですよ護さん」

「へぇ?川……」

 もうぼやけてきていた視界の焦点をどうにか前方に集める。たしかにそこには川があった。しかし……少し心を持ち上げた護の目には、見えなかった。渡るはずの橋が。

「橋は……なんで」

 何かが肩を掴む感触がした。人の体温なんてそこからは感じられなかった。分かった。分かってしまった。

 己は生きた人がいるべきでない所にいるのだ。

 ならばこの係員は何者だろうか、この生きるもののいない世界で、暖かい体温を感じられる彼女は。

 

 身体が宙に浮く。その事に気付く間もなく護の体は冷たい川の中へ落ちていた。

「は?なんで」

「そのまま沈みなさい」

「いやだから」

「はやく!」

 今、何が起きているのか。護には何も分からなかった。さきほどの、たった数秒の間に、何が僕たちに危害を食らわせたのか。係員の焦った声に急いで頭まで水につかる。沈むとは、どういうことか。にごりのない水は蟻地獄のように一か所へ向かっているらしく、上を向いたとき、係員の後ろに黒渕が見えた所まで見て、そのまま目を開けられないほどの激流にのまれてしまった。水圧で腹がへこむ。首が音を上げるが、水が止まることはない。何十分と経ったような沈みの中で、自分が息をしていないことに気が付いた。

「どういう、こと」

 口の中で呟いて一秒にも満たない後、流れが止まった。運動をしていないせいで少しだけついてしまったお肉が水上へと身体を浮かせようとする。顔を出しても大丈夫なのか。

 おそるおそる水上へ向かう。その目には先ほどまでの祭りなんて映らなくて、その代わりのように両親の姿がみえた。

「母さん?」

 その目は涙で真っ赤になっており、ずっと必死に何か言っているようだった。必死に水上へあがる。この川はこんなにも深かったのか。

 水しぶきの後、護の顔が母親の目に止まる。二人して目をまんまるにして、向き合う。母親の顔が、途端笑うようにほころんだ。

「護……よかった!あの時川を越えようとしてくれなくて、気付いた時には姿が見えなくて」

 あぁ、そうだった。護はあの時のフラッシュバックの理由を思い出した。そして、あの祭りの名前を思い出し、唇が震える。

 事故に、遭ったのだった。夢にみるような三途の川の前で、既に渡った両親に手を振られながらも、己は怖くて足を動かさなかったのだ。

 父親の助けを借りて岸に上がる。後ろを見ると川があった。三途の川なのであろうそれに、さきほどの祭りを思い出させる。

「あ、係員さん」

「係員?」

 父親が疑問を投げかける。答えないまま護は川の中を見た。そこでは赤く染まった狐の半面がゆっくりと浮かんできている所だった。


誤字・脱字がありましたら教えてください。

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