メイド事変 / 姫で騎士で(略)で勇者の事件簿・前編
前回の反省より半分にしました。
「はじめまして。そしておはようございます、ご主人様。」
ドーモ、エリック・クリップです。
皆様、おはよう。
「……ご主人様。」
ところで、皆様にはこんな体験があるでしょうか。
今の僕のような体験は。
「あら、これは……」
僕は初めてです。
朝起きたら隣に見知らぬメイド服の美少女がいるなんてことは。
「随分とたぎっておられるご様子。私が慰めて……」
「はいストップちょっと待ってタンマタンマタンマ!」
危ないところだった。タグにR18が増えるところだったZE☆
……混乱しててだいぶテンションがおかしいな。
一旦冷静になろう。素数を数えるんだ。
1、1、2、3、5、8、13……
「お口ではお気に召しませんか?ではこちらで……」
「…………そういう意味じゃないんです!多分きっとそうに決まってる!」
断るまでにちょっと躊躇してしまった。
だってセクシーな唇で……抜群のプロポーションで……迫られたら断るのに根気がいる。
真性の童貞で良かった。
……いつの間にかマウント取られてるけどね!
こういうのは気にしたら負けなんだよ。近所のライラックちゃんだって僕に気のある素振りを見せながら、気がついたら別の男と付き合ってたんだ!
七歳の儚い恋の思い出でありました。
あの時はローゼも機嫌が悪かったし、嫌なことが重なってたなぁ。
「……そうですか。」
あれ?僕なんか言ったけ?
「えーっと、なにg―――」
ムチュ
「!?」
キス!?
ムチュ、レロ、チュパ……
しかもディープの方ですか――――――っ!?
この状況を誰かに見られたらやばいです……これフラグか!
キィーっとドアが開く音がする。
「エリック!朝ご飯そろそろ……え。ちゅ、ちゅー!?」
「おはようですよエリック!ということで私は朝からいちゃいch……ふぅ。」
あ、失神した。
じゃないよ!早く引き離さないと不味いよ!
でも引き離せない。
体に力が入らず、なすがままになっている。
「んぁ……お気に召しましたか?」
長い長いディープキスが終わった。
僕はもう、思考がおぼつかない。
それだけキスがもの凄かったのか、ただの酸欠なのか。
ぶっちゃけよくわからないし、そもそも考えがうまくまとまらない状況だし。
まあ、とりあえず。
失神して現実逃避しとこ……。
ボゴォッ、ボゴォッ
ゲシッ、ゲシッ
「うぐっ、えふっ、ごほぉ!?ちょ……ま、ぐふぅっ」
「あら、起きたの。もう朝食よ。」
ここは、部屋のベッドの上か。
姫様……ちょっと起こし方きつくないですか?
うぅ、起きるのもきつい。
「ちょ、ローゼ……手かして。」
「……はい、どうぞクリップさん。」
「お、おう……。」
何か様子がおかしいような気がする。
いやまあ、原因は大体分かってるんだけどね。
「あ、朝のことなんだけど――」
「さ、食堂に行って皆で食べましょう。」
かぶせられた。おそらく意図的に。
「朝のこt――」
「食堂に、逝きましょう?」ニコッ
「う、ういっす」
『いきましょう』の字何か違ってましたよね――――――ッ!
笑顔に背筋が凍るのは生まれて初めてだ。
そういえば、あのメイド美人ディープキス魔はどちらに?
八刻、食堂。
ちょっと遅めの朝食と言うことで、食堂内には誰もいない
まあ、一応ここ兵舎だしね。
そしてその静まりかえった食堂で僕のために食事を作っていたのが、あのメイドさんだった。
おおう。何か顔合わせるのも恥ずかしい。
つい目線が唇に吸い寄せられる。
ああ、あの小さくて色っぽい唇が……
「チッ」
今の舌打ちどっちだろ。どっちにしろメッセージは分かる。
僕は刑務官に連れられる囚人(もしくは授業参観前の子供)のような気分で席に着いた。
「はい、少し遅めの朝食です。ご主人様。」
謎メイドさんが料理をテーブルに置いた。メニューは普通のパン、牛乳、スープだ。
「え、あ、うん……うん。」
こわいよ!目線が怖いよ!
特にローゼ。いつもなら闇のオーラが揺らめいて見えるが、今回は見えない。顔も笑顔満干で、常に崩れない。
まあその代わり濃縮されたオーラが鬼神のように実体化して見えるし、目の奥が一切笑ってないけどね!
こ、これ食っても問題ないのか?
食べたら今度こそ怒気で心臓が止まりそうなんだけど。
すると、メイドさんは何かを察してくれたのか、僕の僕の顔をそっとのぞき込んで……
「冷めないうちに、どうぞ。」
押したアアアアアアアアアアアア!
崖っぷちにいる僕の背中押したアアアアアアアアアアアアアアアア!
「じ、じゃあ。神々よ、今日もお恵みをどうもありがとうございます。」
略式祈祷をして、スプーンを取り、スープをすくってみる。
「!?」
ブイヨンだ。いや、ブイヨンなのは別に普通なんだけど。
すっごい煮込んである。出汁の旨味が段違いだ。
ここ数年の戦争の激化と共に食文化は急激に衰えを見せている。
ましてここは最前線。そこまで凝ったものが出ることも珍しく、そもそも料理とは言えないような軍用食料を食べるのが一般的だ。
そんな場所で、こんな超一流のブイヨンが食べられるなんて思いもしなかった。
と、僕が目を見開いて驚いていると、セーヌがスプーンを取ってスープを口に入れた。
「ふーーーむ、これは……っ3点!」
「辛口過ぎる!」
「しかも100000000満点中!」
「一層酷くなった!?」
ローゼのあんまりな評価に僕の突っ込みが炸裂しまくる。
僕だって久しぶりにこんなの食ったし、割と感動してたからね。
ちなみに道中の食事当番は僕とローゼの交代だった。
姫様曰く
「私は王女だし?勇者だし?料理もそりゃもちろんできるけれども、そーゆーのは下々の者にやらせないと威厳が保てないの!」
だそうで。
僕たちも料理人じゃあるまいし、簡単な者しか作れず、出来るのは焼くとか炒めるくらいだ。
火を通さないとお腹壊すしね。あとは干した保存食とか。
「ふん!クリップさんにとやかく言われる筋合いはありません!」
怒ってるなぁ……。今朝のことだろうけど。
『エリック』から『クリップさん』に変わってるわ。
謝ったら許してくれるかなぁ。
それにこの謎メイドさんもだ。
見たところ怒ってる風には見えないけれど……。
そもそもこの人何者なんだよ。
「ご主人様。私はご主人様からの評価以外は受け付けませんので、お気になさらず。それとも、そこのうるさいのが言うように、お気に召しませんでしたか?」
「あ、あはは。大丈夫だよ。おいしかったです。」
「う、うるさいのって!うるさいのって言われました!!」
ローゼの抗議もどこ吹く風だ。
まさに柳のようなメンタル。
僕だったら突っ込みかボケをかまさずにはいられないけどね。
「ていうかさぁ。」
今まで僕たちの様子をジト目で見ていた姫様が、唐突に口を開いた。
「アンタ、誰?何者?」
そう、それ。
「私、アコナイト・ドレッドノートと申します。以後お見知りおきを。」
「……名前だけじゃなくて、目的も。そもそもどうやってこの兵舎のエリックの部屋まで入ってきたの?一応警備がいる筈なんだけど。」
「それ以上のご質問はご主人様からでないと……それに、ご主人様をアホ呼ばわりは、少々許しかねます。」
「そのご主人のご主人だから良いのよ、別に。」
「あら、ご主人様は奥様であられたのですか?」
「いや、僕男だから。」
「では……あ、ホモであられるのですね。失礼いたしました。」
「違うわよ!そもそも私は女よ女!見て分かるでしょ!」
「それは失礼、あまりにもお胸が小さいのでそっちのうるさいのも含めて全員男性かと思ってしまいました。」
「「ぶっ殺すわ(ます)よアンタ。」」
わいのわいの。
圧倒的に話が進んでねぇ……。
結局このメイドさん、何者なんだ?
「これからのルートを確認するわよ。」
姫様が地図を広げ西の方を指す。
「今はここね、ホウリュウ要塞。」
そこから指がスーッと東に動く。
指された場所はキーン半島。
「目指すはここ、オーサクよ。」
「オーサク、楽しみです!何食べましょうかねぇ!」
ローゼがはしゃぐのも無理はない。
このオーサクはヒビスクス王国第二の都市であり、各地から食材が集まる美食の街だ。
僕は人多いとこ苦手なんだけどね……。
「遊びに行くんじゃないの。アワジに作られた敵の拠点を攻撃しに行くんだから。」
「でも、食べる時間はありますよね!」
「……ま、いいでしょう。時間を作るようにしとくわ。」
「やった!ターコターコターコ♪お好みお好み♪」
ローゼが謎の歌を歌うほどゴキゲンなので、願わくばこのまま機嫌よ治ってくれたもう。
「ローゼ、ゴキゲンだね。」
「クリップさんとは関係の無いことなので。」
満面の笑みで言われました。まだ怒ってますね怖い!
「朝からあんなもの見せてごめんってばー!ちょっとハレンチが過ぎたのは謝るよ。」
「……そういうことじゃないんです。馬鹿エリック。」
なんかもっと怒らしたっていうか、泣きそうになってる。
ちゃんと謝ったのにさ。
「ご主人様、お気を落とされないで下さい。」
「ど、ドレッド……アコナ……どっちも長いな。」
「アクト、とお呼びください。」
「アクト、ありがとう。」
そういえば、このメイドさん……アクトもついてくるのかな?
「アクトもこれから――」
「……そんなにそのメイドさんがいいんですか?」
ん?ローゼ今なんか言った?
「もういいです!エリックなんてそのメイドさんと結婚して末永くお幸せに爆発すればいいんですよ!ふえええええん」
ローゼはいきなり立ち上がると走って……一回こけて、また走って食堂を出て行った。
「追いかけなくていいわけ。」
「……僕より足が速いですし、今追いかけるのは下策じゃないですかね?」
「それはどうかしら?追いかけてくるのを信じてるかもよ?」
……そうかもな。
でも、僕にはある考えが浮かんでいた。
「最近、ローゼはちょっと危なっかしいように思うんです。」
「危なっかしい?どういうことよ。」
「……なんていうか、僕に依存しているような気がするんですよ。」
「依存?」
最近のローゼは僕にベッタリだ。
昔地元にいた時は、そうでもなかったような気がするんだけど。
これは良くない傾向だ。特に嫁入り前の女の子には。
僕もローゼも立派に元服した大人だ。
いつかは結婚して、家庭を持って、責任を背負わなければならない時が来る。
だから、今こうして僕に依存することはいけないことなんだ。
「僕は、ローゼの将来を思ってへぶしッ」
盛大にぶん殴られた。
椅子を三つぐらいぶっ壊すレベルで。
「アンタ、馬鹿なの?死ぬの?」
「馬鹿じゃないですよ!これは割とよく考えた方で――」
「だったら直接言えばいいでしょ!このドアホ!アンポンタン!」
そこまで言う必要ありますかね?
日頃の鬱憤を晴らすための悪い怒鳴り方だよな。
「だいたいアンタが鈍いのが行けないのよ。」
「僕が鈍い?いやいや、僕はこうして依存に気がついてるわけなので鈍いなんてそんなことあるわけないですよ。」
「……もう、好きに死んで。」
生きちゃいけないんですか……。
どうやら、女性陣から見ると僕は鈍いらしい。
「わかったら早く行く!追いかける!GO!」
「最後だけ三軒家チーフ!」
ちなみに元ネタはドラマ『家売るオンナ』。
わかりにくいネタを混ぜると元ネタ解説しないといけないから困る。
とにかく、僕は腫れた頬をさすりながら、ローゼを追いかけた。
「私を殴らなくて良いの?」
「……?なぜですか?」
「私、アンタのご主人様を殴ってけなしたけど。」
「あそこで私が邪魔したら、ご主人様が不快に思われると判断したまでです。」
「……そう。」
「ご主人様は、本当に――」
「幸せ者?それはどうかしらね。」
「いえ、ドMです。」
「……。」
コンコン
「ローゼ、今、いい?」
「……」
扉の向こうは沈黙したままだ。
……多分、聞こえてるだろう。
「なんか……ごめんなさい。」
「……。」
「僕は、どうやらニブチンだったらしく……うん。」
「……。」
「僕は君に酷いことをしてしまった。」
「……。」
もぞもぞ動く音がする。
どうやら扉のそばに近づいているらしい。
扉の前で音が止まる。
「……そ、そこまで言うなら許してあげますですよ。」
「ローゼ……。」
「でも、私も欲しいです。」
「……え、なにが?」
「子供です!べいびー!」
勢いよく扉が開かれ、飛び出したローゼにマウントを取られる。
ホント格闘戦弱いよね、僕。
一瞬でマウント取られるわ。
……。
「ってそんなこと考えてる場合じゃねぇ!止めなさいローゼさすがにそれはアウトだわ!」
十八禁!十八禁になるから!
「なに、どうしたの。ギャーギャー騒いで。」
「ヘルプ!姫様ヘルプ!この回二度目の十八禁タグ追加ピンチだ!」
「……何言ってるのか分かんないけど、とにかく引き離せばいいのね!アクト、手伝って!」
「ご主人様、今お助けします。」
二人の助けもあって、なんとかローゼを引き離せた。
ふぅ……よかった。
「むぅ、なんで子供作ってくれないんですか!そこの泥棒猫メイドとは作ったのに!」
「いやいや、ちょっと待って。僕はそんなことしてないよ!」
そう、いにしえのとある賢人はこういった。
自分の童貞も守れない者に、何かを守ることなど出来ない。
故に、僕は守り続ける。
この魂を!
「で、でも、エリック……チューしてました!」
「……はい?」
いや、してたけど。
うん。
アクトによる保健体育の授業が終わった。
生徒は姫様とローゼの二人。
どうやら二人はチューしたら子供が出来ると思っていたらしい。
今時そんな純粋な子もいるもんだなぁ。
「うう、ごめんなさい、エリックぅ……。」
「すっげぇ気持ち悪かったわ。おえー。」
果たしてアクトは何を教えたんだ。
恐ろしくて何も言えねぇ。
「さ、さて。出立の準備よ!荷物をまとめて三十分後に玄関に集合!」
「ういーっす。」
「は、はうい」
「ご主人様、お手伝いします。」
ローゼまだ立ち直れてないから。
ホントに何やったんだか……。
「ちょっと遅い出発になっちゃったわね。」
「まぁ、今日は野宿でしょうね。」
もうお昼に近い。このまま行っても次の村には着かないだろう。
「とにかく、目指すはオーサクよ!気合い入れて行きなさい!」
「あいあいさーです!」
「ご主人様、お荷物お持ちしましょうか?」
アクトもついてくるのか。
ようは旅の仲間が増えたって事だな。
謎のメイドがパーティーに加わった!
「じゃ、れっつらごー!」
死語ですよ、姫様。
「ついた!オーサクの街!」
「キンクリしすぎでしょ!」
「ご主人様、お荷物お持ちしましょうか?」
「いやー、文面におこしても大して盛り上がりませんよ。整備された街道ですし、モンスターもほとんど居ませんからね。」
商人が多く行き来するオーサク街道はきちんと整備され、モンスターも定期的に討伐されている。
超安全な旅路だ。
「たこ焼き買いましょう!た・こ・や・き☆」
「そうだね。せっかくここまで来たし、本場の味が食べたいね。」
オーサク名物、たこ焼き。
小麦粉で作られた生地の中に、たことキャベツをいれて球状に焼いた料理だ。
……ファンタジー世界観だからってたこ焼きが全く違う料理な訳ないよね!
「~~♪」
『●ちの三姉妹』のエンディングテーマのたこ焼きの歌を歌いながらたこ焼き屋さんに向かう。
「おじさん!たこ焼き2パック下さい!」
「あいよ!700ビスカやで。」
「1000ビスカからで。」
「じゃーおつりの300ビスカや。ちょいまち。」
待つこと五分くらい。
「ほい、おまちどお。おおきにー。」
エセっぽい方言のおじさんが出したたこ焼きは、まさに本場のものだった。
本によると、本場のたこ焼きはカリカリじゃなくて柔らかいらしい。
「いっただっきまーす!」
ローゼがようじで一つとって食べた。
「ハフ、ハフ……んーおいしーですー!」
幸せそうな表情だ。
それでは僕も一つ。
熱そうだからフーフーしないとなー。
ようじでとって――
「ご主人様、こちらをどうぞ。」
アクトがもう取っていた。
「適温です。
「じゃあアクトが食べなよ。」
「いえ、私よりもご主人様です。さ、どうぞ。」
「それじゃ、お言葉に甘えて。あーん。」
ぱくり
んー口の中でとろける!
ソースと絶妙にマッチして、とろとろの中にタコの味と食感がいいアクセントになって……超絶美味!
「まいう~」
「ほんと、これ美味しいわね。」
姫様もお気に召したようで、満足気にぱくぱく食べている。
順調にたこ焼きは減っていき、最後の一つになった。
姫様とローゼのようじが火花を散らす。
「最後のは私が食べるの!」
「そういえばエリックにあーんしてなかったので私がもらうんです!」
バチバチバチバチ
シャキン、キンキンキンキン!
金属にような音が聞こえるけど気のせい気のせい。
ようじだし。木だし。
僕は少しトイレに行きたくなって、近所の民家に借りた。
「ふぅ……。」
あースッキリ。
手を洗って家を出ようとした、その時。
「キャーーーーーーーーー!」
悲鳴が響き渡った。
僕はその方向へ急いで向かった。
そこはどうやら居間のようだ。家具が並んでいる。
そして、床には……血を流して倒れている男の人!
駆け寄り、脈を確かめるが……
「死んでる。」
どうやれて遅れだったようだ。
悲鳴を聞いた姫様たちも部屋に集まってきた。
そしてその光景に、状況を理解したらしい。
「なるほど、殺人事件ね。」
姫様は声高々に言った。
「その事件、私が解決します。じっちゃんの名にかけて!」
金田一のかよ。
前回の反省から半分にしました。
次は続き。
花火大会行ってくるぜ!
……男と。