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鬼女と流浪の王  作者: 茶々子
それは熱い夜だった
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(4)

 私は樹海に出掛ける以外の時間を、本を読むことに当てていた。


 アークと出会い三日。些か偏りはあるにしても、この世界の仕組みに関しては相当な知識量を吸収する事が出来た。ギフトやスキルの仕組みや効果も樹海での実地訓練のおかげか、何とか使い熟せる様にはなってきていた。


 正直なところ、私のギフトは半ば反則級の力である。

 私が初めに『心板』を確認した時に、こっちの世界でもなのか、と思った覚えがある。地球に於ける化物呼ばわりされた原因についても、しっかり引き継いでいる為、今の私は洒落にならないくらいに、異常な存在へと昇華している。『絶対的な存在』――私はアークをそう評したのだが、アークは私を『歪な存在』と語っていた。僅かの時間ながらに、私が彼から読み取ったものがある様に、また彼も私から何か読み取ったのだろう。その真意は、どうしても私がバランスの悪い生物の様に思えてならないという事だった。


 何故、人間なのか分からないという事だった。

 私は読み終えた本をそっと閉じると、小さく息を吐いた。


 今読んでいた本の題名は『魔物の生態系』である。見たら分かる魔物も存在しているのだけれど(ゴブリンやコボルト)、人類が全種を把握出来ていない上に、昨今も新種が増え続けている現状では、既存の魔物だけでも知っておいた方が良いと思ったのだ。魔物によれば固有のギフトやスキルを有している存在も居る事や、特に複数体での戦闘が多くなる為、少しでも対処法を多く知っておくべきである。中には初見殺しとも謂われる『魔眼』シリーズを持った魔物も居ると記述があった。実際に見た事がないから分からないのだが、何でも目を合わせただけで麻痺や魅了、石化など様々な状態異常に罹ると言うのだ。まるで神話に登場するメデューサの様である。確かにそんな特殊な能力を持っているのならば、何も知らない者は知らないまま死を迎える事になるだろう。恐ろしい世の中である。私は魔物について知っておくのも重要な事だと理解したのだった――そんな事態を対処する為の仕掛けをこの時に創ったのだが、それが使われる事になるのはまだ先の事である。


「魔術の練習もしておこうかな」

 書物を漁っている内に、私には魔術の才がある事が分かった。


 適性を知る為の魔道具の存在を知ったのだ。アークに聞いてみたところ、この屋敷にも幾つかあると言うから、計ってみたところ私は魔力がとても多いらしい(そういう所に、人間に思えないと言われる一端があるのだろう)。性質は『水』と『氷』。特に氷は五大属性ではない希少な属性らしく、滅多にいないみたいだ。他にも『光』や『闇』を筆頭に特殊な属性は多くあるらしいのだが、絶対数は限りなく少ない。五大属性に関しては、努力次第でどれも取得出来るのだが、『反性』という性質がある以上、水の魔術を使う者は火の魔術を使えない、風の魔術を使う者は土の魔術を使えない、という打ち消し合う属性の行使が不可能になる。余程の事がない限り、適性のある属性を極めるのが無難だった。


 因みに魔術の行使には魔術言語を用いるのだが、もちろん私は覚えてはいない。今から覚えようとしても邪魔になる可能性が高いのだ。と言うのも、ここには私の持つギフトが関わっている。『翻訳』のギフトの事だ。このギフトがまさか魔術言語にも適応されるとは、流石に私も分からなかった。勇者が召喚されて直ぐに魔術を行使出来るのは、恐らくはこの『翻訳』のギフトによるものなのだろう。私や勇者などの異界の存在は、その異界における言語を使い魔術を行使する事が可能だった。私の場合、イメージと言語が噛み合っていれば、勝手に魔術言語に置換してくれる。魔力操作の腕も必要には必要なのだが、これは私の元来持っていた力と感覚が似通っていたから、問題なく熟す事が出来た。


 私は三日前に造られた平地に向かった。

 その不自然に木々が薙ぎ倒された場所は、アークが造ったものである。特に意図はしていなかったそうなのだが、手っ取り早く私に実力を知らしめる為に、ゴブリンの群れに魔術を使ったありさまが平地だったのだ。スキルレベルに表すと『A』相当の力らしいから、私にはまだ遠い力であった。因みに私の魔術スキルは水が『E』の氷が『D』である。魔物相手ならば役立つだろうが、一定レベルの相手ならば通用しない。魔力量に依存するところがあるから、一般よりも大きな規模での行使は出来るが、大規模魔法とはお世辞にも言えないレベルなのである。アーク曰く、覚えたてにしては優秀ではあるらしい。


『揺蕩う水気の結晶。氷の礫となりて疾く射出せよ』

 適当に文言を唱える。瞬間、私の周囲に氷の礫が現出する。常人には視認し難い速度で木々を射抜き貫き、大地を削った。こんな簡単に魔術が使える事に少々落胆する。しかし、合理主義者である私は、わざわざ一から魔術言語を覚えようとは思わなかった。暇があれば覚えてもいいかもしれないが、半端に覚えるとイメージがぶれてしまう。きっと、恐らく覚える事はないのだろうと思いながら、第二射撃を放った。指先を曲げると、それに呼応するかの様に礫も軌道を変える。これを自由自在に動かせる様になると、割と一端の魔術師として認識されるらしい。私としてはとても簡単な事なのだけれど、それが世間一般的には第一の関門として、初めてぶつかるであろう大きな壁なのだ。


 そのまま暫く術を繰り返していると、音を辿ったのかゴブリンがやってきた。屋敷から近いところにはこのゴブリンが魑魅魍魎と蔓延っている。正確には強い魔物共に押し込められているのだが、いつでも何処でも沸いてくるこいつらには、そろそろ煩わしくなっていた。初めて見た感動も今や薄れてしまっている。私は素早く魔術で氷漬けにした。雑魚とは言え、今回は六体だった。包囲されない内に仕留めるのは妥当である。私は凍らせたゴブリンを地面に叩き付け始末していく。興が乗ったから、近くにいる魔物を的に魔術の練習をする事にした。動かない的よりも動く的の方が、射る事の難しいのは当たり前である。ゴブリンの緩慢な動きではそう大差もないかもしれないが、特に獣系の魔物相手ではなかなか礫が当たらなかった。面による射出なら躱される事はないのだが、しかし威力が落ちる。もっと強い魔物が相手では今の魔術では通用しないだろう。ギフトがあるから戦えない訳でもないが、手数は多く持っていたい性質である。私は水魔術の練度も意識しながら、淡々と魔物を殺して回っていた。夢中になっていたから、帰宅したのは太陽が落ち始めた頃だった。


「遅い。迎えに行くところだった」

 出迎えたアークは、少し不貞腐れていた。


 私も素直に謝った。アークは調理のスキルを持っていない。この屋敷で共に三日過ごしてきたのだが、朝から晩まで調理の担当は私だった。今日は帰って来るのが遅かったから、晩御飯が遅れる事に苦言を呈しているのだ。こんな大きな屋敷なのだから、料理人の一人や二人雇っていないのかとアークに聞いたのだが、ここは隠れ家的な意味合いで建てた屋敷らしい。面倒なしがらみを振り切る為の場所なのだそうだ。故に一人も屋敷には入れないという――正確には魔術的な力により視認出来ない様施されているみたいだ。私は例外である為、術士であるアークの認可を貰っているから、視認出来ているらしい。彼の属性である闇魔術による芸当なのだとか。それは、魔力を視認できる様になった今では、相当な魔力が込められている事が外から分かった。魔力が多いらしい私よりも、きっとアークの総魔力量は多い。大まかな魔力量を視る事が出来る私が、アークだけは視る事が出来ないのだから。


「アリス。酒を持ってこい」

 機嫌の悪いまま、アークは私に言った。


「分かった。適当に持ってくるよ」

 アークが酒と言ったら、基本的には蒸留酒の事である。

 彼は相当な呑兵衛みたいだった。酔ったところをみた事がない。私はコレクションされた酒の中から適当に二三本抱えると、食堂に戻る。持ってきた中からアークに選ばせ、それを開けてグラスに注いだ。もちろん、ふたつ分である。アークは一人で飲むのを嫌うのだ。誰かに酌をさせなければ気に食わないらしい。幸い私は無類の酒好きなのだが、もし下戸ならばアークには付き合いきれまい。文字通り蟒蛇である私だから付き合えるのだ。もちろん、その逆も然りである。その点で考えれば、とても相性の良い相手と言えた。


「はあ。美味しいねえ」

 異世界の酒も捨てたものではなかった。


「俺が蒐集したものだからな。当たり前だ」


「アークってコレクター気質だよね」


「気質というか、本質だからな」


「はあ?」

 私は首を捻ったが、それ以上は語らなかった。

 本質と言えば、真っ先にギフトが思い浮かぶ。ギフトはその者の本質や本懐を反映しているという結論は色々な文献が論じていた事だった。私のギフトも間違いなく私の性質を反映しているのだから、信憑性は高いものである。もしかしたら、アークには蒐集に関するギフトがあるのかもしれない。


「やはり思いのほか飲めるな、お前は」


「それが仇になる事もあるけどね」


「同感だな。俺が酒に目がない事が広まると、毒が盛られた事があった。折角の酒に無粋な真似をする奴が居るんだよな。そいつらに限って疑われない様に良い酒を持ってくるのだから世の中ままならぬものだ」


「はは。まったく」


「お前も盛られたか?」


「ん。冥土の土産にしては上等過ぎるものをちょっとね」


 私としては、またそれも良い思い出である。

 あれは天上の酒だった。懐かしい記憶の断片である。この肉体が感じたものではないのに鮮明に思い出せるのだった。過去を肴に酒を煽る程、歳を重ねた訳でもないのだが、酒の質が良い所為かとても美味しく感じた。


 酒気漂う中、その酒盛りは夜深くまで続いたのだった。



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