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鬼女と流浪の王  作者: 茶々子
それは熱い夜だった
2/7

(1)

少し長いかもです。

 私は何処へと向かっているのか、次第に分からなくなった。


 初めは右回りに歩き、やがて元の部屋に帰って来るつもりだったのだ。もちろん右回りを続けられる構造になっているかどうかも分からない段階ではあったが、しかし現状はちゃんと右回りに歩いてきた筈なのである。私の立っているこの廊下は、私の居た部屋の前の廊下でなければおかしいのだ。

 だが、私はいつの間にか迷子になっていた。


 同じ様な廊下と扉が延々続いていた。その一つ一つを丁寧に、慎重に確認しつつも、おおよそ三時間程掛け、元の場所に帰ってきたつもりだった。私の居た部屋は、廊下の中央の扉から通じている。よくよく見てみてみると、他の部屋よりも少し大きい造りだった。向かい側も同じ大きさだったのだが、私が帰ってきた部屋は間違いなく違う部屋だった。おかしな点は色々在る。無造作に剥いだ筈のベッドが整えられていたり、そのままにしていたティーセットが片付けられていたり(洗われた痕跡も無かった)、窓の外を眺める為に開けたカーテンは閉まりきっていた。私が居ない隙に掃除でもしたのだろうか、と初めは疑った。しかし私はその行動に意味を見いだせなかった。屋敷を一周して人の気配を感じなかったのもあるが、私の部屋を掃除するという事は私の存在を知っている訳だ。その私が居ないのだから、探して然るべきなのである(私を知らないとなると、やはり話が不思議な方向へ転がっていくから無視するものとする)。というか前提に、私はどうしても部屋が掃除された様には感じられなかった。まったく違う部屋の様に感じていたのだ。それを気のせいだと思うのは自由なのだけれど、私は私自身の直感を侮った事は人生で一度もない。天啓の如く脳に過るその感覚に従って生きてきた。そしてその感覚にあまり裏切られた記憶はないのだ。だとすると、やはりこの部屋は違う部屋なのである。じゃあ、道を間違えたのだろうか。


「おかしいなあ……」


 私は上下左右くらい分かるつもりである。

 入り組んだ場所なら兎も角、通路がちゃんと在る場所で道を違える程ぼんやりもしていない筈だ。今は間違いなく非常事態なのだから、それなりに気は引き締めている。じゃあ、いったい現状はどういう事なのだろうか。いよいよ、ファンタジーを疑いたくなってくるのだが、それはやはり早計である。本当に私が道を間違えた可能性も捨てきれない。これだけ大きい屋敷の、同じような廊下が続いているのだからうっかりする事もある。私はもう一度、屋敷の中を探索する事に方針を固めたのだった。


「迷路に迷い込んだ気分だよ」

 一人愚痴ると、今度は適当に廊下を進む事にした。


 自分で言っておいて何だけれど、屋敷型の迷路とは随分洒落たものである。ある筈の部屋がなく、ない筈の部屋があるのも物語としては通例だ。数多の小説を読んできた私にとってはよく聞く筋書きだった。あくまで人為的な範疇から、日常を乖離した状況を考えてみる――実は私の行動は誰かによって観察されていて、大きな屋敷、それも不可思議な現象の起こる屋敷に放り込まれたらどういう行動を起こすだろうか。という展開は如何だろうか。普通だったら在り得ないにしても、SFやファンタジー云々を語るよりかは、まだマシに思えた。仮にそうだとしても拉致られた事に変わりはないのだが……いや、両親に売られたという線もまったくない訳じゃあない。大金積まれたら娘を売るくらいはしそうな人達だ。そうであれば、良い厄介払いが出来たとでも思っているのではないだろうか。


「…………んん?」


 私はふらふらと進んでいると、突き当たりの奥で鉄の扉を発見した。

 今までの扉とは毛色が違う。明らかに何か在りますよ、と言っている様である。私は気配を消しつつ、急ぎ足で鉄扉に歩み寄った。慎重を期しながら、その硬い取っ手を握る。力を込めて引くと――しかし、その鉄扉はビクともしなかった。首を傾げつつも、今度は押してみたのだがやはり動く気配はない。カギがかかっているのか、或いは単に力不足なのか、この鉄扉は私じゃあ開く事が出来な様だった。餌を前におあずけをくらわされた犬の様な心境である。あからさまなだけに馬鹿にされている様な気がした。


「観察者が居たらぶっ殺そう」

 本当に開かないか、何度か確認してから再び歩き始めた。


 それからは意外にも、景色に変化が生じていた。まったく同じ光景が延々続くのではという危惧も在ったのだけれど、流石にそうではなかったらしい。莫大な屋敷である為に部屋数が尋常じゃなかっただけなのだ。客室以外にも、長いテーブルが置かれた食堂らしき部屋や書庫らしき部屋、トイレや風呂場(どちらも信じられないくらいに大きかった)等、これでここか迷路ではない事が理解出来た。念の為に記憶を辿って食堂に向ってみたけれど、問題なく辿り着けたのだ。私の寝ていた部屋が見つからないのは、私が迷ったのか、それともあの部屋が本当は元の部屋だったのだろう。私の直感も別に確実という訳でもない。外れる時はちゃんと外れる。何も不思議な事はなかった。


 中には不思議な部屋も存在していた。

 この屋敷の主はコレクターなのだろうか。物語の中くらいしか御目に掛かれないであろう装飾があしらわれた武器類が、部屋のいたる所に飾られている。無骨な武器は一切ない。金の塊にすら見える武器の数々は成る程、レプリカでもなんでもない。私が手に取った長剣は、まごう事無き真剣だった。人を殺せる兵器である。


「……でも、何か傷だらけ」

 武器は生々しい傷跡が残っていた。

 現代において剣なんて使われる訳はない。では、過去の遺物なのだろうか。遥か昔に使われていた武器類をこの屋敷の主が買い取った? しかし、そもそもそんな物が後世に残っているのだろうか。多分在るのだろうけれど、何故かその解は真実ではない様な気がしていた。それ以外の解答は在り得ないと言うのに。

 重量の在る真剣は、年頃の娘には重たすぎる。


 私は立て掛けられていた剣を元に戻し、一つ一つ他の武器も見て回る事にした。剣を始め槍や斧、弓や短剣、果ては拳銃までも収集されていた。その拳銃を手に取って軽く弄ってみるけれど(仕組みは本で知った)、弾倉に実弾は込められていない。私は壁に向かい空撃ちしてみようと思ったけれど、音が響きそうだから諦めた。ただ、何となくだけれどこの拳銃は本物の様な気がする。これだけ真剣やら真槍やらの在る中、模造品や玩具を一緒にする程、甘い揃え方ではない。こだわりがきっと在る筈だ。


「短剣貰っておこうかな?」

 何があるか分からないのだ。

 護身用に持っていた方が良いのかもしれない。緊急事態だ、仮に警察に保護されたあと何か言われても念の為に忍ばせておいたと言えば大丈夫だろう。出所だって敵陣なのだ、不可抗力として扱ってくれる。流石にそれを振るった場合どうなるのか分からないけれど、被害者である私は酷い事にはならない筈だ。そこまで思考をまとめると、私は壁に掛けられていた中でも一番装飾の少ない一振りを選んだ。というよりも、装飾は一切無かった。形も短剣というよりも短刀に近い。恐らくは、匕首と言う物だろう――採用理由は、ちゃんと鞘に収まっていたからだった。刃を剥き出しで歩くのは、いかにも危ない奴である。せめて納める物があった方が良いと思ったのだ。


 匕首とはつまりはドスな訳だから、違う意味で危ない奴という気もしなくもないけれど、流石に私をカタギではないと判断する者はいないだろう。そもそも小娘と刃物はミスマッチなのだから今更である(ただし、包丁は例外とする)。

「うん。良い物を拾ったな」


 私は匕首を持ち、その部屋を出た。

 そのまま、さっき発見しておいた階段を降りる。


 下の階は得に危険だと考えて居たけれど、武器が在れば多少立ち回れる。どうやら、私の寝ていた部屋は三階だったらしい。警戒を怠る事はなく、二階の廊下を進み始めた。三階と構造の違いはない様だ。こんなに必要なのかと思われる客室エリアを超えると、様々な用途の部屋がある。特にあっちこっちに風呂場が在るのは、屋敷主の趣味なのかと思った。或いは、女は風呂好きが多いと聞くから、囲う為に増やしたのかもしれない。別にどっちでもいいのだけれど、無駄に広い所為か少し飽きてきた。引きこもりの私が思うには、広すぎる余り逆に利便性を損なっている気がしなくもなかった。


 まあ、こういう無駄が恐らくは良いのだろう。

 私は得に目新しい物がない二階を探索し終えると、ついに一階へと降りた。

 必要上この屋敷を抜けようとするのならば、一階に降りざるを得ない。その事からも考えると、下の階程誰かが待ち構えている可能性が高い。正直、私を逃がすまいとするのなら部屋の前に見張りくらいおいておくべきなのだけれど(この時点から、私は屋敷に人など居ないのではと思っている)、好都合だから気にしない事にしている。今は謎の解明は無理である。というか、誰かに説明を貰わなければ分からない事だ。もっとも、誰かが私を誘拐した場合の話だけれども……そんな事を考え始めると、私は時間が経つに連れ、現状に違和感を覚えていくのだった。実は夢だったりしないだろうか。


「その展開が一番つまらないよ……」

 夢オチなんてオチていないも同然である。

 自分で考えておきながら、思わず苦笑した。


 三階二階と同じだと思うけど、一応一階も見て回る。入念に警戒していたのだけれど、やはりと言うべきか人の気配らしきものが感じられなかった。この屋敷全体を見て回って来たけれど、どうにも腑に落ちない。別に永らく使っていない訳でもなく、むしろ清掃が行き届いているくらいなのに、人はいない。それもこんな大きな屋敷だ、メイドや執事だって居ても何らおかしい事はない。それでも人っ子一人見当たらないのだから、いよいよ現実的ではない妄想も疑うべきなのかもしれない。


 私は辿り着いたキッチンでひと息付く事にする。

 屋敷の探索を始めてから、いったいどれくらい経ったのだろう。少なくとも二時間以上は経っていると思うのだが、謎は深まるばかりである。私は紅茶の茶葉を探すと、一緒に見付けた冷蔵庫の中からショートケーキを持ち出した。この辺りの品ぞろえも優秀なのが、気になるポイントである。所々で生活臭を感じるのだ。私は隣接していた食堂のテーブルに、ティーセットとショートケーキを置き、椅子に座った。


「誰も居ないんだったら、別にいいよね」


 私は一緒に持ってきたフォークでケーキを頬張る。

 その瞬間、大きく目を見開いた。甘党としては相当な数のケーキを食べている。このケーキは間違いなく高級なものだと理解出来た。丁度良い甘さが口の中に広がっていく。しつこくないから幾らでも食べれそうだ。もちろん流石の私も、人の物を幾らでも食べる程図々しくはない。ショートケーキ一つで我慢する事にした。もし仮にこの屋敷に主が居ない事が分かったら戴く事にしよう。どうせ、私はここから出られない。

 紅茶を飲みながら、今後の事を考える。

 どういう訳か私は、紅茶を飲むと極端に頭が冴える。カフェイン量はコーヒーよりも多いと聞くから、きっとその辺りに訳が在るのだろうけれど(一杯だけに焦点を当てるならコーヒーという説もある)、或いは糖分故かもしれないが、兎も角紅茶を飲みながら、頭を回すと上手い具合に纏まる事が多いのである。だから、特にこういう非常事態には紅茶が必須だった。非常事態に紅茶を飲む時間が在るのかと言われると、返す言葉もないのだけれど、ようはルーティーンみたいな事だ。追い詰められた時こそ落ち着くべきなのも、また正論なのだからいっそ突き抜けてみても良いのではないだろうか。


「この紅茶もきっと良い物だよねえ……」

 ホッと息を吐きながら、私は独り言を呟く。


 カップから昇る湯気を眺めながら、ゆっくり考えを纏める。

 私の思考は、今は家主が居ない前提に変わっていた。外に出た所で遠くに行くのも危険である。ならば、潔くここに住む事を考えた方が良い。何故かは分からないが、食糧も結構残っている。備蓄庫みたいな部屋も在ったから、当面は生きていけるだろう。問題はその後だ。ここがどこかも分からなければ、帰り方ももちろん分からない。人為的なのかどうか、計りかねている段階で警察を当てにするのも受け身である。正直なところ、警察は動いていない気がしていた――超常的な状況に巻き込まれている、と断定するのは早計だが、しかし誘拐犯が居ないどころか家主も居ない屋敷に、いつの間にかやって来ていたなんて小説のあらすじとしては常套な部類である。ホラー路線も在り得るとまで考えている。SFやファンタジーをついでの路線だ。もう何が起こっても想定済みなのだ。


「一度屋敷の周辺を散策してみようかな」

 住む事を前提に、次の行動を決める。


 木々を上から見下ろせる規模の屋敷である。多少離れたところで迷子になる事はない。今後の食糧も調達出来るかもしれないし、何だったらコレクションされていた武器を使えば、最悪狩猟くらいは出来るだろう。出来れば銃火器を使いたいところだが、それは弾が見つかったらの話である。もっとも、本来の目的は周辺地域の把握だ。やがては一番近くの街とか、辿り着く可能性だってある。

 私は考えを煮つめ、立ち上がった。


 使った食器をキッチンのシンクに置き、入り口のあった部屋に向かう。まだ屋敷の構造は把握し切れていないのだが、入り口の場所だけは確認しておいた。というか、降りてきた階段の前だった。私は拝借した匕首を握りしめ、ゆっくりと慎重に入り口のドアに手を掛けた。外の世界は、大自然が風に揺られて蠢いていた。


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