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鬼女と流浪の王  作者: 茶々子
プロローグ
1/7

(1)

久しぶりの投稿です。

感想・評価お待ちしておりますのでよろしくお願いいたします。

 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。


 上体を起こしながら周囲を眺める。内装はおおよそ平民のものではない。一人で居るには余分過ぎる部屋の大きさ、アンティークのモダンな調度類――特に私が寝ていた天蓋付きのベッドは物語の中の物だった。また、そのベッドも一人で寝るには巨大過ぎる。きっと五・六人くらいは一緒に寝られる規模だ。その中央に私は居るのだから、不思議なものである。私はこんな絢爛豪華な部屋に覚えはなかった。


「……………」


 私は一度目を瞑ってみる。

 再び目を開くと、やはり見知らぬ部屋だった。


 思わず首を捻りながら、思考を巡らせる。親戚の家の部屋かもしれない。或いは友人の家に遊びに来ているのだったか、それとも家の隠された部屋を見付けたのだったか……寝起きながらにも素早く考えてみたけれど、多分どれも違った。親戚の家には久しく行っていないが、こんな部屋に泊まらされた記憶は無かったし、数少ない友人達もいたって普通の民家に住んでいた筈だ。特に家の隠された部屋は在り得ない。なんせマンションだ。この規模の部屋を隠せる訳はない。というか、隠される訳がない。


 そもそも、現状を理解出来ていない所からおかしいのだ。


 私は物騒になっていく想像を打ち切る。考えていてもしょうがない。私は欠伸を噛み殺しながら、純白のシーツを剥ぎ、ベッドから這い出た。起き抜けには気付かなかったけれど、纏っている衣服も見慣れないものだった。まず間違いなく私のものではない。シーツの白色とは反面パジャマは――ネグリジェと言うのだろうか――黒い生地だった。レースをあしらったそれは膝丈まで伸びている。


「まあ、いいか……」


 今は何を着ていようとどうでもいい。

 とにかく現状の把握をしなければならない。


 危険かとも思ったが、私は部屋の扉に近付いた。私の考える物騒な想像では見張りが居たって不思議じゃあない。念の為に足音を消しながら、ゆっくり取っ手を掴む。音を立てない様に扉を引いた。部屋の外は廊下に繋がっていた。前方にはこの部屋と同じ両扉が見える。左右を見渡すと、突き当たるまで等間隔にその両扉が存在している。ここはこの規模の部屋が幾つも在る屋敷なのだと理解した。正に豪邸といった雰囲気だった。


 私は確認した後、一度部屋に戻った。

 あまりに広すぎる為に、動くのを憚られたのだ。


 現状の理解の為に当てもなく屋敷を歩き回るのは、リスキー極まりない。生物の気配はしなかったが、それはきっと広すぎるだけである。私が自分の足でこの屋敷にやって来たとは思いにくいし、きっと連れてきた存在が居る筈だ。逃亡するにしても、その存在に見つかりでもしたら目も当てられない。


「というか、ここはどこなのだろう」


 私は窓の外を眺め、ふっと息を吐いた。

 どうにも、この屋敷は深い森の中に建っている様なのだ。視界の先には見渡す限りの樹海が広がっている。遥か遠くを見据えてみると、山脈が樹海を囲う様に連ねている。そこは白い霧の所為か薄らとしか分からないが、大きな山脈で在る事くらいは解った。初めに頭に浮かんだのは富士山である。しかし、良く見る富士山の風貌とは違う気がした。見る角度によれば、こういう風に見えるのだろうか。


「そもそも、日本なの?」


 不意に、その考えが頭の中を巡った。

 国外であれば、こんな人の手が加えられていない景色も存在するかもしれない。そう思い始めると、どんどんここが日本ではない様な気がしてきた。それは、西洋風の内装を見た所為もあるのかもしれない。

 私は両開きの窓をゆっくりと開けてみた。


 風が吹き抜け、草木の薫りが匂ってくる。これが外国の匂いなのかは分からない。きっと日本でも感じた事のある匂いだった。結局、ここがどこだか分からない。何も分からないまま国外に居る筈はない、と思う一方、ここが日本である筈はないという根拠もない確信めいた事を思ったりもするのだった。


「……どうしようかな」


 大自然を眺めながら、私は思案する。

 私が考えていた物騒な想像は『誘拐』されたのではないか、である。


 正直なところ、親戚や友人の家なんかよりも可能性の高い予想だ。ここに来るまでの記憶がないのも、眠らされたのならば納得が出来る。それでも、襲われた瞬間くらいは覚えていそうなものだけれど、私は意外と疎いから気付かなかったのかもしれない。或いは、隙を付いて睡眠薬でも盛られたという線もある。

 現代日本生きていながら、そんな事があるだろうか。


 自分の考えに首を傾げた。まったくないとは言い切れないにしても、治安はとても良い国である。警察の捜査網も世界有数だと聞いた。記憶が抜けている事からも、少なくとも日は跨いでいると思うのだが、警察はなにしているのだろう――そもそも、私の考えである『国外説』が的を射ていたのだとするのならば、謎も増えてくる。飛行機は無理だろうから、私を運ぶとすれば船だ。そうなると、結構な時間を掛け国の外に出なければならない。その間に私が一度も目覚めていないのは不思議な話である。どこかの国から飛行機に乗り換えるのならば起されるだろうし、船でこの屋敷が建つ国まで来たのならば、そもそも眠らせておく必要は皆無である。誘拐された私には用途があるのだろう。そう考えれば、むしろ起して然るべきである。食事や排せつも必要なのだから――と、思考を巡らせていくと、結局どれも思い違いな気がしてくるのである。特に謎なのは、記憶が途切れた頃から日にちが経っている気はしているのに、特にお腹が減っているとかはない事だった。寝ながら食べる訳はなし、献血でも打たれている訳でもなし、実は記憶が欠けてから一日も経っていないのではないかと疑う始末だった。最終的には、考えても意味なしと結論付けた。


「解はない」


 私は少し肌寒くなって、窓を閉めた。


 今度は部屋の中を物色する。現状に関しての手掛かりでも在るかもしれない、と思っての行動だったけれど、芳しい成果は得られなかった。部屋の中には何もなかった。調度品は揃えられているのに、中はどれも空っぽである。その生活臭の無さから、この部屋は客室なのかもしれないと思った。何処かホテルを思わせるのだ。同じような部屋が何個もあるみたいだったから、その可能性は高そうである。

 結局見つかったのは、お茶の葉くらいだった。


 ご丁寧に電気ポットまで用意されている。いよいよホテルみたいだ。苦情を申し立てるのならばテレビも欲しいところだけれど、この完成された部屋にそれを置くには、どうにも無粋な気がしてならなかった。ポットの時点でも言える事なのだが、こういう中世を意識した部屋に文明の利器を持ち込むと、途端に現実味を帯びてしまうのだ。


「ひと息付こうかな……」


 私は用意されていた茶葉を漉すと、ティーポットに砂糖を加えお湯を注ぐ。

 どういう訳か、電気ポットはコンセントに繋がっていなかったのだけれど、お湯は出たから気にしない事にする。一旦考えるのは止めたのだ。どうやっても一人じゃ解は出ない以上、悩ませるだけ脳の無駄遣いである。丁寧にティーポットの中を混ぜた。流石に牛乳やレモンはなかった。ストレートティーだ。


 窓際に配置されているテーブルに、ティーポットとティーカップを置く。ここにクッキーの一つでもあれば良かったのだけれど、もちろんそれもなかった。カップに紅茶を注ぐと、私はイスに腰を下ろした。窓の外を眺めながら、ホッと息を吐く。紅茶を好んで飲んでいた私は、覚えのある味わいに心が緩んでいくのを感じていた。不可解な状況な中であろうとも、その味わいは変わる事がないのだ。実のところ、それほど危機感は感じていない。おかしな現状――いっその事、現象とでも言うべきなのかもしれない――ではあるものの、直接的な恐怖を目の当たりにしていないからなのか(或いは、元来の疎い気質がそうさせているのかもしれない)、至って平静だった。自体があまりにも不可思議故に、実感を持てていないのだと思う――何より、今までの日常に執着していたかと言えば、割とあっさり切り捨てられるくらいには退屈なものだっただけに、実は現状を楽しんでいる節すらあった。自分の心中ながらに可笑しな奴である。誘拐されているかもしれないのに、楽しいと思う程の悦楽的な思考を持っていたとは吃驚だ。今日で一番驚いたかもしれない。


 私は紅茶を啜りながら、窓の外を眺める。


 ここがどこであるかは分からない。日本国内かもしれないし、国外かもしれない。それを一人で判断する術は持たないけれど、ここで重要なのはこの場に居る私自身である。私がここに居る以上、程度の差はあれ危険なのだ。私に持ち物はない。財布とスマホくらいは持ち歩くのだが、何故か今はそれを持っていなかった。架空の誘拐犯が持っているのかもしれないが、ないのだから考えていても詮無き事である。まず樹海を安全に抜ける事が問題だが、その後も無一文の私が我が家に帰れるかはあやしいものだ。警察を待っているばかりでもいられない。ここには犯人が居るかもしれないのだ。


「やっぱり部屋を出てみるか……」

 正直、現状は八方塞である。個人の力ではどうしようもない事象に巻き込まれている気がしてならない。ならば、何かしらの行動を起こさなければならない。私は殺されるのも、犯されるのも御免だ。飛躍でなくその可能性は考慮すべきだろう。与えられた部屋でのうのうと紅茶を啜っている私が言えることではないけれど、事態は深刻である。私がこの屋敷を出れない以上、部屋を出て歩き回ったところで精々私に出来るのは、かくれんぼだけだ。鬼ごっことも言うかもしれない。もっとも、この屋敷に人が居るかどうかは分からないが、居ないのならばいったい私は何処に迷い込んだのだ、という事になる。ここは居る前提で考えなければ、事態はSFチックな方向へと進んでしまう。或いは、ファンタジーチックな方向へと。そんな展開を疑うのはまだ早い。現実的なところから考えて行こうではないか。


「流石にちょっと緊張してきたな……」


 私はティーポットの中身を空にすると、ゆっくりと立ち上がる。

 私は一度部屋の中を見渡してから、廊下へ続く扉に向かった。取っ手を掴むと、そのまま警戒しつつ引いた。廊下にはやはり誰も居ない。気配も感じられなかった。私は息を潜めつつ部屋の扉を閉めると、右側に向けて歩き始めた。

 右回りに進もうと思ったのだ。別に大した意味はない。


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