8日前
人生に疲れた。
俺は東京でせせこましく働くサラリーマン。
都会に憧れて、仕事と趣味に充実した優雅な生活を夢見て、大学の卒業を見込んだ頃、就職のため上京した。
ほんの数年前のことなのに、もう随分と昔のことに思える。
当時の俺は、気軽に受けた大企業に内定し、天狗になって浮かれていた。夢の生活への第1歩を踏み出したと喜んだんだ。
当たり前だろう?理想とした未来が手の届くところにあるんだから。
まあ、それも束の間のことだったが。
入社式とその後の研修を終え、新人として配属された部署で待っていたのは、新社会人への過酷な洗礼だった。
俺に宛がわれたデスクが見えなくなる程、雑然と積まれる書類の山、山、山。
先輩方に教えを乞いながら、ひたすらそれを処理する日々。新しく山ができる前に、もともとあった山を終わらせる。
それができなきゃ仕事が溜まる。そのうち納期が守れなくなって、クレームが入り、上司に叱られ、取り返そうと焦り、ミスが増え、それを直すのに時間をとられ、そうしてまた仕事が溜まる。
思わず笑っちまうほどの、いっそ綺麗な悪循環。
こんな状況が続いていれば、職場の空気もギスギスしたものに変わっていく。上司には怒鳴られるようになり、書類のミスが見過ごされ、新しいクレームを産み落とす。俺が特別劣っている訳でもなくて、職場の全員がそんな感じで、誰も彼もが憔悴している。
朝起きた瞬間に最悪な気持ちになる。仕事に行かなくちゃならないから。
生きるために、同僚のために、惰性で。
朝、満員電車に押しつぶされながら通勤し、昼も食べずに仕事に追われ、深夜に終電で家に帰る。
それを6日続けてようやく勝ち取る休日は、ぼんやりしているうちに日が暮れる。
そんなクソみたいな毎日。
気が付けば、あっという間に3年が経っていた。
憧れた都会は、夢見た優雅な生活は、儚い幻想だったのか。
やりたいことはあるけれど、もちろん趣味だってあったけれど、アホほど疲れてしまって、仕事以外、何をする気力もない日々。
残業代も出るし、給料は高かったけれど、求めたものがそこにない虚無感。
バカみたいな額の給料だけど、使う時間がなければ、使い道もない。
趣味に費やす時間がなければ、道具を買ったところで、意味なんてないのだから。
残高ばかりが増えていく。部屋は上京した時のまま変わらない。
引っ越ししたての、物が少なくて、生活感に乏しい部屋のままだ。
必要最低限の家具と電化製品。そして、開封もされていないゲームソフトが20ほど、部屋の隅で積まれたまま埃を被っている。
俺の趣味はゲームだった。
特に「死に覚えゲー」と言われるような、ユーザーの度重なる挑戦を前提としたものを愛していた。
試行錯誤してゲームシステムや武器の特性、ボスの挙動や弱点を調べ上げ、攻略までのシナリオを独自に構築してそれを達成することで得られる、得も言えぬカタルシス。
何もないところから始めて手探りで正解にたどり着く感動は、そのために費やした時間に比例する。
時折、楽しかったあの頃を思い出す。そして、その時間は、今の俺にはない。
人生に疲れた。
ベルトコンベヤーめいて流れ作業を続けるだけの人生に飽き飽きした。
ここではないどこかへ行きたい。誰も知らないところがいい。
宝くじが当たって生活が変わるのを夢見るように、益体もない妄想に身を委ねる。
最近は、そうして休日を過ごすことが増えた。
今日もそうして1日を終える。