6話 ”守るべき者”
遅くなりました、すみません! 待っていてくださった方、ありがとうございます!
「はぁ!やっ!」
掛け声と共に振られる木刀が、ヒュンと音を立てて空を切り裂く。顔をつたって滴り落ちる汗を拭いもせず、彼はひたすらに木刀を振っていた。
『……』
4時間ほどソレを見ていた黒猫は、何処か呆れたような顔だ。時々空をジッと見つめては『ニャー』と鳴いている。そしてその一人と一匹を飽きもせず見つめるのは幼い妹。
どうしてこうなった。
――――――
4時間前
「うーむ。今日もいい天気だ」
俺は朝から庭に出て、両腕をグンッと快晴の空に伸ばした。最近は晴れが続いているので、父との稽古も支障なく続けられている。雨の日はやる事が特に無く暇なので、晴れが続くのは願ったりだ。
「フェルー」
早速、朝から父に稽古をつけてもらおうと思ったら、父の方から声をかけられた。なんだろ?と思い行ってみると、父はバツの悪そうな顔をしていた。
「どうしたの父さん?」
「いや、実はな……今日は稽古はつけられんのだ」
何故?と聞こうとしたが、それよりも早く父が理由を話した。曰く、冒険者としての名指しの依頼だそうで、それに行かなければならないそうだ。また、母も同様に同じ任務に就かなければならない為、父と母が居ない間、姉さんが家に来るらしい。
「ま、クラリスが来なくてもフェルが居るならフランも安心だろうし、安全だろうがな」
おいおい。3歳児の俺をどう思ってるんだ、あんたは。
「じゃあ、そろそろママ達は行かないとだから。フェル、お留守番よろしくね」
「はーい」
そうして俺は、フル装備の父と母を見送ったのだった。
『で、それから淡々と素振りですか……そろそろ止めたらどうです?』
クロに言われ、一度素振りを止める。気が付いたらすっかり日が昇り、昼時だ。それを考えると、おなかが思い出したようにグゥ、と音を鳴らす。
『今日はもう終わりにして昼食にしましょう。もうマナも心もとないでしょう?』
実は、4時間も素振りが出来ていたのには理由がある。それは、俺が【身体強化】を継続して発動させていたからである。そうでなければ、3歳児である俺の体力的に4時間の素振りは不可能だ。
『ていうか、魔法補助した状態での素振りって……意味あるんですか?」
こまけぇこたぁいいんだよ!! それより、昼食をどうするかだな。妹の分も作らんとだし……。
『そういえば、姉さんは?まだ来てないですよね?』
あー、そういえばそうだな。朝から4時間も経ってるのにまだ来てないなんて、なんかあったのかな?
本来ならもうとっくに来ている時間だと言うのに、家には俺と妹とクロしかいない。一応、俺でも簡単な料理ぐらい作れはするのだが、この体ではどうにも届かない。姉さんが来て居れば良かったのに……まぁ姉さんが料理を作れるのかどうかは知らんが。
と、俺が悩んでいると、庭の方から妹の泣き声が聞こえた。何事かと見に行ってみると、そこには恐ろしい光景が映し出されていた。
「なっ!?」
快晴の空を黒く染め上げる、無数の飛行物体。ソイツは絵本で読んだ事がある、ある魔物に似ていた。
『レッサー・ワイバーン!?何故こんなところに!?』
クロが驚きの声を上げる。正確には脳内に直接、だ。
レッサー・ワイバーン――ワイバーンの下位種で、性格は非常に凶暴、人を喰らう事もある。だが、普段は個々で生活をしていて群れる事は殆んどない。しかも、生息地はもっと遠くだった筈……。
『なにボケっとしてるんですか、あいつらこっちに気付きましたよ!!』
クロにどやされてレッサー・ワイバーン達を見ると、奴らはこちらに鋭い眼光を向けて急降下してきた。やって来た奴は3匹、個々がゾウの様なデカさだ。
「――っ!」
俺は咄嗟に【シールド】を宙に発動させる。レッサー・ワイバーン達は見えない壁にぶつかり、一時的ではあるが怯んだ。
「このっ!」
その隙を見て、俺は【シールド】をレッサー・ワイバーン達の周りに隙間なく発動させた。レッサー・ワイバーン達は見えない壁をゴンゴンとたたき壊そうとするが、ビクともしない。俺はそのまま【シールド】を小さくしてゆき、レッサー・ワイバーンを圧縮した。
奴らは体をぎゅうぎゅうにしながら、最後には体が圧力に耐えれず、グチャッと音を立てて弾けた。
「うっぷ……」
これ、確実にモザイクかかる光景だぜ……。っとそうじゃねぇ!まだ敵は上に――
『フェル!妹さんが!!』
なにっ!?妹の方を見ると、そこには今にも襲いかからんとするレッサー・ワイバーンがいた。妹は泣きじゃくり、動けない状態だ。
ならば!俺は妹の前に【シールド】を発動――できない!?なんでだ!?
『バッカ!マナ切れ!!』
くっそ!!こんな時にマナ切れかよ!ダメだ、もうレッサー・ワイバーンの鋭い爪が妹に……また、俺は家族を守れないのか……ん?ま……た?
――顔や腕に青いアザが出来た母と、服を脱がされ全裸体の妹――
なん、だよ……これ……なんなんだよ!この記憶は!?
頭の中に記憶が入り込んでくる、いや、思い出して……いる?
――ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねこうするしかなかったの――
――正気に戻った母の自殺と、妹の病気の悪化による死で――
うぁ、うぁあ、うぁっぁぁぁ!?!?!??
その記憶はとても嫌で、悲しくて、憎くて、そして、もう二度と体験したくない記憶
『フェル!!』
「っ!?」
俺が恐慌状態に陥っていると、クロが叫んだ。クロは妹の前に経ち、結界の様なものでレッサー・ワイバーンの攻撃を防いでいた。
『フェル、いえ、柴木浩太。今、あなたが思い出している記憶は本物です。そして、二度と体験してはいけない記憶。この結界もそう長く持ちません。まだ周りにはあなたの“守るべき者”を“壊す者”がいます。そのままその記憶に足を引きずられて、同じ体験をしますか?ダメでしょう!!ならば考える事なんてしないで、唯“守るべき者”を守りなさい!!」
クロにそう言われたとき、俺の中で何かが、何かの思いが固まった。
「……はは、そうだな。そうだよな。もう、俺はあんな事、繰り返したくない……今度こそは、全てを守り切る!!」
パンァン!! クロの結界が音を立てて崩れさる。そして、レッサー・ワイバーンの爪が妹を切り裂――かない!
「【シールド】が発動した……マナが……戻っている!?」
ダメもとで発動させた【シールド】が妹の前に発動した。しかも、その【シールド】にあたったレッサー・ワイバーンの爪が欠けている。先程死んだ3匹が攻撃したときにはそんな事は無かったのに……。
だが、まぁいい。そんな事を考える前に、俺の“守るべき者”を壊そうとしたコイツら全員を、ぶっ飛ばす。
俺は【身体強化】そして、妹の周りと拳に【神域】を発動する。マナの消費量はおかしいが、今の俺ならなんとなくではあるが、いけると思ったのだ。
俺は上空で嘲笑うかのように飛んでいるレッサー・ワイバーンにジャンプで近づいた。
「やぁ」
「キュオィ!?」
そのまま俺は全力で、レッサー・ワイバーンをぶん殴った。レッサー・ワイバーンはその身を空中で肉片に変え、地面へと墜落した。俺は地面に降りず、【シールド】を足場にして、他のレッサー・ワイバーンに近づき、次々と肉片に変換してやった。体を殴られ、鱗ごとえぐられる者、あるいは見えない壁に圧縮され、体を弾き飛ばす者など様々だ。
「はぁはぁはぁ」
俺が全てのレッサー・ワイバーンを殺し終える頃には、俺の周りには血の池が出来ていた。空は元の快晴になった筈なのに、視界が赤く染まっている。妹もこの惨劇を見ているはずなのだが、トラウマにならないだろうか。でもまぁ、妹を“守る”ことが出来たからいっか―――――
「なに、コレ……」
俺が歓喜に微笑んでいると、家の方から声が聞こえた。振り向いてみると、そこには複雑な顔をしている姉さんが居た。
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