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プロローグ

 俺の名は柴木浩太(しばきこうた)。世界中の誰もが納得するデブオタだ。

 そんな俺は今、鼻を摘まずにはいられない排泄物の香りが漂うトイレで、寒さと痛みをひたすらに耐えていた。

 

「おい?昨日持って来いって言ったよなぁ?あぁん?」


             ドンッ


「っ!」

  

 頭を掴まれ、壁へ叩きつけられた。俺の体重は軽く80キロを超えているはずなんだけどな。

 髪を金髪に染め、制服も着崩した、いかにも不良ですよーと言った姿の男――木村海斗(きむらかいと)は学校一の怪力の持ち主で、俺程度軽々と持ち上げれるようだ。

 

 カツアゲ何てやってないで、他の事にその怪力を生かせよ。

 

「なんか言ったらどうだ?この豚が!」

 

             ドスッ

  

「がはっ」

 

 なんて事を言う度胸、俺には無い訳で、蹲って黙っていると木村が俺の腹に蹴りを入れた。

 思わず息が漏れる。腹の脂肪が多かったおかげでダメージは少ない。デブで良かったとは微塵も思わないが。


「チッ この豚がよぉ、やっぱお前には水責めがお似合いだな」

 

 木村がまた、俺の頭を掴み、今度は便器の中に押しつけられた。


「ごぼ、ごぼごぼ」


 息が出来ない。苦しい。これには流石に耐えきれず、足をばたつかせてみるが木村の拘束が解かれることは無い。


 50秒程経過し、俺が窒息死する寸前で木村は手を離した。


「はぁ、もう飽きたわ。明日、持ってこなかったらお前、殺すから」


 飽きたなら毎日毎日俺をイジメるんじゃねぇよ!心の中の訴えが届く訳もなく、木村は俺に唾を吐きかけて、帰って行った。





「ふぅ、今日も疲れたな……」


 木村のイジメは約1年4ヶ月24日8時間35分55秒前から続いている。つまり、俺が高校に入学してからずっとだ。

 初めて木村と会った時の顔は、今でも忘れない。いいおもちゃを見つけた。そんな顔だった。

 

 昔から俺はイジメとは親しい関係(被害者的な意味で)だった。だが、ここまで執拗にイジメ続けるのは木村ぐらいだ。

 最近は『こいつ、ツンデレなんじゃね?』と思い始めてしまった。まぁデレは全くないのでツンドラかもしれないがな。女の子のツンドラはまだ需要あるけど、男のツンドラってどうよ?マジ誰得だわ。


 と、そんな事を考えながら歩道を歩いていると、段々とマイホームが見えてきた。

 木造の何の変哲もない一軒家。あちこちボロボロにはなっているが、それでも引っ越さないのは亡き父が建てた唯一の家だからだ。

 今の家族は母と妹、そして俺。親戚は皆他界しており、血の繋がった家族はこの二人しかいない。

 なので母は俺や妹を溺愛しており、何時もならば俺が帰ってくる時間を予想して玄関の前に立って居る筈なのだが……。

 

 玄関の前には母は居なかった。

 代わりに玄関から見知らぬ――いや少し見覚えがある男共4人が出てきて、黒い車に乗って何処かへ行ってしまった。


 黒尽くめの服を着て、何処か高揚とした顔男共に嫌な予感がし、俺は走った。体に着いた贅肉を恨みつつ、どうか何もありませんようにと願いながら、俺は靴も脱がずに家の中へ駆け込んだ。


 



 しかし、目の前に広がるのは悲惨な光景だけだった。


 それは見える限りで顔や腕に青いアザが出来た母と、服を脱がされ全裸体の妹の姿だった。


「母さん!どうしたの!?恵美!大丈夫か!?」


 全裸体で横たわっている妹に俺の制服をかけ、様子を確かめる。

 良かった。気絶しているだけだ。


「母さん!どうしたんだよ!なぁ!!」

「ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねこうするしかなかったの」


 母さんに話しかけるが、目が虚ろになり、ぼそぼそとひたすらに呟いているだけで揺さぶっても何の反応もしない。

 

 とりあえず、警察と救急車に電話する。初めてかけるので、若干戸惑ったが無事、呼ぶことが出来た。

 

 警察と救急車が来る前に、妹に服を着せベットへと運ぶ。こんなことをしていいのか分からなかったが、妹を全裸体のまま放置するというのは俺には耐えられなかった。ロリコンだと思う奴は思うがいいさ!!


 7分程して警察と救急車がやってきた。流石、日本の対応力は素晴らしい。母と妹はすぐに病院へ連れて行かれ、もちろんだが俺も一緒について行く。

 

 もうこれで安心だ。そう俺はここで思っていたのだ。


 


 だがその思いは正気に戻った母の自殺と、妹の病気の悪化による死で崩れ去ることになった。

 




 妹は昔から心臓の病で何かと俺や母に頼ることが多かった。俺はそんな妹を大切にしており、発作が起きればすぐに介抱してやったし、妹には全力で優しくしていた。母も妹のことを当たり前だが大切にしていた。

 

 だが、母は昔、一度だけ怪しい宗教に嵌ってしまった。妹にこれ以上苦しい思いをさせたくない一心で神へと祈り続けていたのだ。もちろん俺はすぐに、その宗教から縁を切るように強制した。

 黒尽くめの男たちがうじゃうじゃいる宗教だ。信用できる訳が無い。

 そして母はその宗教から縁を切った、と思っていた。

 だが、実際は母はまだ宗教に入り浸っていたのだ。

 

 警察の調べで、あの時玄関から出てきた男共は――予想はしていたが――宗教団体の者だという事が分かった。

 なんでも、金を払えておらず滞納する一方だったので、代わりに女を犯したそうだ。

 

「くそっ!!!」

 

 その話を聞いて、俺は気付いた時には壁を殴りつけていた。

 

 自分が居ながら、なんでこんなことに。もっと早く家に帰っていれば、今頃!!

 今はそんなやるせない思いをひたすらに抑え込むことしかできなかった。



「……」


 俺は一人自分の家へ向かい、歩いていた。

 もう誰もいない家。 毎日笑いあった家族はもういない。


 頭の中がグチャグチャになる。悲しみ、怒り、憎しみ、憤り、無気力。様々な感情が頭の中で駆け巡る。 


           キキキッーーーー!!!


 いつの間にか、俺は赤信号で横断歩道を歩いていた。横からトラックがブレーキをかけながら迫ってくる。突然の事で、体が硬直し動かない。


           ドゴンッ!!!!


 俺は、木村の暴行なんてモンの比じゃない衝撃を体に受け、吹っ飛んだ。


           守れなかった。

           

           母を。

        

           妹を。

        

           自分自身を。

    

 俺の意識は、そこでブラックアウトした。

 

 




 

 

 

 ここまで読んでくださってありがとうございます!

 次回もご期待ください。

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