第4話 意識の違い
ケイエス大聖堂。
天を衝く二つの尖塔と、複数の天使が絡み合う彫刻があしらわれた壁面、そしてその巨大な門扉が特徴の建造物だ。
周囲の敷地には大聖堂を囲むように複数の歴史の古い庁舎が建造されており、それらが敵の本丸であった。
そしてその威容は、今はまだ、『はっきりと見えない』
「……」
史郎は視界の先に広がる光景に息をつめた。
ケイエス大聖堂群を覆うように球形の『霧』が発生し中を目視することが出来ないのだ。
恐らく敵の能力の仕業である。
ドーム状に展開する深い霧を見て史郎は思った。
姫川アイの『能力無効化』には、風船の膜のように能力を展開し外部からの能力干渉を防ぎつつ、内部では既存能力の使用が可能になる状態と、風船内部にも『能力無効化能力』を満たし内部でも既存能力の使用を封じる状態の2パターンがある。
恐らくこの球形に霧が満ちているのはその関係で、膜状に展開した能力無効化膜で霧の能力がカッティングされているのだ。
そしてこの霧も把握済みで霧時の対策対応の確認も済んでいる。
だからこそこの『内部を覗けないこと』はさほど重要ではない、のだが、確かにこの状況には非常に重要なことはあった。
それはつまり、この霧の丁度外側に『能力無効化』の『膜』がある、という事実である。
つまりそれはこの霧の内部に飛び込んだ瞬間、戦闘が始まるということを意味していて――
「ッ!」
迫る霧の大球形に史郎は小さく息を呑みこんだ。
だが走る足は止まらず、隊列は編む様に変化する。
そして全班隊長が
「行くぞ!!!」
と叫ぶと、大聖堂前の広間に集まった部隊全員が霧の内部に飛び込んだ。
一面真っ白に染まる視界。
そして能力者を先頭に霧の内部に飛び込んだ史郎達は、予定通り、能力を起動。
テレキネシスで霧を払う、が
それよりも早く敵に動きがあった。
こちらが動くよりも早く、霧が一気に『晴れた』のだ。
同時に現れる複数の敵。
そして史郎達、味方サイドの複数の能力者達は自分たちの身に起きた異変に気が付く。
史郎もだ。
(能力が―――)
皆、やはり信じられない事態に目を見開く。
(((――使えない――)))
知ってはいた。
今まで立ち込めていた霧は目くらまし。
自分達、既存能力者が突っ込んだ瞬間、それまで膜状に展開していた能力無効化膜は内部を満たす球体状に変化し、史郎達既存能力者から能力を奪うであろうことは――
しかし実際に遭遇するのでは話が違く、史郎は『力』を練ろうにも一向に湧き上がらない事実に息を呑んでいた。
そして晴れた視界の先には
「歓迎するぜ、クソ野郎たち」
金髪、赤髪、長身、痩身、太っちょなど様々な特徴を有する、見ただけで荒くれ者だと分かる百数十名の敵能力者達が待ち構えていて、
「死ね――」
彼らは一斉に銃器の引き金を引いた。
何百という銃声が木霊し黒色の弾丸が轟音を上げて迫った。
そう、つまり先ほどまでの霧は案の定、能力者の張った目くらましであり、能力無効化を発動し、既存能力の使用が不可になると同時役目を終え一気に消滅し、
攻めてくる史郎達に対し準備を万端に整え、彼らは銃撃を開始したという訳だ。
だがこの展開は史郎達も読めていて
「九ノ枝君! 私の背後に!!」
「分かった!!」
「ナナ、ホラお前も!」
「ありがとうカンナちゃん!」
史郎達オリジナル能力者の前に無数の『人工』能力者の子供たちが立ちはだかる。
そして彼らは
「『防壁』!」
「『炎壁』!!」
「『磁力操作』!!」
それぞれの能力を起動し自分たちに襲い掛かる銃弾を軒並み防ぎ切った。
当然だ、これまで何度もこの展開の対策をしてきたのだから。
メイも
「『盾』発生!!」
『同行者』を発動し人を丸々数名囲えるような巨大な鉄製の盾を発生させ、銃弾を、史郎を守り切る。
そして作戦の次のステップへ。
「行くぞ!!」
「うおおお!!!」
と生徒ともども史郎達能力者は一気に駆け出し、敵能力者を『殺害』しに行く。
当然だ。
この空間では既存能力を使えない。
おかげで史郎はただの人間になるが、――それは敵も同じなのだから。
そして既存能力さえ使えなければ、既存能力者はただのヒト。
となれば人工能力者の彼らの方が『遥か』に強い。
だからこそ人工能力者で既存能力者を殺害しに行くことは至極当然なのだが
――事態はすぐに次のステップに移行した。
「ッ!!」
史郎は立て続けに自身の身に起きた出来事に目を見開いた。
――既存能力の使用が可能になったのだ。
史郎だけではない。
周囲の既存能力者誰しもが目を見開く。
先程の霧消失のように風景の変化はない。
だが確実にこれまで張り巡らされていた『能力無効化領域』が消失しているのだ。
史郎達、既存能力者はお互いにこの事態の推移に息を呑んだ。
つまり、起きたことは、こういうことだ。
いくら既存能力者でも能力使用を封じられた素の人間状態では人工能力者には敵わない。
だが能力が封じられて『いなければ』話は別だ。
既存能力者は人工能力者よりも圧倒的に強い。
だから彼らは『能力無効化』を解除。
自分たちの能力の使用を可能にしたのだ。
自分たちを殺すために向かってくる人工能力者の生徒達を『殺すために』。
そして――
「ハッ……」
瞬間、相手の一人が薄く笑う。
「――死に晒せ」
瞬間、轟音と共に彼らの背後からテレキネシスで操られる瓦礫が豪速で迫った。
人工能力者達に既存能力者達の容赦の無い即死攻撃が起動する。
「ッ!!」
対し、史郎達、既存能力者達が、一斉に動いた。
◆◆◆
数か月前の8月某日。
生徒達が能力強化合宿に勤しんでいる夏の暑さが厳しい時期のことである。
日本、基幹組織『新平和組織』の隊長室。
その空調の効いた薄暗い部屋にて
「しかし生徒達に命の危機があるとなれば国民たちは納得しないぞ」
鷲崎は部下たちが上げてきた作戦案に目を通しながら溜息を吐いた。
どれもこれも生徒達の強化を提唱しているが、どの策も生徒達の死のリスクが余りにも高い。
鷲崎はこめかみをもんだ。
「死のリスクが高すぎる。これじゃまるで話にならんな」
「まぁいくら生徒達を強化しようにも『能力無効化』の発動権が相手にある限り生徒の命は保証できませんよね。いくら強化しても既存と人工では出力比が比べ物にならないでしょうから」
鷲崎が呟くと、隊長室の窓際に立っていた一ノ瀬が同意した。
「フン」
そのどこか他人事な雰囲気に鷲崎は鼻を鳴らし作戦原稿をトントンと整え
「で、貴様の作戦ならば、上手く行く、そういう話だったな」
「えぇそうです。鷲崎さん。聞いてみますか?」
「お前は信用している。話せ」
そうして一ノ瀬は自身の考えた策を披露し始めた。
そう、この時点で分かるように、生徒達を既存能力が襲う展開は史郎達は既に『読んでいたのだ』。
そして作戦はこうだった。
「鷲崎さん、『戦闘万華鏡』はご存知ですか?」
「あぁ、複合能力のアレか。よくもまぁあのような複雑な代物を編み出すよな」
「そうです、アレです。そしてアレを利用しましょう」
「何を言っているのだ貴様」
「『複合能力』ですよ、鷲崎さん。『複合能力』で生徒達を絶対に死なない仕組みを作り上げるのです」
そう、それが史郎達の策だった。
『複合能力』は人工能力者の有する能力、特有の現象だ。
既存能力に比べ出力も、洗練さも欠けている彼らの能力だが、こと『能力を重ね合わせる』この一点においては既存能力の追従を許さない。
そして、既存能力者にもいまいちその仕組みが分からない。
どうやら体感で人工能力を保持している彼らが有する独特の能力感覚による組み合わせの妙による物らしく、長らく生徒達の中で暮らした史郎でさえ、ほんの少し『戦闘万華鏡』の成り立ちに口出しするのが限界だった。
つまりそれは、生徒達を良く知らない、
ただ一人『姫川アイ』を攫い、これまでの能力理論同様、その能力を『拡大させる』ことしかでしか人工能力を利用していなかった『第二世界侵攻』の彼らには到底理解できないものであり――
だからこそ、この一点をつけば、敵たちを出し抜けるのだ。
だがこの点において一つ問題が生じる。それは
「だが、とは言ってもだ一ノ瀬、奴らが人工能力者を深く理解していないのと同様我々も理解していない。奴らが複合能力の法則を、存在を理解できないのと同様、我々もその法則なんて未だ分からないんだろう? ならどうやってそんな『絶対に死なない』お誂え向きな複合能力を作ると言うのだね?」
鷲崎はナンセンスだと眉根を寄せた。
対する一ノ瀬の提案はこうだった。
一ノ瀬は事も無げに言う。
「そうですね、こういう場合生徒達の自発性が大事ですよね。ではどうですか、能力覚醒七校を一堂に会す『体育祭』などを開催してみては」
「ほう、体育祭……」
それが10月に行われた『七校対抗体育祭』の存在がこの世に初めて生まれた瞬間であり
「で、なぜ体育祭になるんだ?」
「いや何簡単な話ですよ。能力の使用を許可した体育祭を開けば、命を守るための仕組みは必然必要になりますよね。そうして我々から実行委員などに水を向ければ彼らは自然と『絶対に死なない』を可能にする複合能力を形成するでしょう? ある一定範囲の戦闘を丸ごとモニターするなんていう能力を作り上げているんです。それくらい可能でしょう」
それが『七校対抗体育祭』の開催理由であり、その結果生み出されたのが
『緊急離脱』なのだ。
予め自身の髪の毛を石に括りつけて水瓶に入れ
その後ある一定ダメージ以上を感知した瞬間、そのダメージを周囲に肩代わりさせ、自身は水瓶の石と転移交代する複合能力。
それこそが史郎達が成した生徒達が『絶対に死なない』策であり
リツに言っていた『七校対抗体育祭』を開催する二つの理由。
『生徒を盛り上げ迅速な能力育成を促す』と『例の能力を得るため』
この『例の能力』こそが『緊急離脱』だったのだ。
そしてこの能力があるからこそ作戦参加生徒達は訓練中、何度も死んでもおかしくないような目に遭いながら迅速に、そしてなおかつリアルな状況で訓練が出来、
だからこそ
『お前らはチカを強制的にイギリアに連れて行っちまうだろーが……!』
絶対に必要な能力だったからこそ、チカ始め、『戦闘万華鏡』や『緊急離脱』発動に必要な生徒達は強制的にイギリアに送られ、今も
「どうだ状況は!?」
「現在、交戦中!」
と商業船に偽装された船舶。
その本来貨物を積む薄暗い巨大な空間では多くの生徒達が能力を起動し
リツを始め作戦指揮官が『戦闘万華鏡』の映し出すモニターに目を光らせていた。
そしてこのように生徒達の防御は万全であり、
今回『致命加護』の発動閾値は作戦参加生徒の中でも最弱の防御力の者が耐えられるレベルに設定してある。
銃弾を防げてもそれ以上の威力を誇る『既存』能力を喰らえば一溜りもない。
そして『能力無効化』のオンオフの権限は彼らの手中にある。
だからこそ『能力無効化』を解除し『既存』能力で『人工』能力者を殺害しようとしてくることくらい、当然読めていて、
ケイエス大聖堂に突入すると同時に『致命加護』は発動。
彼らの腕に巻いたミサンガが密かに輝きだす。
これにより生徒は閾値以上のダメージを喰らえば即座に緊急離脱できるようになり
これこそが史郎達の言っていた絶対に死なない策であり
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」
既存能力の使用が解禁となり、生徒達に敵たちの能力が襲い掛かる。
同時に守られていた史郎達、既存能力者達も一気に既存能力を起動する。
そしてこの瞬間、密かに明確に攻守が『逆転』する。
なぜなら敵たちは『致命加護』の存在を知らず(だからこそ『七校対抗体育祭』は放送不可だったのだ!)
駆け出す史郎達は皆、生徒達を守るために駆け出したのだろうと思っているのだから。
だがその実、そんなことは無い。
なぜなら生徒達は敵の攻撃を喰らおうとも『死なないのだから』。
死なないのだから、守る必要なんて、全くないのだ。
だからこそ史郎初め多くの能力者が駆け出し能力を起動したのは『敵を殺すため』であり
この瞬間、両者の意識は致命的にすれ違い、秘かに攻守が大きく逆転する。
そしてその事実など知りようのない敵は大きすぎる隙を晒し
「死に晒せ」
史郎が一つ呟くと巨大な能力の暴力が、破壊の奔流が、敵を襲った。
「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」
大聖堂に、敵の大絶叫が巻き上がった。




