第10話 守るための嘘
「ハァ!? 荒巻チカが攫われた!?!?」
夜のとばりの落ちた22時。
『赤き光』のアジトにてリツに衝撃の事実を聞かされ史郎は素っ頓狂な声を上げていた。
対するリツはもう既にチカ回収の任務に動き出そうとしており、
「あぁ。どうやら彼女のパートナーシップの木嶋義人が攫って行ったらしい」
そう言いながらダウンジャケットに袖を通す。
そして
「チカを回収する任務にお前も参加しろ、史郎」
史郎に任務への参加を促し、
「わ、分かったよ」
未だ何が起きたのかは把握できないが、緊急事態であることは分かる。
史郎は了解し、防寒具を取りに行った。
そして史郎がファー着きのアウターを羽織ったりと最適化された動きで身支度をしている間リツは話し続けた。
「話じゃかねてより木嶋は自身のパートナーシップである荒巻チカが作戦に加わるのを嫌がっていたらしい。それは彼らの友人に話からも確実だ。そして今日、奴は遂に実行したようだ」
「で、今木嶋と荒巻はどこにいるんです??」
「一応ネットに上がってくる能力者出没情報を見るに東に向かっているらしい。だが実際の所、まるで皆目見当がつかんな。なんせ木嶋はテレポーターだからな。そうそう足取りを掴めん」
「じゃぁ今は??」
「新平和組織の連中が総出で捜索をかけているらしい。で、それに今から手が空いている我々も加わるというわけだ。準備は出来たか史郎?」
「はい、たった今完了です」
史郎は短くそう答え、こうして史郎とリツは夜の都会を別々のルートで東に向かって駆けだした。
木嶋が荒巻チカを攫ったことが新平和組織や赤き光の史郎が動き出すというこれほどまでに大事になったのには理由がある。
なぜなら荒巻チカは今回のイギリア突入時に使用する作戦において欠かすことのできない重要な人材の一人なのだ。
だから皆本気で捜索に動き出しており、
(厄介なことをしやがって……!)
史郎は焦る気持ちを抑えて、タンッとビルの屋上から外へ跳躍した。
リツ曰く、木嶋のもう一人のパートナーシップ相手である加恋儀アズサも二人の行方は知らないようで、その他の木嶋の友人からも行方は聞き出せなかった。
だから手探りで探すしかないのである。
面倒なことになったな、と史郎は心の中で愚痴を吐きながらビルとビルの間を跳ねる史郎。
そんな時、尻ポケットに入れていた携帯が震えた。
そしてこんな時になんだと携帯を見ると
「雛櫛?」
メイからである。
そうして史郎はすぐに自由落下。
急停止し、三十階建てのビルの屋上に着地した。
そして12月の張り詰め澄んだ空気の中、メイの電話に出ると、
『九ノ枝君! 木嶋君のこと聞いた!?』
「う、うん……」
『そのことで加恋儀さんが話があるようなの!』
メイは息せき切ってそんな予想外の言葉を放った。
なぜ?
史郎は耳を疑った。
先程リツは二人いる木嶋義人のパートナーシップ、残された加恋儀アズサからは何も聞き出せなかったと言っていた。
そのような人が一体自分に何の用だろう。
信じられない気持ちで 『と、とにかく今から加恋儀さんに代わるね!』 というメイの言葉を最後に無音になった携帯を握りしめていると、数秒後に出てきた加恋儀アズサはこう言った。
『ご、ごめん、九ノ枝君……、実は私、義人とチカがどこに行ったか知っているの……』
と。
どういうことだ?
先程リツから聞いた話とはまるで違う。
アズサは木嶋の行く先を知らないのではなかったか。
疑問はそのまま口に出た。
「ど、どういうことだ? 知らないんじゃないの??」
問うと、アズサは衝撃の事実を口にした。
『ううん、ごめん。実は知ってるの。でもあの人たちに話したら義人が酷い目に遭っちゃうんじゃないかって思って嘘ついたの』
「……ッ!?」
予想外の言葉で史郎が目を見開いていると電話口のアズサは涙声になり訴えた。
『私、まさかこんなにも大勢が義人を追うなんて考えもしなかったの! こんなにも大勢で義人を追ったら義人は絶対逃げきれない……! もし見つかったら義人は酷いことをされちゃうかもしれない! 義人は血だらけで、ボロボロにされちゃうかもしれない……! だから、だから、九ノ枝君なら、って思って……!』
電話口でさめざめと泣くアズサに史郎は呆気に取られていた。
『九ノ枝君なら……! 頼めば、穏便に済ませてくれるかと思って……!』
つまり、木嶋は荒巻チカと逃げ出す計画をずっと前から立てていて、以前より同じく大切な人間である加恋儀アズサにだけはその情報を共有させていたのだ。
だがいざ脱走してみると思いの外、新平和組織始め多くの能力者が動き始めてしまって、尋問を受けたアズサはこれはどうしようも無いと判断。
尋問で木嶋を守り抜くべく嘘をつきとおし、
そして
『九ノ枝君……! お願い、義人をここまで連れて来て……!』
これまで何度も戦いを目撃し、頼めばある程度意を酌んでくれそうな史郎に、穏便に木嶋を連れ戻すことを頼んだという事である。
それにしても、
史郎は電話先でさめざめと泣くアズサの嗚咽を聞きながら思う。
自分とメイだけではない。
木嶋と彼女たちの間にも嘘偽りのない強い絆が生まれていることに、史郎はどこか感銘を受けていた。
そして、この木嶋に対するある種の裏切りをするのは怖かったに違いない。
木嶋を守り通すために、新平和組織の尋問間に嘘をつきとおすのは不安だったに違いない。
だが彼女はそれでも木嶋を守る唯一の道を勇気を持って選んでいて
「む、無傷とはいかないぞ。抵抗されたら戦闘になるだろうし」
と尋ねる史郎に
『う、うん……。それでも、お願い……!』
『九ノ枝君……! お願い、義人とチカを連れて帰ってきて……!』
彼女の嗚咽の混じるその言葉に
「分かった……!」
史郎は力強く答えていた。
そしてこのようなことがあったからこそ
数時間後
「ようやく見つけたぞ、木嶋……」
「九ノ枝!? 何でお前がこんなところに!?」
深夜零時過ぎ。
夜闇の落ちる野原で史郎は木嶋と対峙していた。
「九ノ枝君……!?」
木嶋がテレキネシスで堀った穴の中から身を出しマフラーを巻いたチカは目を見開いた。
そして彼女を守るように立つ木嶋に史郎は冷徹に言った。
「木嶋、分かるだろ。観念しろ。もうお前に逃げ場はない。荒巻を安全に帰寮させろ」
すると木嶋から
「ッ…………!!」
言葉は要らない。
絶大な圧が放たれた。
彼もまた、チカという大事な人を守るために必死なのだ。
一人の少女を守る既存能力者が史郎に牙を剥こうとしていた。




