第8話 雛櫛メイ
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この話は2話目になります。ご注意下さい。
雛櫛メイ。
彼女の噂は兼ねてより聞いていた。
史郎達と同じ学年に超が付く、いや超がつくでは足りない程の美少女がいるとのことだ。
噂では既に数百人という男子から告白されているらしい。
そして史郎も流石にそこまでいくと気になる。
休み時間廊下を歩き、1年D組の前まで行き、その姿は確認していた。
そしてこうして近くで見ると、なるほど凄まじい美少女である。
猫のように大きく開いた瞳だが、どこか大人しさを感じる外見。
艶やかな黒髪。抜けるように白い肌。
確かに多くの男を虜にするだろう。
おかげで今だって会議室では
「(おい見ろよアレ……)」
「(噂にたがわねーな)」
などと男たちはこそこそ囁いている。
だが
「(なんだ、九ノ枝。あんまし興味無さそうだな)」
横にいた、偶然同じ文化祭実行委員を任された男が史郎の耳元で囁いた。
「(まぁ、な)」
ほんの少ししゃべるようになった男に史郎はそう返す。
だがそれも当然である。
史郎は能力者なのだ。
メイはじめ一般人とは異なる生物。
彼らとは違う生き物なのだ。
だからこそ彼らに恋しないことなど、当たり前のこと。
一般人に恋をすることなど、有り得ないじゃないか。
しかしそんなことを一般人である彼に言えるわけもなく、
また、言う気もなく、
「(まぁ、な)」
史郎はあいまいな返事をするのみであった。
また、だからこそ史郎としても、このような会議に積極的に参加する気などない。
あくまで数合わせとして、押し付けられたので参加しただけである。
「じゃ、では早速今回の文化祭実行委員長を選出したいと思います。誰かやりたい方」
だからこそ史郎は
『力に溺れた、驕った能力者めが……!』
死に際に言われた言葉を脳裏に反芻させながら、会議をただ聞いていた。
そして史郎が文化祭実行委員を『押し付けられた』というと不思議に思うかもしれない。
文化祭実行委員とは委員会活動の中でも花形で、人気役職なのではないか、と。
だがこの都立晴嵐高校の慣習は周囲とは違っており、第三学年実行委員が通例極めて強力な権力を有する。
最終学年だから好きにやらせてやろうという土壌が広がっており、毎年下級学年は良いパシリのように扱われるのだ。
だからこそ1・2年生の生徒は文化祭実行委員に入ろうという者はおらず、史郎が物思いにふけっていると、まさにその悪習が花開こうとしていた。
それは実行委員長が
「では今年の文化祭から追加したい項目がありますか?」と尋ねた時だ。
三年の金髪の大柄な男が手を上げて言ったのだ。
「後夜祭でフォークダンスをしましょうよ。男女ペアで」と。
その瞬間
「……ッ」
メイの顔が微妙に強張るのを史郎は見た。
「(糞野郎が……)」
メイの隣にいたカンナがそう囁いていた。
◆◆◆
やけに煩い奴がいるな、とは思っていた。
三年の実行委員の中でもとりわけ力が大きくことは会議を上の空で参加していても容易に察することが出来た。
そして意味深なやり取りを訝しみながら休憩時間だ
トイレに行くと
「おい、流郷、なんでお前あんなこと言い出したんだよ!?」
「女子たちドン引きだったぜ!?」
と取り巻きの男達に尋ねられ、先ほどフォークダンスを提案していた流郷と呼ばれた男は
「そりゃ雛櫛と踊るために決まってんじゃねーかよ。あの司会が新たな催しを募ったのも実は俺の指示だしな」
と流郷が自慢げに話すのを聞いた。
史郎が石鹸で手を洗う合間にも男たちは話し続けた。
「やっぱそうかよ!! 何お前やってんの!?」
「てゆうか既に三度告白して振られてるんだよな! まだ攻める気かよ!!」
「良いだろう別に何度も攻めても。そして実行委員の三年は大体俺に反旗は翻さねぇ。議長も俺の意のままだ。二年の連中も大丈夫だ。あとは押して押して押しまくるだけだぜ!!」
ギャハハ! えげつねーと哄笑を上げる男達。
こうして史郎は合点した。
不思議だったメイの悲しそうな表情。
あの表情はこの流郷の意図を察したからだったのだ。
そして会議の裏で起きていた真実を知った史郎はというと
(……………………)
言いしれぬ怒りが沸き起こってくるのを感じた。
だからこそ史郎は再開後の会議にて
「じゃぁ、後夜祭のダンスに意見がある人はいませんか? でなければ今より多数決で意見を纏めます」
と傀儡の司会が決を採ろうとした時に
「ハァ~~~」
盛大に、ワザとらしく溜息を吐いたのだ。
その瞬間、固まる会場。
「ッ!?」
メイは期待に目を輝かせ顔を上げ、周囲の物はただならぬ緊張感と共に史郎を見た。
流郷は三年生の中でも有名人だ。
晴嵐高校カースト最上位に位置する、この会議室で最も上位カーストの人間だ。
そんな男に、この名前も知らない凡一年生は何を言おうというのか。
一瞬で会場はあからさまな不満を示す史郎に、何を言うのだろうと興味と緊張で満たされ
何? 文句でもあるのか? なら直接聞いてやるよ、とでも言わんばかりに
「お、なんか文句でもあんのか? なんかあんなら言ってみろよ」
と流郷は凄んだ。
対する史郎はというと
「あぁ良いよ賛成だよ? やれば良いじゃん。フォークダンス、俺は賛成に一票だ」
何下らない事に熱くなってんだと言わんばかりの様子で肯定してみる。
その様子にメイは露骨にがっかりし下を向き
「なんだよ」
驚かせやがってと流郷は溜息を吐き、会場に一瞬の空白が出来た瞬間に史郎は言ったのだ。
「だけど雛櫛と踊るのは俺で良いよな?」
と。
「「「「「……ッ!!??」」」」
瞬間、固まる生徒達。
流郷は余りの出来事に怒りで言葉を失い、メイとカンナは信じられないものでも見るように目を見開き史郎を見ていた。
そして当の流郷はというと事態に追いついていけない。
口をパクパクしながら青筋を立てて怒っており、だがなんとか
「おまっ、何言って……ッ!?」
という言葉をひねり出すが、怒り狂う流郷に追い打ちをかけるように史郎は言った。
「おいおい、お前まさか雛櫛と踊るためにこんなもん作ろうとしたのかよ? だとしたらダサすぎんぞ?」と。
それが決まり手だった。
流郷は顔を真っ赤にしながら騒いでいたが、言いたいことを言い終えた史郎はすっきりとした顔でただの雑音になった流郷の言葉を聞き流していた。
何せ史郎は怒っていたのだ。
学園という小さな箱の中で得た権力により好き勝手をして他人を傷つける流郷が、妙に自分と重なったのだ。
『力に溺れた、驕った能力者めが……!』
と敵に言われた自分の姿が。
その言葉を再三、反芻させてきた史郎には流郷の有様が自身への指摘と重なって見え、史郎は、自分はこのような男ではない、ということを証明するかのようにこの男に突っかかったのだ。
そして結局会議はそのまま中断。
フォークダンスを導入するかどうかは各自持ち帰りとなり
やり過ぎた、そう自己嫌悪に駆られながら史郎が岐路に着こうとした時だ
「あ、あの……!」
廊下を歩いていると背後からメイに声を掛けられた。
「こ、九ノ枝君……! あの、ありがとう……助けて、くれて。でも、どうしてあんなことを」
そしてメイの様子から彼女が自分に恩を感じていることを瞬時で悟った史郎はというと
「あぁ良いよ。気にしなくて。俺には俺の事情があって突っかかって行っただけだから」
あっさりアレが自分のための行いだと白状し
「それとごめんな。これから多分学校に変な噂が広まるよ。でも大丈夫だ。噂は時期に消えるし、もしフォークダンスが実現しても俺は雛櫛と踊る気はないから。あいつに突っかかっていきたかっただけなんだ。だから、じゃぁね」
さっさとその場を後にしたのだ。
だが背後からはその後も言い知れぬ視線が刺さり続け、その視線からは史郎にお礼をしたいという意思が明確に感じられて、数歩歩くと史郎は観念したように振り返り、尋ねたのだ。
「なぁじゃぁ雛櫛、教えてくれないか。雛櫛は今回の件をどう思っているんだ。もしかすると実質、雛櫛が原因でみんながフォークダンスに巻き込まれることになるところだったんだけど」
メイならば、史郎が今悩む問題の答えを持っているような気がしたのだ。
一般社会において絶大な『美』という力を有するメイならばその振る舞いを、有り方の哲学を知っているのではないかと思ったのである。
そしてメイはというと、史郎がその表情を見ただけで自分の真実を言おうと本気で悩み、真剣に考えているのだと察することが出来るほど真剣に悩みこんだ後
「実は、あんまり褒められたことじゃないことも十分承知なのだけど……」
言い辛そうに言い淀んだ後
「……余り気にしてないわね」
そう言ったのだ。
(……!)
史郎はそのあっけらかんとした答えに息を呑んだ。
だがそのような史郎の反応が嫌だったのだろうか。
「だ、だって……」
メイは取り繕うに様に早口でまくしたてた。
「わ、私の所為じゃないでしょ? もしフォークダンスを皆に強制させようとしたとしても悪いのは流郷先輩、ただ一人でしょ? もし流郷先輩が私に対して何か考えていたとしても、私はただ居ただけ。居るだけ。居て何もしてないのに、何の悪意もないのに私が悪いだなんて、原因があるだなんて絶対おかしいもの。それが私の考え方。そんな風にいちいち自分が原因だなんて考えていられないわ。だって」
メイはゴクリと唾を飲み込むと言った。
「私は私だもの」
そして史郎はというと
「……ッ!」
その言葉に感銘を受け
「ハハハハ、そりゃぁ良いな。それが最高だ」
快活に笑ったのだ。
「それが正しい」
そして史郎が涙をぬぐい笑う一方で、汚い自分の心を吐露したにも関わらず史郎が笑ったことでメイが驚嘆していたのを史郎は知らない。
◆◆◆
こうして史郎はここ最近の悩みと決着をつけ、その後、ボロボロになりながらも
「これで終わりだ」
「クッ!?」
『万機』を倒すことに成功。
◆◆◆
そして結局導入されてしまったフォークダンスの会場で、後夜祭、史郎はぼんやりと下段の縁に腰掛けていた。
夜のとばりの落ちた薄闇の校庭の中央に置かれたキャンプファイヤー。
その周囲でやり切った笑みに満ちる生徒達が男女手を取り合いフォークダンスを踊っている。
「リア充してんな……」
そのような光景を目の当たりにし、史郎はうっそりと呟いた。
案の定あの騒動の後、学校中に史郎の噂は広がった。
史郎もまたメイのことを狙っている、という噂だ。
対する史郎はというと一般人の間で広がる噂を否定するのもバカバカしくただ黙るのみで、数週もするとその噂も下火となった。
だがそのような噂が流れた史郎にフォークダンスを申し込む生徒は誰もいなかったのである。
だからこそ史郎は楽しそうに踊る生徒達をどこか羨望の面持ちで眺めていたのだが、史郎が大きく息を吐いた時だ
「九ノ枝君……」
振り返るとメイがいて、メイは
「あ、あの、良かったら、私と一緒に踊らない?」
と言ってその手を差し出してきたのだ。
「あれ、雛櫛??」
予想外の人物の登場で目を丸くする史郎。
あの後も文化祭の用意で会話を交わすケースもあったが、そもそもメイと史郎はカーストが違う。
話す機会事態もそれほど恵まれたわけではなく、したがって別に仲が良くなったわけでも無いのだが、なぜこのようなところにいるのだろう。
疑問はそのまま口に出た。
「な、なぜ雛櫛がこんなところに? 誰かと踊らないの??」
するとメイは首を横に振った。
「九ノ枝君の噂効果のおかげで全然誘われなかったわ。ほんの数十人」
ほんの数十人てどうなん。
俺は0人なんだけど?
対し心の中でメイにツッコミを入れる史郎。
だが自分の言葉の異常性に気が付かないメイはというと
「でもそれらも全部断ったわ」
「え、ど、どうして……?」
「そりゃぁ九ノ枝君と踊りたいと思ったからよ。九ノ枝君改めてありがとう。あの時私を救ってくれて。とても嬉しかった。だから、一緒に踊りましょう?」
そう言って手を再度差し伸べてきたのだ。
実は先日の件でメイの評価は史郎の中で鰻上りだ。
一般人の中ではメイだけは認める、そういったレベルに達している。
そんな少女からの誘いに史郎は顔を赤らめていて
「い、良いけど……」
史郎が戸惑いつつもメイの手を取った。
瞬間、遠くで花火が上がった。
◆◆◆
実は史郎がメイの評価を改める一方で、メイの方でも史郎の印象が劇的に変わっていた。
「1年H組、九ノ枝史郎です」
最初、平坦な自己紹介をする史郎を見た時メイは、どこか生きづらそうな人だなぁと感じていた。
そして、つまらなそう生きている人だなぁ、と感じていた。
だが
『だけど雛櫛と踊るのは俺で良いよな?』
この一言で一気に史郎に興味を持ち始める。
このような状況下で、ここまで堂々と自分を守ってくれる人物は初めてだったからだ。
だからこそメイは史郎に畏敬の念すら感じており、ある意味で史郎は異次元の存在のように感じてられたのだが、その異常存在に
『なぁじゃぁ雛櫛、教えてくれないか。雛櫛は今回の件をどう思っているんだ。もしかすると実質、雛櫛が原因でみんながフォークダンスに巻き込まれることになるところだったんだけど』
と尋ねられた時は流石に面食らった。
なんて自分の核心に触れる質問をいきなりしてくる人なのだろう、と。
だがメイはというと、あの場で守ってくれた史郎ならば、
この異様な、どこかこの世界とは違う理の存在のような史郎ならば、
自分の汚い本性も受け入れてくれるのではないかと思い、自分の本音を明かしたのだ。
『全然自分の所為だと思ってはいない』という自分の本性を。
そして勇気を持って告げた結果史郎が
『ハハハハ、そりゃぁ良いな。それが最高だ』
『それが正しい』
と笑いながら自分を全肯定してくれた時は、実は涙が出るほど嬉しかったのだ。
そうしてその後も委員会活動などで史郎を見るたびに、回数こそ少ないが史郎と話すたびに、胸の高鳴りは強くなり、いつしかメイは史郎に恋をしていた。
どこか異世界の住人のような雰囲気のある九ノ枝史郎は特別な人間になっていた。
そしてよく史郎を見るようになって気が付いたことだが、この九ノ枝史郎という人間はどこか何か重大なものを抱えているように見受けられた。
異世界のような雰囲気のある人間だ。
どういった悩みを持つのか、重圧を持つのか、メイには想像がつかない。
だがそれは確実に事実であるように感じられ、ある日、史郎が体中に怪我を負いながら登校したことでそれは明確な事実としてメイに差し迫る。
そのような史郎を見てメイは自分を救ってくれた史郎を何としても自分もまた救いたい、
史郎の力になりたいと感じており
「こ、これで良いかしら?」
「ど、どうだろうか……」
両者顔を赤らめながらフォークダンスを踊っている時だ、
「九ノ枝君」
メイは不意打ちで史郎に言ったのだ。
「何か困ったことがあったら相談してね」
と。
◆◆◆
そしてその言葉に感銘を受けたのが史郎であり、
一般人の中で唯一認めると言っても過言ではないメイに不意打ち的に
「九ノ枝君……、何か困ったことがあったら相談してね」
と透き通った笑みで言われたことで
「……ッ!?!?!!!??」
落雷が落ちたような衝撃が脳内に落ちていて、瞬間、明確に恋に落ちた。
そして次の瞬間
(え!? てゆーかこの子めちゃくちゃ可愛くねーか!?? うおおおおおおお!!!)
女性経験のない史郎はメイの美貌という武器にもほだされた、というわけである。
そして彼らは本来ならば順当に距離を詰めるはずだったのだが
史郎がメイの余りの美貌にたじたじになったのに加え
『史郎!! 目標が晴嵐高校に出現したわ!!』
『おい! 高校周辺には警備がいるはずだろう!!』
『無差別能力覚醒犯』が晴嵐高校を襲い
その結果、彼らの人生を狂わせてしまった、世界で唯一認めていた一般人たるメイを争いの道に巻き込んでしまった史郎は、
『お前、『最弱能力者』って言われる奴の気持ちを考えたことはあるか……?』
『……俺は毎日、ずっと考えている』
罪の意識の念に苛まれ、能力覚醒に伴うごたごたでメイとは疎遠になり
メイもまた学園で唯一意味不明な能力を発現し馬鹿にされ始め、一方で、ようやく自分のフィールドだと主張する可能様に生き生きとし出した史郎に安堵していたのだった。
◆◆◆
これが史郎とメイとの出会いなのだが、
「覚えているけど、一体それがどうしたっていうのさ雛櫛……」
物置で史郎が
「俺が原因だってことに変わらないじゃないか……」
弱音を吐いていると、メイは力強く言った。
「違うでしょ」
と。
「ッ!?」
その予想外に強い口調に史郎の涙に濡れた瞳が見開かれた。
「九ノ枝君は私に言ってくれたわ。その考え方が絶対正しいって……! 結局フォークダンスは導入されたけど、それと私の所為じゃないって言ってくれたでしょ……! それと一緒よ……!」
「い、いやそれとこれとは話が」
「どこが違うって言うの!?」
史郎が訂正しようとするとメイは珍しく気色ばんだ。
これほどメイが怒ることなど、これまで一度たりとも無い。
声を荒らげたメイに史郎が息を呑んでいると、メイは一気にまくし立てる。
「じゃあなに? 九ノ枝君はフォークダンスが導入されたのも、流郷先輩がおかしなことを言い出したのも私の所為だとでも言うの? 私はただ居ただけなのに、ただそこに居ただけなのに、私が悪いって言うの? 九ノ枝君はただ生きていただけなのに、それが悪いって言うの!? そんなことあるわけないでしょ!? そんなの当たり前のことでしょ!? 誰かが生きていて……、生きているだけで悪いだなんて、あるわけないでしょ!? もし九ノ枝君が悪いだなんて、九ノ枝君が生きていたことが悪いだなんて言う人がいるなら私がただじゃおかないわ!! 九ノ枝君、今九ノ枝君が言っているのはそういう馬鹿げたことなのよ!? 目を醒まして九ノ枝君! それに九ノ枝君自身が最近言っていたじゃない!?」
「……?」
史郎がメイの迫力に押され言葉を失っているとメイはとある事実を思い起こさせた。
「姫川アイさんが連れ去られて、彼女の能力によって騎士団が壊滅して、生徒達を全員強制的に強化させようとする人達に九ノ枝君は言ったでしょ!? 原因は彼女を排出した覚醒した能力者達じゃない……!原因は彼らを利用した鈴木だって……! 九ノ枝君自身が言ったじゃない!?」
「ッ!?」
その一言に史郎は目を見開いた。
そう確かに史郎は今回の騒動に原因になった生徒達を非人道的な方法で育成強化しようとしていた『ArmS』という組織に対し
『彼らが原因ねぇ。ハッ、笑わせんなよ』
史郎は
『原因は、鈴木だろ。鈴木が彼らを能力者にしたのが原因だ。彼等はこの事件に巻き込まれた被害者でしかない』
そう言っていたのだ。
「最近だって九ノ枝君はそう言ってたのに、何が違うって言うの??」
自分ですら忘れていた事実を思い起こされ史郎が呆気に取られ言葉を失っていると
その合間もメイは話し続けた。
「それにもしその話が事実だとしても、今まで九ノ枝君が、皆のために頑張ってきたことは何も変わらないでしょ!? 木嶋くんと戦ったのも、新入生たちと戦ったのも、テロリストと戦ったのも、そのテロリストを裏から放った人と戦ったのも、『ArmS』と戦ったのも、ベルカイラって人と戦ったのも、みんなみんな、私達を守るためでしょ!? いつだって九ノ枝君は私達のために戦ってきてくれたわ!? その事実は、絶対に嘘にはならないわ! 私が一番そのことはよく知っているわ!? だから九ノ枝君、私はそんな九ノ枝君を悪く言う人たちを絶対に許さない!! そんな人たちとは私が戦うわ……!今度は私が九ノ枝君を守る番……! そして――」
メイは大きく息を吐き、言う。
「九ノ枝君をこんな風に悲しませた鈴木は、私が絶対許さないわ……! 私がやっつけてあげる……! ひっぱたいてあげるわ……!」
そして史郎に起きた出来事をまるで自分のことのように怒る、文字通り怒り狂うメイに
(ハハハハ……)
史郎は心の中で自嘲的に笑った。
(自分は何て馬鹿なのだろう……)
メイの熱い言葉の数々に目が醒めたのだ。
如何に自分がネガティブになっていたのか思い知ったのだ。
そしてメイのおかげですんでの所で立ち直った史郎はというと、零れそうになっていた涙を掬い、揺れるかすれ声で言った。
「ありがとう雛櫛……。おかげで目が醒めた……。それと」
メイを真正面から捉える。
「雛櫛、俺が鈴木を倒すから安心してくれ……。雛櫛が頑張ることじゃない」
「ううん。私がやるわ」
「そうか、じゃぁ……」
倒せるわけがないのに倒すと意気込むメイに勇気づけられた。
「……一緒に倒そう、雛櫛。一緒に、今、世界を乱している鈴木を倒そう。そして生徒達を自由にしよう……。この戦いに決着を付けよう……!」
史郎が言うとメイは優しく笑った。
「そうね。それが良いわ。頑張りましょう九ノ枝君?」
史郎が立ち直ったことで、メイの目尻からも一筋の涙が伝った。
こうして史郎は立ち直り、『第二世界侵攻』のリーダー、鈴木を倒し、世界に平和をもたらすことは史郎だけではない。
史郎とメイの共通の目標になったのだった。
月の輝く闇夜の中、二人の願いは一つになる。




