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第6話 能力覚醒原理


無差別能力覚醒犯。

彼女がどのように子供たちに能力を与えたのかは長らく謎とされてきた。

他人に能力を与える能力など今まで存在したことが無い。

だからこそ、この能力覚醒を促した能力正体は一体何なのだろうかという謎は能力社会の至る所で語られる謎であった。

のだが


(……嘘だろ??)


ナナの言葉で答えを得たかもしれない史郎は急激な吐き気に襲われていた。


史郎は埃っぽい物置で蹲っていた。

場所は寮の最上階。物置部屋である。

自室にいることが出来ず、ナナのセリフを聞いた史郎は

「ごめん、ちょっと……」

そう言い残して自室から脱出したのだ。


そうして物陰に座り込むと、


(そうか……ッ)


史郎は込み上げる吐き気を押さえて口を手で覆った。


ナナの言葉を思い出す。


『だ、だから、能力者に眠らされたら能力を得たのは不思議だねって、そう言ったんだけど』


失念していた。

史郎は目尻からこぼれそうになる涙を抑え込んだ。


そう、能力を他人に与える能力など存在したことが無い。


そしてやはりそのような能力など有り得なかったのだ。

案の定、生徒達の能力覚醒にはカラクリがあった。


そして、『能力を覚醒した際、覚醒犯の怪光線を受け皆気絶、いや、正確には眠っていた』誰もが知るその事実にカラクリのヒントはあったのだ。


というよりもそれが『答え』だったのだ。


『無差別能力覚醒犯』、彼女の有する能力は他人に能力を覚醒させる、というものではない。


対象を()()()()能力である。


なぜなら当然だ。

彼女の放つ怪光線を受けて、生徒達は()()()()()()()()()


そもそもなぜ能力を覚醒する際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


それが答え。


生徒達は能力を得た結果、気絶した、のではない。


()()()()()能力を得たのだ。


順序が逆だった。


今まで史郎達能力社会は、あの現象は能力覚醒に伴う一現象だと受け止めていた。


能力を得た衝撃で皆気絶したのだと。

存在が一般人から能力者に無理やり切り替えられる、その衝撃に身体が耐え兼ね自己防衛反応として気絶したとか、脳が能力負荷に耐えられず気絶・睡眠したのではないのだ。


だが違った。


論理が逆だった。


『だ、だから、能力者に眠らされたら能力を得たのは不思議だねって、そう言ったんだけど』


ナナの言葉通りである。


生徒達は眠ったからこそ、能力を得たのだ。


だからこそ、『無差別能力覚醒犯』。

彼女の有する能力は『相手を強制的に眠らせる』能力だった。


より正確に言うのなら、『相手を強制的に眠らせ、その中で見る夢の内容を操れる』という能力だったのだろう。


そしてその結論に至るのにも、眠ることで能力を得たという真実に気が付いたのにも理由がある。


なぜなら、あの怪光線を受け気絶した生徒達は皆、うなされていたのだから。


これもまた重要なキーワードだったのだ。

何も能力覚醒に耐え兼ねうなされていたわけではない。


正真正銘、彼らは悪夢を見ていたからうなされていたのだ。

悪夢を見ることで能力を得たのだ。


なぜなら史郎達、オリジナル能力者が能力に覚醒する経路は何だったか。


忘れるわけがない。

なぜなら史郎とて『それ』により一度死線を超えているのだから。


自身のジンクスを自覚し、それに自らの命を託し、生存する。


それが能力を得る方法だ。


触ったものがなぜか冷たくなるというジンクスを自覚していたナナが

育児放棄され自身を捨てて出て行った両親を待つ中生きながらえるために、そのジンクスにかけ自らの肉体を冷やし、冬眠のように生き残ったように


かつて史郎がひょんなことから不良から追われ、ジンクスに命を懸け生き残ったように


能力者は皆、能力覚醒をする際死線を超えるのだ。


そして眠っていた生徒達はというと、どうだ。


終始『うなされていた』。


つまりこれは夢の中で、ジンクスを与え、それによって()()()()()()という体験を無限に強いられたのではないだろうか。


いや、結果的に能力を得たという事は、確実にそうなのだろう。


その結果、能力を得たのだ。


だから彼女の能力は『敵を眠らせ、夢を見せる』能力で有り、生徒達は眠ることで能力を得た。


夢の中で仮想のジンクスを付与し、窮地を脱させる。

その過程で何百・何千回も自身の常識の枠を脱することが出来ず、生徒達は夢の中で死を体験した。

だから生徒達はうなされていた。


自身の脳が受け入れられる『ジンクス』に巡り合うまで何度も何十回も何百回もジンクスの候補を与えられ続けたのではないだろうか。

自身の常識を打ち破るほど頼れる、自分と相性のいいジンクスを得るため無限回に夢の中で死を体験したのである。


そして重なるのがイギリスでの件だ。

イギリスでも過去に複数名、能力覚醒したものがいるとの報告がある。


しかしそれと生徒達で決定的に違うのは『固定』


あらゆる事象を一点に『固定』する能力者ハイルトンの能力紋章があるかないかと、その後能力がすぐに消失したかどうかである。


だがこれも当然だ。

恐らく固定したのは夢、そのものだ。


ジンクスに命を懸け生還することで得られる、『自分は〇〇出来る』という異常現象を起こせるのだという明確な自覚。

死線を超えたからこそ生まれる確固たる自信。

それを『固定』したのだ。


夢であろうと、現実そのもののような夢の中でジンクスに頼りで生還すれば一時的にそのような『自覚』は生まれる。

だがその自覚は現実世界で生還したオリジナル能力者に比べると比べ物にならないものであり、だからこそ彼らの能力はオリジナルよりも弱い。


加えて所詮は『夢』である。

夢とはいつか忘れてしまうものであり、現実の前では無力なものである。

時がたてば夢も忘れるし、自覚も消える。

だからこそイギリスの彼らはすぐに能力を失った。

だがその自覚そのものを『固定』した日本の生徒達は能力を失わなかった。

長く強制的に記憶に残すことで『魂』に刻み付けた。


これが能力覚醒のカラクリである。


夢の中でジンクスを与え死地を超えさせ、その自覚を『固定』で刻み付けた。


だからこそ生徒達はうなされていて、『夢の中』で能力を得たからこそからこそ、彼らは『現実世界で』能力を得た史郎達とは根本的に能力者として『違う』存在なのだろう。


そして夢という異常な世界で能力を得たからこそ、彼らは史郎達に比べ、異様なほどバラエティに富んだ能力を有しているのだ。


それこそが、今まで誰の一人も気が付かなかった可能性である。


だがそれも無理もない。


誰も夢の中でジンクスによる死線超えで能力を得られるなど、考えもしなかったのだから。


誰もが能力覚醒と共に気絶した彼らを能力取得に伴う脳負荷などによるものだと認識していた。

だが違う。

あの気絶、睡眠こそが能力覚醒に必要なもので、ナナは頭が悪いからこそ、誰よりも起きた現象を『そのまま』捉えることが出来る。

だからこそナナはその事実をただそのまま言語化出来たのだ。


『だ、だから、能力者に眠らされたら能力を得たのは不思議だねって、そう言ったんだけど』


と。


だがここまでの内容ならば、史郎が吐き気に襲われる必要はない。


重要なのはここから先だ。


ナナが明確なヒントを述べる前カンナは言っていた。


『それにしても、何で私達が能力者にさせられたんだろうなぁ!』


と。


それまた重要な言葉だったのだ。


なぜ寄りにもよって日本、その首都東京の生徒達が選ばれたのかという問題である。


そして今回の気づきで明確に核心に至った。

それは――


史郎は自身の能力関連知識と、これまでの敵の言葉を思い出した。


◆◆◆


無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』というものがある。


能力者は自身の意思に関わらず、多少なりとも世界を変質させる。

ナナの周囲はほんの少し寒かったり、空間転移の能力者の周囲ではわずかに空間がずれる。

その変化の方向性はその者の『個別能力』により、それはそのものの力が強ければ強い程顕著になる。


その影響圏を『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』と呼びこれは『能力』を使用すると、その空間に色濃く残るという性質を有する


それが一般世界で幽霊だ怪奇現象だなんだと呼ばれる原因になったりするのだが


史郎は思い出したのだ。


能力覚醒を果たした


区立八木田中学校、区立戸島中学校、区立輪達中学校、私立四宮中学校

私立青柳高校、私立林道高校


能力覚醒を果たした六校の周囲で漏れなく史郎が過去、『能力戦闘』をしているということを。


正確には都の他の多くの場所で史郎は戦闘を繰り広げている。


だからこそただの偶然だと片付けていたのだが、偶然ではなかったのだ。


なぜなら史郎の個別能力『悪霊(ゴースト)』は、『敵にあると思わせたものを本当に実在させる』という世にも珍しい特殊なアビリティ型能力だ。


恐らく、世界で『史郎しか持たない』個別能力だ。


その『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』の効果は当然『思い込みの実現』である。

何も大それた効能は表さない。

膨大な現実の前には砂粒程度の因果律の微妙な変化である。


だが確実に史郎の『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』の効能は『思い込みの実現』であり


能力者は能力を得た際『自分は〇〇出来る』という明確な自覚(おもいこみ)の下能力を行使する。


そして覚醒生徒達は本来のルートではない方法で無理やり能力を覚醒させている。

無理筋を行くのだ。

ならば『思い込みが実現しやすい』下地は彼らの能力覚醒にこれ以上ない程大切だったのではないだろうか。


実際にそれがどれだけ重要なものだったかは判明している。


なぜなら唯一能力覚醒の予告状が叩きつけられ、史郎が能力を起動させようとしていた都立晴嵐高校の生徒は、他の学園よりも能力のバラエティに富み、強力な者が多いのだから。


能力を使用しようとすればその『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』の影響は色濃く出る。

だからこそ晴嵐高校は他の高校よりも『無理のある』能力を覚醒し得た。


そう、例えば――『能力無効化』能力とか――。


話の流れはこうだ。


『第二世界侵攻』のボス鈴木は人工(アンナチュラル)能力者の発生方法を思いついた。


そして仲間にいた『この世の全ての能力と能力者を記載する辞書』を生み出すウェポン型能力者により、まず相手を寝かし、夢を操作し得る能力者を見つけ出す。


後に無差別能力覚醒犯と呼ばれることになる彼女の能力でイギリアで能力開発実験。


しかし発生した人工(アンナチュラル)能力はすぐに消えてしまった。

原因を理解した鈴木はあらゆる物体・事象を固定する能力『万物固定』を有するハイルトンを襲い、その能力そのものを、のちの無差別能力覚醒犯の女に『固定』した。


これにより女は『夢を操る』能力と『万物固定』の能力の二つを有するダブルホルダーとなる。


そしてイギリスの人工(アンナチュラル)能力者はもう一つの課題を抱えていた。


それは能力そのものがひ弱過ぎたのだ。

無理のある能力開発。大した能力は覚醒できず、鈴木の目指す『能力無効化』能力などほど遠い。


そこで閃いたのが『辞書』に載っていた『悪霊(ゴースト)』を保有する史郎の『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』を利用するという策である。


こうして百数十ある国の中から日本が、そしてその首都東京が選ばれ、かつて史郎が能力戦闘を繰り広げたことのある場所から最も近くにある学校を狙い能力覚醒を施した。


しかし史郎の『無意識能力影響圏(アビリティーサークル)』があると言えども『能力無効化』能力には届かない。


そこで一計を案じた彼らは、史郎が通う晴嵐高校を覚醒すると予め予告状を叩きつけた。


そうすれば、史郎は確実に戦闘に駆り出される、『生』で能力を使用すると踏んだのであろう。

あとは条件を満たすのを待つだけだった。

何もあの日あの場所で能力覚醒する必要は無かった。

予告状の存在だけで史郎が敵が現れば能力を使用することは読めていたのだから。

そして彼らは生存確率を上げるために、偶然在籍していた『転移能力者』木嶋を篭絡したのだろう。


それが起きていたことの真実。

だからこそ以前史郎が戦った青木は


『何を言っているんだい史郎君……!? 君はあの場にいたんだろう……? 『無差別能力覚醒犯』が彼らを覚醒する様を目撃したんだろう……!? ヒントを上げよう。その光景に『答え』がある……』


そう言っていた。


能力覚醒のカラクリをあらかた理解していた青木は、そこに現場に駆けつけた能力者の誰かによる『無意識能力影響圏』によるものだと理解していたのだろう。


無理筋の能力覚醒。『個別能力』の正確な内容こそ分からないが、誰かの『無意識能力影響圏』が必要だったと長年の経験から察知していたのだろう。


だからナコは『お前を連れていくニャ』と言っていたのだ。


史郎さえいれば、新たな能力を生み出すことが可能なのだから。

だからこそ史郎を手に入れようとしていたのだ。


そしてこれが事実なのだとしたら……


いま世界中が混乱しているのも――


今も多くの学生が自由を奪われ生活しているのも――


メイが能力を覚醒したのも――


(俺の所為じゃないか……ッ!!)


史郎は込み上げる吐き気を必死に押さえつけた。

目尻からは余りの吐き気で涙が伝った。


(そんなことって……!)


これまで史郎が戦ってきたシーンが瞬く間に思い起こされる。


3月、史郎は内通者と目された木嶋と戦った――

4月、史郎は能力を得て調子に乗った一年生を手懐けた――

5月は、学園を襲ったテロリストと戦い6月にはテロリストを裏から放った青木と戦った――

7月には生徒を強制指導しようとする『ArmS(アームズ)』と拳を交え

9月には生徒達の命を狙う『第二世界侵攻』の攻撃部隊を倒した――


生徒達が能力覚醒して以降というもの、常に史郎は生徒達のために戦っていた――


だが、そもそも彼らが能力者になった原因が史郎にこそある。


そんな酷い現実が


(……あるのかよ……!)


のしかかるのは耐えきれないほどの重い重圧である。


生徒達が命を狙われるのも、一般世界から目の上のたんこぶのように扱われるのも、能力世界から異物のように見られるのも、生徒達の自由が無いのも、


全て自分の所為だなんて、耐えきれない。


だが史郎の推測は恐らく正しくて、もしそうなると、やはり事の発端は


(―――――ッ)


――耐えられない……ッ


史郎の目元にうっすらと涙がにじんだ。


その時だ


「九ノ枝君……ッ!」


背後から声がした。振り返らずとも誰かは分かる。


「……雛櫛か……。……よくここが分かったな」


雛櫛メイが背後に立っているのだ。


「……九ノ枝君がどこにいるかなんて分かるわ」


史郎が振り返らず答えると息を上がったメイはポツリと言った。

見るとジャージの至る所がよれていて、史郎が駆け出すとすぐに追いかけ始めたことが窺えた。

そして史郎が目を合わしたことを確認すると


「大丈夫、九ノ枝君?」


眉根を下げて、そう言った。

そのメイの心配を真正面から受け取ることが出来ない。

史郎は即座に目を逸らし


「だ、大丈夫」


そう嘯いた。

瞬間、メイから一気に圧が放たれた。


「……ッ!?」


すぐさま目を上げる史郎。

するとそこには目尻を吊り上げるメイがいて


「大丈夫じゃないでしょ」


間髪入れずメイは答えていた。

メイは珍しく史郎に本気で怒っているようだった。


ここまで来て、まだ隠し事をする史郎に腹を立てているようだった。

自分を信用していない史郎に腹を据えかねているようだった。


「聞かせて、九ノ枝君」


そして史郎は大きく息を吐き出した。


「何かあったんでしょ?」


メイに隠し事など、出来るはずがない。


とっさにメイのことを信用出来なかった自分を食いながら


「実は……」


史郎は口を開いた。


それから説明は30分以上に及んだ。

何せ『無意識能力影響圏』を始めメイに伝えなければならないことが大量にあった。


だがそれだけの時間があれば説明は終わり、


全ての真実を聞き、受け入れたメイはというと


「……実は、だから、もしかすると、皆がこんな風になっているのは俺の所為かも……」


と弱音を吐く史郎に向かい


「九ノ枝君……」


ポツリと尋ねた。



「私達が出合った時のこと、覚えている?」



その一言で史郎は、メイと出会った、その日のことを思い出した。


それはメイを始め生徒達が能力覚醒するよりも数か月前。


時は現刻の20XX年より1年前。


20XX-1年。


まだ暑い時期のことである。


◆◆◆



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