第9話 1対14
◆◆◆
『おお! 九ノ枝くんの能力はテレキネシスでした!!』
『遂に能力使用ですね! 驚異的な身体能力を有する九ノ枝くんですが能力の腕は如何なんでしょうか!?』
遂に正体を現した史郎の能力に彼女たちの解説にも熱がこもった。
◆◆◆
――『九ノ枝くんですが能力の腕は如何なんでしょうか』――
体育館からミイコ達の解説が聞こえてくる。
「はぁ……」
史郎は小さく溜息をついた。
彼らは誤解をしている。
「ハッ、ついに能力を見せやがったな……!」
史郎が木片を浮かばせ始め、彼らの口の端が吊り上がる。
史郎に能力を使わせたことがご満悦のようだ。
しかしこの『テレキネシス』、
史郎の『個別能力』ではない。
『個別能力』などという大層な代物ではないのだ。
だからこそ彼らは勘違いをしている。
しかし、訂正する必要もないだろう。
「はぁ……」
史郎はもう一度溜息をつくと胡乱なまなざしで自身を囲む14人の能力者を見渡した。
「……来るなら来い……ッ!」
うち一人が瞳をぎらつかせながら息巻いた。
言われなくても、行く――
史郎の瞳にわずかに覇気が灯った。
瞬間、
タァン! と猟銃のような発射音を炸裂させ、史郎の操る木片が今ほどの男の胸に突き刺さった。
木片は正確に胸元の校章を打ち抜き、吹き飛ばしていた。
「かは……ッ!」
激しい衝撃で男が白目を剥いて倒れる。
その光景に息を呑んだのは周囲の生徒だ。
「はやッ……!」
「嘘でしょ……ッ!?」
瞬きの間に行われたような速攻に全員が目をしばたかせた。
ある者は瞠目し、またある者は口を手で覆う。
だが彼らの中には、すぐに気を取り直し決死の覚悟で史郎に挑みかかる者がいた。
それは14人中、8人。
史郎は自身に襲い掛かる人間を瞬時に正確に把握した。
史郎の正面から突っ込んでくるのは四人。
先ほどの炎・雷・水を操る三人組に加え、肉体強化を司る能力者。
そしてそのさらに後方からはウェポン型の能力者が二名。
手裏剣型の異能が飛来し、そのさらに奥からは岩田が如意棒を伸ばす。
空中には『お菓子契約キャルロッテちゃん』と、史郎の左手で構える田中の能力、『砂嵐』が逆巻く。
後方からは――音だけで分かる――鞭型の異能を出し、史郎を攻撃しようとしている男がいた。
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
複数の人間が発す地鳴りのような咆哮。
8人の敵が史郎に襲い掛かっていた。
対し、史郎がしたことは単純だった。
史郎は音だけでどの攻撃が一番先に史郎に到達するか計算したのだ。
結果、背後から迫る鞭攻撃だと判明。
それが分かると史郎はわずかに『右に寄ると』同時に腰を落とした。
案の定、史郎が上体を下げるのに数瞬遅れ、紫色の鞭が史郎の頭の上を突き抜けていく。
そして敵を失った鞭攻撃は
「うおっ!?」
真正面から炎使いの少年に突っ込み、少年を弾き飛ばした。
これも史郎の計算である。だから右に僅か寄ったのだ。
だがこれだけで史郎の攻撃は止まらない。
炎少年を倒すと史郎は鞭の中間を握りしめ、
「はっ、一人やられただけで止まるかよぉ!!」
なおも掛けてくる雷使いの少年の右ストレートを前転しながら躱す。
と、同時に体のバネを使い大外刈りでもするように雷少年の周囲を左足を軸足に一周すると
「!?」
史郎が持っていた鞭が少年の足に絡みつく。
同時に鞭使いの少年が能力で出来た鞭を『縮めた』ことで雷少年は
「うごああああああああああ!!」
遥か後方まで引きずり倒され
「うおあぁ!!」
鞭の使用主もろとも巻き込み、地面に転がる。
「おおおお!」
あっという間に二人の能力者を倒したことで遠くの観客席でどよめきが起こっているのが聞こえてきた。
だがそんなことに感傷を抱いている暇はない
天空から『砂嵐』が降ってきていた。
史郎の左手にいる田中の攻撃だ。
「はっ、これじゃ何も見えねーだろ!?」
左手側で田中が哄笑を上げる。
砂煙の向こう側で今まさに水操作と肉体強化の生徒が駆け寄ってくる足音が聞こえる。
しかし史郎は焦らない。
確かに砂埃で『周囲』は見えないが、当の『砂埃』は見えている。
そして見えていれば
「操れる」
史郎が周囲の砂塵に『力』を送る。
田中の『砂を操作する』という『力』と史郎の『テレキネシス』という『力』が同じ物体に重複してかかり、稲光を発す。
そして同じ『砂』という物体に対する操作権の奪い合いが発生。
当然、勝ったのは史郎だ。
ジジジッと稲光を発した砂塵は一瞬のうちに史郎に無理やり操舵され、それにより一気に砂埃は吹き散らされた。
「なんだと!?」
そう、圧倒的な実力差があれば物体操作は上からジャックすることも可能なのだ。
だがこれは彼らは知らない技術。
「おおおおおおおおおおおおおおおお、まさかまさか、史郎くんが相手の砂嵐をジャックしましたぁぁぁぁぁ!!!!!」
遠くで大いに盛り上がるのが聞こえてきた。
一方でまさか自身の砂の操作権を無理くり奪われるとは思わなかった田中が目を剥く。
そして砂塵は
「返す」
史郎に操られ田中の元へ。
史郎に操られた砂嵐がかつての主人に襲い掛かる。
「グアッ」
田中は踏みつぶされたカエルのような声を出し倒れ、校章が地面に転がる。
一方、砂煙が晴れるとやはり肉体強化と水操作の少年が史郎の正面に迫っていた。
既に史郎まで一メートル。クロスレンジ。
僅かに早いのは肉体強化の少年。
肉体強化能力者が拳を振るう。
しかし史郎はその拳が正確に『見えていた』。
「な!?」
史郎はその攻撃を身を逸らし避けつつ相手のわきの下に手を突っ込んだ。
そして相手の勢いを利用し、『投げる』
肉体強化の少年が空高く吹き飛ばされ地面に打ち付けられ土煙を立てる。
続いてコンマ数秒も離れず襲い掛かる水流操作の少年が操る水流刀を
「甘い」
「なん……だと……!」
腕を一振りし、同時に水流に『テレキネシス』を送り込み、打ち払う。
そうして最後に襲い掛かってきたのが距離を取り戦ってくるウエポン型の能力者達の攻撃だ。
史郎は天空から襲い掛かってきた手裏剣を真剣白羽取りの要領でキャッチすると、
「フッ!」
それを投げ、空中の手裏剣とぶつけ攻撃を相殺し――
伸びてきた如意棒を史郎はやすやすと躱すと、
「嘘だろ!?」
その伸縮スピードを上回る速度で岩田へ接近。
ただの邪魔な長い棒を持つだけの男と化した岩田から難なく校章を奪い取った。
これで臆せず向かってきた8人のうち、キョウコを抜かす7名を倒す、もしくは攻撃をいなしたことになる。
そして
先ほどまでと変わり『テレキネシス』を使用するようになった史郎にとって、ここに攻略に手こずるものはいない。
「行くか」
そこから史郎の無双が始まった。
瞬間、史郎の『テレキネシス』が校庭の砂に伝わり――
無数の砂の刃が敵に襲い掛かった。
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
「うおッ!」
寄せるさざ波のような無数の半円状の鎌。
突如向けられた攻撃に彼らは対応できず、複数の少年たちが吹っ飛ばされる。
そうでなくても
「うおら!」
なんとか砂刃を防ぎ切った男が史郎に襲い掛かるも
「ふぐっ!」
史郎が遠方が操り飛ばしたサッカーボールが胸元に突き刺さり、
肉体行動速度を上昇させる能力を有する能力者が強化された速度の拳の雨を
「なんだと!?」
全て史郎は片手でいなし、さらに奥にやすやすと手を伸ばし校章をやすやす奪い去る。
背後から襲い掛かる敵も
「クフ!」
操作していた木片を操作し、音だけで相手の居場所を察知し襲撃。
後頭部に強烈な一撃を与え昏倒させる。
そして狼変化し再度攻撃を仕掛けてきた犬崎はその狼変化した大口を無理くりつかみ取ると
開けないようにし、ぶん回し、それで敵の炎攻撃から身を守る。
そんな風に史郎はやりたい放題自分に襲い掛かる敵を倒しまくっていた。
そして襲い掛かる敵をあらかた倒しきった史郎は、ついに自分から敵に向かって駆けだした。
砂の剣を有する史郎が手裏剣の武器異能を有する忍川に向かい突っ込んでくると忍川はとっさに無数の手裏剣を放った。
しかしそのどれもを史郎は躱しきり
「これで8人目か?」
うねる砂の剣を蛇のように伸ばし、忍川と交錯した瞬間、校章を撥ね飛ばした。
そして史郎は忍川の右手にいたキョウコとそのお付きの肉体強化能力者を見た。
距離にして15m。
史郎の攻撃レンジではないと判断していた二人の表情には余裕が見て取れた。
だが、
(全然、レンジ内ッ)
史郎はその砂の剣を伸ばし二人を強襲する。
ウォーターカッターを彷彿とさせる砂の刀が二人の元へ。
「あ――」
案の定、二人は防ぐことが出来ず、史郎に器用に操作された砂が彼らの校章をはじいた。
そして、、、
(これで終わり・・・ッ!)
史郎が砂の剣を伸ばしたまま、体を一回転させた。
史郎を中心に発生する砂のキリングゾーン。
それにより、、、
『……試合、終了です』
史郎の周囲にいた残りの敵の校章が纏めてふっ飛ばされ、残存生徒が5名となり
試合が終了した。
◆◆◆
『九ノ枝くん、圧勝です……! まさかここまでとは、信じられません……!』
史郎の戦闘を見て観客席は驚き呆れていた。
『か、解説席に来ていただいている檜佐木さんに話を伺います。檜佐木君、どう見ますか今の試合……』
『驚きの一言です……。能力研究会でもテレキネシスの研究は進めていましたが、学園で最高位のテレキネシス能力者でもあそこまで速く物体を操れることは出来ません』
『……と、言いますと』
フウカも今見た試合が信じられないようだ。
息を弾ませ尋ねていた。
『私たちの研究ではテレキネシス操作体の最高操作速度は時速32㎞だったんです。しかし九ノ枝くんの今ほど見せた木片操作・水流操作は軽く100kmを超えていた……。し、しかもですよ。操作重量も、丁度九ノ枝くんが操作していた総重量3kgが操作限界だと言われているんです。つ、つまり、九ノ枝くん、彼は……』
『彼は……?』
ミイコが先を促す。
檜佐木は眼鏡をクイッと持ち上げると高鳴る動悸を抑えるかのように胸に手を置いた。
『学年最高のテレキネシス能力者かも……。いや、、、』
檜佐木はゴクリと唾を呑む。
『射手瞬太会長級……?』
檜佐木の予測に会場は静かにどよめいた。
当然だ。
学園最強の能力者により組織される権力会。
そのトップに君臨する、射手瞬太。
正真正銘、本学園最強の能力者に比肩する能力者が突如現れたのだから。
興奮がさざ波のように会場に広がっていった。
「は、なかなか面白い考察だな」
檜佐木の考察に舞台裏の暗闇で笑う男が一人いた。
金髪の美青年・射手瞬太である。
射手はおもむろに権力会事務の女を呼びつけるとこう言った。
「多くの生徒が俺と九ノ枝のどちらが上かを知りたがっている。ならば見せてやらないとな」
と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この期末能力試験大会は予選を勝ち上がった十五名の能力者と、権力会会長たる射手瞬太を交えた決勝トーナメントをし、優勝者を決める。
『じゃ、抽選結果を発表するよ~!!』
それは二回戦第三試合を終えすべての予選突破者が決まった後の抽選発表会の事だった。
会場は大きく沸くことになった。
なぜなら決勝トーナメント第一回戦の対戦票に
射手瞬太VS九ノ枝史郎のカードがあったからだ。
多くの生徒が学内最強能力者と謎の実力者がどちらが上か知りたがった。
だが結論から言えば、このカードは実現しなかったのだ。
時間はわずかに遡る。
史郎は二回戦を終え、学園の屋上で今まで撮影していた映像を再度確認していたのだ。
その際
「なんだ、これ……」
映像の中に、『あり得ない』行動をとる人物が映っていたのだ。
それはつまり、、、、
「……内、通者」
史郎は内通者を発見したのだ。
史郎は自身の喉が干上がるのを感じた。