第5話 束の間
「そこ! ワンテンポ遅い!」
「すまん史郎!」
「貴様もだ! 日坂! 遅いぞ!」
「すいませんリツさん!」
メイとばったりダンスパーティーで遭遇してしまう事件以降も生徒達の育成は続いていた。
二人一組、三人一組で動く仮想突撃演習で史郎始めリツたちは声を張り上げる。
またダンスパーティーでメイに頑張りすぎるなと言われた史郎だが、いくらメイの指摘とは言えいきなり完全に修正されることは無い。
メイの言葉は頭の片隅に留める程度で今日も気合を入れ生徒を指導する。
しかし効果は確かにあったようで
「なぁ九ノ枝、連携について聞きたいことがあるんだけど」
「ん?どうした??」
と史郎は参加生徒達に所属校問わず質問されるようになった。
どうやらリツや史郎、その他指導に当たるオリジナル能力者が本気過ぎて生徒達も下らない事を尋ねづらい空気になっていたようだ。
そこにメイの忠告を受け多少心に余裕を持った史郎が丁度良い受け皿になったという事である。
生徒達はロッカールームなどで口を揃える。
「一時は史郎までリツ化してどうなることかと思ったぜ」
「最近はまた話しかけ易くなったよな」
こうして集中強化研修は軌道に乗り出していたのだが
「そういやメイ、お前史郎に何をあげるか決めたの!?」
「あ、いや、まだ何も……!」
深夜、寮で部屋に集まった女子達に尋ねられメイは顔を赤らめた。
尋ねられている内容というのは
「大丈夫!? 九ノ枝君の誕生日、そろそろでしょ!?」
11月下旬に迫る史郎の誕生日の件である。
実は史郎の誕生日が目前に迫っており多くの女生徒が史郎にプレゼントを渡す計画を画策しているのである。
そして――ここにいる女子たちは知る由もないが――実はメイ達は史郎にはまだ言っていないが史郎の誕生日パーティーをしようしているのだが、メイは一向にそこで渡すプレゼントを決められていなかったのだ。
史郎へのプレゼント。
そこで何を渡すかなど女子達に言われるまでもなく一か月以上前から悩み続けている。
だから女子たちの指摘など、もう何週目だというほど悩みぬいたものなのだが
「まだ全然決まってない。……ずっと考えてはいるのだけど……」
メイは未だ決めかねているのである。
だがそうなるのも無理もない理由もある。
なぜなら
「まあこんな情勢だし? 私達が現地に買い物に行くことは出来ないわね。だからネット通販で済まさないとならない。だから選びにくいのは分かるけどさっさと決めた方が良いんじゃない?」
昨今の社会情勢よりメイはじめ人工能力者は不要な外出が出来ず現地での買い物が出来なかったり
「そうでなくても史郎にプレゼントする女は多いだろうし。かぶりとかも気にするならなおさらよ」
メイ以外の多くの生徒も史郎にプレゼントを渡すことが予想されネタ被りの可能性が非常に高かったりするからである。
だからこそメイは決めあぐねていたのだが、そんなメイに、カンナはもう何度目か分からない溜息を吐いた。
「まあメイ。何をあげるかが問題じゃない。メイが九ノ枝を思ってプレゼントする、それが何より大事なんだぞ?」
しかしメイとしては何としても史郎が喜ぶものをあげたいのも事実。
「う~ん」と唸っているとその様子を面白がった周囲の女子はニヤリと笑った。
「もういっそのこと定番のプレゼントはワ・タ・シ って奴やれば良いんじゃない??」
「それ良いかもね絶対史郎喜ぶわ! 間違いないわよメイ! どう!?」
ギャハハと笑いだす友人たち。
そんな友人たちにメイは顔を真っ赤にして
「そんなはしたない事出来る訳ないでしょ……!」
と抗議するのだった。
「ま、まあそれにそりゃ九ノ枝の奴は喜ぶこと間違いなしだな」
カンナも妙案と頷いていた。
「カンナも!」
メイのツッコミは続く。
一方で
「なぁ六透。雛櫛にプレゼントあげるとしたら何が良いと思う?」
同刻、深夜。
『赤き光』アジトの休憩室で史郎は六透に尋ねていた。
六透はすぐに携帯から目を上げた。
「あれ、メイちゃんってそろそろ誕生日なん?」
「いや違うけど?」
目をぱちくりとする六透。しばらくして「あぁ」と合点した。
「じゃぁクリスマスか。ならまだ付き合ってもいないんだし高価なものは辞めとけ。相手も困るだけだ」
そして
「にしてもまだクリスマス一か月以上先だろ。用意が早いな」
とか
「お互いに渡すような会があるんだよな? そうじゃなくて一方的に渡すと引かれるぞ」
とためになるアドバイスをくれるのだが
「いやクリスマスでもないけど」
と「何言ってんだ六透」と史郎が事も無げに言うと「え??」六透はぎょろりと史郎を驚きと共に見返した。
「じゃぁ何でメイちゃんにプレゼントをあげようとしてるんだ史郎は?」
「あ、いや、今度俺の誕生日だろ? ここ最近雛櫛には色々と貰ってばっかりだから何かお返しをしてあげたくてさ」
さも当たり前のように史郎が肩をすくめ言うと
話が見えない。六透は首をひねった。
「史郎、話が分からん。もう一度、一から説明してくれ」
問われると史郎は何を当たり前のことを聞くんだときょとんとしていた。
「いやだから、今度俺の誕生日じゃん。11月下旬に誕生日あるじゃん? でさ、今までの流れからして絶対に俺の誕生日会やってくれるじゃん。雛櫛も多分、俺に何かくれるじゃん?? だから最近貰ってばかりだから、ちゃんとお返ししてあげたいじゃん?? だから恋愛マスターの六透に尋ねたんだけど」
「つまりお前はまだ話も聞いていないがメイちゃんやカンナちゃん達はどうせ自分のサプライズ誕生日パーティーを開いてくれるから、サプライズ返しをしたいって訳か?」
「ま、まぁ要約するとそうだな」
「お、おう……」
スゲーなと六透は呆れた。
完全に自分の誕生日会が開かれるもので動き出している。
しかしこれまでの史郎とメイの変遷を聞いてみると、このタイミングで誕生日会を開かれると予測することは当然の様でもあった。
加えて
「いやここ最近、雛櫛にサポートされてばっかなんだよ。本当に申し訳なくてさ。なんとしても雛櫛をここで恩返ししておきたいんだよ」
という史郎の心情はとても共感できるのものではあり
仕方がない。
女の子とのメールも佳境だったが六透は史郎にしっかり向かい合い本腰を入れ始めた。
「史郎、お前の気持ちはよく分かった。そしてアドバイス内容は変わらない。いくら恩を感じているって言っても値が張る必要はないんじゃないか? というより史郎の気持ちを考えたなら値段は気にしなくて良い。メイちゃんのために史郎が何を上げたいか、何を上げたら喜ぶか考えてあげることが重要だ」
「なるほど」
予想以上に六透の答えが真っ当で首肯する史郎。しかし
「でも俺は雛櫛を確実に喜ぶものが上げたいんだけど」
知る由もないがメイと同じようなことを言う史郎。
その論点の若干ずれた史郎の意見に六透は嘆息しつつも
「ならそれとなくメイちゃんに何が欲しいものを聞いてみろよ? メイちゃんは史郎にプレゼントをあげる側。まさか史郎にプレゼント返しされるなんて思いもしないんじゃないか?多少聞いたって気づけやしないよ」
というありがたいアドバイスをしたことで、史郎は動き出したのであった。
史郎はその問いをメイにぶつけることに成功していた。
それは昼休み、メイ達と昼ご飯を囲んだ際である
「イギリアの件で買い物行けなくて困るわ~」
と愚痴るカンナの言葉の穂を継ぐ形で
「買い物行けないのは大変だな。二人もここ最近何か欲しいものとかないのか?男の俺が買ってこれるものなら買ってくるよ」
と尋ねることで成功したのだ。
その答えは
「ん~別にないかな?」
という不発弾だったのだが、その会話が切っ掛けに、自分が誰かから何かを貰えるとしたら、何が嬉しいかという話になり
「ま、まぁ私は相手が私のことを考えてくれていれば何でも嬉しいかな」
という答えを手に入れたのである。
御覧なさい。これが現代の天使です。と脳内でメイを誰かに紹介する史郎。
だがその一方で、これじゃ結局分からず終いではないかと肩を落としたのだが、逆にメイから
「じゃぁ九ノ枝君は?」と尋ねられ
「まあ相手が良く考えてくれたならそれで嬉しいかな」
自分からも同じような言葉が転がり出て来て、翻ってメイへのプレゼントもそれで良いのだということに気が付いたのだ。
それはメイも同じであり、メイもまた
(九ノ枝君に渡す物は私が良く考えたもので良いのね)
という答えを得ていた。
またメイと史郎は二人とも
(まぁこれでメイの奴もプレゼントが決まるな……)
史郎の与太話にこれは好機とカンナが飛びつき誘導された結果だとは知る由もない。
こうして時は流れ
「では今日は銃弾防御の訓練を行う。諸君、個別能力を展開したまえ」
オリジナル能力者を守るべく個別能力で銃弾を弾き落す訓練が行われる。
作戦を成功に導くために必要不可欠な技術である。
見本として史郎も参加し
壇上に立つ史郎に数人の兵士から夥しい銃声と共に無数の弾丸が射出され、それら凶弾を
「ッ!」
史郎が一睨みで空中で制止させてみせると
「おおおおおすげええええええええ」
生徒達は皆驚嘆していた。
そして目を剥く生徒達に
「まあ史郎のようにここまで大量に止める必要はない。だが候補者を選定する際最も重要視したのがこの点だ。盾を生み出し、範囲攻撃を仕掛けられるお前たちなら弾丸を止める・逸らすことは出来るはずだ。個別能力と動体視力を強化する訓練もしたからな」
リツがそう説明すると、こうして銃弾防御訓練が開始された。
生徒達が訓練場に立ちそれぞれ無数の銃弾が吐き出され始める。
そしてそれら攻撃を生徒達は
「フッ!」
磁力で静止させたり、
「おらよぉ!」
生み出した盾型の兵器で弾き落したりしていた。
そしてその日の夜に
「九ノ枝君ッ」「九ノ枝」「史郎ッ」
「「「誕生日おめでとう~~~!!!」」」
寮の史郎の部屋で誕生日会は開かれたのだった。
参加者は史郎、メイ、カンナ、ナナのいつもの四人である。
誕生日ケーキを分割し平らげていく(殆どナナが食べた)
そして最後にはプレゼント渡しの段に入り、メイから渡されたのは
「ど、どうかな……」
「おぉ……」
音楽プレーヤーだった。
「九ノ枝君のだいぶ昔の物だったような気がしたから……」
史郎が目を丸くしているとメイは恥ずかしそうにつっかえながらそう言った。
確かに史郎が持っているのは中学時代の物である
そこまでよく見ていてくれたのかと史郎は顔を綻ばせた。
「ありがとう雛櫛」
その言葉は自然と口から転がり出た。
「で、実は俺からも雛櫛にプレゼントがあるんだ」
「え!?」
そしてメイは史郎の予想外の言葉に目を見開いた。
今回ばかりはメイも予想外だったようだ。
こうして史郎から出てきたのは
「ま、まあなんだ。こういうの全然わからなかったから、あれだ。嫌だったらどうにでもしてくれ」
小さな宝石の輝くネックレスであった。
正直、値段は史郎としては大それたものを買ってしまった気がする。
相場は知らないが、仮にもまだ友人同士で贈り物で一万円を超えるものは史郎としてはどうかと思う。
しかし都内のジュエリーショップを探すにつき、このネックレスが妙に目に留まったのだ。
メイの白い肌にこのネックレスが良く映えると思ったのだ。
慣れないことをした自覚のある史郎が顔を背けそう言うと
キツネにつままれたような顔をしていたメイは
「……ううん。大切にする」
大切そうにそれを両手で包み込むと
「ありがとう九ノ枝君」
しばらくして柔和に微笑んだ。
「やるようになったじゃねーか九ノ枝」
カンナは男らしく笑った。
そして問題になったのがナナのプレゼントだった。
「私からはこれよ!!」
そう言ってナナが取り出したプレゼントというのが
「え、何これナナ……」
テーブルの上に置かれた紙袋がガツンと金属音を鳴らしカンナは目を丸くした。
史郎も戦々恐々だ。
あほなナナは一体何を用意したのだろうかと思い袋に手を突っ込むと出てきたのは
「え、結局なにこれナナ……」
出てきたものが予想外過ぎてカンナは同じ言葉を繰り返した。
そう、出てきたものは
「お前これ……!」
「そうよ史郎!」
得意げなナナは高らかに言い放つ。
「鉄板サポーター付き水着よ!!」
(おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)
聞いたところによるとナナが能力者仲間に頼んで作らせたらしい。
史郎はそのナイロン製のくせして不自然なほど角ばった部分のあるそれを恭しく持ち上げると
「ナナ、ありがとう……!」
心からナナに礼を言っていた。
これでメイの水着が見放題である。
そして意味不明なプレゼントに盛り上がる二人に
「えぇぇぇぇぇぇ……」
カンナはうめき声を漏らし、
「……」
メイは完全に言葉を失っていた。
その後、史郎の部屋で四人は下らない雑談に花を咲かせていたのだが
そしてふと、カンナが
「それにしても、何で私達が能力者にさせられたんだろうなぁ!」
と言いながら史郎のベッドに寝そべり、それを見たナナが
「ね! 何で『眠ってたら』能力を得られたんだろうね!? 不思議だよね!?」
と言ったのが切っ掛けであった。
「え――」
史郎はナナの予想外の言葉にガバッと向き直り
「ナナ、今なんて言った?」
突如ナナを問い詰め始めた。
あったのだ。
いや、あるような気がしたのだ。
その会話の中に、いまだ不明とされる『無差別能力覚醒犯』の能力覚醒のカラクリのヒントが。
「ナナ、今なんて言った?」
すぐに空気が変わったことを悟る周囲のメンツ。
「急にどうした?」
「どうしたの九ノ枝君……?」
と戸惑うが史郎は構わない。
「今なんて言ったんだナナ」
と問い詰める。そして問われたナナは戸惑いながら
「だ、だから、能力者に眠らされたら能力を得たのは不思議だねって、そう言ったんだけど」
と慌てふためきながら答えると
「――――ッ!?」
その一言で、史郎は答えを知った。
今だ不明であるとされている『無差別能力覚醒犯』
巷では人工能力と呼ばれ始めた人工能力の覚醒のカラクリを。
急激な吐き気が史郎に襲い掛かった。




