第13話 無明
凛と澄んだ秋の夜風が流れる森。
三日月が照らす森林に
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
男の叫び声が響く。
同時にバタバタッ!と驚いた野鳥が夜天に飛び立った。
「またやられたか……」
「そうみたいだね」
携帯に表示された敵影が一つ減り史郎とナナはゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして
「どんだけやる気あんだよリツの奴……ッ!」
「今の絶対リツだよね……! 絶対ヤバいわよ……!」
二人揃って草陰に身を潜めながら、身震いした。
『能力者サバイバルバトル』の真っ最中なのだ。
民放各社共催。
『七校対抗体育祭』を放送出来ない代償として能力社会が提供したエンターテイメント。
比較的優秀だったり有名だったりする能力者を50人選抜し各民放に該当する5チームに、所属組織など無視し分配。
混成隊による樹海を舞台にしたチーム対抗のサバイバルバトルを行い、それらを各チーム視点で各放送社は放送しようというのだ。
つまりこの戦闘で無様なやられ方をすると全国に醜態を晒す羽目になるので何としても無様な敗北は喫したくないわけだが、それに関して喫緊の問題が生じていた。
それが――
「ちくしょうリツの奴……ッ、手加減一切してねぇ……!!」
リツが本気出しちゃっている問題である。
既に何十名という能力者が血祭りに上げられており
「ぐああああああああああ!!」
また彼方で、『ドォンッ!』 と轟音が響き悲鳴が轟く。
ギャーギャーと煩く鳴きながら野鳥が羽ばたく。
衝撃音の大きさからして今のもリツの仕業だ。
(…………)
いや懸念はしていた。
史郎は草陰に隠れながら心の中で弁明した。
そもそもリツの規格外の強さは能力社会でも有名だ。
もし諸事情でリツと相対せねばならなくなったら無条件降伏するレベル。
だからこそデフォルトが戦闘狂なリツは常日頃から鬱憤を溜め込む傾向にあり、そこに来てこのイベントは願ったり叶ったりのものであったのだ。
おかげで
『ま、これくらいの手合わせ、能力者の皆さんなら慣れたものですよね?』
樹海に散開する前、司会に問われ、集まっていた参加する能力者達は「そうっすね~」などといってタハハと笑っていたのだが、二子玉川チームの代表として列の先頭にいるリツからただならぬ圧が周囲に発散していて皆ジットリとした汗を流していた。
(仕上がったバーサクが一人紛れ込んでるんだけど大丈夫なのコレ?)
九ノ枝隊の隊長として先頭に立つ史郎も肝を冷やす。
またリツの覇気、というか殺戮者のオーラは画面を通しても伝わっていたようで放送を見ていたネットの住民も
『え、なんかヤバい奴混じってね?』
とコメントしていた。
そして史郎達の懸念は現実のものとなった。
試合が始めるために5チームがバラバラに樹海に散開し、
『では開始です!!』
渡された携帯から開幕の狼煙が告げられて数分後、
「じゃぁバラバラに散開し各自敵の各個撃破に努めるぞ! 助けが必要なら携帯で連絡!」
と史郎が隊に呼び掛けて別行動を始めようとした時だ
ドォォォォォォォォォォン!!
と彼方から爆音が響き、ズズン……と振動が伝わる。
ギャーギャーと喚きながら飛び立つ野鳥。
「ヘェ!?」
隊の一人があまりのエネルギーに素っ頓狂な声を上げた。
そして史郎が参加者全員に配られた特殊な携帯を見ると、そこに表示される敵総数が40から38、37と急激にその数を減らし、最後には30となりビーッと電子音が鳴り
『チーム・田井中。全滅しました』
戦闘開始10秒足らずで5チーム中1チームが壊滅させられた。
そしてこの携帯大会運営とも交信できる。
もはや何も言うまい。
史郎は無言でプッシュボタンを押し尋ねた。
「今の誰がやったんすかね?」
『二子玉川さんですね』
「「「「……………………」」」」
こうして最悪の状況が確定した。
「おいどうすんだよ!! マジで殺されんじゃねーか!?」
「もう嫌だ早く家の暖かいベットで寝てぇ……」
「あぁ、恥かきたくねぇ……」
「クソ、こんな所で死ぬことになるとは……」
リツの殺戮を前に口々に泣き言を言い出す一応腕に覚えのあるベテラン能力者達。
そして
「おい九ノ枝! どうするんだよ! お前同じ隊だろ!? 対策あんのか!?」
と史郎が詰め寄られた時だ――史郎達の騒ぎ声を数百メートル先から『聞いた』のだろう――
『そっちにもいるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
などという雄叫びが彼方から聞こえて来る。
そして
「え、流石に嘘だろ?」
「何百メートル離れていると思ってんだよ」
などと史郎以外の隊員が口々に言っていると、こちらへ正確に向かってリツがあらゆる樹木を薙ぎ払う音が聞こえて来て
「マジかよ!!!!」
「地獄耳ってレベルじゃねーぞ!!」
「逃げろぉぉぉぉ!!!!」
と史郎隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのである。
◆◆◆
こうしてサバイバルバトルは幕を開けたのだが
史郎とて馬鹿じゃない。
恥をかかないことを大前提に戦っているが、勝利だって狙っている。
そして最大の敵は当然、リツ擁する二子玉川隊。
加えてリツはその性格から今回単独行動を取っていると来ている。
なのでリツ隊の戦力低下を狙うためにも……
「ここなら……」
ザッと木々の上を跳ねながら移動し、高い樹木の上で立ち止まる史郎。
視界の遥か先にリツ隊の二人を発見したのだ。
そして彼らから何百メートル以上離れた遠地でテレキネシスを起動。
『力』を眼下に聳えたつ何十メートルという高さの樹木に送り、土の雨を降らせながら地面ごと空に巻き上げ
「フッ……!」
一気に砲弾のように樹木を敵へと突っ込ませる。
それは音もなく夜風を切り、一種の爆撃のように能力者二人に突っ込み
「「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」
一瞬で二人を戦闘不能に追い込んだ。
「クッソ、九ノ枝の奴か……」
「『赤き光』の奴ら、相変わらず性能がめちゃくちゃだ……」
攻撃を受け大きなダメージを負い悔しそうに息を吐く二人。
「よし……」
敵のギブアップを確認した史郎は小さく拳を握りそんな史郎の姿を捉えた局も
『おおおおお!! 九ノ枝選手! テレキネシスで見事に敵二人を殲滅だぁぁぁぁぁ!!』
と歓声を上げた。
そして戦闘万華鏡で捉えたその映像を見たネット上でも
『やっぱやべぇな』
『段違いだな……』
などと史郎を称賛するような書き込みが増えていた。
のだが
一方でやはり史郎の内心は焦りに満ちていた。
その理由は当然リツである。
目前にリツ討伐というミッションが迫っており動悸が収まらないのだ。
史郎はリツから隠密行動について叩き込まれているので、
「うげ!!」
「グハッ!!」
とリツ隊を中心にその他隊の隊員も倒しまくっているのだが、これから仕上がったリツと戦うと思うと気持ちが落ち着かないのである。
加えて実は既に一回、史郎はこの戦いの中でリツを倒そうと試みている。
それは
『史郎! リツを見つけた! 俺の視覚情報をお前に送るぞ!!』
と仲間から携帯で連絡を受けた時だった。
『強化視聴覚共有』という自身の視聴覚を強化し、そこで得た映像や音声を指定したの相手と共有出来るという能力保有者の彼は史郎にその強化された自身の視聴覚映像を送ってきた。
それにより史郎の視界が塗り潰され、数百メートル以上彼方に佇むリツが克明に映し出される。
リツは森林を悠然と歩き新たな獲物を探しているようだ。
そしてその視覚映像で自身が先程いた場所だと悟った史郎は即座に判断。
相手を見ている時、それは相手にも見られる可能性があるという事。
つまりは攻撃を勘づかれ易いということである。
そこに来て、この状況はどうか。
他人の視聴覚野を共有しリアルタイムな場所を把握できるこの状況。
リツから全く見えない場所から攻撃できるというこの状況。
不意打ちに持って来いである。
この状態でリツをテレキネシスで強襲すればかなりのダメージを入れられるはずだ。
そう判断した史郎が仲間に、気取られないようにリツを監視し続けるよう指示しようとした時だ
『覗いているな?』
まさかのリツの呟きが共有された聴覚野に響いてきて
「「へ?」」
嘘だろ、と史郎と仲間の言葉が重なる。
そして気が付けば数百メートル以上離れたリツがこちらを真正面から『捉えていて』
「おいヤバイにげ」
ろ、と咄嗟に史郎が指示しようとした瞬間、ダァン!という轟音と共にブツンと共有されていた視聴覚映像が暗転し、ザーザーと砂嵐が視界を覆う。
同時に携帯から消える仲間の表示。
(え、何これ?)
改めて今自分が化け物狩りに挑戦していることを自覚しごくりと史郎は生唾を飲み込んだ。
そしてこの惨状を受けて史郎が決意したのは一つだ。
リツを確実に討伐するには史郎以外に戦力がいる。
具体的には先ほどリツから逃げる際、途中まで一緒にいたのにいつの間にかはぐれたナナと合流する必要がある。
そうして史郎は
「『氷撃』!」
「『白氷冷原』!」
史郎を敵と間違え『氷点世界』を振るいまくるナナに
「イッテェ、つめてぇ! おぉいナナ! 俺だぁ!!」
と叫び、叩き込まれようとするツララの暴風を腕を動かしテレキネシスで一気に吹き散らし
「え、あ、史郎……? あ、史郎だ! 怖かったよ史郎~~~~!!」
とナナに抱き着かれつつも合流することに成功した。
こうして史郎とナナは合流し、リツから隠れて機を窺っているのだが
ドオオオン!!
ドォォォォン!!
ドゴォォォォォォォォォン!!!!
と、その後もとんでもない音を出しながら次々と敵を倒しまくるリツに史郎は確信する。
今日のリツの仕上がり具合はどうやら本当にヤバイ、と。
年一来るかどうかの超本気の奴である。
どんだけ本気なんだよと史郎は心の中でなじるが、勝つためには、とにかくこの化け物を狩るしかない。
そして史郎が下した決断とは
「ナナ……! 俺達二人でも足りない……! 生き残っている全員の力を合わせるぞ……!」
という先ほどの作戦を蔑ろにするもので有り、史郎は早速生き残っているメンバーである周防に連絡した。
実際、戦いも大詰めだ。
リツ隊は史郎がリツのいないところで倒しまくったことで残り三人まで減り、史郎隊は史郎を含めてまだ合計五名。
田井中隊は全滅しており、残り二つの隊もどちらも残り三名まで減っている。
つまり数の上では史郎隊が一番有利。
ここでリツを倒せば一気に勝利が近づくのである。
「あぁ了解した! じゃぁ、二木の所で落ち合おう!」
こうして史郎は周防と携帯で連絡を取り、じゃぁ生き残っている残り二人にも連絡するかと思い携帯を切ろうとした時だ
「あ、ちょっ待て」
電話先の周防の声色に恐怖が混じり、一抹の不安が史郎に過る。
そして史郎がどうしたと尋ねた瞬間だ。
「うおおわあああああああああああああ!! リツだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「周防おおおおおおおおおお!!」
信じたくない未来が現実になろうとしていた。
周防は残す仲間の中でも最も優秀な仲間だ。
ここで散るのは余りにも惜しい。
しかし死神からは誰も逃れられない。
しばらくガァン! だとか ゴォン! だの轟音が通話状態が続いていた携帯から、そして実際に大気を揺らす音として聞いていると
『ク、ここまでか……カハッ……』
と周防の辞世の言葉が聞こえてくる。同時に携帯から消える周防の文字。
早くも潰える史郎の作戦。
だが史郎の絶望はまだ終わっておらず史郎が携帯を耳に当てたまま茫然としていると、ザリッと携帯が持ち上げられる音が聞こえてきて
『今からそこに行くからなぁ史郎ォ、ナナァ……?』
と死神の声が聞こえてきた。
「……」
(なぜ通話先に俺達がいるって分かるし……?)
もはや神眼としか言えない洞察力で通話先の正体を暴いて見せたリツ。
だが『今からそこに行く』この言葉、ハッタリだ。
なぜならリツは史郎の居場所が『分かるわけがない』
『赤き光』に入ってリツから気配立ちの方法は通り一遍(血反吐を吐きながらリツに)叩き込まれたから完璧だ。
リツの居場所はたった今の轟音で大体把握できているが、リツはこちらの居場所に気が付けないはず。
だから
(少なくとも情報面での優位は俺達にあるっしょ……)、
と史郎が脂汗を垂らしながら密かにタカを括っている時だ。
『ハッ、位置情報での優位は自分たちにあると思っているだろう? だが――』
リツは史郎の心の内を見透かしてきて
『――甘い』
「え――?」
それはどういうと史郎が問い返そうとした瞬間だ
ドォォォォォォン!!!
と彼方から、そして携帯の通話口から轟音が響いてくる。
そして――、恐らく自分で大地を本気でぶん殴り大音響を生み出し、携帯から響く反響音や、飛び立つ鳥の鳴き声などで把握したのだ――
『ここから南東に約一キロ。そこにいるな史郎ッ……!』
((ええええええええええええええええええええええ!?!?!?!))
師匠のまさかの技術に弟子二人は涙した。
同時に辺りに響きだすこちらの位置を正確に把握しこちらに向かってくる足音。
周囲の物を薙ぎ払い最短距離でこちらに向かってくる。
そしてこうなっては
「おい逃げるぞナナァァァァァァァァァァァ!!!!」
「もういやあああああああああああああ!!!」
恥も外聞もない。
史郎達はあらゆるものを薙ぎ払いながらこちらに向かってくる爆音を背に必死に逃げ出した。
だが距離はどんどん縮まり、背後数十メートルに爆音が迫り、
あと十数秒後には追い付かれるッと史郎達が歯を食いしばった時だ
ダァン! と史郎達が走る『先の木陰』から『リツが現れた』。
ホラーかコイツ。
つまり背後の爆音はテレキネシスで敢えて木々をふっ飛ばし作り出したフェイクであり、当の本人は隠密機動をしていたのだ。
「うお!?」
一応懸念はしていた。だがまさか本当にしてくるとは思わなかった。
即座に方向を斜め横に推移させ史郎はその場を脱したのだが
「ニギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その可能性をまるで予測していなかったナナはまるで幽霊でも見たかのように怯え
「『氷撃』!」
「『白色冷原』!」
「『雪廻魚』!」
「『高威力氷撃』!」
「『極大氷塊』!」
「『氷柱舞』!」
「『踊る雪ん子序列隊』!」
ありとあらゆる必殺技をぶつけていくがリツには敵わない。
ナナの繰り出すあらゆる攻撃を高威力テレキネシスで薙ぎ払う。
そうして
「甘い甘い甘い甘い甘い!! こういった時に本気になれないお前の精神性が甘い甘い甘い!!」
とオーラ刀を現出させナナに迫り、対するナナも
「ひゃああああああああああああああ」
涙を流しながら
「『氷撃』!」
「『雪廻魚』!」
「『氷柱舞』!」
と攻撃を放ち続け、最後には
「『氷天百花葬』!!」
本気の必殺技を見せていた。
これはいけない。
だがそれら攻撃はいともたやすくいなされ
「にぎゃあああああああああああああああああ!!」
ナナはリツの一撃を喰らいダウン。
最後に息も絶え絶えで史郎と見つめ
「し、史郎……絶対勝ってね……」
と呟き気絶した。
その真摯な想いに史郎は
「な、ナナ……」
何て余計なことを言うんだお前……
と思うわけだがナナに悪意は無いのだろう。
悩みから解放されて幸せそうに眠るナナを一睨みする史郎。
おかげで
「ハッハッハ、やはり私に対抗できるのは史郎、お前しかいない……!」
ボルテージが上がりさらに目をぎらつかせたバーサーカーが史郎の目の前にいる。
だがこうなったらもう、『やるしかない』
考えを切り替える。
今が雌雄を決する『いい機会』ではないか、と。
そうして史郎は駆け出すとともに叫んだ。
「歯を食いしばれよ師匠おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「良く言った弟子いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
こうして二人の拳は交錯し――
◆◆◆
『つい先日の優勝者の二子玉川リツさんに今日はスタジオに来てもらっています!!』
「酷い目にあった……」
深夜、史郎はリツが映るTVを『赤き光』の隊室で史郎はうっそりと溜息を吐いた。
あの後史郎は激戦の末リツに倒され、その後リツは瞬く間に敵を一掃し勝利した。
ネットでもリツの無双ぶりは話題だったらしく
『新たなゴリラ現る』や
『子ゴリラ、親ゴリラに絞められる』などと面白がっていた。
リツも
「ハッハ、私のことをゴリラと呼んでいるぞこいつら。なかなか面白い奴らだ」
などと満足気である。
ゴリラで良いんかとも思うがリツは嬉しいようだ。
以上が先日の『能力者サバイバルバトル』の顛末で
「はぁ……」
そんなことは史郎はどうでもいい。
ばったりと史郎は自室のベッドに倒れこんだ。
アジトの暗い天井が視界に広がる。
だがその天井は史郎の視界に入らず、風呂上がりで火照った史郎の脳裏に浮かぶのは先日のメイの最後のシーンばかりだ。
『こ、九ノ枝君言ってくれたでしょ。そ、そのわ、私が世界一、か、か、……可愛いって……』
『だからわ、私はこ、九ノ枝君を信じたの……! 確かに九ノ枝君が色んな女の子に囲まれるのはい、嫌だったけど、でも嫉妬して嫌われるのも嫌だった、から。け、化粧もそのせい』
『だって私が少しでも可愛くなれば……他の子に目移りしなくなるでしょう……?』
そうして迎えたあの決定的なシーン。
あの決定的な瞬間。
あの瞬間なら、言えた気がする。
だが史郎はあの絶好の機会を逃し、結局言えず仕舞い。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~俺は何をやってんだ」
あれ以上の機会はそうないだろう。
「はぁ~~~~~~~」
放心状態で史郎は寝返りを打った。
ここ最近、脳裏に浮かぶのはあのシーンばかりである。
おかげで何も集中できない。
そしてそんなとき思い起こされるのは決まって
『おい九ノ枝、もう雛櫛に告っちゃえよ』
という親友たちの言葉だ。
そんな時決まって史郎は
『いやまだ分からないから』といって断っていたのだが
『いやいやそんなことまだ言ってるのお前だけだって』と友人たちは言う。
そして昨日のデートでの会話を踏まえれば、だ。
確かにもうメイに告っても良い気がするのだ。
そしてたった今自分は絶好の機会を逃したと嘆いたが、もしかすると今だって『絶好の機会』
いや絶好の『時期』なのかもしれない。
そしてたった今、『機会を逃した』と嘆いていた自分。
だが実は今だって継続してバッターボックスに立っているのだとしたら、これほど滑稽なことは無い。
確かに、今はチャンスなのかもしれない。
メイに自分の気持ちを告白する。
その絶好機なのかもしれない。
以上がここ最近史郎の脳内で繰り広げられている問答で有り
20XX年 11月1日。AM1:53分。
現刻。
「よし……!」
遂に史郎は決心した。
今度メイにあったらもう隠さず自分の思いを告白しようと。
そもそもこれだけメイが好きとしか取りようのない行動をしているのだ、今更隠して何になる。
そう決意したのだ。
そうとなればことは急げだ。
先日メイとのデートにこぎつけたのは『赤き光』の隊員のアドバイスに従ったからだ。
ならば今回も彼らにアドバイスを、つまりは助言を貰った方が良いだろう。
そう思い史郎が階段を上り休憩室に向かい――
「お、史郎か」
休憩室に行くとリツがたった一人で資料に目を通していた。
今日も事務仕事中の様だ。
そうなると今はリツには聞けないなと史郎は断念し、リツにコーヒーを入れ、それとはなしにテーブルにつく史郎。
するとそれを見て「丁度いい」と言ってリツは史郎に声を掛けた。
「ようやく決まったぞ。これがイギリアに乗り込む戦士候補だ」
「あぁそれ。本当にようやくだな」
実はつい先日、イギリアに乗り込む戦士を募るアンケートを行ったのだ。
『一応』そのアンケートに『希望する』と回答した生徒の中で優秀・かつ任務に適合する生徒を選りすぐり、任務に向かうことになっている。
一応生徒達には能力世界が立てた『絶対に死なない』作戦を周知してはいるのだが、参加希望者は予想よりも少ないらしい。
それだけ皆まだ恐怖があるという事だ。
作戦内容を知る史郎も仕方がないことだと思う。
表向き『絶対に死なない』となっているが実際に自分を殺すべく弾丸が飛んでくるのだ、恐怖を持って当然だし、史郎でさえ頭のどこかで『本当なの?』という疑念は拭い切れない。
だからこそ
「あぁみんな懸命だよな。その判断は正しいと思う」
と言いながら史郎は「あ、コイツ参加するんだ勇気あるな~」などと呟きながら名簿を目で攫っていったのだが
「!?!?」
ある一点で目を見開いた。
余りの衝撃に思わず息が止まり全身の毛という毛が総毛立つ。
そして即座にリツを真正面から捉えるとリツは気まずそうにコーヒーを飲み言うのだった。
「まぁつまり、そういうことだ、史郎」
と。
そしてなぜリツが気まずげなのか、その理由は
史郎はさっと再度用紙に視線を落とした。
だがどんなに見ても見間違えでない。
その名は何度見返してもそこに残り続ける。
雛櫛メイ
その名がそこにあったのだ。
「嘘だろ……」
史郎は顔を歪め呟いた。
第7章 第13話 無明 《終》
第7章、終!
テンション維持に難儀しましたがようやく終わりました。
この物語も残すところあと2章です。
宜しくお願いいたします。




