第8話 チアダンスバトル
実は史郎。
この大会の中で一つ、恐れている競技があった。
それがコレ、
『ではこれより始まるのは女子生徒達のビッグイベント! チアダンスバトルです!』
『チアダンスバトル』という創作競技である。
各校各学年ごとに女子代表がチアダンスチームを出し、各校の男子代表がそのポイントを採点しその合計点を競うのだ。
そして晴嵐高校の男子代表というのが
「九ノ枝史郎君です~!!」
(俺だ)
ひゅーひゅーとすり鉢状の観客席から落ちる口笛に史郎は手を振り鷹揚に応じた。
史郎が今いるのは会場に設置された机である。
よくあるクイズ番組の回答用座席を想像してくれればいい。
会場の隅に白い七つの座席が置かれ、そこに各校の代表採点者が着席しているのだ。
史郎を含め各校の男子から選ばれた代表生徒が着席し、女子たちのチアダンスを採点するのだ。
そしてこれが嫌なのだ。
ただ自分が思った点数を付けて採点するなら、まだまぁ良い。
だが今は七校対抗体育祭、能力者達が集う宴。
だからこそ
『このチアダンスバトル! 本人の情動を直接感知し数値化します!! つまり!チアダンスで採点者を魅了したら高得点が出る仕組みです!!』
(どうしてこういうことするの?)
史郎は心の中で項垂れた。
『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』』』
知ってはいたこととはいえ、ルール説明に会場が沸く。
これが誰も『代表採点者』をしたがらなかった理由である。
曰く『チアダンスバトル』発案当初はフィギュアスケートなどの競技のように採点者が普通に各項目ごとに得点を紙なんかに記載していく予定だった。
しかし、それでは面白くない。
自身の学校に手心を加えることだって出来てしまうではないか。
本当にそれが美しかったのか、魅力的だったのか、分からないじゃないか。
ということで『戦闘万華鏡』や『致命加護』のように彼らは自身の能力をいくつか組み込んで『自動情動感知』という複合能力を作り上げたのだ。
該当者の感情の高まりを数値化する複合能力である。
それにより採点は自動的に行われ、チアダンスを見て採点者がどれだけ感情を高めたか、つまりはどれだけ魅了されたかを数値化し、採点者席の下に設置したパネルに表示するのだ。
本当によくやると思う。
史郎は溜息を吐いた。
実はこの手の能力に能力を重ね合わせる『複合能力体』は通常覚醒の能力者には行えない。
恐らく通常能力者の能力には無駄が無く威力が極大なことに対し、生徒達の能力は威力が低く、様々な無駄な部分があるので、その一見無駄な部分が相互にきっちり嵌まり込む事で木組みのように能力を重ね合わせ安定させることが出来るのだ。
だからこそそういった能力を重ね合わせるという発想は長らく生徒に交じっていた史郎も苦手とするところであり、それは生徒達の確実に既存能力者に勝る項目なのだが、ただ嘘の無い採点を行うために新しい能力複合体を作り上げるという彼らの常軌を逸した熱意に史郎は驚き呆れる。
相当の努力が要ったはずだ。
だがおかげで能力は完成し
(俺が辱められるじゃねーかぁぁぁぁぁ!!)
史郎は採点席で頭を抱えた。
これが嫌で誰も採点係をしたがらなかったのだ。
確かに女子たちのチアダンスは見たいかもしれない。
だがそれは別に普通に観客席からで十分である。
誰もこのような大衆の前でそのチアダンスによる感情の高ぶりなど測定されたくはないのだ。
てゆーかこれ能力強化と関係あるの?
欠片も肉体強化に繋がらない競技の開催に史郎は疑問を呈する。
難易度が高い技を繰り出せばポイント、とかではなく、いかに採点者の男どもを魅了するかで勝敗が付くため、身体能力ではなく綺麗所のメンバーが揃っている。
おかげで観客席は今までにない盛り上がりを見せていて、今も
『ウオオオオオオオオオオオオオ!!!』
観客席ではウェーブが起きている。
お前ら面白そうだな。
そして史郎を晴嵐の代表に選んだのにもきっと理由があるのだ。
なぜならこのバトル、メイも出るのだ。
うん、まぁつまり……。
史郎は一人ごちた。
メイが出るからね?
メイのチアダンスなんて見たら俺間違いなく最高点叩き出すよね。
これまでの経験から言って。
だから皆して俺を採点者に祭り上げたんだよね。
だから――
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!)
史郎は嘆いた。
だからこそ史郎はなによりこの競技を恐怖していたのだ。
まず間違いなく史郎はメイのチアダンス姿を見て史上最高点を叩き出す自信がある。
だがいくら何でもそれは恥ずかしすぎるのである。
だから史郎はこの競技が何より気がかりだったのだ。
すでに凶兆はある。
なぜなら、いつだかメイがチアダンス衣装に着替え史郎に
『ど、どうかな……?』
と顔を赤くしながら尋ねた時だ
(おおおおおおおおおおおお~~~~!!)
その姿を見ただけで史郎はあわや昇天しかける事態だったのだ。
黄色がメインのノースリーブのトップスにこれでもかと短く切り揃えられたミニスカート。
中には当然ブルマなど穿いているわけだが
誰だこのチア衣装を考えたのは、褒めて遣わすと思わず握手しに行きたくなるほどその衣装は決まっていて
「ど、どうしたの……?」
「あ、いや何でもないよ! す、凄い似合ってるよ! ハハハ!」
心臓の高鳴りがヤバかったのである。
何この生きる18禁という感じだったのだ。
こんな人いていいの?という感じだったのだ。
そのようなメイが今日は化粧まで決めて本気で踊るのだ。
半端ではない数値を叩き出す自信がある。
だからこそ史郎は自分に言い聞かせていた。
平常心だ、平常心だと。
どうせ平常心を保ったところで異常な数値を出し、ぶっち切ることは明白なのだ。
だからこそメイには悪いが少しでも平常心を保ちポイントの外れ値っぷりを何とかし恥を軽減する作戦である。
だからこそ史郎は(平常心だ……)これまでになく焦りながら試合開始時間を迎え
『ではこれよりチアダンスバトルを開始します!! 出場するのは出場七校の各学年で組織された計17チームです! まず最初は戸島中学校! 第2学年! チーム名は『フェアリーズ』です! 炎を使ったパフォーマンスが見どころだそうです!!』
こうして試合は始まった。
会場に30名の女子たちが入場し軽やかな音楽が流れだす。
そしてダンス開始数分。
『おおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『川田さーーん!! 可愛いよーーー!!!!』
『右の子いいぞぉぉぉ!!』
『てゆうかあの左で踊っている子可愛くね!?』
戸島中学校第二学年フェアリーズの一糸乱れぬチアダンスに歓声をあげた。
パイロキネシスで炎が至る所に飛び散り、それがとても美しい。
その炎の合間をかいくぐって踊る女子生徒の様は圧巻だ。
『『おおおおお! 可愛いぞおおおおお!!』』
男子たちの野太い歓声が上げ、数分後、拍手喝采に包まれてプログラムは終了した。
そしてプログラムが終われば……
『採点の時間です!! 採点者はどれほど魅了されたのでしょうか!?』
司会が声を張り上げ軽やかなドラムロールの後に、
デン! と史郎達が座る座席の下に数値が表示される。
『89』『84』『95』『80』『83』『83』『82』
『おお~合計596点! なかなか良い数字ですねぇ!』
『『『おおおおお~~~~』』』
割と真っ当な数値が表示され会場から納得の声が出た。
ちなみに史郎の数値は一番右の『82』点である。
今後も史郎の数値は一番右端に表示される。
そして史郎はこんな感じなのかと能力周りを再度確認していると、
司会の女子が
『それにしても戸島中学校の代表、田島君の数値95点が高いですね? では田島君に感想を聞いてみましょう! 田島くーん! 何がそんなに良かったの~!? てゆうか今の田島君と同じ戸島中の2学年だよね~。気になる子でもいたの~~??』
などと恐ろしいことを尋ね始め
『おぉぉ!?』
『田島ぁぁぁぁぁぁぁ!』
『ヒューヒュー』
会場から野次が飛び出す。
(嘘だろ!? そんなことまですんのかよ!?)と史郎が驚愕していると
「く、う……」
早くも田島は顔を赤く染めテーブルに突っ伏した。
(やべーじゃん……。やべーやつじゃんコレ……)
それを見て史郎は――明日は我が身だ――戦々恐々と横で崩れ落ちる田島を見ていた。
なにこれこんな形で公開処刑されるの??
とんでもない数値を出して引かれたりするのは予想できた。
しかし解説者自らが高得点にツッコミを入れていくというスタンスは流石に想定の範囲外である。
だがこうなってくると、これはとんでもない二重構造を持つ競技だ。
観衆の男たちは可愛い女子たちがチアダンスを見られて楽しい。
そして採点者の男子が高得点を出したら野次を飛ばして楽しいという。
こんなの絶対観客楽しいじゃん。
だがしかし残念ながら史郎は採点者側。
まな板の上のお魚さんサイドの人間である。
エンタメの餌食となるべく調理を待つ秒読み段階だ。
当然たまったものではなく
「(やべーじゃん)」
「(どーすんだよ……)」
「(早く寮に帰りてぇ……)」
仮にも敵校だというのに採点者達は意気投合し顔を見合わせていた。
誰しもが草食動物のように青ざめていた。
だが史郎達の怯えるのを無視しその後も虐殺は行われ
『ありがとうございました! 青柳高校の皆さん! では採点を見てみましょう!』
青柳高校の代表生徒のダンスが終わると司会の伸びやかな声の後にドラムロール。鳴り終わると、
デン!
『87』『88』『90』『88』『88』『97』『83』
『あれ、97点を叩き出した青柳高校の猿田君は今のグループに好きな子でもいるのかな~~??』
「ぐあああああああああああ!!」
『では八木田中学校の2年生! ありがとうございました! では採点です!』
デン!
『98』『89』『91』『90』『86』『85』『90』
『98点出した八木田代表の白石君! お話聞かせてください!!』
「あああああああああああああああああああ!!」
『では採点に移ります! 四宮中学校は何点なのでしょうか!?』
デン!
『90』『96』『89』『84』『89』『93』『86』
『はいじゃぁ96点出した八木田の宇井口君! ズバリ誰が好きだったのよ!?』
「おおおおおおあああああああああああ!!!」
次々と倒れていく採点者達。
え、これ採点者を倒す競技だったの?
などと史郎はあわあわと慌てるが、二重で面白い見世物に観客のボルテージは上がっていき、
こうして
『では次は晴嵐高校第二学年! トップモデルズの演目です! 光の円舞に酔いしれましょう!』
晴嵐高校第二学年、つまりはメイがいるチアダンスの出番となった。
どうやら光関連の能力を応用した演出を伴うダンスだそうだ。
本来ならば瞳孔をかっぴらいてメイのダンスを余すところなく観察し脳のメモリに保管したいところだ。だが今それをやるのは危険、無謀。
いわゆる蛮勇て言うやつである。
ただでさえとんでもない数値を叩き出す自信があるのだ。
平常心で見なければ危険すぎるのである。
だから史郎は
(待ってくれ俺の平常心……!)
そう自身にエールを送り
『ではスタートです!!』
(おおおおおお!!)
司会の声と共に自分に気合一発、喝を入れて視界を持ち上げた。
そして視界にメイを捉えた史郎は
(あ――――――)
一瞬で眩しすぎる光に包まれた。
光に包まれ史郎は思う。
今まで俺たちは暗闇の世界を生きていたんだ、と。
そう、世界は実は暗闇に包まれていたのだ。
太陽だと思っていたのは月。
太陽光だと思っていたのは月明り。
我々人類は真の太陽を知らなかったため月明りを太陽だと、月が昇る空を昼だと勘違いしていたのだ。
このメイが放つ光に比べれば深海と言っても過言ではない暗い世界を愚かにも昼と夜で分かち暮らしていたのだ。
ならばなぜ我々は昼を知らなかったのか。
それは神が太陽を隠したからである。
そうメイはまるで天照大神がスサノオの悪さに涙し岩戸に身を隠したのと同様に、神は愚かな人類から太陽を隠したのだ。
だが神は今その御心によりメイを・真の太陽をこの世にお送り遊ばれた。
それはまさに、この世に昼が生まれた偉大な瞬間。
この世の夜明け。
ライジングサン! 雛櫛メイさんである……!
「ウオオオオオアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!」
こうして白い光に包まれ史郎は
「では結果です~~」
『95』『89』『99』『97』『91』『96』『∞』
ホントにとんでもない数値を叩き出した。
史郎が叩き出した数値を前に会場が騒然となる。
「嘘でしょ?」
「マジかよ……」
観客席にいた生徒達は皆一様に顔を見合わせる。
「え、何アレ……? む、ムゲン……?」
「ムゲン、よね……」
「うっそ、有り得なくなーい?」
会場から飛ぶ女子の声が史郎の心に刺さる。
今まで史郎はこの大会で何度も周囲の観客を驚愕させて見せてきたが、今はこれまでとは趣が違う事も理解できていた。
ザ・ドン引きである。
そして史郎が叩き出した異常な数値に対する驚きの波がひと段落すると司会は
『ム、ムゲン、ですか……?』
「やめて!」
『これ一体どういう』
「僕を虐めないで!!」
史郎にマイクを向けたが史郎は回答を断固拒否した。
こうしてこのチアダンスバトルは晴嵐高校第二学年がぶっちぎりで勝利した
まあそりゃぶっちぎりだよ。おお。
そして史郎がそのような数値を出せば
「クッソ! ムゲンって一体何なのよ~~!!」
青柳高校好美氏リンダは悔しそうに口を歪めガンガンと壁を蹴り
「お、おい落ち着け」
宥める野崎大地に
「もう良いわよ呆れたわ! 次行くわよ次!」
史郎を諦めて他の男を狙いだすことを決意した。
また一方で晴嵐高校の生徒がいる観客席では
「おいおい史郎ムゲンってどういうことだよ~~??」
「アレには爆笑したわ! マジ腹痛いわ」
「おい史郎、誰がそんなに良かったんだよ~??」
とニヤニヤしながら問われ、
「うっ……!」
「ッ……!!」
まだ着替えを終えていないメイと目が合い、両者は顔を真っ赤に染め上げた。
メイもこのチアダンスバトルに参加させられるに当たり、
『メイなら史郎に高得点を出させられるわ! というよりだから採点者は史郎でメイはチアに参加するのよ!』
と言われており、今回の史郎の異常な得点が、史郎が自分のチアダンスに魅了され叩き出した数値だと把握している。
しかもその上得点『ムゲン』だ。
それは嬉しいが、身を焼かれるほど恥ずかしいものであって
「………………ッ!」
メイは史上最高に顔を赤くしモジモジしていたのだが、史郎も何か言えるわけもない。
両者は顔を赤くし押し黙っているだけで
「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あ、やべぇ! 史郎が八つ当たりを始めた!」
「逃げろ!!」
史郎は恥ずかしさから逃げ出すべく、たった今自分をからかった生徒に向かって駆け出すのであった。




