第4話 長距離走
『七校対抗体育祭』
イギリアに送り込む戦士を急ピッチで育成することと、とある『能力』を生み出すことを目的に行われる行事である。
そのために史郎が通う都立晴嵐高校を始め
私立青柳高校・私立林道高校の高校二校。
そして八木たちを輩出した区立八木田中学校に
私立四宮中学校、区立戸島中学校、区立輪達中学校の中学校4校が一堂に会している。
ちなみにどの学園もかつて史郎が能力戦闘を繰り広げたことのある場所からほど近い場所に立地するという特徴を有する。
そして仮にも新国立競技場を7日間も貸切るのだ、一般社会に隠しておけるはずもなく
『今度能力覚醒した生徒達が一堂に集まって大会を開くんですよね!?』
『は、はい……』
報道番組やSNSを通して多くの一般人にその大会の存在は知るとところになっていた。
とあるバラエティでも史郎はそのことを問われ首肯していた。
だがこの行事、とある事情より
『残念ながらお送りすることは出来ないんですよね!?』
『はい、あくまで生徒達の小さな行事なので……』
報道規制が施されている。
だがこのような視聴率が取れそうなイベントを一般社会がみすみす放ったのも理由がある。
当然、能力社会も譲歩したのだ。
それが
『でもその代わり今度ベテラン能力者が一堂に会しサバイバルバトルを行うんですよね!?』
『は、はい』
これだ。
能力社会は体育祭の報道規制の代償として富士樹海を舞台にしたサバイバルバトルを行いその報道を許可する提案をしたのだ。
これに報道各社は歓喜。
どこぞの素人能力者よりもベテラン能力者のエキセントリックなバトルの方が視聴率を取れるとすぐに勘定したのだ。
そのため
『ということで私達は史郎君サイドを実況しますので楽しみにして下さいね~!!』
体育祭から数日後、能力者の中での優秀な実力保有者はサバイバルバトルを行う手筈になっている。
当然、史郎やナナもこのイベントに参加することになっているのだが、両者ともにあまり出たがっていない。どころか明確に『出たくない』
理由は敵サイドにあった名前が原因だ。
『二子玉川リツ』
悪鬼羅刹の名が敵サイドの名簿に載っていたのだ。
『え!?しししししし史郎!?!? リツの名前があるけどリツも出るの!?!?』
悪名高い天魔波旬の名前を発見しナナは顔面蒼白で怯えていた。
『殺されちゃうじゃない!?!?!』
そしてこの言葉、何の誇張もない。
史郎もナナも殺されちゃうから出たくないのだ。
リツも『久々に本気出しちゃおっかな~フンフ~ン』とか鼻歌を歌いながら言っていたから控えめに言って確実に死ねる。2回くらい死ねる。
だが
(今はこの体育祭だな……!)
史郎はそう遠くない未来にある血祭を頭の片隅に追いやり目の前で進行している体育祭に目を向けた。
今までやる気など一ミクロンも無かったわけだが、メイをものにするために活躍する必要があるのである。
史郎はチラリと目を輝かせ能力ありの徒競走を観戦するメイを盗み見る。
「凄いね……!」
史郎の視線に気が付きメイが史郎を見て微笑んだ。
「う、うん」
その圧倒的美貌にまたも脳をやられそうになったが、この幸せを他人の手に渡すわけにはいかない。史郎は決意を新たにする。
ちなみに既に史郎が懸念する事態は複数起きている。
例えば先ほど、メイ連れだって観客席に引き上げる途中、史郎が目を離した隙にメイは
「君可愛いねぇ、今日この後ご飯でも……」
と他校の(腕章を見る限り林道の奴らだ。あいつら絶対許さない)生徒がメイに話しかけていたのだが、その光景を見た瞬間史郎は
「フゥンヌゥゥゥ!!」
ラリアット。
ドゴォォォォン!! と割と盛大に罪無き生徒をふっ飛ばし
「ごっめーん☆ 大丈夫?」
顔を顰め起き上がる男子たちに、
「……躓いちゃったわ」
真顔で手を差し伸べ言い放っていた。
完全に能力強者であることを盾にした悪役ぶりである。
だが史郎も必死なのだ。
ここはサバンナよりも厳しい大地。
食うか食われるか。奪うか奪われるか。
隙を見せればやられてしまう。
そしてこの大地の強弱はその人の魅力の強弱。
史郎のような魅力に欠ける男がメイを守るには武力しかなかったのである。
メイから以前に『変な奴寄ってきたら追い払っていい』という言葉を都合よく解釈し、武力行使するしかなかったのだ。
一方でふっ飛ばされた男子たちは流石にイラついたらしく
「そんなわけあるか!? おもくそラリアットしてきたじゃねーか!?!?」
「おいテメーどういう了見だ!?」
などと血気盛んに食い掛ってきたが
「あ゛ぁ!?」
史郎が凄むと
「ひぃ!」
「てか史郎じゃねーか!!」
などと言って尻尾を巻いて逃げ出していた。
(全く油断を隙も無い……)
史郎はつい先ほどの出来事を思い出し息を吐いた。
そのようなことがあるからこそ、史郎は本気を出さざるを得ないのである。
そしてこの大会で仮に史郎が活躍すれば、一体メイはどういう反応を示すだろうか。
「フフフ……」
史郎はその先を妄想し、一転ほくそ笑んだ。
そう、今から行われる体育祭で活躍すれば
『九ノ枝君……! やっぱり強いんだね……!』
『やっぱり私、九ノ枝君のこと、大好き……! その、付き合って、くれない、かな……?(ウワメヅカイー)』
こうなるんじゃないだろうか。
そんなメイに告白される妄想をメイの横で繰り広げる史郎。
「あ、見て九ノ枝君! 今、中学生の子が大きな火を出したよ。小さい子でもやるのね」
「おう……」
一方でメイはそんなことも露ほども知らず純粋なままでした。
そんな妄想をしていると時は矢の様に過ぎ、あっという間に徒競走が終わる時刻になり
『では第二競技『長距離走』に出場する生徒は所定の場所に集まってください~』
アナウンスを聞き、競技に関わる周囲の男子女子が忙しなく動き始める。
そして史郎もこのアナウンスで気合を入れる生徒の一人だ。
なぜなら史郎もこの競技の参加者だからだ。
やる気がなかったので大した競技に参加していないが、この長距離走は史郎の参加競技なのだ。
ならば、行くしかあるまい。
メイを落とす、そのために。
「見ててね雛櫛頑張ってくるから!」
「う、うん……」
史郎は弾かれたように椅子から立ち上がり駆け出し、メイは史郎の妙なやる気に動揺しながら手を振っていた。
「アイツ、なんか勘違いしてねーか?」
史郎の様子を見てカンナは口をへの字にして疑問を口にし
「う、うん……。なんか勘違いしている気はする……」
メイもその様子に眉をひそめた。
◆◆◆
そして史郎は気づいていない。
自分が今置かれた現状を。
なぜなら史郎、確かにこの大会で活躍することは可能だろう。
そして史郎が活躍すれば史郎のことを良く知らない他校生徒はその圧倒的な様に目を丸くするだろう。
しかしメイやカンナなど史郎を良く知る者にとってはどうだろうか。
史郎とその他生徒の実力差は、いくら生徒が成長したとはいえ、幼稚園児と大人ほどの差がある。
そしてそんなこと、メイやカンナ、史郎を良く知る者ほど重々承知なのだ。
だからこそ史郎がこの大会で活躍する姿は言ってみれば、幼稚園の運動会でハッスルしまくる父兄のように映る可能性があるのである。
そのような姿は果たして思いの人の心射止めることに繋がるだろうか。
いや、ない。
断じて、否。
いっそのことドン引きされてもおかしくない所業である。
だが史郎はその事実に気づかず、そして――
◆◆◆
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
史郎は雄たけびを上げた。
「ダメだ止まんねぇコイツ!!」
「総出でこの装甲列車を止めにかかれぇぇぇぇ!!!」
史郎に向かい何十という生徒が能力を向ける。
しかしそれら攻撃を史郎は
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァアアアアア!!!!」
雄叫びを上げて肉体強化。
飛んでくる火の弓、雷撃、それらを無視し突き進む。
それら光景に
「嘘でしょ!?」
「本場は強いけどこれほどなの!?」
「てかこんなシーンものの〇姫になかったか!?」
「ナゴのか〇かよ!?!?」
炎・雷・氷撃いずれも無視し猪突猛進する史郎の様を見て、晴嵐高校以外のレース参加者は度肝を抜かれていた。
参加者だけではない。
「見て凄いわ!!」
「強すぎない!?」
「うちの男子がゴミのようよ!!」
圧倒的力で蹂躙していく史郎を観客席の生徒は口を覆い唖然とした様子で眺めていた。
確かに彼らを育成するために複数のオリジナル能力者が訪れていたが、彼らより遥かに史郎の方が強かったからである。
ちなみに史郎に向かって複数の生徒が本気で能力を行使しているが、それには理由がある。
現状、この生徒の育成を目的に行われた七校対抗体育祭は順調に盛り上がっていると言えた。その盛り上げに一役買っているのが
「すげーな」
「こんな能力の組み合わせあるんだな……!」
会場の中央の空中に展開する『戦闘万華鏡』と、もう一つ。
『致命加護』と名付けられた複合能力である。
『致命加護』、通称SP。
『戦闘万華鏡』に、聖野優の『脅威度測定』や、元権力会の通船場武の能力、石と対象の位置を入れ替える『物々交換』などいくつかの能力を付加し作り出したもので
競技参加者は予め自身の肉体の一部(髪などだ)を括り付けた『石』を所定の水瓶に入れておくことで、
戦闘万華鏡で映し出される戦闘において規定したダメージを被弾したと『脅威度測定』に根差す力で感知した瞬間、それらダメージを周囲の物体に肩代わりさせ、予め水瓶に入れておいた自身の髪を括り付けた『石』と『自身』の場所を切り替え、戦闘地帯から緊急離脱する複合能力である。
これがあることで容赦なく生徒達は能力を敵に向けられるのだ。
おかげで第一競技の徒競走でも普通の体育祭では絶対に聞けない断末魔の叫びがフィールドからは轟いていた。
このように本気で能力を行使できるからこそこの大会は非常に盛り上がっているのだ。
そしてこの『長距離走』もそうだ。能力の全力使用が許可されている。
この長距離走は男女混合で同じトラックを何週もし、その間レース参加者は他の参加者に能力による攻撃が可能というものだ。
それにより各校の参加者は、全員一丸となり防御を固めたり、いくつかのペアに分かれたりし戦略を練っているのだが
「ヌオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
それらを史郎が物ともせずに駆け抜けるのである。
対する生徒も本気だ。
何せ相手は史郎。
ここで史郎に一撃を入れれば勲章。
周囲の仲間に、学園に自慢できる圧倒的なメダルになるのだから。
だからこそ多くの生徒は本気で史郎に能力の刃を向けた
例えば史郎が周回遅れにし最後尾に追いつこうとした時だ
「行くぞお前ら!!」
「「おう!!」」
彼ら史郎がやって来て目を輝かせた。
何せ相手は史郎。攻撃を一撃でも入れれば英雄だ。
だからこそ史郎の前に躍り出た生徒は
「『風槍』! 起動!」
彼の能力者人生で最高の質で空気で出来た槍を史郎に打ち出したのだが
「ッ!?」
いとも簡単に史郎が避けきり目を見開く。
そして彼の最高の一撃を避けきった史郎はホコリでも払うように腕を薙ぐ。
その腕が軽く振れただけで、バシュンッと男の体がその場から消え失せ、代わりに石が宙に浮く。
そして史郎の一撃の威力を肩代わりし、ドォン! と土煙を上げてトラックが捲りあがる。
「一瞬でシュートポートが起動したの!?!?」
「有り得なくない!?!?」
観客席で見ていた生徒達は息を呑んでいた。
そこからは史郎の一方的な蹂躙である。
ついで襲い掛かってくる獣人変化の能力で狼化した生徒に裏拳気味で拳を入れシュートポートを発動させ、同時に顔面に迫ってきた鉄製の槍を前傾し回避。
自身の上方を通過する槍をむりやり力で奪い取り振り回し
「「「グアアアアアアアアアア!!!!」」」
周囲にいた2・3の生徒を丸ごと現場から強制離脱させた。
その後消え失せつつあった槍をそのままブン投げ
「ッ!!」
そのままさらに一人を離脱させる。
そしてその隙に雷と炎を手に溜め史郎を攻撃しようとしていた二人の生徒。
その二人の間を一瞬のうちに駆け抜ける。
ただ、それだけだった。
それだけで
「なに……?」「うそだろ……?」
『致命加護』が起動し、二人は緊急離脱。
石ころになった。
「「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!すげえええええええええええええ!!!!」」」」
史郎の一瞬の観客から歓声が上がった。
それほどまでに史郎の戦闘は鮮烈だったのだ。
そから史郎は尻上がりに調子を上げて
「クッ! 喰らえ!!」
生徒が必死に投げてくる火球をまるでハエでも落とすように叩き落し無効化したり
「フフフフフフ、我の絶対的な肉体強化の前でならいくら九ノ枝の肉体強化でも……!」
などという性格の良さそうな巨漢に、情け容赦のない一閃を叩き込み、その瞬間
ドゥン……! と余り人から響くべきではない音が辺りに響くと同時、『致命加護』を発動させたりしていた。
そしてこの史郎の被害者は男子だけではない。
この長距離走は男女混合だ。
周回数が違うだけで男女同じトラックを走り回る。
そしてこの大会は中高共催。
だからこそこのトラックには女子中学生も普通に走っており
数名の仲間がやられた四宮中学校の女子生徒が
「くっ田中! 私がアンタの敵を取るわ!!」
などと言いながら史郎に立ち向かおうとしたのだが、そんなことも気が付かずハイになった史郎が
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
哄笑を上げながら突っ込み
「キャーーーー!!」
余りの恐怖で涙するJC。
その後JCが恐怖の余り自ら『致命加護』を発動させその場から逃げ出すという事件も起きていた。
そのようなこともあり
「一等! 晴嵐高校! 九ノ枝史郎君です!!」
ぶっちぎりで史郎がトップでゴールした。
そう、ゴールして、しまったのだ。
ちなみに競技参加者の三分の二がシュートポートを発動させゴールすら出来なかった。
(やった! やったよ雛櫛!!)
腕を振り上げ史郎はあわや感涙する事態で有った。
そして史郎が
「どうだった、雛櫛!?」
喜色満面、白い歯を輝かせメイに勝利の報告にさながら飼い犬のように向かった時だ、事件は起きた。
やはり史郎の実力を十分にしるメイは若干思うところがあったらしく
「う、うん。凄かったね……」
と髪をいじり困ったような笑みを浮かべたのだ。
(あ――)
そしてこの段になり史郎はようやく自身の過ちに気が付いた。
そう、史郎が活躍したところで、周囲の生徒は驚き歓声に包まれても、当の、最も大事な、というよりこの世で唯一大事なメイは驚いてくれないのである。
(あ゛あ゛あ゛あ゛そうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
史郎はあまりの自身のしでかしに頭を抱えた。
そして――
(もっと活躍しないとダメなのか……!)
そのように痛感していた。
史郎の恋愛価値観は小学生高学年から中学生低学年レベルで止まっている。
つまり、駆けっこで驚いてくれないのなら、さらにぶっちぎるしかない、理論である。
最高に力任せである。
だがらこそ史郎は決心したのだ。
(メイを落とすために圧倒的に活躍してやる……ッ!)
と。
こうして史郎の暴走は始まった。




