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第2話 波及効果


史郎が中止になれと願った体育祭。

しかしやらないわけにもいかないのだ。


それはいくつかの理由があり――


「史郎、今回の体育祭の目的を理解しているか?」


深夜、史郎とリツが体育祭を行うにあたって打ち合わせをしていた時のことである。

このように史郎とリツは頻繁に生徒の育成について会議(ざつだん)を持っている。


史郎が不公平だから競技には参加しないと言うとリツはふとそんなことを聞いてきた。


「生徒の意気上昇によるより迅速な能力強化と、『例の能力』を得るために行うんだろ?」


史郎が言うとリツはコクリと満足そうに頷いた。


「その通りだ。だから現状の生徒達の盛り上がりは良い傾向だな。それとだからこそ史郎、お前も競技に出ていいんだぞ?」

「マジで? いくら何でも不公平過ぎないか?」

「だから言っただろう史郎。何もこの大会、多くの体育祭がそうであるように生徒の健全な成長を願ったものではない。イギリアに乗り込める戦士を急ピッチで育てることが目的さ。スポーツマンシップも公平なルールもクソ喰らえだよ。『盛り上がれば』万事OK。盛り上がることが正義、盛り下がることが悪。でだ史郎、仮に、対して重要じゃないスポーツ行事にプロ野球選手が混じっていたらどうだ?」


そういうことか。

史郎が首肯し、コーヒーを啜った。


「まぁ、盛り上がる、かな……? もしかすると」

「そういうことさ。いずれにせよ史郎、お前が勝ったところで得られるポイントは、総計の内微々たるもんさ。誰かが突出していても意味は無い、全員で競うのが体育祭らしいじゃないか」

「まぁ、確かに……」

「だから史郎、お前やナナ、木嶋も参加していい。むしろそういう明確な『敵』がいたほうが盛り上がる。そもそもこんなことになる前から学園の生徒だったんだ。気にすることは無い」


盛り上がればOK。

全ては生徒を盛り上げ優秀な戦士を育てるため、である。


そして実際にこの行事は生徒達に良い影響を与え始めているようだ。


聖野優(せいのゆう)

彼の保有する『脅威度測定リスクカリキュレイター』で生徒の潜在戦闘能力の計測は随時行われており、最初平均100未満だった数値が、夏休み一か月の修行を経て400台にまで上昇している。

能力覚醒から半年以上、0~100をうろちょろしていた彼らはたった一か月の修行でその数値を4倍まで高めたのだ。


そして七校対抗体育祭の発表があったのが9月。

時は既に10月に入っているのだが既に平均潜在戦闘力は900近い。

リツの『ひずみの視認』による的確な誘導や『七校対抗体育祭』の設置などにより、通常能力者に比べればまだまだもまだなのだが、加速度的に彼らは成長中なのである。


あと行事まで二週間ほどあるのだがそのうち潜在戦闘力は1000の大台を突破する者がゴロゴロ出てくるに違いない。

そしてその中できっかけさえ掴めばそれら数値は一気に上昇し出すであろう。

通常能力者程まで上り詰められるのは極少数いるかいないかだろうが、彼らはそれほどの勢いで急成長・急覚醒中なのだ。


そしてそれだけのエネルギーを、活気を、現状この大会は得ているのである。


また一般社会との折り合いも順調に回復しつつある。

まだ赤子の歩みにも等しいのだが、少しずつ良くなっているそうだ。

そしてその何よりの原因は


「お前だ、史郎」

「は、はぁ……」

「だから史郎、お前は徹底的にTVに出て印象を上げろ。これは鷲崎もとい政府からの勅命だ」

「は、はい……」


こうして史郎は


「はぁ~い、今日は九ノ枝君に来てもらいました!」


今日もTVに出演する。


今回史郎が出演したTV番組では史郎の今まで能力世界で生きて来て冷や汗をかいた事件を笑いを交えて紹介した後、能力紹介という事で史郎の能力を披露した。

そのため出てきたのはお決まりのパンチングマシーンで

ボクシング選手が400という数値を叩き出し会場が盛り上がった後、史郎が一閃。

高ポイントを叩き出すどころかパンチングマシーンを粉々に破壊して会場は驚きに包まれた。



こうして当日、某巨大掲示板にスレが立った。



【悲報】例のゴリラ、パンチングマシーンを破壊する


そしてそのページを開くと次のような書き込みが並ぶ。


1 とある名無し 10/9 20:47:22 gy45kij88

ベジー〇かコイツ



そのような書き込みを目にし史郎が心の中で涙を流す一方で、嬉しいこともあったのだ。

それは――


生徒に良い影響を与えつつある体育祭。

実際に良い結果を生み出しており、遂に我が校とし始めてテレキネシス獲得者が現れたのだ。


その名も、雛櫛メイである。


「嘘でしょ??」


『おい史郎! 雛櫛がテレキネシスに成功したぞ!!』


そう友人に言われて史郎が最初に言った言葉はそれだった。

だがどうやら嘘ではないらしくテレキネシスを成功させたメイがいる場所へ急ぐ。

するとテレキネシスを成功させたことでメイの周囲には人だかりが出来ていて、その人だかりをかき分けメイに辿り着き尋ねると、浅い息を吐くメイは首肯し、すぐにテレキネシスを披露してくれた。

額に汗の玉を浮かべながら懸命に紙風船を浮かせるメイ。

そして


「ど、どう……? 九ノ枝君……?」


と集中を切らさないように顔を強張らせながら問うのだが、どうもこうもない。


超感動である。


「どうって凄いよ! 雛櫛超頑張ったじゃん!」


シチュエーションとしては完全に我が子の誕生に駆け付けたお父さんなわけだがそんなことにも気が付かず史郎はメイの手を取っていた。

滑らかな質感のメイの手が史郎の手に収まる。

史郎に手を取られたメイは顔をさっと赤らめ目を逸らした。


「あ、ありがと……」


その愛らしい姿に史郎は再度ハートが撃ち抜かれる。

だが同時に思う。


それにしてもメイがテレキネシスを獲得したのは意外だ、と。


なぜなら、正直、戦士の育成において重要なのは肉体強化でテレキネシスは後回しになっていたのだ。


順当な肉体強化を得るためにテレキネシス指導も必要という事で進めている程度であまり力は入れていなかったのだ。

だからこそ雛櫛がテレキネシスを獲得したのは驚異的なことと言え


「それにしてもどうして?? 正直テレキネシスはあんまし力入れてなかったくらいなんだよ!?」


かぶりつくように尋ねるとメイは


「あ、いや……その……」


顔を伏せ言い淀んだ。


「?」


その姿に脳内にクエスチョンマークが浮かぶが、そんな折、人ごみの中に史郎を見つけたカンナは、大声でこんなことを言ってきた。


「あ、こんなとこにいたのか九ノ枝! メイの奴がテレキネシス獲得したからメッチャ褒めてやれよ~。なんたって九ノ枝がテレキネシスの名手だからってお前に少しでも追いつくために寝る間も惜しんで特訓してたんだからな。ここの所アイツも寝不足でヤバくてさぁ、全く九ノ枝お前ってやつは幸せもんだよな~!」


と。


それを聞いて泡を食ったのは、メイと、史郎である。


「ハァ!?」


史郎はカンナのただならぬ発言に度肝を抜かれ


「ちょっとカンナ!!」


メイはとんでもない友人の暴露に金切声を上げていた。

そのようなことがあれば


「てかメイも一緒にいるだと!?!?」


今更ながらカンナが驚くころには史郎とメイは手をつないだまま熟しきったリンゴのようになっていて


「「………………ッ」」


お互いに真下を向き言葉を失っていた。

しばらくして史郎がなんとか言葉を絞り出した。


「そ……そーだったのか……」

「う、うん……」


するとメイがワンテンポ遅れて首肯する。


「あの……、ありがとう……」

「ど、どういたしまして……」

「それと、何か教えて欲しいことがあったら、言って。何でもオシエルカラ……」

「う、うん……。今度、色々教えて……」


その後しばらくして史郎はメイの手を掴んだままでいることに気が付き火傷でもするかのようにパッと手を放した。メイは終始俯いたままであった。


そしてそれら様子を周囲の生徒は様々な感情をないまぜにしながら眺めていた。


このように七校対抗体育祭は多くの生徒の成長を促していた。

それは晴嵐高校だけではない。

他の能力覚醒した高校2校、中学4校も同様である。


だがその意欲の多くのリソースは自己顕示欲や恋愛欲から来るような代物であり、だからこそ


深夜。


一人の男は嫉妬に狂っていた。


「ちくしょうッ!」


夜、男は机を殴る。

場所は能力覚醒した私立青柳(あおやぎ)学園の生徒が入居するホテル『ガイドラン』だ。

TVにはお決まりの雛段バラエティが流れていた。

ここ最近では能力者が出張することも多い。


その画面に今、件の九ノ枝史郎が映っているのだが


『あ、凄いムキムキってわけじゃないんですね?』

『ま、まぁ鍛えてはいますけど……、そんなムキムキではないです……』


この九ノ枝とかいう男が、自身が数年前からずっとファンをやっていたアイドル『ランカ』に腕を触られているのだ。


『まぁこんなもんっすよ』じゃねぇ、そこを代われ……


しかもだ、


男は血眼になりながらPCで画像を開いた。

そこには史郎と一緒に映る黒髪の美少女が映っている。

この世の者とは思えない超スーパー美少女だ。

いつぞやの報道陣の前に立ちはだかる少女の映像をキャプチャしたものだ。

どうやら九ノ枝史郎はこの絶世の美少女を手ごまに加えながら、今まさに自身が愛してやまないランカまで落としにかかっているらしい。

加えてこの黒髪の名称不明の少女に至っては既にランカを大きく上回るほどの美貌を備えており、ぜひともお近づきになりたいほどだ。

だからこそ、このような欲しいものを全てを備えるような男は


「なんとしても俺がぶっ潰す!!この青柳学園二年D組。高野原真一(たかのはらしんいち)がなぁ!!」


「おい止せ!!」


叫ぶとルームメイトが必死に止めにかかった。


「死ぬ気か!!」


「何よ煩いわねぇ……」

「聞いてくれリンダ……! ついに真一の野郎が暴走したんだ! 九ノ枝を倒すとか!」


一般人代表の野崎大地(のざきだいち)は周囲の者を壊し暴れはじめた真一を無理やり止めにかかる。

そして丁度騒ぎを聞きつけて入ってきた親友(女)に助けを求めた。


好美氏(こうびし)リンダ。

茶髪ロングで出るところの出た学内でも人気のある美少女である。

だがリンダは暴れる親友・真一を一瞥すると


「良いんじゃない?」

「おいリンダなぜお前まで!?」

「だってアタシも九ノ枝狙ってるし、例の黒髪女が消えるのは満足」

「お前、多分あの二人出来ているから九ノ枝に殺されるぞ!?」

「つーか九ノ枝狙いの子なんてそれこそ多いしあの子のこと邪魔に思ってるのアタシだけじゃないからぁ」


青柳学園の寮は今日も煩い。


そして好美氏リンダの言葉にも一理あり、実際史郎は多くの女子から狙われようとしていた。


同時にそのような可能性はメイの周囲でも予測されることであり


「大丈夫なのメイ?」

「な、なにが……」


体育祭を間近に控えた夜、メイとカンナの部屋にやって来た女子二人は尋ねた。


「だってさ、九ノ枝、いろんなTV出て今や有名人よ。実際ファンクラブだってでき始めたって話よ。ゴリラとも呼ばれてるけど」

「う、うん」

「ならさ、ちょっとは焦らないの?」


確かに友人の言うことは一理ある。

メイとて心配がないわけではない。

しかし、史郎が確実に明確に好きかどうかは不明だが自分のことを想ってくれている確信があるからこそ下手に身動きが取れないのだ。

なぜなら


「でも嫉妬なんてしたら嫌われるかもしれないし……。まだ付き合ってもいないもの」


「なら告れよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


メイがもじもじしながら答えると入って来た女子二人のうち片方は苛立ったように頭を抱えた。


「まあまあ。人それぞれのペースもあるんだし。メイにはメイのペースがあるよ」


頭を抱える親友にカンナは諭す。

だがそれをかいくぐり女子はメイににじりよった


「何フ抜けたこと言ってんだメイ! 今でこそこの学園で史郎を狙う女子は少ない! それもこれもお前と九ノ枝の仲を見せつけられたからだ! だが他の生徒はどうだ!? お前まだ分からねーのか! これは九ノ枝盗られる危機かもしれないんだぞ!?」

「で、でも私は九ノ枝君のことを信じているし……」

「この純愛娘がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


メイの純真無垢な返事人再び少女は頭を抱えた。


「まあまあ落ち着けよ。実際私も九ノ枝なら大丈夫だと思うけどな」


カンナが言うと残っていた一人の少女が口を開いた。

少女も思うところがあるらしく


「甘いわカンナも。確かに私も何もメイからアタックしろとは言わないわ。でもそうね、その日くらいは予防のために化粧くらいしたらどうなの? メイ、あなたいつもドすっぴんよね」

「そ、そうだけど……」

「なら化粧くらいすべきよメイ」


そしてこの意見には多少なりともカンナも同意するところではあり


「まあそれくらいしてもいいかもな。九ノ枝もメイが綺麗になればよりゾッコンになるかもしれねーぞ?」


というと


「ホ、ホント?」


メイも食いつき始めた。

というより史郎がゾッコンになるというキーワードに惹かれたらしい。


「でも化粧の仕方なんて私……」


メイが落ち込んだように俯くと先ほどまで頭を抱えていた少女はメイの手を取った。


「なら今から教えてやるよ! なんたってずっと寮にいんだからなぁ! 私は雛櫛に幸せになって貰いたいんだ!」

「あ、じゃぁ私も化粧道具持ってくるわね!」

「これは良い機会だメイ。お人形になって貰うぜ?」

「カ、カンナまで……?」


こうして晴嵐高校の生徒が住まうホテルニューレインの一室でメイの化粧指導が始まっていた。

メイに化粧を提案した少女は言う。


「あ、そうだ! どうせなら大会当日に化粧バッチリ決めて九ノ枝君を吃驚させましょうよ! きっとメイがすっごく可愛くなって九ノ枝君もメイに釘付けよ!」


と。その提案に周囲の女子たちも乗り


「そうだな。そうすれば目移りしないかもしれないな」

「いやそもそも九ノ枝が目移りするかは疑問だが、良い案かもしれんな。どうだメイ、そうするか?」

「じゃ、じゃぁそうしようかな……?」


体育祭当日にメイが突然化粧をしていくことが『決定』した。


そう、史郎は知るすべのないことだったのだが、体育祭当日にメイが化粧をしていく算段が着々と整いつつあったのだ。


メイの外見変化、それ即ち死と認識している史郎に、メイの化粧が迫る。


そして矢の様に時は過ぎ、

数日後、


「これより七校対抗体育祭を開始します!」


開会式を迎える。


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