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第10話 病室にて



「『ここが生徒を襲いに来た能力者と日本能力者が戦った現場です! やはり辺りの至る所にレーザー痕が残っていますね』」


TVに映る女性は道路に着いた煤を触り興奮気味にマイクを握り、スタジオの男性は画面に食いつくように身を乗り出す。


「『確かこのレーザー痕は日本サイドの能力者によるものなんですよね? 現場の高浦さん?』」

「『はい、ネット上にアップされた動画によると日本の少女によるもののようですね』」


このように史郎がベルカイラを倒したあの日から連日メディアはあの日のことを報道している。


「『先日の生徒襲撃事件ですが、奇跡的に生徒や一般人に人的被害ゼロのようでして政府が進めていた避難計画が一応の成果を上げた形です』」


「『能力者同士の抗争で日本側の能力者に死者2名。しかし敵側は死傷者多数との情報も入っています』」


TVでは今日も物騒な言葉が飛び交いまくっていた。


だが、あの事件をきっかけに民衆の意識はほんの少し変わり始めた。


能力者の戦闘というものをまざまざと見せつけられて民衆は面食らったのだ。

ネットにも多くの戦闘映像がアップされた。

それにより民衆は『能力者』というものを受け入れざるを得なくなったのだ。


戦闘映像を見てショックを受けた者も多いだろう。

能力者に対し恐怖を深めた人もいるに違いない。


しかし能力者(かれら)が命を懸けて戦ったのは能力覚醒した生徒を守るため。

それは引いてはイギリアの非能力者の民衆を救うためである。


だからこそ血を流して戦う彼ら彼女らの姿は、民衆の意識を変え始めたのだ。


中でも絶大な影響力を持ったのが史郎の戦闘映像だ。


「『ここが九ノ枝史郎君が戦った現場です! いまだに復旧工事が続いていますね』」


「『九ノ枝君が相手していたのはベルカイラ・ラーゼフォルン。『血の薔薇姫ブラッドローズクイーン』とも呼ばれる実力者でして、かつて何百人という能力者を屠ってきた能力者です。話によると世界最強という呼び声も高かったらしいですね』」


「『はい、彼女が敵が有するカードの一つだったことは疑いようがありません。しかしそれを彼はたった一人で倒しました』」


「『それで彼女を倒した九ノ枝史郎、彼は一体何者なのでしょうか? まだ十六ですよね?』」


「『本当に凄いですね~映像見ましたけどいまだ信じられないですよ~』」


「『いやはやこんなに若いのにとんでもない力を有しているんですなぁ。全く敵わないですよ』」


ベルカイラとの戦闘は相手の戦闘力が半端ではなかったためド派手になった。

それにより刺激的な絵面になり、多くの人の目を引き付けた。


そしてここで重要なのが史郎の対『ArmS』戦の映像が出回っていたことだ。


その映像の中で史郎は何としても生徒を守ると宣言しており、史郎が血だらけになりながらベルカイラと戦う様は有言実行の姿として世間の多くに認められたのだ。


「『それにしても能力者って凄いんですねぇ』」

「『いやいや九ノ枝君が凄いんですよ。普通の能力者はこのような戦いは全くできません。彼が異常なんです……』」


「一躍大スターだな」


病室に置かれたTVにて中年の男が呆れているのを見てリツは口の端を吊り上げた。


「正直複雑ですよ……、いつ何時翻るかわからなくて」

「だろうな」


史郎の返しにリツはフフっと笑った。


史郎とリツがいるのは以前から能力者御用達だったとある病院の個室である。

ベルカイラ戦を終え史郎は負傷の治療のためにこの病院に入院しているのである。

だがそれもあと2日で終わる。


涼しくなり始めた外気がカーテンを揺らし室内に流れ込む。

昼下がりの病室にはTVの乾いた音声だけが響いていた。


「まぁ賠償額が凄まじいことになったわけだがそれを差し引いても史郎の功労は大きい。我々に対する風当たりも軽くなった。政府も鷲崎も好意的だ。実際お前はよくやったよ」


「そうっすか……」


史郎は笑みを浮かべるリツを横目に窓の外を見た。


「てかどうやって彼らは侵入してきたんですかね? 話によると旅客機から飛び降りたとのことですが。しかも脱出した連中もいるんですよね?」


史郎が尋ねるとリツは困ったように眉根を下げ鼻を鳴らした。


「このような多くの国が足並みを揃える事態はこっちでは初めてだからな。警備をしようとはしているが様々なほつれがある。そこを『歩む旅路の北極星』で突いてきたんだろう。彼女の能力も、恐らく本当だろう、そうでないと説明がつかない事象がいくつもある」


「ということは彼女が死んだ今、もう彼らは襲ってこないんでしょうか?」


「どうだろうな。ただ彼女がいなくなったのは痛手で有ろう。だが『足払い(アンクルブレイク)』と『潜土(ビハインドクレー)』の関与があったし、彼らは逃亡に成功している」


「ということは何も分からないという事ですか」


「分かるのは『歩む旅路の北極星』亡き今彼らがここまで音もなく我々に忍び寄ることは困難になった。それだけだ」


リツは困ったように腕を組んで口を曲げた。


(なるほど)


一方で史郎は敵の侵入方法を理解し舌を巻いていた。


彼らの侵入経路はつまりはこうだ。


まず彼らはイギリアから日本に向かうにあたり様々な国を経由したわけだが、その際各国にて警備の甘い場所を『歩む旅路の北極星』で見定め、突いた。

加えて、そこに能力者、『潜土(ビハインドクレー)』が重なる。

地下空間に物や人間を沈めることが出来る能力者だ。


『歩む旅路の北極星』と『潜土(ビハインドクレー)』があれば彼らが誰にも気取られずここまで来るのは造作もなかったに違いない。


そして作戦終了後の逃亡だが、予め警備が甘いところを『歩む旅路の北極星』で見極めておいた。

こうして自身の役を終えた少女は史郎に向かってきた。

加えて敵を追う際に立ちはだかったのが『追いかけてくるものを強制的に転ばせる』という能力『足払い(アンクルブレイク)


巷では『逃走屋』とも呼ばれるやり手の能力者だ。


『歩む旅路の北極星』と『潜土(ビハインドクレー)』『足払い(アンクルブレイク)』の能力により彼らは日本への侵入と脱出を成功したのだ。


そして一見作戦に失敗したかに見える彼らだが、そうではない。

彼らは一つだけ作戦を成功させていた。

それが――


と、史郎がその話題に触れようとした時だ。


「お、来客のようだぞ?」


病室のドアがコンコンとノックされた。

正直そろそろ来る頃だと思っていた。

もはやノックのリズムだけで誰だか分かる。

気分が高鳴る。そしてスッとドアをスライドさせ入ってきたのは


「九ノ枝君……!」


メイだ。

制服に身を包むメイが大量に果物やらなにやらが入った紙袋を抱えてを入ってきたのだ。

史郎がもう良いのにと言っているのに、花なども抱えているのでちょっとした荷物である。

史郎が入院してここ数日、メイは毎日のように史郎の病室にやって来てくれているのである。


ガサゴソと音を鳴らしながら荷物を籠や箪笥の上に置く。

その甲斐甲斐しい姿にニヤリとリツは笑うと


「では老兵はただ消えるのみ。また明日だ史郎」


なんてことを言いながらドアへ向かいだす。

メイと二人きりの病室は若干ドキドキするので居て欲しいような気もするのだが、だがここは客観的に見て去ってもらった方が都合がいい。


「おう、じゃあな」


史郎はにべもなくリツを送り出した。


「フフフ、頑張れよ……」


意味ありげな言葉を残しリツは去っていった。

そしてリツのセリフに否応なしにメイと二人きりだという事を意識してしまう。

何て捨て台詞を吐きやがると史郎が顔を真っ赤にし憤慨していると


「……どうしたの?」

「あ、いや、何でもないです……。うん、何でもない、うん……」

「?」


隣に座ったメイは無垢な瞳で史郎を見ていて史郎は顔を赤らめた。


だがそれから何か特別なことが起きるわけでもなく、その日も起きたのはいつも通りのことだった。

なんせ史郎の入院はこれで7日目。

メイがここに来たのもそれくらいになる。

今更特別なことなど起きやしなかった。


「ナナちゃんは今日も史郎君の分までみんなの能力指導に当たっているわ」


しばらくしてメイは包丁を回しながらリンゴの皮を器用に剥きながらそんなことを言った。


「ナナの指導だと皆困っているだろ? なんせ感覚的な言葉ばかりだからな」

「そうね、バーンとかズーンとかそんな言葉ばかりだから皆戸惑ってるかもしれないわね」


メイはその時のことを思い出したのかフフッと笑う。


「でもおかしいのよ、ナナちゃん。九ノ枝君の分まで私が教えるんだーって言って聞かないの。それで余計に拍車がかかって」

「あぁ、余計訳分からないと。何やってんだアイツ……」


今も遠く彼方で四苦八苦しているナナの姿が目に浮かぶようで史郎は溜息をついた。


「アイツは昔からそういうところあるんだよな。まぁ能力の感覚なんて確かに言葉にするの難しいんだけど、奴はさらに感覚で処理してるからな」

「でもやっぱり九ノ枝君想いね、ナナちゃん……。ホントに良い子」

「まぁ根は悪い奴じゃない……。ただ純粋すぎるのがたまに傷」


ナナのおバカに困らされた在りし日のことが否応にも思い出される。

史郎の渋面にメイは思わず笑う。


「そんなに大変だったことがあるの?」

「あるよ。数え切れないな。例えば確か一年前だったかな。ナナの奴が」


そうして史郎が披露した昔話をメイはニコニコと聞いていた。


「にしてもこれスゲー美味いな」


史郎はメイが剥いてくれたリンゴを口に運ぶとその果汁が口に溢れ出て来て目を丸くした。

尋ねるとメイもパッと顔を輝かせた。


「そう、実はそれ果物屋さんで偶然店員に勧められて買ってみたの。とっても甘いよね。私もちょっと吃驚した。だから買ってみたの」

「え、でもということは結構高かったんじゃないの??」


ここ最近は明らかにメイの出費がかさんでいるはずである。

史郎としても心配なところで尋ねるとメイはう~んと首を傾げた。


「ほんの少し、高かった、かな?」

「だ、だよね。は、払うぞ流石に」

「あ、いやでも良いのよ、九ノ枝君。私がしたくてしてることだから気にすることは無いわ」


史郎が財布に手を伸ばすと慌ててメイがその手を止めた。


皆さん、これが天使です。


メイの気づかいに心の中で感涙する史郎。

これがナナだったら、美味しいからリンゴを買うも、お見舞いに来る道中美味しくてうっかり平らげてしまう可能性が普通にあったりする。


それから話題は自然とこの前のベルカイラ戦のことに移った。

それまではなぜか触れてこなかったのだが今日はなぜかその話題になったのである。


そしてベルカイラ戦の話題となれば史郎が言うことは一つである。


「あの時、ありがとう。雛櫛の助けが無かったら危なかったよ」


ベルカイラ戦の際メイが放った『同行者(アシストパートナー)』の件だ。

史郎が礼を言うとメイは首を振った。


「良いの。だって九ノ枝君が怪我しているの見たくなかったから……」

「……」


その温かい言葉に胸がジンと熱くなる。

そして史郎が


「それとよく分かったね。俺にあの時必要なものが……」


というと、慈母のような笑みをたたえてメイは言うのだった。


「分かるわ」


とても優しい声音で。


「だって九ノ枝君のことですもの……」


と。


「……」


その一言で、メイには敵わないということを史郎は改めて思い知らされた。


この大天使は毎度毎度、いとも容易く史郎の想像を超えてくる。

史郎に驚くほど厚い信頼と愛情を注いでくれる。

そんな存在に出会えたことが何よりの幸運に思われ


「ありがとう雛櫛」


ふとそんな言葉は転がりだしていて、

メイは


「どういたしまして」


そういってはにかんだ。


病室では優しい時間が流れていた。


◆◆◆


最後に史郎が言いかけていた敵サイドが成功した作戦について言及せねばなるまい。


実は今回の作戦、敵の目的は大きく分けて三つあった。


一つ、生徒の全員殺害。

二つ、史郎の強奪。


そして三つ目。



不死身能力者『悪意をさえずる小鳥』の救出、である。



当然、成功したのは当然、三つ目の計画で


時は遡り、第二世界侵攻が攻めてきたその日。

場所は東京近郊にあるとある山の一つ。

その森の中である。


そこは新平和組織の中でも極少数しか知られていない秘密の場所だが(かれら)は『歩む旅路の北極星』で正確に感知して見せた。


山肌を少し捲ると現れる灰色のコンクリート施設。

生徒防衛に東京が明け暮れる中、人気のない森に突如爆炎が上がる。


彼らは救出した能力者に話しかけた。


「大丈夫ですか『悪意をさえずる小鳥』」


「阿呆か、不死身であるわらわに心配など不要じゃ」


赤い火の手が上がる幽閉施設。

その奥から薬物投与チューブなど引き抜きながら現れたのは年端も行かないまだ幼い少女だった。

外見は恐らく8~9歳ほど。

だが驚くほど整った顔立ちをしていて艶やかな金色の髪の奥に覗くその双眸はある種の色気を感じさせる。

個別能力『不老不死』を有する少女パトリシア・ベアード

通称『悪意をさえずる小鳥』。


こう見えて彼女は既に数百年の時を生きている。

その間非能力者に対する悪意を振り撒いたことで知られる極悪人である。

だが近年日本にて捕らえられ長きにわたって薬物投与によって封じ込められていたのだが、この度救出されたというわけだ。


そうして十数年ぶりに大地にたった少女、


「ふむ……」


どこか体に異常が感じるようだ。

自分の体をしげしげと見渡し、そこで合点した。


「そうか、薬物投与の所為じゃな」


そうして自身の不調の原因を解析すると少女はあっさりと、まるで水を飲むとか、息をするとかそんな当たり前な行動の一つのように


早速、自分の喉を掻っ捌いた。


「な!?」


鮮血が辺りに飛び散る。

それを見て救出した能力者達が目を見開くが、彼らの驚きをよそに彼女が有する個別能力『不老不死』によりその喉が急激に修復されていく。


「はぁ、心地が良い」


傷がふさがった少女は自慢げに微笑んだ。


「まるで生き返った気分じゃ」


「「「…………ッ」」」


その異常性に満ちた行動に周囲の能力者が固まる。

だがそんな周囲の驚きをよそにパトリシアは尋ねる。


「してわらわをどこに連れて行く?」


対し動揺していた能力者は平静を取り戻すと恭しく地面に膝をつくと頭を垂れた。


「……私達『第二世界侵攻』と共にイギリアに来ていただきます」

「イギリア。懐かしい地じゃ。その様子だと統治機関は滅びたか……。して主らはわらわに何を望む? 人間への悪意の送り方はいくらでも心得ておるぞ?」

「あなた様には『象徴』になっていただきます。我らが『第二世界侵攻』の象徴に」

「象徴、悪くない響きじゃの?」


さぁ人類にどんな仕返しをしようか


かつて世界の全てを、非能力者が支配する世界の全てを恨んだ少女がイギリアに向かう。





次に短い話を投稿し第6章は終了です。


それとのじゃロリ登場させましたが、コイツには余り期待しないでやって下さい……。

誰も期待していない? なら良いんですが……。


次話は5/15か16に投稿する予定です。

宜しくお願いいたします。


それとお気づきの方もいるかもしれませんが微妙にタイトルを変更しました。

詳しくは活動報告に記載しています。

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