第9話 二人の絆
本話:12000字
長くなってしまいました。申し訳ありません。
お時間ある時に読んでいただけたら幸いです。
宜しくお願いいたします。
来る――
「逃げてください!!」
ヤバすぎる人物の圧に史郎は思わず叫んでいた。
自分一人ならともかく周囲に人がいては歯が立つ相手ではない。
「周囲を気にしている場合か?」
「っ!?」
早い
ベルカイラは即座に地面に降り史郎の間合いに詰めていた。そしてその剛腕を振り切った。
「――ッ!!」
腹にまともに拳が突き刺さる。
史郎は即座に腹を強化したが、それでも足らず何十メートルも空を泳ぐ。
そして
「なんだぁ!?」
「こっちにくんのかよ!?」
盛大に窓を突き破り向かいに建てられた二十階建ての企業ビルの二階に突入した。
「イッテェ!」
体からガラス片を振り落とし立ち上がる。
そこに狙い澄ましたかのように鉄パイプが弓矢のように飛来。
史郎はそれを回転し躱し、立ち上がり反撃に出ようとした時だ
「何を呆けているッ!?」
屋外にいたはずのベルカイラがすでにビルに侵入していて史郎に回転蹴りを見舞おうとしていた。
「ッ!」
余りの速度に息が詰まる。
が、即座に腕を突き出しガード。
しかし余りの一撃の重さに史郎はさらに壁をぶち破り奥の部屋に追い込まれた。
そして次の瞬間だ。
「フン」
浅く息を吐く史郎をベルカイラの赤く輝く瞳が捉えていた。
瞬間、転げながら、喉が干上がる。
曰く、『血の薔薇姫』ベルカイラ・ラーゼフォルンは二つの驚異的な武器を有するという。
その一つが
「ヤバいッ!」
瞬間史郎はブレーキを踏むと同時、周囲にある紙という紙を操作しベルカイラと自分の間に壁を作った。
そして次の瞬間、
爆音。
壁にした紙という紙が一気に爆発炎上した。
そうこれが、ベルカイラ・ラーゼフォルンが有する一つの武器。
個別能力『視点侵略』。
視線の先を直接攻撃する力。
爆撃するか斬撃するか衝撃するか雷撃するか選ぶも自由。
だがとにかく彼女は視線の先を直接攻撃することが出来、その際瞳が『赤く染まる』
だからこそ史郎は即座に反応し避けられたのだ。
そして史郎も、――やられてばかりではない――
ベルカイラの『視点侵略』を防ぎ切った直後
史郎の本気のテレキネシスが起動した。
それにより周囲にある物が全て弾丸と化しベルカイラに襲い掛かった。
TV局に面した企業ビル二階。
史郎の突入した大穴から外部へ、ありとあらゆるものが凄まじい勢いで鉄砲水のように吐き出された。
そしてテレキネシスの土砂に押し流され社外に吐き出され宙を舞うベルカイラに
「オォッ!!」
即座に史郎はオーラ刀を出現させ襲い掛かった。
数瞬後、両者が展開したオーラ刀が空中で激突した。
それにより一気に空気という空気が爆発。
周囲の窓がけたたましく鳴り響く。
そして鍔迫り合いをするベルカイラの瞳が『赤く光り輝いた』時だ
――このまま押し切る
「フッ!」
即座に史郎はオーラ刀をそのままビーム状に形状変化操作。
オーラ弾をベルカイラに叩き込み、一気にベルカイラをふっ飛ばした。
ふっ飛ばされたベルカイラはそのまま局内部に突っ込んだ。
「フゥ」
わずかに空いた合間に史郎は息を吐く。
これはヤバいぞ、と。
出来ればこれで潰れていてくれと願った時だ、それは聞こえてきた。
◆◆◆
一方で、ふっ飛ばされたベルカイラは頭から瓦礫を振り落としながら、歯を剥き出しにして笑っていた。
「おいこっちに来たぞ!!?」
「逃げろ!!」
周囲の人間が自身を見て騒ぎ出すのも気にならない。
これならば、
この九ノ枝史郎ならば――
「――本気を出せるッ!!」
◆◆◆
――本気を出せる
遠くで聞こえたその言葉。
最初は幻聴と思った。
だが幻聴ではなかった。
なぜなら次の瞬間には赤く瞳を輝かせるベルカイラが目の前にいたからだ。
まだ上がるのか――
そう史郎が息を呑んだ瞬間、
「フン!!」
ベルカイラはその拳を振るった。
腹の奥を中心に極大の衝撃が響き渡る。
史郎はゴルフボールのように弾き飛ばされた。
「ご覧ください! 九ノ枝君が吹き飛ばされましたッ!!」
記者の声が聞こえてくる。
「クソ!」
そうして到達したのは地上数十メートルのビルの壁面だった。
史郎はなんとか衝撃を受け流し、拳を耐え切っていた。
が、ベルカイラは鬼神のような勢いで史郎を迫っており、既にあと十メートルというところにまで迫っていた。
窓という窓を割りながら地上数十メートルで二人の最強の能力者は会いまみえる。
そしてベルカイラの瞳が赤く輝く。
即座に史郎は手前のガラスをテレキネシスで操作、光の反射を利用し『視点侵略』を弾く。
だがそれが致命的な遅れとなった。
「フン!!」
史郎が『視点侵略』を弾く隙に、ベルカイラは史郎の頭上を取っており、その強靭な蹴りを史郎の脳天に叩き込んだ。
弾丸のような速度で史郎は地面に突き飛ばされる。
数十メートル上空から地上へ落下する。
しかしそれだけの合間があれば史郎なら受け身が取れる。
史郎は落下の最中に回転。
体勢を整え野生動物のようなしなやかさで地面に着地すると、着地点から逃げながら、乗り捨てられていた車に一斉にテレキネシスをかけた。
それにより車が砲弾のような速度でベルカイラに襲い掛かる。
火山の噴火のような鉄の砲弾だ。
だがベルカイラはニィッと笑うと飛来した高級車に思いっきり拳を突き刺した。
同時に史郎が操った車がもう一台ベルカイラに突っ込み、赤い爆炎を上げる。
だがそれすらも効かない。
「なかなか面白い一撃だ」
そう言って地上の史郎に襲い掛かろうとする。
だが――
「――なッ!?」
地上の光景にベルカイラが目を剥いた。
ベルカイラが車を受け止めた僅かな間に史郎は地上のありとあらゆるものに全力でテレキネシスをかけていたのだ。
それにより辺り一帯のコンクリートは地割れのようにひび割れる。
不可思議な力を受けた標識がゴキンと折れる。
何百という車が僅か宙に浮く。
そしてベルカイラがこちらに向かって来ようとした瞬間だ。
史郎の全力のテレキネシスが敵に殺到した。
コンクリート、車、標識、ガードレール、その他諸々。
ありとあらゆるものが巻き込まれた力の津波。
「――ッ!」
さすがにその一撃にはベルカイラも目を剥いた。
まともに土石流に巻き込まれ、体中に傷を残す。
そして視界が開けると――、史郎が鋭い蹴りを繰り出していた。
史郎の右足が『閾値超え』し光り輝く。
ギアを上げた史郎がベルカイラの首を捕りに行っていた。
結果、史郎の蹴りがベルカイラの顔面を捕らえた。
「オォォォォォォォ!!!」
ベルカイラの体が独楽のように吹っ飛んでいく。
だがベルカイラは仮にも世界最強の一つ。
こんなにもあっさりやられる訳もなくて――
実際のところ、史郎を罠に誘い込んでいた。
それは即座に詳らかにされた。
吹っ飛んでいくベルカイラ。
史郎はその瞳が『赤く輝いている』ことを発見する。
「クッ」
この状態からも狙ってくるのか!?
だがそれも十分に想定内。
即座に辺りにあった瓦礫で視線を防ごうとしたのだが
(既にベルカイラの『力』が送り込まれて――!?)
既にベルカイラは辺り一帯の物体に『力』を送り込まれており、史郎のテレキネシス操作を阻んでいたのだ。
テレキネシス操作においては確実に史郎に分がある。
だがジャックするには遠く至らない。
つまり――
――逃げられないってわけか!?
史郎が歯を食いしばると同時、史郎の体が爆撃された。
だが史郎もまた百戦錬磨に近いところがある。
攻撃を受けると同時、即行で頭を回転させていた。
攻撃を受けるのは仕方がない。
仮にも相手は世界最強なのだ。
一杯食わされない『訳がない』と覚悟出来ていた。
だからこそ、この状況を逆手に取ってやろうとしていたのだ。
つまりは
『敵に『ある』と思ったものを本当に実在させる』
史郎の個別能力。
『悪霊』を使用し敵の裏をかいてやろうとしたのである。
行うことは単純。
『視点侵略』を受け全身を駆け巡る尋常ではない痛み。
それを痛覚の上行を遮断しカット。
痛みを感じ無くし一時的に痛み無しではないと成し得ない肉体駆動を取り戻す。
それによりダメージがあまり入っていないように見せかけ、伴って、自身の防御力を高いと相手に思い込ませ、『悪霊』により本当に身体防御力を高める。
そして――
東京【裏】中央図書館にて、青木にしたことと同じだ。
今史郎の肉体は爆炎で隠れている。相手からは『見えない』はず。
だからこそ――
「『こっちだ』」
ベルカイラがその声を聴いたのは局の壁面に着地した時だった。
史郎の肉声がすぐ背後で再生されたのだ。
「――ッ」
ベルカイラは目を剥いて振り返った。
「おおおお!!!!」
そこにオーラ刀を顕現させる史郎がいた。
この一撃でベルカイラの首を落としにかかる史郎がいたのだ。
史郎のオーラ刀がベルカイラの首に迫る。
だが一方で、次の瞬間。
史郎もまた、信じられない言葉を聞いていた。
そう、史郎は知りもしないことだが
『(私の能力だけじゃない!? 『能力名』まで知られている……?)』
マドカがその事実に気が付いていたように。
マドカやナナに相性の悪い敵が現れたように。
敵は史郎たちの個別能力を『把握している』可能性がある。
だからこそ、史郎は聞いたのだ
「ほう、それが『悪霊』か。把握していても騙されるな。だが知っていれば私の『反射神経』ならばギリギリ、『対応』できる。危なかった死ぬところだったよ九ノ枝――」
そんな言葉を。
(ハ?)
史郎は目を見開いた。
そして、獣は敵を狩る時、最も無防備になる。
史郎は完全にベルカイラを仕留めにかかっていた。
そして実際に能力を知られていなければ確実にベルカイラの首を捕れる間合いだった。
それだけに史郎は最も無防備になっていて
そこに『閾値超え』するベルカイラの渾身の拳が突き刺さった。
史郎は目を剥いた。
曰く、『血の薔薇姫』・ベルカイラ・ラーゼフォルンは二つの強力すぎる武器を持つという。
一つが『視点侵略』。
視線の先を爆撃・雷撃・炎撃・斬撃出来るシンプルかつ高威力の良能力だ。
そしてベルカイラが保有するもう一つの能力。それが
『反射神経』、である。
ベルカイラは超人的な『反射神経』を有する。
それはもはや『視点侵略』と同等の、いっそ『能力』といっても良いほどの代物で有り、その圧倒的反射神経でもって致命的な史郎の斬撃を躱しきったのだ。
これほどなのか――
今まで史郎はその反射神経を警戒し戦っていた。
だが完全に油断している時にまざまざと見せつけられた『それ』はもはや芸術と言っていいほどの美しさで
呆けている史郎に土手腹にベルカイラの拳が叩き込まれていた。
◆◆◆
『悪霊』による奇襲が失敗してからこちら、追い詰められる展開が続いていた。
「どうした動きが鈍くなってきているぞ!!」
史郎が豪速で操った瓦礫を容易に避けきりベルカイラはそのオーラ刀で史郎に襲い掛かった。史郎はそれを必死にオーラ刀で跳ね返した。
史郎は思う。
テレキネシス以外の能力者としての実力で自身を確実に上回る敵。
経験値では圧倒的な差がある。
しかし何より『悪霊』の存在が知られているのが何よりキツイ、と。
史郎は『視点侵略』を瓦礫を操作しカットした。
今でこそ史郎は能力世界でもトップ層の実力を有し格上の相手と死闘を繰り広げることなど殆ど無くなったが、昔はそんなことよくあった。
そして、そんなどのパラエーターも自分より上の相手から史郎は『悪霊』で何度も勝利をもぎ取ってきた。
それだけに現状、テレキネシス以外の実力で史郎より上にいるベルカイラに『悪霊』の存在が知られているのは痛い。
それにしても、と思う。
どこから能力が知られたんだと。
能力者には二種類ある。
ナナやベルカイラ・マドカのように個別能力の正体が知られることが大したハンデにならず戦闘中に容赦なく使用し多くにその内容が周知されている者と、
他方、絶対に知られてはならないものでここぞという時にしか使わない、個別能力を真に『必殺』として使用する者だ。
史郎は完全に後者である。
実際に史郎も――周防にバラしたりはしているものの――確実な危機管理をしていた。
だからこそベルカイラは『なんらかの能力』で史郎の個別能力を把握したという事になる。
一体どうやって――。
そんな真っ当な疑問が沸くが答える者はおらず、
「潰れろ――」
ベルカイラの拳が史郎に突き刺さった。
◆◆◆
それから数分後、史郎は血だらけになりながら地面に片膝立ちで立ち浅い息を吐いていた。
傍から見て完全に、勝負有った、という状態である。
「勝敗が分かれたのは、先ほどの空間転移による奇襲の失敗だな」
そして案の定自身の勝利を確信したベルカイラは答え合わせでもするように悠然と語り始めた。
「正直、あの一撃は予め貴様の個別能力を知っていなければいくら私の反射神経を持ってしても私はやられていた。だが現実は残酷だな史郎。私はお前の個別能力を知っていた。そして結果、貴様は地面に膝をつき、私は悠然と立っている。そして私を楽しませた褒美として貴様に教えてやろう。実は我々の仲間には『この世の能力者全員の個別能力を表示する辞書』を生み出す能力者がいる」
そいつに私は予めお前の能力を聞いていたんだよ、そうベルカイラは言った。
まぁそれを知らなければ初見殺しになるわな、とベルカイラは続けた。
それでか――
史郎は謎が解けて息を吐き出した。
自分の能力が知られていたことに何の憤りもなかった。
出来ることをするのが能力戦闘。
何人がかりで掛かられようと、負ける方が悪いのである。
そうして悪いことをする気はない。
史郎が死力を尽くして立ち上がろうとした時である
「フン、意外と時間がかかってしまった。私も他の奴らに加勢せねばならんというのに」
ベルカイラがそんな呟きを残す。
だが史郎とて、そんなことを聞いて、黙っていられない。
このままでは生徒の命が危ない。
メイの命が危ないのだ。
だからこそ負けるわけにはいかない。
方法は未だ思いつかないが何としてもこいつをここで倒すのだ。
そう史郎が渾身の力でもって歯を食いしばりながら立ち上がった時だ
「ほう、まだ立つか」
『視点侵略』
ベルカイラの瞳が無慈悲に赤く輝く。
そうして第二ラウンド開幕。
とにもかくにもこの『視点侵略』を防がないことには始まらない。
史郎が『視点侵略』を阻もうと瓦礫を操作しようとした時だ
史郎の『目の前』が爆発した。
史郎ではない。
史郎の少し手前が爆発したのだ。
『視点侵略』は視線の先を攻撃するというのに。
「え――」
謎の現象に目を見開く。
そして史郎は光の速さでこの戦闘区域から少し離れたビルの屋上に一人の少女がいるのを見つけた。
この世の誰よりも早い位置感知だった。
史郎自身、なぜこんなにも素早くそんなおかしな場所にいる少女の存在に気が付けたのか不明だった。
しかしそこにいた人物を見て納得する。
そこには――
◆◆◆
一方で時は少し遡り、ここは晴嵐高校の生徒が住まうホテルニューレインの地下。
もし敵が攻めてきた場合、生徒が避難する予定になっていた空間である。
「『ご覧ください! 先ほどまで一進一退だった戦いですが、先ほどから九ノ枝君が押し込まれる展開が続いています!!』」
そこに備え付けられたTVにより史郎の戦闘映像が皆の瞳に晒されていた。
「ヤバイじゃん史郎……」
「てゆうか相手強すぎない……?」
史郎の厳しい戦いを見て生徒達は声を潜めた。
そしてその光景に即座に対応したのが
「ねぇ荒巻さん。木嶋君を呼んでくれる?」
メイであった。
メイは木嶋のパートナーシップを務める荒巻チカにそう声をかけると木嶋を呼び出し
「私を九ノ枝君の所に連れて行って」
そう言ったのだ。
「え?」
テレポートで転移してきた木嶋は一瞬ポカンとしたが、すぐにTVに映し出される映像を見てメイの意味することを悟った。
しかしそれは危険すぎることである。
「いやいや落ち着け雛櫛。お前が行っても」
即座に木嶋はそうメイを宥めにかかる。
しかし
「いいから私を……、九ノ枝君の所に連れて行きなさい……ッ」
「――ッ!?」
その一言で押し切られる。
メイから放たれたのは空気が爆発したかのような圧だった。
まるで空気がびりびりと振動するような圧倒的な圧である。
余りの迫力に木嶋は息を呑んでいた。
そうして木嶋がした選択とは
(コイツの能力ならなんとか出来るかもしれねぇ……!)
「おいすぐに立ち去るぞ」
「分かってる」
メイを史郎の戦う辺りの近くのビルまで送ることであった。
木嶋はあまりのメイの圧に押し切られたのだ。
そこでメイは自身の個別能力を行使したのである。
『同行者』
『史郎が必要なものを生み出す』という史郎限定の個別能力を。
この史郎の絶望的状況を打破し得る個別能力を。
しかし、ここで問題が生じる。
この『史郎に必要なものを生み出す』という能力『同行者』、別に史郎に必要なものを何でも生み出すわけではない。
よりこの能力を正確に言うのなら、史郎に必要だと『メイが判断したもの』をメイの個別能力の範囲内で生み出すのである。
つまりメイの手に余るような能力は生み出せないし、なによりメイが必要だと思ったものしか生み出せない。
そして史郎とメイは根本的にこれまでの人生で積み上げたものが違う。
かたや能力社会のトップ層の実力者で、かたや能力社会に半歩足を踏み入れたばかりの超ド級初心者だ。
史郎は何度となくこういった能力戦闘を繰り広げてきているが、メイは能力バトルなど 一 度 た り と も したことがない。
つまりメイと史郎の視界はまるで違う
だからこそメイが史郎にとって本当に必要なものなど生み出せるはずがないのだ。
――そもそもメイは『なぜ史郎が追い詰められているか』も把握していない。
――ベルカイラがどのような能力を有するかも全く分かっていない。
だが史郎が傷つくのをもう見たくなくて駆け付けたのである。
しかしここ現場に来るにいたり、メイは自身と史郎の間にある歴然たる壁に気が付いた。
が
「……ッ!」
メイはキュッと唇を引き絞る。
現場を見る。史郎は地面に片膝たち追い詰められていた。
自身に発破をかけた。
確かに自分は本当に史郎に必要なものが何かは分からないかもしれない。
しかしこれまでのことを振り返る。
この半年のことを。
そして自身に言い聞かせる。
この半年、誰よりも史郎のことを理解してきたのは自分ではないか、と。
好きな史郎のためにそう信じ、自分に言い聞かせる。
だからこそ戦闘において史郎に真に必要なものはメイの頭では分からない。
しかし――
史郎の顔さえ見れば、何を欲しているか分かるはずだ、と――
そうしてメイは目をキッと開き、保有する個別能力『同行者』を解放した。
それによって生み出されたもの、それは――
◆◆◆
そう、屋上にはメイがいたのだ。
そして史郎の視線に気が付くとメイはコクリと頷いて、横に現れた男、木嶋と姿を消した。
そしてメイが個別能力『同行者』で生み出したものは
「貴様! 光の操作すら使えるのか!?」
史上数人しか成功していないテレキネシスによる『光』の操作。
それが 出 来 る と 見 せ か け る 史郎の幻覚である。
メイは能力で史郎の映像を屈曲させ、史郎の手前を爆発させたのだ。
そしてそのような光景を見れば史郎がテレキネシスによる『光の操作』が出来ると思ってもおかしくない。
なぜなら史郎はそのテレキネシス才能で『天才』だ『神の見えざる巨大な手』などと呼ばれているのだから。
そしてそうすれば――
敵があると思ったものを本当に実在させる、史郎の個別能力
『悪霊』がその実態を宿す。
史郎の中にテレキネシスによる光の操作感覚が芽生え始めた。
史郎はテレキネシスによる光操作を手に入れたのである。
だが同時に史郎の中に痛烈な疑問が沸いて来る。
なぜメイは史郎が必要なものが分かったのだろう、と。
史郎は既に先ほどの現象がメイの個別能力『同行者』による現象だと理解している。
だがこの能力、何も史郎に必要なものを生み出す能力ではない。
史郎に必要だと『メイが判断した』ものを生み出すのである。
そして実は史郎、この戦いが始まってから『光の操作が出来たらな』と頭の片隅でずっと思っていた。
そうすれば『視点侵略』が透かせるので有利に戦いを進められるのに、と。
だがそんなことは夢物語で有り、諦めていた。
しかしメイは『同行者』で、『悪霊』で『テレキネシスによる光操作』が出来るように見せかける史郎の偽映像をピンポイントで生み出して見せた。
なぜそのようなことが出来たのだろう。
声もかけていないのに。
メイは能力による戦いすら経験したことがないはずなのに。
だが3月に行われた期末能力試験大会からこちら半年間のことを思い出し納得する。
『九ノ枝くんが楽しそうだったから!!』
期末能力試験大会の際、メイは史郎が心のどこかで楽しんでいると把握していた。
史郎すら気づいていなかった史郎の本心を誰よりも正確にメイは気が付いていた。
『ここ最近、九ノ枝くん、怖かったから……』
谷戸組が暴れはじめた際、史郎が任務の都合で学園を見捨てた時、メイはそう言って目に涙を溜めた。
史郎の性格を深く知っていたからこそ、彼女は史郎の異変に気が付いた。
『分かるのよ。九ノ枝くん、今とても苦しんでいる』
パートナーシップマラソンの後、オリジナル能力者であると知られるのを恐れる史郎の内面をメイはあっさり読んだ。
『それに、絶対に守ってくれるんでしょ?』
そして七月、生徒に発破をかけるために史郎は自身の戦闘映像を皆に見せつけ、かつメイにはそれが裏工作によるものだと告げていた。
だというのにその映像の中で史郎が吐いたセリフが掛値のない本音であることをメイは正確に見抜いてきた。
そう、これまでメイはこと史郎に関して、殆ど超能力と言ってもいい感知性能を有する。
それでもって、
――言葉を介さず
――経験を飛び越えて
――今最も史郎が欲する、史郎が必要だと思っているものに――
――『辿り着いたのだ』。
だからこそメイはピンポイントで史郎の映像を操作して見せたのだ。
そしてそのようなアシストがあれば
「ハハハッ、ハハハハハハハハハハハ!!」
――負けるわけがない。
笑ってはいけない。
しかし笑みが込み上げてきてしまった。
なぜならだって、こんなにもメイが自分を想ってくれているのだ。
なら――
負けるわけがないじゃないか。
「――行くぞ」
史郎の瞳に活気が戻る。
「――ッ!!」
その気迫にベルカイラは目を剥いた。
そうして二人の戦いが再開した。
が、
「クソ!! 映像か!」
あると思った大地。しかしそこが全くの空白でベルカイラは息を呑んだ。
目算を誤り映像の奥にあった本当の地面を転がるベルカイラに史郎の蹴りが叩き込まれる。
「クソ!」
ベルカイラは血を吐きながら『視点侵略』を見舞う。
しかしそれは史郎の偽の映像。
本物の史郎はすぐ横にすでに迫っていて、その懐に思いっきり拳を振るった。
吹き飛ばされるベルカイラ。しかし宙を見ると無数の瓦礫が落下するのを捉える。
しかしその実、その映像は史郎が作った偽映像。
だがそれが本当にあると『思い込む』ことで『悪霊』により映像が実態を宿す。
それにより大量の瓦礫はその質量を宿し、ベルカイラに襲い掛かった。
「くそ!! メチャクチャだ!」
ベルカイラはそう吐き捨て瓦礫を押しのけ史郎に再度迫ろうとするが、目を上げた瞬間、史郎が放った無数のオーラ弾が襲い掛かる。
とっさにベルカイラは跳躍し避けるが、上空には読んでいたかのように史郎がいてその脳天に蹴りを突き刺した。ベルカイラは地面に再度叩きつけられた。
そう、『悪霊』を有する史郎にとって映像を操作する『光の操作』はお誂え向きな補助能力なのだ。
その能力により史郎は一気にベルカイラを圧倒し始めた。
「クッ!?」
映像だと思ったら本当に実在する。
本当に実在すると思ったら、映像。
視覚情報がまるで頼りにならない戦闘にベルカイラは手も足も出なかった。
仮にもベルカイラはこれまで何百人という能力者を屠ってきた能力社会の一つの頂。
そのベルカイラを圧倒するほど、メイの補助を受けた史郎は強いのだ。
だからこそ――勝負はすぐについた。
◆◆◆
「なに!?」
戦闘の最中、自身の囲むようにぐるりと瓦礫が球状に自分を覆いつくしていてベルカイラは目を剥いた。
そのような量ではとてもではないが避けきれない。
しかし同時に気が付く。
どれかが史郎によって作り出された偽映像だと。
一気に駆け出す史郎。
残された時間はもうない。
ベルカイラは残り少ない時間でどれが本物か見切ろうとした。
しかしこの時点でようやく気が付く。
全て偽物。映像だと。
それに本能的に気が付きベルカイラは史郎と立ち向かうように一気に駆け出した。
案の定、瓦礫は全て偽物。
ベルカイラはそれら映像をすり抜け史郎に向かうが
「ナッ」
ガンッ! と何もない中空に頭をぶつけて跳ね返る。
そうして見た。今まで何もなかったところに瓦礫が浮いているのを。
(そうかッ)
この時点でようやくベルカイラは気が付いた。
(光と音の操作が出来るお前は、実際に存在する物体すら、完全に無いように見せかけることも可能なのかッ)
と。
『悪霊』で無いものを本当に実在させるだけではない。
音と光の操作で、本当にある物を無いように見せかけることも可能になっていたのだ。
今までは『悪霊』による偽映像を警戒していた。
無いものを実在させるからである。
しかし光の操作が使える史郎は、有る物を無いように見せかける。
『悪霊』の裏返しも可能になったのだ。
――こんなの相対できるわけがねぇ……!
その圧倒的支配力を前にし、ベルカイラの全身の毛が総毛だつ。
しかし悠長に感心している暇は無い。
すでに史郎が駆け込んでいて、その拳を振るっていたのだ。
しかしベルカイラとて負けていない。
『視点侵略』で史郎を攻撃しようとする。
しかし、たった今駆け込んだように見えたのは史郎の偽の映像。
奥には本物の史郎がいて
「なんだそれは――!?」
史郎の圧倒的に輝く右手にベルカイラは目を剥いた。
極限に肉体強化をすることで生まれる『閾値超え』である。
しかしどんなに強化してもそれは燐光が灯る程度。
こんな太陽のように、目が眩むほどの光量が灯ることなど有り得ない。
だが実際に史郎の拳にはそれだけの圧倒的な光量が滾っていて、
それほど強化された拳に殴られたら自分はどうなってしまうのだろう。
その想像の先に意識が飛び、一気に喉が干上がる。
そしてベルカイラの『思い込み』により自身の拳に極大の力が宿り史郎は薄く笑った。
そう、実はこの史郎の右手の光は『光の操作』で史郎が作り出した偽映像である。
だが相手が本当にそれだけの『閾値超え』をしていると『思い込めば』、『悪霊』それだけの力が史郎に宿るのである。
史郎の限界を遥かに超えた力さえも――
そうして史郎は自身を倒したら生徒を殺しに行くと宣言していた欧州最強に――
その極限まで生命エネルギーを内包した拳を振るった。
「――ぶっ飛べ」
瞬間、轟音。
その巨大すぎる衝撃波で周囲にあった、ビルというビルの窓ガラスが割れる。
そしてベルカイラは軌跡を残すような圧倒的な速度でまっすぐ何十メートル吹っ飛び、ビル二つに大穴を開けた後、辿り着いたビルの最上階で倒れた。
「はぁ……、はぁ……」
そうして荒い息をする史郎もまた、
「……やった……」
その場で崩れ落ちた。
『赤き光』リーダー、一ノ瀬海は言っていた。
『赤き光』最強は俺か二子玉川リツだと。
そしてこうも言っていた。
だがここ一番という時は史郎が頭一つ抜ける、と。
その史郎のここ一番の爆発力がいかんなく発揮された戦いだった。
「『ご覧ください! 台風が過ぎ去った後かのような荒れ具合です!!』」
バラバラバラバラッと爆音を鳴らしヘリコプター空を割く。
そうして日本全国に流されたのは、大穴がいくつもあくビル群に爆発炎上した数え切れないほどの車。
蜘蛛の巣のようにヒビの入った道路に、隕石が落下したようなクレーター。
そして
「だ、大丈夫、九ノ枝君……ッ!?」
顔を白くして史郎に駆け寄るメイの姿だった。
辺りは災害の過ぎ去った後のような凄まじい荒れ具合だった。




