第5話 『信用』
ケイエス大聖堂。
ステンドグラスの彩光が落ちる講堂に3名の能力者がいた。
一人はシンプルな服装に身を包む痩身の男性、鈴木。
もう一人の男は整った顔立ちの美青年。グレイ。
残す一人は白いフリルの付いたドレスを身に纏う金の髪飾りを付けた少女だ。
名を『シスリーネ』。
「君の『忘却操作』のおかげで作戦は成功した。改めて礼を言うよ」
かつて木嶋の記憶を忘却させ、姫川アイの存在を世界中から忘れ去った破格の能力者である。
「良いってことよ。私もヤスヒコの計画なら協力してあげたかったし。私の能力が役に立ったなら万々歳よ?何度私にお礼言うのよ」
シスリーネは殊勝な笑みをこぼした。
声は年相応のあどけない少女のそれである。
「それに……」
少女はいたずらっぽく笑った。
「お礼の仕方なら、もっと他のモノが欲しいわヤスヒコ?」
だがグレイがズイッと二人の間に割って入る。
「やめろシスリーネ。無礼だぞ」
「やけに偉そうじゃない??グレイ……」
対し、立ちはだかるグレイにシスリーネは目を眇めた。
そして決定的な言葉を放つ。
「あなたの所為でサーシャが覚醒させた子供たちを殺し損ねたというのに」
「ッ……」
痛いところを突かれ目を伏せるグレイ。
『サーシャ』とは巷で無差別能力覚醒犯と呼ばれている女である。
確かに、グレイは、しくじっているのである。
一年前。
グレイ、ナコ、シスリーネ、サーシャ、他数名の能力者は日本に潜入していて
そこでグレイは任務に失敗してしまったのだ。
◆◆◆
一年前
『ここなら本当に上手く行くのかしら?』
第一のターゲットの学園に侵入する際、サーシャは懐疑的だった。
イギリスで試した時は一時的に能力取得に成功したが、すぐに消失してしまった。
『大丈夫だ。あの時とは違う。ハイルトンの能力も殺して奪い去った。だから君のその腕に『固定』の紋章が浮かんでいるんだろう? それに日本、いや東京は現状、我々の計画を成すのに最適だ』
『『無意識影響圏』、能力者は存在するだけで世界を変質させるニャ。東京なら完璧ニャ』
『そうよサーシャ! 弱気にならない! 皆でヤスヒコの悲願を完遂させましょう!?』
『あぁそうだサーシャ。きっと上手く行く』
だがそう言うグレイも正直計画の実現出来るかは不安だった。
しかし実際には
『これが、新たな能力者なのか!?』
グレイは息を呑んだ。
『強すぎる……!』
生まれてきた能力者は今までその失敗作に比べ『遥か』に強力なものだった。
能力覚醒自体は成功したのだ。
だが
『うーん、目的の能力を獲得した生徒はいないみたいニャ』
ナコは保有する個別能力で『無効化能力』保有者がいないことを把握した。
『ならば仕方がないな……』
全校生徒が殺害されたとなれば問題になるだろうが『能力覚醒』の件を知られるよりはずっと良い。
だからこそ目的の能力者が得られなかった場合は生徒達を殺さねばならない。
グレイは生徒を殺すべく歩き出した、
のだが
◆◆◆
「まぁまぁグレイを責めちゃいけないよ。グレイの判断が正しかった可能性もあるんだ」
「でも私達はそういう選択をしてたってことじゃないッ。これは正しい正しくないが問題じゃない……! グレイが裏切ったことが問題なのよ!」
「そうだね。だが結果も重要だ。ご覧? 僕たちは無事、無効化能力を獲得し、国を支配し、世界に能力者の存在を知らしめることが出来た。結果だけ見れば僕たちの目的通りことは進んでいるんだよ」
「だからそれはそうだけどッ!」
「僕はね、皆と協力して事を成し得たいのさ。だから今僕はとても満足しているんだ。確かに予想外な出来事はあったけどね」
「あぁもう分かったわよ! 私がさっきから言いたいのは、『聖別』に連れて行くのは裏切ったグレイじゃなくて私でもいいんじゃいかって言ってんのよ!」
シスリーネが先ほど直談判しているのはグレイに代わり自分が『聖別』に立ち会うことだった。
しかし
「ダメだシスリーネ、君には感謝しているけれど、それとこれとは話が違う。今回もいつも通りグレイを連れて行くよ。僕はグレイを心から『信用』しているからね」
「く……、分かったわ、ヤスヒコ」
はっきりと鈴木に言われシスリーネは諦念したように項垂れた。
「じゃぁ『聖別』に向かおうかグレイ。報告じゃ、彼らはもう来ているそうだよ?」
◆◆◆
大聖堂を鈴木とグレイが歩く。
「で、あの件はーー」
「あぁ、あれね」
話が及ぶのはイギリアの内政問題だ。
現状鈴木によって乗っ取られたイギリアだが、政治内容が鈴木によって様変わりしているかと言えば、そうではない。
鈴木がイギリア政府を『殺意』で黙らせた得た立場は、政策の最終承認をするというポジション。
そして鈴木が上がってきた施策にゴーサインを出すだけのデクに成り下がっているので大差が生まれていないのだ。
鈴木は言う。
「別に僕自身この国をどうにかしたいわけではないからね」
と。
またイギリアの統治に大きな役目を果たしているものがある。
それは当然、
能力固体『殺意』である。
『殺意』は『声を入手した相手を遠隔殺害する』という能力を有する。
そして今の時代、政治家を始め権力を有する者の『声』など探せばいくらでも入手でき、大衆を動かすには今の時代『メディア』を通さねばならない。
『殺意』はこの国を動かすようなリーダー達の『声』を奪い取り、『動き』を縛り上げたのだ。
また国民も『殺意』を恐れ大っぴらに鈴木たちを批判できず
鈴木が大胆な政治介入をしないため、批判は鳴りを潜めたのだ。
未だ『殺意』による死者はいない。
しかし『殺意』によりこの国の主権は完全に奪われていた。
そして今鈴木が進めているのは戦力拡大だ。
「僕たちは仲間を増やす必要があるからね」
そのために行っているのが『聖別』である。
鈴木の計画に協力したい能力者はその身をぼろぼろにしながらイギリアにやってくる。
そして息を絶え絶え到着した彼らを鈴木独自の選抜基準で選抜。
合格した者は仲間に引き入れているのだ。
それが『聖別』である。
これによりすでに有力な能力者も迎え入れ、イギリアからも数十名の能力至上主義者を入隊させていた。
だが今回に関しては残念な結果になったと言わざるを得ない。
「お会いできて光栄です。ヤスヒコ・スズキ」
この日、現れたのはオーストリアから渡ってきた7名程の能力者だった。
遠路はるばるやってきた男たちは追手に攻撃されてすでにボロボロになっていた。
だが男たちはそんな怪我気にならないかのように自分がいかに鈴木に心酔したかを熱っぽく捲し立てる。
だが鈴木はというと
「ダメだね、不合格」
あっさりと彼らの入隊を拒否していた。
そう、鈴木の『聖別』の選抜基準は非常に厳しい。
「君たちは『信用』出来ない……」
「な!? 遠路はるばる来たんだぞ!? 基幹組織にも命を狙われて」
男たちは信じられないと言った面持ちで目を見開き身振り手振りで必死に主張する。が
「関係ないよ、お引き取り願おう。君たちは僕の協力者になれない」
鈴木は冷たく言い切った。
そしてそれを聞いた相手はというと
「ふざけるな……!」
顔を真っ赤にし能力を発現させようとした。
ウェポン型なのだろう。
彼らの前方の虚空に物体が生まれ始める。
だが鈴木は意に介さなかった。
「ほら、『信用』出来ない――。グレイ」
あっさりと言い切る。
そしてグレイも早かった。
鈴木が言い切るころにはグレイは動き出していて目の前にいたボロボロだった敵を目茶苦茶に切り刻んでいた。
辞世の句もない。
あっさりと男たちは切り刻まれ、サイコロステーキの様な肉片となり重力に惹かれるがままグズグズ崩れ地面のシミとなった。
「よくやったグレイ」
「いえそんなことは」
もはや『モノ』となった者達を眺めながらグレイは鈴木の能力を思い出していた。
固有能力、『信用』
相手が信用出来るか否かを見透かす能力だ。
その副次効果として『他人から信用を勝ち得るために必要なアクション』が『視える』らしい。
この『聖別』はこの『信用』を持って行われる。
これにより鈴木は国境なき騎士団で信用を『勝ち取り』、秘かに自分を絶対に裏切らない『信頼できる仲間』と計画を実行した。
そう、この組織は鈴木の『信用』で作り上げられた、鈴木との信頼関係で繋がる、世界中のどの組織よりも結束の固い組織だ。
そしてこのような組織を作り上げた組織の親である鈴木が、誰よりも自分を信用してくれる。
それが誇らしかった。
――のだが
「どうしたグレイ」
「いや何でもありません」
あの日、無垢な人間を殺せと言われてから、鈴木が分からなくなった。
だが鈴木は、自分が鈴木を疑っていることを、鈴木への信頼が揺らいでいることを、『その能力で知りながらも』、グレイに言うのだ
「分かっているよ。グレイが私の存在に疑問を抱いていることは。だけどね、グレイになら私は殺されても良いからね。だからこうして一緒にいるんだよ」
と。
そう、鈴木の意図を疑う自分に、鈴木はこんなにも暖かい笑みをくれる。
その無垢な笑みに思わず笑みがこぼれそうになった。
そして、やはり思うのだ。
(やはり、一瞬の気の迷いだ。この人はやはり、信用出来る)
と。
「いえすいません。下らない事を」
「下らなくなんかないよ、今後もよく考えな。ま、最終的に俺に尽くしてくれると嬉しいんだけどな! ガハハ!」
グレイの顔が晴れると鈴木は快活に笑い、グレイも釣られて笑った。
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グレイは笑う。
『信用』
この能力が、何も敵にだけ向くものではないと気づかずに。
『信用』
その保有する能力は相手が信用出来るか見極める能力と――
自身を疑う相手から信用を勝ち得る能力。
グレイは最後こう思っていた。
(この人はやはり――)
(――信用出来る)
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一方そのころ、東京。
「では今日は能力者の九ノ枝史郎君にゲストに来てもらいました~!!」
深夜。
史郎の番組の収録が始まっていた。
史郎の周囲は賑やかな光と音に包まれていた。
◆◆◆
それとほぼ同時刻。
東京上空。
夜風を切り複数の能力者が飛来していた。
『第二世界侵攻』の構成員である。
「では作戦を開始する」
生徒達を狙う戦闘員たちが東京の街へ迫っていた。
次話は、明後日(5月4日)に投稿する予定です。




