第1話 ナコ
鈴木の宣言以降、世界のニュースは『能力者』一色だった。
もう隠し切れないと世界各国政府がイギリアの発表に合わせ『能力者』の存在を認めたのだ。
『総理! 総理! 知りながら能力者のことを黙っていたんですか!?』
報道陣が立ち去る総理に声高に質問する。
『知っていて黙っていたとしたら重大な問題ですよ! 国民の知る権利がッ』
またある時組まれた特番では過去に首脳を務めた男が自慢げに語った。
やわらかいソファに収まり手を広げる。
『つまり歴代政府は、能力社会と良好な関係を保っとったわけですよ……』
『良好、というとつまり……』
『能力を研究し革新的利益を生み出そうとした……。彼らも協力的だった。今だって各国政府は裏で行っている。まぁ革新利益は得られてはいないようだがね……』
ネット上で能力者組織のアジトだと広まった場所には報道陣が集まる。
『ここが噂の能力組織『カイル』の本拠地とされる雑居ビルです! あ、中から構成員と思われる人間が出てきました! ちょっとお話聞かせてもらえますか!?』
またネットに点在していた今まで眉唾ものだった能力者の戦闘映像などが凄まじい再生回数を叩き出していた。
『おいおいこれマジもんの映像なんかよwww』
『社会の裏で今も殺し合いしているとガチヤバいって』
『なぜ俺は能力者じゃないんだ……』
『能力者とか気持ち悪すぎるわ……死ね』
動画の下には辛辣なコメントが続いた。
TVではインタビューを受けた若い女性が笑いながら言った。
『能力者とかちょっと冗談きついですねー、消えてほしいです』
しかも報道は日本においてはただ能力者がいる、という問題に留まらなかった。
『しかもここ最近、『能力に目覚めた子供たちがいる』というのは本当ですか!?』
そう、『無差別能力覚醒犯』により能力覚醒させられた生徒たちの問題である。
『えぇ、急に政府の方々が来て、私の息子が能力者になったと』
暗い室内でインタビューを受ける母親の顔にはモザイクがかかった。
『他言しないようにと……。しかも夏は一か月以上も能力?の強化のために家を空けていました……』
『そ、それは何のためですか!?』
意気込むインタビューアー。
母親はハンカチを目元に当てた。
『どうやら、イギリアの件で息子たちの力が必要だ、とかで……』
『総理! 子供たちを戦争に向かわせるのは大問題ではないですか!?』
『総理! お答えください!』
記者クラブの質問は矢の様に時の首相に突き刺さった。
そしてこれを見て怯えたのが
「これマジでヤバイな……」
「どうなっちゃうのこれ……?」
晴嵐高校を始めとする能力覚醒した生徒達である。
史郎の目の前でパジャマ姿の生徒たちは『談話室』で顔を青ざめていた。
皆が政府に突きつけられる批判の嵐に、
ネットに溢れる自分たちへの悪意に、ひるみ切っていた。
……また、ここで、『談話室』という単語に違和感を覚える者がいるかもしれない。
しかし知っての通り、鈴木の計画攻略の関係で生徒は寮生活が予定されていて、
9月、晴れて全生徒の寮生活がスタートしていた。
と言っても、新しく都内に建造物を作ったわけではない。
都内にあるビジネスホテルを政府が買い取って、多少内装を変更したのだ。
今史郎がいるのは晴嵐高校の生徒が入る高校からほど近い場所にあるビジネスホテル。
内装変更し出来上がったピンク色の絨毯が敷かれた談話室だ。
そこには現在30名近い生徒が集まっていて、大画面に映された画面に固唾を飲んでいた。
「なぁどうなんだよ史郎」
そしてそにような空間に史郎がいれば、自然と史郎に視線が集まる。
談話室の約30対の瞳が史郎を捕らえた。
「九ノ枝君……」
メイも心配そうに史郎を振り返っている。
「あー、まぁ、今まで通りで大丈夫のはずだ。リツの言っていた通りだよ」
メイはじめ生徒の怯え切った瞳を前に、史郎は頭を掻きながら答えた。
そうしながら史郎は昨日の『赤き光』本部での会話を思い出した。
◆◆◆
「私達がやることに変わりはないよ」
深夜、リツはTVの報道を聞き流しながら資料に目を通していた。
「生徒を強化する、それだけさ」
「ふ~ん、で、この強化だけど、進んでるのリツ??」
「まぁそこそこってとこさ」
「そうなんだ?」
資料を指さし三宮マドカは眉を下げた。
組織ナンバー3。
ボーイッシュな髪形が特徴のスラリとした美少女である。
史郎と同年代であり、外見は男の子っぽいが内面は割と女性らしい一面を備える少女である。髪留めのピンも花柄だ。
マドカはどうにも納得が言っていないご様子である。
「史郎、この『脅威度』ってなんなの?」
「あぁ戦闘におけるその者の脅威度の数値だな。晴嵐の生徒の一人が測ることが出来るんだよ。昔は100いかない奴ばかりだったんだが、ここ最近じゃ見ての通り皆、400辺りになってる。人によっては600を超え始めてる」
「ふ~ん、じゃぁ結構伸びてるんだ!」
「あとはきっかけさえ掴めば一気に成長していくはずさ。で、そのきっかけだが史郎、秋と言えばなんだ?」
「え? 飯ですか?」
「アホか貴様、殺されたいのか?」
「理不尽過ぎない!?」
余りに理不尽な殺害予告に史郎がツッコミを入れていると、当り前だろと言わんばかりにリツは平然と告げた。
「体育祭だろ史郎? だから来月、体育祭を開く」
きっとそれが『いびつの視認』が導いた必要なイベントなのだろう。
もう何も言うまい。
そう史郎が納得し黙っていると
「それも能力覚醒した7校対抗でな」
「マジかよ!?」
とんでもないことをリツは言い出していた。
「『七校対抗能力大会』だ」
その後史郎がリツに大会の様式に質問を飛ばすが、しばらくすると
だがまぁ、とリツは天を仰いだ。
「イベントはまだ先だ。それよりも先決は生徒の保護だ」
そしてリツの視線はマドカを真正面からとらえた。
「だから、お前も頼んだぞ。マドカ」
「ハイ!」
マドカはズビシッと手を上げた。
そう、この度、組織ナンバー3。
三宮マドカも生徒の保護に加わることになったのだ。
◆◆◆
「で、鈴木、いい加減やるってのかい?」
「あぁそういうことになるな」
一方でこちらはイギリアのケイエス大聖堂。
ケイエス大聖堂はもともと一般公開されていない。
もともと非能力者の間では謎の施設と有名な大聖堂だった。
豪奢な大聖堂と、大聖堂を挟み込むように立つ六つの石造りの建造物を合わせて、元・国境なき騎士団の本部である。
大聖堂内部のステンドグラスの明かりが落ちる講堂が彼らの会議の場だ。
そして今、会議にてある決定が下されていた。
「行ってもいいのかい? 私が?」
赤いドレスを着飾った女は鈴木の決定を受けニヤリと笑った。
「あぁ僕は君を『信じている』」
「そうかよ」
「じゃぁミーもいくにゃ」
赤いドレスの女にフードを目部下に被った少女も続いた。
「ミーの『能力』がないとこの作戦、遂行できないにゃ」
「あぁナコも行っておいで。そして無事に帰っておいで」
「当たり前にゃ。さっさと、」
ナコと呼ばれた背の低い少女は奥にいる青年を見すがめた。
「……そこにいるグレイ君の『尻ぬぐい』をして来るニャ」
「……」
大聖堂の奥、グレイと呼ばれた金髪の美青年は目を伏せた。
そして二人の後を追って、戦いに出ると決まった者たちが続々と歩き出し、しばらくすると最後の一人が出ていき、大聖堂のドアがバタンと閉じた。
人数が減った空間で金髪の男は言う。
「上手く行くと良いねぇ……」
ホコリがチラチラと光った。
「能力覚醒児、殺害計画」




