第6話 1回戦開幕
「ではではこれより期末能力試験大会を開催します!!
ナレーションはこの私、ミイコと!」
「フウカがお送りするよ!」
薄暗い体育館。
照明が当てられた壇上には双子の少女がマイクを取りその美しい声音を響かせていた。
猫を思わせる外観をした少女であり、男子人気の高い少女である。
まさに今、期末能力試験大会が始まろうとしているのだ。
今は開会式の最中である。
薄暗い体育館には今千名近い生徒が詰められており、生徒の多くが今か今かと胸を高鳴らしている。
男子は女子の前で良い格好をしようと、女子はこのお祭り騒ぎを楽しんでいた。
「……ッ」
当然、史郎もそれなりに気分を高めていた。
このにぎやかな空気に当てられたのもあるし、それ以上に今から始まる重要な任務に緊張し、期待を高めていた。
すでに校長の訓辞などは済んでおり、この少女たちが改めてルールを説明したあと、『権力会』トップからの開会の言葉を聞けば始まる手筈になっている。
「早く始まんねーかな……!」
「ハッ、お前なんて即落ちだっての!」
周囲の男子が声を潜めて囁き合う。
そしてミイコとフウカが
「「ではウインドウ! オーープン!!」」
と叫んだのが合図だった。
爆竹が鳴り響き、舞台下からいくつもの火花が飛び散り
体育館の前面を覆いつくす半透明の膜が現出したのだ。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお~」」」」
今までに見たこともない能力の出現に会場が色めき立つ。
会場の反応に満足したのかミイコとフウカの声の調子が上がった。
「これぞいくつもの能力を集結し生み出した、名付けて『戦闘万華鏡』!!」
「期末能力試験大会は基本的に校庭を使用して行います!!
そしてこの『戦闘万華鏡』は参加能力者全員にフォーカスし映像をお届けします!」
そして少女は一端間を置くと
「じゃ、ルールを説明するよ!」
ルールの説明を開始した。
といっても超が付くほど単純なルールだ。
960名を一度の戦わせることは出来ないので、960名を数十のグループに分けサバイバル戦をさせ、勝ち残ったものを再度いくつかのグループにわけサバイバルバトルさせるのだ。
そうして総勢15名に絞れたらそこからはトーナメント形式で戦うのである。
敗北条件は自身の校章を奪われる、破壊されるなどしたらである。
ようは自身の校章を守り、生き残ればいいのだ。
そして
「一応校章めがけての攻撃はいいけど、肉体攻撃を目標とした攻撃は禁止です!」
「もし悪質な行為が見つかったら罰則を科すよ!」
「それとこの期末能力試験大会は皆さんの能力習熟度を見るための試験です!
なので皆さんには絶対に一度能力を使ってもらいます!
もし使わなかったら~!!」
「校内清掃活動を科します!」
一応の罰則条件を説明するとルール説明は終了となった。
そして――
「では今から『権力会』会長の射手瞬太さんからの開会の言葉です!」
フウカの言葉で舞台袖から銀髪の少年が出てきた。
射手瞬太。
この晴嵐高校の能力生態系のトップに君臨する男である。
銀髪で整った顔立ちをした少年はマイクの前に立つとゆったりとした口調で話し始めた。
「おはよう、生徒諸君。今日ついに、かねてから我ら権力会に依頼が来ていた能力大会を開催する運びになった。これまでついぞ行われていなかった能力大会だ。
だからこそ、皆、全力で戦おう」
そして射手は前のめりに机に手をつくと言った。
「……では始めようか」
その一言で体育館の周囲一帯から爆竹が鳴り響き、天高くでパンッと音花火が鳴った。
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
体育館に野郎どもの地鳴りのような雄たけびが満ちた。
期末能力試験大会の始まりである。
「では第1グループのメンバーは急いで校庭に集まってください~」
フウカの指示が響く。
「……」
史郎は渡された紙を見る。
史郎は第19グループだった。
期末能力試験大会はサバイバル形式だ。
校庭を舞台に行い、校庭では無数の戦闘が同時に行われる。
壇上を覆いつくす『戦闘万華鏡』が至る所で発生するバトルをその面積の一部を割き映し出していた。
『おおおお! 熊谷君は水流操作の能力を有していたようです!
水が蛇のようにうねり相手に襲い掛かります!!』
実況のミイコの声に反応し画面の一部で行われていた戦闘が拡大された。
そこでは短髪の男子二人が戦闘を繰り広げていた。
両者とも息を上げている。
戦闘も大詰めのようだ。
『ハッ、なかなかやるじゃないか溝口? だが今回は、バトルルールが合わない、な!』
実況に熊谷と呼ばれた男が腕を振ると空中で旋回していた水流がうねり、溝口に襲い掛かった。
量としては水道の蛇口をひねって出るくらいの水量だ。
それらは獣のように溝口の懐に入り込み、
『うお!』
溝口の胸元の校章を狙う。
しかし
『甘いぜ?』
水流が校章を弾き飛ばそうとした瞬間、溝口の胸元の校章が消えうせる。
そしてそのわずか下に校章が現れた。
溝口は得意満面で白い歯を覗かせた。
『俺の能力、『映像置換』は本物の物体を隠し、その僅か横に偽の映像を映し出す能力! 確かに攻撃には使えないが……』
溝口は瞠目する熊谷の隙をつき接近。
拳を振り上げた。
『虚を突くことは出来る!』
両者は既に戦い続け疲れていた。
加えて溝口の『映像置換』では大したことはできないと熊谷はたかをくくっていた。
だからこそ――
『くそ!』
溝口の指に引っかかり熊谷の校章が遠くに跳ね飛ばされる。
ビーッという電子音が校庭に響く。
『熊谷くん脱落ですー』
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
体育館の中に感嘆の声が満ちた。
それからも戦いは続いた。
『私の能力は爆炎操作です!』
女子が拳を構えると野球ボールほどの火の玉が浮かび上がり
火炎弾は蝶の舞うような速度、無軌道な軌道で敵に向かい
『よし!』
敵の校章を破壊し
『俺は風を操る扇子を生み出す能力なのさ!!』
いかつい顔立ちの男が手を掲げるとその手に煌びやかな扇子が出現し、そのひと振りで風速十メートルほどの風が発生し
『うおっ』
向かってくる敵の足を止め本院は追い風と共に接近し
『おおおおっし!』
敵の校章を奪い去る。
『甲斐くんはウエポン型のようですね!!』
「やるなあいつ」
「チェックだわマジで」
「いやお前一回戦突破できねーから」
それを見てフウカが解説し、近くの男子が熱っぽく囁き合っている。
そうしながら史郎は目まぐるしく画面の情報を拾っていた。
今こうして画面で戦闘が映し出されるのでその映像から生徒が保有する能力の操作・再チェックが出来るのだ。
史郎は任務の都合上学園全ての生徒の顔と名前を憶えているのでそれら情報と有する能力を次々紐づけしていく。
田中は炎発生能力、相田は扇子のウエポン型などなどなど。
凄まじい勢いで関連付けていく。
そうしながら史郎は思うことがあった。
(やはりレベルが低いな・・・)
と。
史郎は戦闘を監視しながらつい先日の任務を思い出す。
テレキネシスを利用しDNAを操作し新たな生命体を生み出そうとしていた研究機関だ。
そこで史郎は何十という能力者と戦っており、そこで遭遇した能力者たちは皆
自動車をテレキネシスで投げ飛ばしたり、
瀑布のような大火炎を操ったりしていた。
数十メートルという単位の巨大な火柱が襲い掛かったりもしたのだ。
『俺の聖なる雷を喰らうがいい!!』
画面の男子が腕を振りかぶると『子蛇大』の稲妻が敵に襲い掛かっていた。
断じてこのようなレベルではない。
(……)
そもそも戦闘において『能力』に頼ってしまっている時点でナンセンスなのだ。
『能力』、いわゆる『個別能力』は能力者にとって生命線。
本来なら隠匿し続けるものなのである。
しかしこんなことを指導しても意味のないことだ。
史郎はため息を一つつくと目を上げ、画面の映像を観察し続けた。
そして
『ハイ、では第十七グループの試合が終わりました~。帰ってくる選手に拍手を!まもなく第十八グループの試合が始まります!
そして第十九グループの参加者は待機エリアに集まってください!』
自分の番が来た。
史郎はゆっくりと立ち上がると待機エリアに向かう。
途中、メイと目が合った気がしたが、きっと気のせいだろう。
◆◆◆
「ねぇ、メイ行っちゃたよ? 応援しないの?」
「や、やめてよカンナ……!」
一方でカンナとメイは薄暗い体育館の隅で囁き合っていた。
◆◆◆
「あなた、私の能力、『想像軌道のブーメラン』から逃れるとはなかなかの運動神経をしているわね」
そして十数分後、史郎の戦いは始まっていた。
時間は数分前にさかのぼる。
『それでは出場選手は校庭に入場してください~』
拡声器から響く指示に従い史郎は30名ほどの生徒と一緒に校庭に入った。
「頑張ろうな……」
「お前には絶対負けない」
「弱いもの程よく吠える……プッ」
友人がいた様子の男たちが肩をたたき合いながら入っていくのに続く。
校庭はサッカーフィールド2枚分ほどの広さだ。
個人個人でスタートポイントは決まっていない。
「ま、ここでいっか」
原則なら死角をなくすべくフィールドの端にいるべきだろう。
しかしそこまでするのも大人げない気がして史郎はフィールドの中央とも隅とも言えない場所に突っ立っていた。
そして
『では試合! 開始!!!!』
ミイコのコールで試合は始まった。
途端に周囲に爆裂音が響き始める。
一斉に戦闘が始まったからだ。
この予選は30人が同時に戦う。
一気に試合は乱戦の様子を見せた。
「喰らえ! 俺の『火炎鞭』を!!」
フィールドの中央の男子が手から炎の鞭を生み出し振り回す。
「行きなさい、私のペットたち!発動!『マイフェアリー』!!」
少女が髪留めが空中に跳ね上がると空中を旋回するそれらに淡い光が集まり始め、ぼんやりとした光の妖精が誕生した。
それら光の妖精たちが空気を切り周囲の生徒に襲い掛かる。
「発動! 『砂嵐』!」
フィールドの端の男子が手に砂を握り投げつけるとそれら砂は逆巻ミニ竜巻のようになりながら向かいの少女に殺到した。
そしてこの戦闘に着目すると……
殺到した砂嵐は
「ちょ、見えなッ」
少女の視界を奪っていた。
砂嵐に大したダメージはない。
だがそのすきに男子は少女に接近し
「もとより目くらまし狙いよぉ!!」
「ちょっひどっ!?」
無理くり少女の校章をひっぺがえす。
「やったぜ!」
しかし声を弾ませるその男だが
「うお! って、あああぁ~~~……」
先ほどの光の妖精が天空から迫り、その校章を奪っていく。
『はい、出川君、鶴宮さん、退場です~』
早くも二人の生徒が退場していく。
そんな中、史郎は
キィィィィンっと
ふと背後から空気を割き何かが接近してくるのを感じた。
「ん?」
耳に届く音から軌道を予測し、タイミング良く体を右にそらす。
すると今まで自分がいた場所を通り過ぎカラフルなブーメランが通過していく。
振り返るとそこには黒髪の勝気な目をした少女がいた。
どうやらブーメランの出どころは彼女のようだ。
さてどうしたものか。
史郎が無言で考え込む。
一方、手元から『獲物』が無くなったというのに相手の少女は余裕の表情で、史郎がほんの少し怪訝で眉を顰めると、再度背後から空気を割く音が聞こえてきた。
「あぁそういうこと?」
またも身を右にほんの少しずらすことで攻撃を避け切る。
「なっ!?」
ノールックで避け切る史郎に少女は口をあんぐり開けていた。
「あ、あなた……」
あっさりと躱された自分の攻撃。
プライドが傷つけられた少女はそれでも気を取り直し言った。
「……あなた、私の能力、『想像軌道のブーメラン』から逃れるとはなかなかの運動神経をしているわね」
「だが私の本気はこんなものじゃないわよ」
と。
何が来るんだろうか……。
史郎がぼんやりと突っ立っていると目に涙を溜めた少女は
「喰らいなさい!!!」
再度、ブーメランを出現させた。
それも……
『四枚』も。
少女は叫ぶ!
「喰らいなさい!! 奥義!! 『無限四刀流』!!!」
カラフルなブーメランが今度は一気に史郎に対し射出される。
一枚は上段を切り裂くように、一枚は胸元に、一枚は下段に。
そして最後の一枚は高速で周回に史郎を背後を狙う。
しかし
「……よっと」
「はぁ!?!?」
史郎は右斜め前に半歩進むだけで攻撃を避け切った。
そう、今まで何度となく能力世界で死闘を繰り広げてきた史郎にとって、こんな攻撃避けること、造作もないなのだ。
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そして
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
それに度肝を抜かれたのは相手の少女であり、なにより『観客』だ。
「なにあれ!?」
「なんで分かるの!? 凄くない!?」
「てゆうか誰アレ!?」
「ちょっとしかも地味にかっこいいんじゃない!?」
女子は色めき立ち、ミイコとフウカの解説も
『今情報が入ってきました! 1年F組の九ノ枝史郎くんというようです!! 九ノ枝くん! 攻撃避けまくってます!』
『お、相手のランカも本気だ!! 本気の本気でブーメランの操作速度が上がるぅぅぅぅぅううう!!』
『縦横無尽に空を切り、史郎くんを狙っています!! てゆうかミイコ、これって相手の直接攻撃にならないの??』
『それは時と場合よ! さぁ! 歯は四枚! 速度も倍!! 果たして史郎くんは避け切れるのでしょうか~~!! 普通の人ではちょっと無理そうですが……!!」
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しかし――
「な、なんで当たんないのよ……」
史郎は息一つ上げずに攻撃を避け切っていた。
「い、いや、何でと言われてもな」
単に攻撃の軌道が音で分かるから避けられるだけである。
「じゃ、じゃぁ、俺からもいくぞ」
おそるおそる史郎はファイティングポーズを作る。
彼我の戦力差がありすぎて、逆に攻撃するのが申し訳なくなってきた。
しかし
「来なさい……」
能力操作で疲れ切り息も絶え絶えになった状態で少女がそう言ってくれているので、行くとしよう。
「……」
わずかに瞳に力が入る。
攻撃するときは得てして隙が生まれがちだ。
だからこそ一部の隙も見せないように、例え相手が遥か格下でもほんの僅かな緊張感が生まれる。
同時にこれは相手への敬意でもあった。
史郎がわずかに気合を入れる。
次の瞬間、
「え……?」
「悪いな」
一瞬のうちに史郎は少女から校章を奪い去った。
瞬時の攻撃に少女は目を丸くしていた。
史郎は少女の気持ちを察しゆっくりと息を吐き出した。
史郎はその場で一気に脱力。
崩れ落ちるように地面へその身を落とし少女の視界の中央から消えうせると、地面付近で一気に足の筋肉を振り絞り急加速。
騙し打ちのように少女に接近しバッジを奪い取ったからだ。
少女もさぞびっくりにしたに違いない。
申し訳なさから史郎は少女の顔を直視できなかった。
次の敵がすぐに迫ってくるだろう。
史郎は無言でその場を後にした。
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『おおおおおおおおおおおおおおおおお!! 一瞬で奪い取りました~!! やりますねぇぇぇぇぇぇ!!!』
そして史郎の攻撃方法に仰天したのは少女だけではなかった。
観戦会場の体育館は史郎の攻撃に大きく沸いていた。
「……すごい」
そんな中、メイは『戦闘万華鏡』に映る史郎の姿を眺めながらつぶやいた。
そして頬を赤く染め息をつくメイを、カンナはニヤニヤしながら眺めていた。
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それからも戦闘は十数分にかかって続いた。
その間史郎はというと
「お、今度はそう来るのか」
「なんでだから避けられるんだよ!!」
突如カーブを描き出した炎の鞭を避け切り
「で、あと何匹いるんだ」
「ちょっとあたしのフェアリーちゃんたちに何してくれるのよ!!」
無軌道な軌道でタイミングを外し攻撃してくる光の妖精を反射神経で無理やりつかみ取り、
「無いならコイツで最後の一匹か?」
握りつぶし昇天させ、と向かってくる周囲の敵を倒しまくっていた。
というより史郎を雑魚だと思って戦いを挑んでくる相手の攻撃を避けに避けまくっていると、相手が意地になって能力を使いまくり最後には『く、殺せ……』みたいな感じになり、『あ、じゃぁ倒しますね……』みたいな感じで次々と敵を倒していた。
すでにフィールドには5人の生徒しか残っていない。
「仕方ねぇ最後にお前をやる!!」
そのうち一人が史郎めがけて走ってきた時だ
『しゅうりょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
解説のミイコの声が響いてきた。
見るとフィールドの彼方で二人の選手から校章が外れていた。
これでフィールドに残る生徒は三人になり
『これにて残り三人になったので第19グループの一回戦を終わります!!
今残った三人は二回戦に勝ち上がりです』
そう、この期末能力試験大会は一回戦は30人一組で残り3人になるまで競わせ、学園上位90名を絞り込む作業だったのだ。
残った90名は再度二回戦で30名に分けられ、各グループ残存5名が決勝トーナメントに上がる。
そして決勝トーナメントに残った15名+会長射手を加えた16名で戦いあうのだ。
とりあえず一回戦は能力を使用せずに勝ち残れた。
史郎は一つ息を吐き出すと体育館へ向かった。
自分がどういう衝撃を与えたのか深いこと考えず。