第12話 『同行者』
「と、言うことがあったのだけど……」
「フム……」
翌日、史郎はリツに昨日起きたことを再度伝えていた。
史郎の話を聞くとリツは顎に手をやり、眉をひねった。
「つまり、こういうことか……。史郎が怪我をして、その怪我を治すために必要な絆創膏を出現させることが出来た、と」
「ま、まあ平たく言うとそういうことになるな……」
「なるほど……」
リツは思案顔で俯いた。
「……私の『いびつの視認』は雛櫛の能力強化に『史郎と同伴』するように指示した……。その結果辿り着いたのが史郎に『必要な』絆創膏を出すという能力……」
リツはぶつぶつと呟き続けた。
そしてしばらく考え込むと
「――まさか」
大きく目を見開いた。
その様子は自分の想像が恐ろしいとでもいうような表情で
「いや確かに、有り得るな……! 通常では考えられないが、この学園ならば、有り得なくもない……! いやだがもしそうだとすると、これは……」
「おいどうした?」
興奮するリツに困惑し史郎が思わず尋ねると、リツは興奮気味に言った。
「史郎、雛櫛をグラウンドに呼べ。そして、お前も来い」
と、いうわけで。
「なになに?」
「なんか始まるの?」
「あぁなんでも能力の実験らしいぜ!?」
合宿最終日を翌日に控えた午後。
グラウンドには人だかりが出来ていた。
史郎たちが何やら始めるというので見物客が押し寄せているのだ。
その野次馬の輪の中に
「よしこれで揃ったな」
「そのようですね、なんか野次馬まで来ちゃったけど」
史郎とリツは居た。
「は、はい。呼ばれたので来ました……ッ」
そしてメイも呼ばれ召喚されていた。
急いできたのであろう。息が上がっている。
お可愛いこと。
そしてもう一人、メイの他に召喚された生徒がいる。
それが
「はいはーい! 私に何の用すかー? あ! 史郎君だ! 元気している!?」
「う、うん。元気してるよ桐谷さん……」
個別能力、『脚力強化』を有する桐谷女生徒である。
桐谷とメイを呼びだして何をする気なんだと史郎が訝しんでいると、リツは多くの生徒の前で宣言した。
「雛櫛、お前は桐谷と200メートル走で勝負しろ!」
それを聞いて観衆がざわついた。
「無茶でしょ……」
「桐谷さん、さほど強くもないけど個別能力『脚力強化』なのよ?」
「悪いが雛櫛の能力じゃ勝ち目は……」
だが悲観的な観衆をリツは一笑に付す。
「下らん! 雛櫛の能力確認に必要だから行うんだろうが! ……桐谷も悪いな。実験体にしてしまって。ちゃんと礼はしよう」
「なんかご飯おごってくれれば良いよー」
桐谷は腕を上げ元気よく答えた。
もともと闊達な人間なのである。
そして桐谷からメイに視線を移すとリツは底意地悪くニヤリと笑った。
「そして雛櫛。私はこのレース、貴様に勝ち目は無くはないと思っているのだが、ただ何も賭けないのは面白くない。だから貴様には賭けてもらおう」
「何を賭けるんですか?」
「そうだな、お、そういえば……」
リツはわざとらしく頭をかいた。
「雛櫛、明日、我々はバスに乗り東京に帰るわけだが、確か貴様、史郎の隣の席だったな」
「!?」
「それを賭けて貰おうか?」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお~~~~!!」」」
突如始まった史郎争奪戦に周囲の生徒は盛り上がった。
そして何を馬鹿げたことを史郎が止めに入ろうとするが、それよりも早くリツは場を整えてしまった。
「このレース、勝ったら史郎の隣の席だ! 桐谷それで構わんな! 勝ったら史郎の隣で、 勝たずとも飯をくれてやる!」
「OKよ! ごはんゲットで史郎君の隣なんて至れり尽くせりだね!」
「よしじゃぁ決まりだ! おい誰か発走の合図を出してくれ! いや貴様だ藤代貴様がやれ!」
「は、はい!」
「ゴールテープは、ないな。よし相田! お前がゴール付近で判定しろ! まぁ最もそのような僅差にはならんが!」
「りょ、りょうかいです!」
「「「おおおおおお~~~、マジでやる気だ~!!」」」
テキパキと指示を出し始めたリツに皆が盛り上がってしまい、これでは今更断れない空気になってしまった。
「ひ、雛櫛……」
恨めしい瞳でリツを睨むメイに思わず駆け寄るが、それよりも早くリツがメイに話しかけた。
「それと雛櫛。お前にも告げておくことがある。」
そして史郎よりもメイのそばにいたリツはメイに近寄ると、その耳元で囁いた。
「実 のと ろ、史 も貴様の 」
「~~~~~~ッ!!」
それを聞いたメイはというと顔を真っ赤にし
「こ、九ノ枝君……!」
史郎に駆け寄ると史郎の瞳をまっすぐ捉え言うのだ。
「わ、私、頑張るから……! 絶対、勝つからね……!」
「お、おう……」
(一体何言ったの……?)
メイに言い寄られ史郎は顔を真っ赤にしながら、
「フッフッフ」
と笑みを漏らすリツを恨んだ。
そして程なくしてスタート地点にメイとリツが立ち、いつでもレースが始まれるようになっていた。
「明日の帰りのバスの席を賭けてるらしいぜ!?」
「九ノ枝の隣をか!? またかよアイツ!」
「おぉ、おあついね!」
「桐谷って『そう』なんだっけ?」
「いや桐谷はそこまで。でもまぁこの学園の女子は史郎の隣だと喜ぶから……」
「加えて飯も貰えるとあって桐谷は本気だぜ!?」
合宿最後の催事ということでグラウンドには多くの人が集まっていた。
「フフフ、雛櫛さん……! 私本気出すからね……!」
スタート地点に立つ桐谷がムフフと口元を覆いながらメイに宣言するのが聞こえてくる。
「なんたってご飯貰えるなら本気出すし、まして勝ったら帰りは史郎君の隣の席付き……! まあ悪いけど帰り道だけは私が良い思いさせてもらうわ!」
それを聞いた観衆は大いに盛り上がった。
「宣戦布告だーッ!」
「キャットファイトついに開幕!」
生徒たちは合宿最後に突如発生したイベントにやんややんやの大盛り上がりだ。
そして挑発を受けたメイはというと
顔を羞恥で赤く染めながらキッと桐谷を睨んでいた。
やけにやる気である。
そして先ほどの史郎に対する言動。
明らかにさっきの囁き、俺に関してのこと言ったよね?
という確信が浮かぶ。
というわけで聞いた。
「てゆうかさ、今さっき雛櫛になんて言ったの?」
「史郎も雛櫛の隣が良いって言っていると言った」
「おい!」
史郎が突っ込みを入れた時だ、発走の笛が鳴った。
「おおおおおおおおおおおおおおおお! がんばれ桐谷ぃぃぃぃぃ!!!」
「頑張ってー雛櫛さぁぁぁぁぁぁん!!」
そんな風に、一気に盛り上がるグラウンド。
生徒の応援が木霊するグラウンドで史郎は叫ぶ。
「何言ってくれてんだよ!」
「まあまあ噛みつくな。そんなことよりレースを見てみろ」
「あぁ言われなくても見るよ! 雛櫛が走るんだ! って――」
そして史郎がグラウンドに視線を戻した時だ、
「え?」
そこに広がる光景に息を呑んだ。
いや史郎だけではない。
多くの生徒が息を呑んだに違いない。
何せメイの相手は『脚力強化』の保有者。
メイに勝てる要素など、有るわけがなかった。
そして案の定、レースはそのようになった。
だが、中盤までは、だ。
足に燐光を灯す桐谷がメイとぐんぐん距離を開けメイと10メートル以上の差を開けレース中盤に差し掛かった時だ。
雛櫛が発生させていた謎の発光体が雛櫛の足に絡みつき
「え――」
「嘘でしょ?」
「かなり速くない!?」
メイの脚力を一気に高め、メイが追い上げ始めたのだ。
その光景に多くの生徒が度肝を抜かれる。
「なんか足が光ってね?」
「どうなってんだ!? 雛櫛は最弱能力じゃねーのか!?」
「おいどういうことだ!?」
理解できず史郎はまたもリツにかみついた。
そしてそれを時を同じくて、雛櫛が一気に桐谷を抜き去り
「おぉぉぉぉ! 雛櫛が勝った!」
「すげー!? どうなってんだ!?」
メイがレースに勝利していた。
リツは走り切り笑顔を見せるメイを感慨深げに眺めていた。
「史郎、知っているだろう。無差別能力覚醒犯により後発覚醒した者たちが奇々怪々な異能を有することは」
「あぁそんなことは当然」
「なら話は早い。今起きたことは、そんな中でも雛櫛、奴は特別イレギュラーだった、ということだ」
一人納得しているリツ。
しかしそのような返事では理解できない。
理解、しきれない。
「つまり一体どういうことだよ」
史郎が問うと、リツは饒舌に語りだした。
「簡単な話さ。私の『いびつの視認』は史郎と一緒に過ごすことが能力覚醒になると示した。
そして史郎の怪我を治す『ために』絆創膏を出現させた。
そして今、奴は史郎の席をかけて桐谷と戦い脚力強化を発生させた。
言い換えるのなら、雛櫛と隣になりたいお前の『ために』雛櫛は脚力強化を発生させたんだ。
このレース、雛櫛はお前のために頑張ったわけだ。
その結果、恐らく奴はレース途中に脚力強化の能力を使えると気が付き、使用したんだろう」
「一体何が言いたいんだ」
「珍しく物覚えが良くないな。むしろ認めたくないのか」
「く……」
図星を付かれ史郎は苦虫をつぶしたように顔をゆがめた。
史郎はリツの今ほどの説明で、メイの能力の正体がわかり始めていた。
だが俄かには信じられないのである。
そして史郎が黙っていると、リツは語り続けた。
「この学園は奇々怪々な、通常ではありえないような能力を持っていてもおかしくない。現状、『何でもあり得る』と言えるような状態だ。そして『いびつの視認』はなぜかお前と一緒にいることがメイの能力覚醒に必要だと判断し、すでに2回、史郎にとって必要なものを生み出している。つまり――」
リツは言葉を区切ると、あっさりとそれを口にした。
「奴の能力は、史郎、貴様が必要なものを生み出す能力なんだろうな」
「やったー」
「……ッ!?」
遠くで万歳をして喜ぶメイを信じられないものを見るように史郎は眺めていた。
メイは自分が軸ではなく、他人が軸の能力を覚醒したのだ。
しかも史郎を軸とした能力をだ。
「そんなの、有り得るんですか……?」
見たことも、聞いたこともない能力である。
思わず尋ねてしまうがリツは思った以上にドライだった。
「あり得るんだろう。実際にそうなっている」
「通常は能力覚醒時に、自身の能力がどういったものか理解する。何が出来るか理解する。
しかし当初、彼女の能力ポテンシャルが低すぎて、史郎に何か必要でも『何も生み出せない』状態だったんだ。だから彼女は『何も出来ない』と思っていた。
まぁこの点において、奴は能力者誰しもが持つ『能力の原初の状態』を発生させていたという点において非常に学術的な価値があるわけだが、それは置いておこう。
能力発生当初はポテンシャルが低すぎて史郎にとって必要なものなど、何も生み出すことは出来なかった。だから彼女は無能だった。
しかしこの合宿で総量が上がり、多少なりとも史郎に『必要なもの』を生み出せるようになった。今起きていることはそういうことさ。能力に名をつけるなら、そうだな『同行者』かな」
「勝ったよ~」
史郎とリツが話しているとメイが駆け寄ってきた。
一方で史郎はというと、おかしな能力を発現させてしまった申し訳なさで押しつぶされそうだ。
しかし
「さぁ、お前から教えてやれ」
「ハァ!?」
史郎が言葉を失っているとバシ!と背中を叩かれた。
「いやバカ! そんなの伝えんの恥ずかしすぎんだろ!?
君の能力は俺が必要なものを生み出す能力ですって言えってのか!?」
「そうだ。というより2回使って奴も薄々感づいているはずだ。お前から言ってやれ」
その方が楽しいから
「おい!」
最後にリツが付け加えた言葉に史郎は突っ込んだが、
「わ、分かりました……」
にべを言わせぬオーラを感じ、すぐに従った。
「勝ったよ九ノ枝君!」
「おぉ……」
そして駆け寄る大天使。
満面の笑顔。なんだこのエンジェルは……。
思わず見とれそうになるが、そんなことをしてはいられない。
史郎はゴクリと生唾を飲み込み――
「そ、その雛櫛の能力で分かったことがある……」
「え」
「雛櫛の能力は、あ、あの、言いづらいんだけど……、俺の、お、俺の、九ノ枝史郎が必要としているものを生み出す能力、のようです」
そして史郎の言葉を聞いたメイはというと
「~~~~~ッ!!」
顔を真っ赤にし俯いていた。
「き、気が付いてた……?」
「う、うん。少し……」
メイは目を潤ませていた。
そしてそのようなことがあれば……
「楽しかったねー」
「意外と充実だよ!」
帰りのバスの中。
生徒が騒がしい空間で、レースで勝ち取った席でメイと史郎は隣り合わせで座っていて
「……ッ」
「……ッ」
(こんな時何をしゃべればいいんだ!?)
両者とも顔を真っ赤にさせて俯いていた。
バスが傾ぎメイの体と体が触れようものなら
「うおぉ!?」
「ひゃぁ!」
二人は奇声を上げるのだった。
二人を乗せたバスは一路、東京に向かう。
こうして合宿は幕を閉じた。
合宿最終結果
『肉体強化状態 活動可能生徒(極微小含む)』:179名/844名
『テレキネシス到達生徒』:0名/844名
『個別能力、初期目標突破生徒』:421名/844名
◆◆◆
「では、そろそろ動くとしようか……」
一方でこちらはイギリア。
『国境なき騎士団』を壊滅させイギリアの政権を手中にした男は椅子から立ち上がった。
男の目的『能力至上主義』
そのために必要な空気は整っていた。




