第11話 その能力は
リツに夜通し説教されて二週間。
着実に生徒達の鍛錬は続いていた。
もちろんいくつかの事件は起きた。
例えば、順調に修行は進み、少数の生徒は微弱ながらも肉体を強化し活動することが可能になっていたのだがテレキネシスの操舵は至極難しいようで
「ぜんっぜん動かない……ッ!」
「これ浮くわけないでしょ……!」
未だに誰一人テレキネシスに成功していなかったり
「おい史郎、グラスが空になっているぞ?」
「分かった分かった。今注いでやるから……」
「ふふふ、深夜までこうして師匠の酒盛りに付き合うとは出来た弟子達よ……」
とある深夜、史郎とナナはリツの酒盛りに呼び出されたりしていた。
「(てゆうか今時責任者が酒飲んだらダメだろ……)」
「(今日は警備、他の人に頼んだらしいよ)」
ナナと囁き合いながらリツの話し相手を続ける。
「お? なんだ史郎嫌な顔して……。なぁに、生徒の保安は他の奴に任せてある。おいおいこんなにも美人の相手が出来るんだ!? いい御身分だなガハハ」
一方でリツは至極上機嫌だった。
加えてリツの特徴に『酔うとやたらボディタッチが多くなる』というものがあり
「フフフなかなかいい筋肉だなぁ史郎!? え?」
「おいちょっとお前どこ触ってんだよ!?」
「良いではないか仮にも師匠だろう!?」
「やめろぉぉぉぉぉ!」
こうして史郎は深夜、悲鳴を上げることになり、
またこういった宿泊施設では、教職員用の部屋には放送設備が設置されていることが通例で、先ほどナナがそれにぶつかりスイッチを入れてしまっていて――
二人のやり取りは全設備に生配信されていた。
それにより
『フフフなかなかいい筋肉だなぁ史郎!? え?』
『おいちょっとお前どこ触ってんだよ!?』
『良いではないか仮にも師匠だろう!?』
『やめてぇぇぇぇぇぇぇ!』
イヤァァァァァァァァァ!
というやり取りは全校生徒に聞かれており、
その後、
ガララッ!パタンッ!
『九ノ枝君……! 助けに来たわ……!』
息を上げながらパジャマ姿のメイが室内に乱入。
『雛櫛!』
『メイちゃん!?』
予想だにしない救世主の登場に目を輝かせるベテラン能力者達。
『お!? 私から史郎を奪った娘っ子が登場か! 何しに来た小娘!?』
『九ノ枝君を取り返しに来ました……!』
などという放送が施設に響いてしまったりしていた。
また、史郎が知らない場所でも事件は起きていた。
それは深夜。女子部屋でナナが
『私、史郎の裸なら見たことあるよ?』
などという不用意すぎる発言により巻き起こっていた。
「え? マジかよそれ!?」
「どういう流れで!?」
途端に食いつき始める女子生徒たち。
そしてナナの爆弾発言を聞いた女子たちは口々に言うのだ。
「メイ、負けてんじゃん!?」
「一歩先行かれてるよ!メイ」
「ッ!?」
その指摘に、メイは大きく目を見開いた。
そして言うか言わぬか、数瞬逡巡し、メイは決めた。
『言う』と。
伴い、メイは口元を手で隠し、顔を真っ赤に染めた。
「……私も、見たことがある……」
「「「えぇ!?」」」
メイのその一言にはカンナすら度肝を抜かれた。
「お、おい!? メイ、それいつのことだよ!?」
おい酷いことされてないよな!?とメイの肩を抱くカンナ。
「あ、あの、プールの時……」
カンナに肩を掴まれ前後に揺らされつつもメイは顔を背けた。
「……ウォータースライダーで、ナナちゃんが後から落ちてきた時、九ノ枝君の水着が……」
「「「おおおおおおおおおお~~~~」」」
メイの告白を聞き周囲の女子生徒達はおおいに盛り上がった。
「で!? で!?」
「そっから何かなかったの!?」
「てゆうか他になんかなかったの!?」
ピーチクパーチクとメイを取り囲み問い詰め始める。
即座に史郎に胸を揉まれたことを思い出すメイだが、さすがにそこまでは打ち明けるわけにはいかない。
顔を真っ赤にし首を振った。
「だ、ダメ……、これ以上は言えない……ッ!」
だがそれは何かあったという事実の裏返し。
「おいおいマジで何かあったのか?!」
「吐け、吐いて楽になっちまえ!」
「気になるなぁメイ、気になるなぁ」
おかげでメイは女子達の集中砲火を受けていた。
他にも『女生徒フィギュア流通事件』なども起きていたのだがこれは割愛。
そのような事件を挟みつつも生徒達は順調に能力の成長を続けていたのだ。
テレキネシスが操れずとも今欲しいのは銃弾を弾くレベルの肉体強化。
肉体強化さえ進められればそれで良いのである。
生徒達はゆっくりとではあるが肉体強化をものにしつつあり、また、個別の方法で順調に個別能力を強化していた。
だがそんな中、順調に進んでいないものもあった。
それが……
「これ本当にどうしたら良いのかな……?」
「いや、悪いが皆目見当がつかん」
メイの個別能力である。
メイのこの謎の光る球体を生み出す能力はまだ何の進化もしていない。
「どうしたらいいのかしら……」
「うーん……」
メイも史郎もこの謎の能力の強化には、完全に困り果てていた。
リツから言われたのは『メイと史郎が一緒にいろ』ということだけ。
それがメイのこの謎の能力の強化に繋がるらしい。
だからと言って史郎とメイとて何もただただ一緒にいたわけではない。
無為無策に時間を共にするだけではなく、一緒にボードゲームをしてみたり、料理をしてみたり、勉強をしてみたり、様々なことを一緒にやった。
一緒にいて何か条件が当てはまることで能力が強化されるのではと考えたのだ。
「今日は、一緒に花火でもするか?」
「うん、そうしましょ?」
そうしてその日も、二人はメイの能力を強化するために、プチイベントを開いていた。
二人だけでこっそり外出し真っ暗な道を歩く。
合宿も終盤だし二人だけでこっそり花火をしようということになったのだ。
田舎の夜は暗い。
電柱もないので辺りは真っ暗闇だ。
メイが発する薄ぼんやりとした能力光だけを頼りに二人は水道のあるグラウンドまで歩く。
「……あまり役に立たない能力だけど、こういう時は便利、かな……」
メイはタハハと情けない笑みを浮かべた。
程なくして舗装された道路を下りきり、真っ暗なグラウンドが現れた。
その脇に水飲み場があり
「綺麗ね、花火……」
「周囲が真っ暗だから余計鮮烈に見えるな」
二人は花火に火をつけた。
満天の星空の元、史郎とメイが持つ花火が、赤青黄の光の流線を描く。
汽笛のような発火音を立てながら、煌びやかな光が周囲の闇に溶けていくのを、二人はただただ眺めていた。
「もしかしたら私、能力は強くならないかもしれないね」
メイが持っていた花火が命の灯を消し、周囲に再び闇が落ちた時、メイはポツリと言った。
「え?」
史郎は即座に何も言い返せなかった。
ついにメイに弱音を吐かせてしまったのかと思ったのだ。
だが違った。
「ッ!?」
振り返りメイの横顔を目の当たりにした史郎は驚きを隠せなかった。
なぜなら満点の星空の元、メイの横顔には仄かに笑みがあったのだ。
「でもね、私はそれでも、この修行をして良かったと思っているの」
史郎がその微笑みに言葉を失っているうちにメイは語り続けた。
そして
――九ノ枝君には迷惑をかけただけになってしまうかもしれないけど――
と前置きをしたうえで、
「私はこの修行の結果、何も得られなくても、して良かったと思ってるの。どうしてか九ノ枝君、分かる?」
史郎に向き直ると、そう歌うように尋ねた。
分からない。
一体何をメイは言っているんだと史郎が言葉を失っていると、その様子を見てメイは優しく微笑み
「――だって、九ノ枝君と沢山思い出を作れたもの」
慈母に満ちた微笑みを讃えながら答えを口にした。
「あ――」
その一言で史郎の脳裏にここ数週間の映像が蘇った。
ここ数週間、史郎とメイは実際に様々なことをしていたのだ。
トランプ、料理、チェス、テレビゲーム、テニス、その他諸々。
そのどれもがメイと一度はしてみたいと思っていたことばかりだ。
『九ノ枝君、どのカードを選ぶ?』
『九ノ枝君、今日は料理してみない?』
『九ノ枝君』
『九ノ――』
この一夏で史郎はメイを掛け替えのない思い出を作っていた。
そしてなにより史郎も
――そんなこと『知っていた』。
だって史郎はメイが好きなのだ。
メイの能力が進化せずとも、その過程に史郎にとってかけがえのない思い出があぶくのように次々生まれていることなど、『知っていた』。
だがそれをまさかメイ本人にそう言って貰えるなど夢にも思ってなくて
「……ッ」
史郎は感じ入っていた。
「九ノ枝君はどうだった?」
しばらく史郎が呆然と立ち尽くしていると、メイが再度尋ねた。
「そりゃ、楽しかったに決まってるよ……」
「良かった」
程なくして出てきた史郎の返事に、メイは静かに微笑んだ。
それから二人はベンチに座り、この合宿の思い出を話していた。
「雛櫛は能力覚醒しなくても良いって殊勝なことを言うけど、大丈夫だよ。必ず雛櫛の能力は覚醒するよ」
「なぜ―?」
史郎の言葉にメイは首を傾げた。
もう何週間も成果がないのよ?と言うメイに史郎は自信満々に告げたのだ。
というより自信がないほうがおかしい。
なぜなら――
「だってリツの能力が告げたんだ。あの能力に嘘はないよ」
「ホントかなー?」
私は二子玉川さんのことあまり信用できないなー
ふと転がり出たメイの砕けた返事に史郎は笑いだしてしまった。
「ハハハ! リツのことが好きな奴なんてあんましいないよ!」
史郎はこれまでのリツの恐怖譚を披露し始め、その話をメイはくすくす笑っていた。
そして――やはり『いびつの視認』は正しかったのだ。
それはリツの話題で談笑しながら和気あいあい青少年自然の家に帰る途中で起きた。
「あッ」
突如、メイが足を滑らせて
「危ないッ!」
史郎はダイブするようにメイを抱きかかえたのだ。
それにより史郎は強かに自分の体を地面に叩きつけ
「だ、大丈夫か雛櫛……」
「だ、大丈夫。ありがとう九ノ枝君。って、九ノ枝君、足から血が出てる……」
「擦りむいただけだよ。気にしなくていいよ」
史郎は膝を擦りむいてしまったのだ。
そしてこれが『きっかけ』だった。
「こんなの能力ならすぐ治るよ」
実際能力者にかかればこのような傷あっという間に治る。
だから史郎は軽く笑いながら起き上がるが、一方でメイは絆創膏を探そうとポーチを開いていた。
そして周囲は暗い。
田舎の夜は暗いのだ。
街灯はないし、民家の明かりもない。
あるのは月明りのみだ。
だからメイは光源とするために自身の能力であるボンヤリとした発光体を出現させるが、その瞬間、
「ッ!?」
大きく目を見開いた。
そして、言う。
「私、『絆創膏を出せるわ』」
と。
「は!?」
突如変わったメイの態度に史郎は目を丸くするが、事態は史郎の行動よりも早く起きた。
メイの手元で浮かんでいたバスケットボールほどの光球が中心点に向かい一気に収縮しだし、光の凝縮体になると、フッと消える。
そして光の点があった場所に絆創膏が出現していたのだ。
突如出現した絆創膏はヒラヒラと羽のように落ち、史郎の手に収まった。
「……」
「……」
「え?なにこれ!?」
史郎の問いに答えるものは誰もいなかった。




