第9話 開幕……!
生徒それぞれが自身の個別能力の強化に勤しむ一方で、全員が生命エネルギーを練られるようになったこともあり
「『では今日より肉体強化とテレキネシスの修行を開始する!!』」
「「「おおおおおおおおおお~~~~~」」」
肉体強化とテレキネシスの指導も始まっていた。
「遂にか~」
「やっとって感じね?」
合宿が始まり8日。
体育館に集められた生徒達はついに始まった修行らしい修行に目を輝かせていた。
そしてまずは肉体強化の修行から始まったのだが
「なにこれムズ!?」
「こんなんして歩けるわけないでしょぉ~?」
生徒達はその困難さに舌を巻いていた。
生徒達が一様に目を白黒させる中、リツの冷徹な指導が飛ぶ。
「まずは目を閉じ深呼吸をし、生み出した生命エネルギーを手足の先まで循環させろ! 次第に指先に熱を感じるようになる! そこまで行ったらゆっくりと目を開け! そうすれば今までとは違う世界は広がっているはずだ! そしてもし可能なら一歩前へ踏み出せ!」
それが生命エネルギーによる『肉体強化』の第一歩である。
生命エネルギーを循環させると肉体は強化される。そしてそれを繰り返していくうちにその行為は能力者の中で『肉体強化』という一能力として自覚されていくのだ。
だが生命エネルギーを循環させた状態で肉体を動かすことは非常に困難であり、多くの場合そこで集中力が途切れてしまう。
案の定多くの生徒達が目を開いた時点で練り上げた生命エネルギーが雲散霧消してしまっていた。
また肉体強化よりも高難度であるテレキネシスをこのような状態で体得するのは到底不可能であり
「ど、どうやったら浮くわけこれ……?」
「手が痺れて来た……」
生徒達は手に持った紙風船に生命エネルギーを送り込み浮かばそうと躍起になっていたが一向に浮きはしなかった。
このようにハードルはあれど着実に生徒達に育成は進んでおり
「確かにキャッチボールの感覚と炎球操作の感覚似ているかも……!」
「土偶作ることにも意味あるんだな……」
生徒達は個々の修行法で徐々に個別能力を強化させていた。
一方で生徒達がこの過酷な環境に慣れたことで、雰囲気も当初とは一変していた。
「いやー! 修行の後の風呂は気持ちがいいなぁ!!」
「大浴場広いから最高だよなぁ」
施設には生徒達の活気に満ちた声が響く。
一仕事を終えた後のような晴れやか顔で生徒達は意気揚々自室に去って行き
「お!? 今日の晩飯はエビフライか!? いいねぇ!」
「飯もしっかりうめぇんだよなここ!」
食堂にも男子たちの賑やかな声が満ちる。
談話空間では
「おいおい、そのカードを切って本当に良いんですかねぇ!?」
「心理戦には応じないぞ?」
生徒達がトランプに興じ
「またこの人たち出てるよ」
「売り出し中なんだろこのコンビ。あんま面白くねーけどな」
「そうそれよ! 分かってるじゃなーい! 片岡も!」
男達が占拠する一階に降りて来たパジャマ姿の女子が男子とテレビ番組を前に会話に花を咲かせていた。
(良かった……)
生徒達が施設のそこここで笑顔の花を咲かせるのを見て史郎は大きく胸を撫で下ろした。
当初はどうなることかと思われた生徒達のモチベーションは一気に改善されたようだった。
もしかするとそれすらリツは見越して最初にハードなトレーニングを科したのかもしれない。
「九ノ枝君、どれにするの?」
「え? あ、うん」
史郎が周囲の様子を見て安堵の息をついていると、目の前のメイが史郎にカードを引くように催促してきた。
そう現状、史郎の目の前にはパジャマ姿のメイがいるのだ。
水色の薄手の寝間着だ。
正直に言おう。
理性を保つのに先ほどから非常に苦心している。
ふとしたタイミングでむくりと鎌首をもたげる欲望
それはまるで蛇のようにぬらりぬらりと史郎の脳裏を這いずっていて、史郎も予期もしないタイミングで史郎を突き動かそうとする。
再びそれが巻き起こり史郎はそれを必死に抑え込んだ。
「? どうしたの?」
史郎が顔を強張らせたのを見てトランプを持つメイが小首をかしげる。お美しい。
「な、なんでもないよ?」
自身の脳内を気取られるわけにはいかない。
史郎は平静を装いながら覚束ない手つきでメイが差し出すカードを引き抜いた。
そしてぎこちない笑顔の裏で
(沈まれ俺の欲望……ッ!!)
史郎は自分の中に沸き起こる欲望を抑え込んでいた。
それもこれもリツが悪いのだ。
案の定ババを引きタラリと汗を流しながら史郎は思う。
リツがメイに『四六時中一緒にいろ』などと言うから、史郎は就寝時間以外全ての時間を(ありがたいことではあるが)メイと過ごさねばならなくなり、今もメイ、ナナとカンナが囲う空間の中央にはメイの能力である光球がボンヤリと浮いている。
実際のところ、ここに至るまでも大変だったのだ。
史郎は顔を真っ赤にしながら、これまでのことを思い出した。
「あぎゃあああああああああああババだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ババは早くもナナの手に渡っていた。
例えばだ。
例えば出来る限り長い間、時間を共にするために
『入浴時間も』同じにさせられたのだが……。
施設の大浴場は四メートル以上の高さの壁に阻まれるものも、天井付近が女湯と男湯が繋がっている造りになっており、
「え~~なになに~、ミナコってそんなに胸あったのぉ~!?」
「ちょ、ちょっと、カミナッ! 声が大きい……ッ!」
「あっ、ちょっと佐城はどこ触って……ッ!?」
などと女子たちの色っぽい声が響いてくるのだ。
そうなれば嫌でも想像してしまうのだ。
この壁の向こう側に今も『一糸纏わぬメイ』がいると。
そうなれば思わず頭に血が上ってしまうし
「こ、九ノ枝君ッ……! 私、先に出るね……ッ!」
向こうの女湯からメイの声が響いてくるとなればなおさらだ。
「りょ、了解ッ!」
史郎は顔を真っ赤にしながら声を張り上げ、ズバァ!っと勢いよく湯から上がる。
そしてそのようなやり取りを見た周囲の男子たちはというと
「おいおいお前ら夫婦みたいだな!」
「うらやましいぜ史郎!」
などと不必要なことを言って盛り上がる。
向こうの大浴場でも
「な~に?新婚さんなのメイ?」
「あらあらおアツいわねぇ~」
キャハハと囃し立てる女子達の黄色い声が響いてくる。
おかげで
「……あいかわらず、良いお湯だったよね……」
「う、うん……」
風呂から上がったメイと史郎は、のぼせ上ったように真っ赤な顔になっていた。
また普段とは違い、外的圧力で四六時中メイと一緒にいるように言われたことが良くなかった。
史郎は自分でも気が付かないほど、実は緊張していたようで
夕食の席で史郎が頬にケチャップをつけて気が付かないでいると
「九ノ枝君、頬にケチャップついてるよ? ほらココ……」
と、前に座っていたメイが身を乗り出し、ハンカチで史郎の頬を拭ってくれたのだが、
その光景を見た生徒達が
「ヒューヒュー!!」
「羨ましいぜ史郎!!」
「ラブラブかよ!!」
などと一斉に囃し立てたのだ。
おかげで
「「……ッ!」」
史郎とメイは二人揃って顔を真っ赤にし俯いた。
そのような事件が散発しているのだ。
(意識するなという方が無理だろう……ッ!)
史郎は必死にメイから意識を外しながらトランプを興じざるを得なかった。
そうしながら史郎はチラリと時計を見やる。
時計は十時を指そうとしていた。あと少しで就寝時刻である。
(このトランプが済めばようやく安心して寝床に就けそうだな……)
そんな風に皮算用をする史郎
だが、
今日最大の山場はまだ迎えていなかったのである。
「なんでまた私が負けるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ナナは一番右にあるカードを引く癖直した方がいいぞ……」
数分後、案の定ナナはトランプで負けた。
そして史郎が親切心でナナの癖を指摘するとナナは
「ハッ! そういうこと!? 史郎セコイわ!!もっかいもっかいよ!!」
史郎の予想通り子供のように駄々をこねだした。
「もっかいぃぃぃもっかいぃぃぃぃぃ!!」とうるさい。
だが史郎とてナナの扱いは心得ている。
こういう場合は希望を持たせないことが大切だ。
「いやいや無理だろもう消灯時刻だ」
だからこそ史郎がにべもなく断ったら、それを見た周囲の女子達が言ったのである。
「あら良いのよ史郎くんなら。女子部屋に来ても」
と。
「え?」
余りに予想外の誘いに目が点になる史郎。
だが史郎の動揺も知らず一気に周囲にいた女子が乗っかり
「良いのよ来ても九ノ枝君なら大歓迎だって!」
「来なよ史郎君!」
と数瞬のうちに史郎コイコイの大合唱になってしまったのだ。
それを聞いた男子達が
「なんで史郎ばっかし……」
などと怨嗟の声を漏らす。
俄かに自分が置かれた環境が変わりだし戸惑いが隠せない史郎。
だがさすがに史郎とて常識のある男子であり
「いやさすがに不味いでしょ・・・ッ」
しばらくして断った。
だがそれを聞いた女子の一人が、決定的な言葉を放ったのだ。
「別に良いんじゃない? 『メイだって』、史郎君なら来ても良いでしょ?」
「「えっ!?」」
史郎とメイの声が重なった。
見るとメイも話が突然振られるとは思っておらず吃驚しているようだった。
そして
「「ッ!?」」
両者の視線が絡み合う。ビッグバンのような煌めきが視界に満ちる。
しばらくしてメイは余りの恥ずかしさで輝く瞳で問うた。
「……来たいの?」
いや行きたいけどさぁ!
余りの破壊力で喉が干上がる。
だが史郎とて男子。日本男児。
歯を食い縛り、心の中で血の涙を流しながら、声を捻り出した。
「い、いや行きたいけど…………、ムリ……ッ!」
「「「「えぇぇぇぇぇ~~~~~~」」」」
周囲の女子が口をひん曲げた。
そしてこのような出来事があった夜。
◆◆◆
ここは女子部屋
「ねぇ……実際のところメイと史郎君って今どんくらい進んでいるのよ?」
「え……?」
深夜、女子トークに火が付こうとしていた。
◆◆◆
そして一方、ここは史郎が所属する男子部屋。
そう、宿泊行事の夜、会話で盛り上がるのは何も女子だけではない。
当然男子も盛り上がるものであり、
今ここに
「てゆうかお前ら今日見たか柏手さんの胸!?」
「それな!? めっちゃ揺れてたよな!?」
男子トークが開幕した……ッ!




