第8話 歪の視認
リツの立てた案と言うのはつまり『景品』を与える、ということだった。
「じゃぁどうするんですか」
「要は彼等にとってどういった利益があるかなんだよ」
深夜、史郎を呼び出すとリツは饒舌に語りだした。
「金でもやろうってんですか?」
「違う違う」
リツは大仰に腕を広げ否定した。
「あるじゃないか。彼らが求めるものが今目の前に」
「え――?」
そしてリツが告げた言葉とは――
「『おはよう諸君! 気持ちいい朝だな!!』」
翌日、リツはグランドに生徒を集めると良く通る声で生徒達に話しかけていた。
一方生徒達はと言うと
「「「………………」」」
一様に虚ろな瞳で無言。
昨日のことを思いこれから始まる生き地獄を憂い誰もが言葉を言う気力すらなかった。
だが彼らの気持ちを十分把握したリツの言葉が投げかけられる。
「『辛くて嫌だと、思っているのだろう?』」
「え……」
まさしく自分達の意を汲んだセリフに生徒達の瞳が輝く。
そう、ヒトの気持ちなんて分かりませんけど? といった鬼畜具合を発揮するリツだが、別に分からないわけではない。
分かったうえでシカトしているのだ。
だからこそやろうと思えば、子供達の意を汲むことなど造作も無く、
「『だが君たちには早々に生命エネルギーを練られるようになってもらわないとならない。しかし昨日のようにただただ能力を使い続けるのは苦痛だろう』」
コクコクと生徒達が頷く。
「『だからこそこれからは方針を変える。お前たちはこれから史郎やナナ、もしくは周防と戦え』」
「「ええええええええええええ!?!?」」
突然のリツの提案に生徒全員が絶叫した。
「……」
そんな生徒達の様子を史郎は苦い顔で眺めた。
そう、それがリツが立てた作戦である。
どうせ能力を使用するなら戦闘の中で使用すれば良いではないか、というものである。
無意味に能力を消費し続けるよりもより意欲的になるはずだ。
だが生徒達もさすがに史郎やナナ、または他の鍛え上げられた能力者が自分達より遥か格上であることも承知している。
一端は盛り上がったもののすぐに平静に戻ると
「え~~~でもそれさすがに無理じゃねーか……」
「無茶よねぇ……」
などという否定の呟きを次々と並べ始める。
しかしそれら反応を
「『まあまあ落ち着け』」
とリツは宥める。
「『当然、こいつらには攻撃させない。一撃当てれば諸君らの勝ちだ』」
ん? ならイケるかも? と途端に再度顔色を変え始める生徒達。
「良いかも……?」
「面白そうだな」
などと活気に満ち始める。
そしてそこに特大の爆弾が投下される。
「『そしてもし一撃当てることが出来たら女たちは史郎に、男たちはナナに『何でも言うこと一つ言うことを聞かせてやる』』」
という爆弾が。
結果生徒達の反応はと言うと
「「「おおお~~~~~~~~~~~~~!!!」」」
と感嘆の溜息を漏らしていた。
(おぉ~、じゃねーよ……)
思わず史郎は顔を顰めて、昨日のことを思い出した。
そう、それが昨日深夜リツに聞かされた作戦である。
『ここ数日、お前達を見ていて思ったことがある』
昨日史郎を呼び出すとリツは自慢げに言った。
『お前達、そこそこ人気があるな?』
『え?』
思わず史郎は問い返してしまった。
『だから私はお前たちを景品にする』
そう、それが昨日リツから聞かされた作戦。
生徒を迅速に強化するために『歪の視認』で調べた結果がそれなのだ。
だからこそ史郎は生徒達を苦い顔で眺めていたというわけである。
(面倒なことになったな……)
史郎は心の中で愚痴をつかずにはいられない。
一方で景品にされたナナはというと
「え? 私別に何もしなくても何でもしてあげるよ?」
などと自分が置かれた状況を把握していない呟きを残すが
「『貴様は手を抜いたら私が潰す』」
「ヒッ!?」
リツの脅迫で一転青ざめた。
また他方、周防が
「ま、まぁ……、史郎が困る姿を拝めるならワザと負けてやっても……」
などと聞き捨てならないセリフを吐くが
「テメーも一撃でも喰らおうものなら俺が制裁する……」
「うお!? 史郎、殺気殺気!?!?」
史郎に脅され慌てふためいていた。
そして生徒達はというと
「よし私、頑張っちゃおうかな?」
腕を捲くって気合を入れなおしたり
「グフフ、俺も気合を入れるかぁ……」
などと下卑た笑みを浮かべナナを嘗め回すような視線を送る者など様々だ。
こうして新たな修行始まった。
のだが……
「おおおおおおおおおお当たんねぇェェ!!」
「叫んでないで攻撃して!!」
「加藤は右から攻めろ!!」
「上に逃げるぞ! 塞げ!!」
一向に攻撃は当たらず生徒達は途方に暮れていた。
リツの新たな育成が始まり生徒達はいくつかのグループに分かれた。
何百名という生徒が一斉に三人と戦うことは出来ない。
史郎やナナ、周防と戦うのはそれぞれ30名程のグループだ。
それ以外のグループはというと
「ぬおおおおおおおおおお!!」
引き続き能力を使用し生命エネルギーを消費させる訓練を続けている。
そして10ダウンしたら
「はい、これで10回目だから模擬戦に回っていいよ~? 誰相手にする?」
「じゃ、じゃぁ七姫で……」
「よぉ~し、かかってきなさい!」
ナナや史郎、周防と戦うことが出来るのだ。
だがさすがは史郎やナナ、そして周防と言ったところで生徒達の攻撃は一向に当たることは無かった。
しかし目の前に特典があるか無いかというのには大きな差があり、生徒達は昨日とは見違えるほど活気に満ちていた。
そしてこれらトレーニングにより、チラホラと生命エネルギーを練る感覚を掴んだ生徒達が現れる。
やる気がいまいち出ない生徒達もいたわけだが、日を重ねるごとに次々と生徒達が抜けていくので、結果的に彼らに重点的なリソースが振り分けられ、
合宿を開始して一週間。
生徒全員が生命エネルギーを練られるようになった。
また一週間絶たずして生命エネルギーが練られるようになった生徒達は、全員ランニング組と合流し、1日中走り続けさせられたかといえば、そうではない。
「キャッチボールすることに何か意味あるわけ?」
「体動かすならいいじゃねーか。俺なんて『本を読む』だぞ?」
「ハハッ、お前ら俺のような『土偶作り』に比べたら笑えたもんさ」
生徒達はそれぞれリツに言われ様々な作業をこなしていた。
生命エネルギーは練られるようになった生徒達は、それぞれの個別能力を強化する修行も開始したのだ。
そして個別能力の強化方法は、能力それぞれ。
個人によってまるで違う。
だからこそ適した方法を探り当てないと理にかなった能力強化は出来ず、そこが何よりネックなわけだが
リツの有する『歪の視認』はそれが視える。
能力が強化された先にある『理想』と今ある『現実』の間にある『歪』を視認し、その歪を埋める術を探り当てられるリツは、それぞれの能力に最も適した能力強化方法を把握することが出来る。
これにより生命エネルギーが練られるようになった生徒は体力・精神力強化と並行し個別能力の強化も開始しており
「料理することがなぜ俺の能力強化に繋がるんだ」
「掃除って、良いように扱われているだけじゃ……」
などとそれぞれの個別能力強化に当たっている訳である。
また自身の個別能力をリツに見せ、リツの『歪の視認』によるアドバイスを貰う儀式?は、面白おかしい指示が生徒達に飛ぶので、生徒達の良い見世物になっていた。
モチベーション向上に繋がるということで生命エネルギーを練る生徒達の前でその宣告の儀は行われていたのだ。
それにより
「ハニワとか……ッ!!」
「須藤君、お掃除おつかれーっす!!」
などと生徒達の笑いの餌食になっていた。
「おい須藤?? あれ、ここにあるティッシュ拾わなくていいの?? 落ちてッけど?修行は??」
「それはたった今お前が落としたんだろが……ッ!」
このように生徒達は再び活気に満ち始めていた。
須藤君マジカワイソス。
そしてそのような恰好の見世物の場で
「ようやく貴様も辿り着いたか雛櫛」
「ハイ……」
合宿開始から5日後、ついにメイも生命エネルギーを練る感覚を手にしていた。
「おめでとうメイちゃん!!」
「おめでとう雛櫛」
ナナと史郎もようやく感覚を得たメイに惜しみない拍手を送る。
史郎に至ってはメイが自分のそばまでやってきてくれたような気がして今にも感動で涙が流れそうだ。
そして多くの生徒が見守る前で
「なんだこれは?」
「……」
メイの個別能力が展開していた。
最弱能力と揶揄されるメイの個別能力。
ただぼんやりと光る光球を生み出すと未だ名前もない能力が。
史郎もそのシュールな光景に思わず押し黙ってしまった。
何百という生徒が見守る前でメイがリツの前に立ち、直径五十センチほどの光球を展開させていた。
炎も出なければ水も出ない。刃もないどころか触れもしない。
ただただ霞のような光の球はそこに手を通すと仄かに温かい程度。
無害で実益の無い能力がそこには展開していた。
「「「(あかん……)」」」
リツはメイの能力を前にしてどういうアドバイスを放つのだろう。
というよりも果たしてこのメイの能力は『進化するのだろうか』
そのような疑問が混ざり合い生徒達はリツが次に放つ言葉を固唾を飲んで待った。
そしてしばらくしてリツが放った言葉というのが
「よし雛櫛、貴様は『史郎と四六時中行動を共に』しろ。それが貴様の能力強化に繋がる」
「「「えええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?」」」
それを聞いた生徒全員が絶叫した。
「えええええええええええええええええ!?!?!?!?」
当然、史郎もである。
こうした経緯を経て……
◆◆◆
「これ、どうしたら良いと思う……?」
「うーん……」
美しい山並みを望む施設の屋上で史郎とメイは頭を捻っていた。
史郎の前では例によってメイの光球がぼんやり浮かんでいる。
「一体、どうすればいいんだろうな……」
史郎は頭を抱えていた。




