第5話 準備
兆候はあった。
リツは言っていた。
「お前が報告よりも全体的に能力は、多少強くなっている者もいるんだな」
と。
そう、あのテロ事件以降、多少強化されるものは強化されているのだ。
テロ以降、自身の置かれている現状に危機感を抱いた極少数の能力者は多少の進歩を遂げている。
そして、つい先日史郎は言われていた。
「なあ九ノ枝! 『戦闘万華鏡』だが多少の距離延長が可能になったんだよ!」
と、戦闘万華鏡の管理責任者、浅岡に息を弾ませながら言われていたのだ。
そしてそれを知っていたからこそ史郎は
「よ、浅岡」
「あぁ九ノ枝か……」
リツとの会議の翌日。
史郎は浅岡に会っていた。
座禅訓練の休憩中にベランダで涼しい風を受けていたら史郎に話しかけられ、
浅岡は目を丸くした。
「進捗はどうだ?」
「まあそこそこだな。九ノ枝には悪いが全然生命エネルギーを練る感覚が得られないよ」
「そうか」
「ん?どうした?」
「いや、なんてことはないんだが、実は浅岡に聞きたいことがあるんだよ」
そう、史郎は浅岡に聞きたいことがあったのだ。
史郎が言うと浅岡は目をぱちくりとさせた。
「この前のテロリスト襲撃事件の時、戦闘万華鏡で俺たちの戦いを覗いただろ? アレって言いだしたの誰?」
「なんだ急に。そんな奴を知ってどうするんだ。締め上げるのか?」
「いやいや、そんなことはしないよ。ただあぁいう風に戦闘に興味がある有望な生徒はこちら側としても把握しておきたくてね。丁度浅岡がいたから聞いてみたんだ」
「そういうことか」
史郎が説明すると浅岡は頷いた。
「確か三年の養田、かな? 知ってるか養田?」
「あぁ、光学系能力者の彼か……。ありがとう」
そしてターゲットが分かれば事は急げだ。
史郎は浅岡に礼を言うとそそくさとその場を後にした。
だが去り際に礼とばかりに付け加える。
「なぁこの前、戦闘万華鏡の距離範囲拡大の話していただろ。アレさ、一年の三橋の『液晶展開』と同じく一年の天童の『三里眼』、三年の池田の『数字入れ替え』を組み合わせたら良いんじゃねーのか?」
史郎の助言に浅岡は首を捻る。
そしてしばらくして史郎の言わんとしていることを悟るとハッした顔をした。
「そうか! そうすれば一気に距離が延びるし、大画面でしか展開できなかった万華鏡をタブレットサイズで全生徒の手元で展開出来るな! ありがとう九ノ枝! 今度試してみるよ!」
「あぁ良いよ。気にすんな」
史郎は朗らかに笑うとその場を後にした。
そして数分後、
「養田さん。どうすか能力の進捗は?」
「お、九ノ枝か!?」
ランニングを終え汗を拭う養田と水道で対面していた。
「生命エネルギーを練る感覚は得られそうですか?」
「いや、まだまだだねぇ。皆目見当がつかない感じだ。九ノ枝には悪いけど」
「やっぱいきなりじゃそうですよね」
史郎が目を伏せると養田は情けない笑みを浮かべた。
「こうなるとそっちも疲れちまうよなぁ。悪いな俺たちがなかなか感覚を得られなくて」
「いや今のため息はこっちの話ですよ。感覚が得られないのは仕方がないです。明後日の任務を思うと荷が重くて……」
「へぇ~~」
史郎の言葉に養田の目がキラリと光った。
「また世界最強クラスと戦うのかい?」
「いやいやあんなのはそう無いですよ……。明後日戦うのは、そうですね、まあ中堅か、そこに至らないくらいの組織ですかね……」
「なら九ノ枝なら気負う必要はないんじゃないか?」
「でも相手がウェポン型オンリーの組織なんですよ。養田さんは知ってますよね。ウェポン型の特徴……」
「あぁ、ウェポン型は能力特化型なんだろ?」
「そうです。ウェポン型は能力の応用が効かないですが、持っている能力の出力に関してはアビリティ型を超しますから。だから嫌なんです。」
「へ~それってどこで戦うんだよ」
史郎が「あ~やだやだ」と呟いていると養田は尋ねた。
そしてそれこそが史郎の待っていた言葉で
「東京の ですよ。
そこに本部があるから、明後日の四時から襲撃かける予定なんです」
詳細な住所まで知らせ、これにて準備完了である。
だが最後に荷が重い任務があるのだ。
それは……
「なに、話って……?」
史郎は屋上でメイと対面していた。
艶やかな黒髪を滴らせるメイは今日も可愛い。
運動着を着たメイを前にし史郎の鼓動が早くなるが、今はそれどころではない。
「実は『赤き光』の任務でこれからある仕事をすることになっているんだ。それを予め雛櫛には伝えておきたくて……」
「え……?」
史郎の告白にメイは目を丸くした。
そして史郎の様子から事の重大性をすぐに察したメイは即答した。
「聞かせて九ノ枝君」
そう、今から史郎がやろうとしている任務。
これは恐らくこの学園に最も大きく影響する。
そして作戦自体も決して褒められたようなものではないのだ。
どちらかと言えば、相当卑怯。
だからこそ、メイには今からやろうとすることを知っておいて欲しかったのだ。
そういったわけで、メイに全てを話し
「……雛櫛は俺を軽蔑するか?」
審判の時を待つ。
最悪の言葉を想像し、思わず目を伏せた。
だが告げられたのは
「良いんじゃない?」
そんな言葉だった。
「え?」
思わず史郎は目を上げた。
メイに認められたのが信じられなかったのだ。
だがやはり目の前のメイは史郎を認めていて
メイは顎に手を置き難しい顔をしながら言うのだ。
「九ノ枝君が良く考えて決めたんでしょ?」
メイは真剣に悩んだ後、言った。
「なら、私は九ノ枝君の考えを尊重するわ」
メイに微笑みながらそう言われて、肩の荷が下りた気がした。
◆◆◆
そしてそれから二日後。
午後四時。
東京某所の人通りの少ない路地に面した雑居ビル。
ビル一階は中が見える事務所のようになっており、夕日が差し込む室内で数人の人間が煙草を吸ったりと暇をしていた。
だがそこに
「邪魔するぞ」
不意の来客が訪れる。
そしてドアを開き、室内に入ってきたのは史郎であり
「お前……ッ!?」
室内にいた男達が突然入ってきた史郎に驚く。
だが史郎はそれらを無視して告げる。
「……ここか。『ARmS』とかいう子供達の尊厳を奪ってでも育成を進めようしている組織は」
俯く史郎からはその表情を窺い知れない。
だがその声は明らかに怒りで震えており、
実際に史郎は怒っていた。
――史郎はここ数日、苛立っている事柄があった。
原因は、生徒の尊厳を奪ってまで特訓を施そうとする『強硬派』の存在である。
彼らに任せれば、作戦が上手く行くかどうか、それは分からない。
だが少なくとも確実なことがある。
それは彼らの主張通り事を進めれば生徒達に苦痛を与えるという事だ。
――それは許容できない。
そもそも生徒達に強制的な育成を施すというのは生徒達を同じ人間とすら見ていない証左である。
そのような認識が透けて見える彼らの主張を、史郎は容認できなかった。
だからこそ史郎は
――早速動き始めた『ARmS』を倒し
――彼らが無残にやられる様を見せつけることで、能力社会をわずかでも自制させ
――そしてこの戦いを『見せる』ことで、生徒達に喝を入れるのだ。
作戦開始だ。
入り口で仁王だつ史郎は告げた。
「『赤き光』第九ナンバー、九ノ枝史郎だ。
今からお前らをぶっ潰す!」




