第3話 基本方針
「い、育成!?」
「どういうことなの!?」
「てゆうかあの人能力社会の人なの!?」
突然の育成宣言に生徒たちが俄かに騒々しくなった。
そして動揺する生徒たちをさらに煽るようにリツは決定的な言葉を口にした。
「『そうだ、私は能力社会の住人だ! となると君たちが気になるのは私の所属だろうッ! これから諸君らを育成するんだ、隠す気もないッ! 私の所属する組織はそこにいる史郎と同じだッ』」
リツが史郎を顎で指し史郎に一気に視線が集まった。
「そう、つまり『赤き光』ッ! 私もまた能力社会の頂だッ! よろしく頼む!!』」
「「「「ええええええええええええええええええええええええええええ」」」」
二子玉川の宣言に生徒全員が度肝を抜かれた。
リツの言葉で一斉に史郎に視線が向き、史郎の周囲が一気に騒がしくなる。
「おい史郎! 赤き光にはあんな美人もいるのか!?」
「しかも赤き光ってことはあの人もめちゃ強いのか!?!?」
「てゆうか美人すぎんだろ九ノ枝ばかりセコイぞ!!」
「どういう関係なんだ!? 吐け!?」
などと一気に男子たちが詰め寄ってくる。
だが史郎からすればリツとの関係は羨ましがられるようなものではない。
だからこそ詰め寄られた史郎はというと
「師匠と弟子ですね……」
と言葉少なに答えたり
「強いか弱いかと言えば、端的に言って、……鬼」
「「「鬼!?!?!?」」」
と言葉を絞り出したり
「び、美人かもしれないけど、中身に問題あるから……」
などと苦い表情で答えるしかない。
白熱する生徒達とは対照的だ。
だが浮かれている生徒ばかりではない。
史郎が男子生徒に詰め寄られ苦しい笑みを浮かべていると
「でも『赤き光』って凄い組織なんでしょう。なんでそんな人が私達を育成するの?」
一人の少女が眉をひそめながら呟いた。
そしてそれは騒々しい体育館に生まれた一瞬の空白に差し込まれ、リツの耳に届いた。
それを聞いたリツはフフッと漢らしい笑みを浮かべた。
「『そう、それが問題だ。なぜ世界最強の一角『赤き光』が諸君らを育成するのか。今から私が説明をしよう。
事の発端は――、そうだな、君たちが能力覚醒したことだ。
そして君たちを覚醒させた男の名前は『鈴木康弘』。そして奴は――』」
そこでリツは言葉を区切り、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「『――姫川アイを攫った』」
「「「「え――――――――――」」」」
ここ二週間近く学園に恐怖をまき散らしていた『姫川アイ』の名前。
加えて自分たちを能力者にした男の名前までもが転がり出てきて体育館の空気が一気に緊張感を帯びた。
途端に静まり返った会場。
よく声の通るようになった空間にリツのマイクが響く。
「『鈴木が君たちを能力覚醒させたのは『無効化』能力を得るためだった。
そして無効化能力を獲得した姫川アイは能力覚醒当日に攫われた。
そして彼女の能力によりイギリアにある能力社会の総本山『国境なき騎士団』が『鈴木』によって壊滅させられ、それによってイギリアの主権が鈴木に渡った。
そして現状、無効化能力に対抗できるのが、同じく『無差別能力覚醒犯』で覚醒した君たちしかない。
だから『世界中が』君たちの育成することを求めているんだ。
そのために、能力者育成のエキスパートである私が赴任したわけだ』」
以上が説明だ。
何か質問はあるか。
リツはそう締めくくった。
そしていきなりそのような説明を受けた生徒たちに、質問がないわけがない。
「「「「はいはいはいはい!」」」」
一斉に生徒が手を挙げた。
それからは生徒の質問大会だった。
「倒すって具体的にどうするんですか!?」
男子生徒が叫ぶ。
「『君たちと一般能力者がタッグを組んで敵アジトに侵入。姫川アイを確保し能力使用が可能になり次第、君たちは退去。以降は一般能力者同士の戦いとなる』」
「その敵アジトってイギリアですよね!? 全員行くんすか!?」
「『育成は全員に行うが最終的に敵地に赴くのは『志願者のみ』だ』」
「やっぱ死ぬかもしれないんすか!?」
「『可能性は確かにある。だからこそ『志願者のみ』だ。だが安心して欲しい。私は能力育成のエキスパートだ。私の手にかかれば、まず間違いなく銃器では『死なない』レベルまで君たちを育成することは『可能』だ。逆を言えばその水準に達していないものは行かせない予定だ』」
「でも危険はあるんですよね!? 誰もそんな場所に行きたくないと思います!」
「『だからこそ、……そうか言ってなかったな。仮に作戦が成功した場合作戦同行者には成功報酬として一人『10億円』が支払われる』」
「「「「じゅうううううおく!!???!?!??」」」」」
その成功報酬に多くの生徒が度肝を抜かれていた。
「能力者の国が出来たってそんなにヤバいんですか!?」
「『あぁ、端的に言ってヤバい。一般社会も能力社会も総力を挙げて鈴木を潰しにかかっている。アメリカなどは核攻撃も視野に入れている。だが……それが効くかどうかも怪しい』」
核兵器……
現実世界の超兵器の使用すら視野に入るほどの事案。
生徒たちは事の重大さを再認識し、色を失った。
ヤバい、言い過ぎたと思ったのだろう。
リツはゴホンとわざとらしい咳払いをすると朗らかな笑みを浮かべた。
「『だがまぁ、君たちの能力は『効く』。そして君たちの安全は最大限保証する形で作戦は遂行するし、私の手にかかれば君たちを銃器で死なないレベルに育成することは間違いなく可能だ。知っているだろう、私の所属を』」
『赤き光』それは日本最高峰の能力組織の一つであり
「『知っているだろう? 我が隊の史郎の『実力』を』」
今まで当の『赤き光』所属の史郎はこの学園において無類の強さを発揮してきていた。
だからこそ
「『信じて欲しい。『我々の』実力を』」
とリツがそう言うと幾分不安も晴れたようだった。
それ以降も質問は飛び続けた。
そして以降飛んだのは主に作戦以外の質問だった
「アイは無事なんですか!?」
「『一応命はあると聞いている。薬物漬けにはされているだろうが』」
「薬漬け?!」「ええええ!?」
会場に悲鳴が上がった。
「育成って具体的にいつやるんですか!?」
「『基本的に学園生活中に行ってもらう』」
「でも普通の授業とかもありますよね!? あまり時間ないんじゃないですか!?」
「『だから申し訳ないが部活は当面中止だ。放課後の時間はすべて能力育成に使用してもらう。仮にも世界の危機だからな。だが学習に関しては基本五教科だけはちゃんと継続する」
これに関しては矛盾を感じるかもしれないが、鈴木の行動を予測すると、その辺りのさじ加減で丁度いい。
言ってみれば世論から叩かれないための『口実づくり』だ。
「えぇぇぇぇ!? マジかよ……!!」
案の定生徒たちは驚いたようだが、比較的あっさり受け入れた。
仮にも世界の危機ならば基本五教以外の勉強はしなくても仕方ないと思ったようだ。
そして再度手を上げ始めた。
「志願者しかお金はもらえないんですかー?」
「『いや能力育成の段階で諸君らには多少の金が支払われる』」
「じゃあこれからは毎日体育着必要なんですかー?」
「『まあそうなるだろうな……』」
そんな折、その質問は投げられた。
「てゆうか一人でこの学園全員を教えるのって無理じゃないですかー!?」
(ついに来たか……)
そしてその質問を聞いた史郎はゴクリと生唾を飲み込んだ。
なぜならその質問への答えは当然、
『この生徒の育成に史郎も一役買ってほしい』
「『そうだな。全く足りん。だから私以外のスタッフも教育に入る。そこにいる『史郎も』教官として参加する。私が手一杯な際は、史郎に聞け』」
と言うもので
「「「おおおお~~~~~~~~~」」」
生徒達の注目が史郎に集まったからだ。
正直、こういった形で注目を集めるのはとても恥ずかしい。
だからこそ史郎は
「頼むぜ史郎!」
などと肩を叩く生徒に
「ま、任せろ」
とぎこちなく答えるのみだった。
早く謎の注目が去るのを待つ。
だが感銘を受ける生徒達に気を良くしたリツは、余計なことまで言い始めた。
「『まぁコイツは私が指導した中でもダントツでトップに入る人材だ。恐らく同年代能力者で史郎に敵う奴は一切いないだろう。そういうレベルだ。存分に聞け』」
「おいやめろ!!」
即座にリツに抗議する史郎。だが
「「「おおおおおお~~~~~~~~」」」
生徒達のどよめきがそれをかき消す。
そしてそれがきっかけで史郎に関する質問が飛び始めてしまった。
多くの女生徒が手を上げる。
そしてその巨大な流れを史郎は止めることが出来ず――
女子が尋ねリツが意気揚々答えるのを、史郎は顔を真っ赤にしながら俯いて聞いているしかなかった。
「はいはーい! 前から気になってたんだけど史郎君ってどんくらい強いの!?」
「『そうだな。恐らく同年代能力者で史郎に敵う奴はいない。間違いなく現能力社会の最強格の一角だな』」
「すげーーーーーー」
会場が驚きに包まれる。
「前に強い能力者には二つ名があるって聞きました! 史郎君にもあるんですか!?」
「『あぁ、ある。『天才』とか『神の見えざる御手』とかだな。で、一番有名なのが『未知の最強手』か。ちなみにそこにいるナナもまた最強格の一人なわけだが、奴は『狂った雪女』なんて呼ばれてる』」
「「「おおおお、すげえぇぇぇぇぇぇぇ」」」」
(殺せ……、いっそ俺を殺せ)
感動する生徒達。
一方で史郎は羞恥で顔を赤く染めていた。
ナナは「ハハハ」と顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた。
だが盛り上がる生徒達に気を良くしたリツはさらに余計なことを言い始める。
「『史郎なんてつい二週間前に世界最強レベルの能力者を撃破したんだぞ? な、倒したよな史郎?』」
などという凄まじく余計なセリフを。
おかげで史郎に視線が集中し、
……こうなっては答えないわけにもいかなかった。
「……そりゃ倒したけど……」
「「「「おおおおおお~~~~~~~~」」」」
史郎が赤黒い顔で答えると会場が沸いた。
「え、なんですがその話!? 詳しく教えてください!!」
そして案の定、生徒が食いついた。
「『あぁ知らんか。実は先日のテロ事件、裏に真犯人がいてな。それでつい二週間ほど前まで史郎はその真犯人解明を任されていてな。知略を巡らし該当人物を発見。同時にそいつと戦闘になり死闘を繰り広げているんだよ。で、その能力者が終わってみれば世界最強クラスだったというわけだ。まぁ遠隔で心臓を起爆出来るんだからそれレベルで当り前だな』」
結果、リツのセリフは多くの生徒を仰天させ
「えぇぇぇぇぇあのテロの裏に真犯人がいたのかよ!?」
とか
「てゆうか九ノ枝君、普通に学校通っていたけど裏でそんな事してたの!?凄くない!?」
とか
「心臓を遠隔爆破ってヤバすぎんだろ……!? 怖すぎるわ!?」
とか
「てゆうかそれに勝てるって九ノ枝化けもん過ぎんだろ……」
といった感想を攫っていた。
(ハッッズ!!!)
史郎の顔は真っ赤だった。
それからも数十分以上、史郎やそれ以外の能力育成に関する質問は飛び続けた。
だがそれ程の時間が過ぎるとさすがに質問も尽き
これで質問コーナーは終了かと思われた時だ
「おっといけないいけない」
とリツはポンと手を叩き、思い出したように言った。
というより思い出して言った。
「『準備が整い次第、諸君らには『寮生活』を送ってもらうことになるからな』」
「「「「えええええええええええええええええ!?!?!?」」」」
生徒のほぼ全員が絶叫した。
こうして生徒たち特訓は開始された。
◆◆◆
一方、ここは東京某所にある7階建ての雑居ビルである。
都心からほど近いところに在りながら、人通りの少ない道路に面した薄暗い建造物。
そこは実はとある能力組織のアジトであり、
能力社会の全員が生徒達の育成方針に賛成しているわけではなかった。
「勉強は続けるだと……!? 舐めているのかあいつ等は……!? 仮にも世界の危機だぞ……ッ!」
大男が力強くこぶしをテーブルに打ち付け食器が浮く。
雑居ビルの最上階での一幕だった。
テーブルを殴った鼻白む大男の血管は今にも切れそうだ。
「……しかも最終参加者は志願者のみと来た……ッ! ごっこ遊びじゃないんだぞッ!何を生ぬるいことを言っているんだあいつ等は!?」
「そもそも今回の事件はあいつらが能力覚醒したからでしょ?中途半端な能力者が生まれたせいで、世界が崩れたんだ。泣かせてでも、血を流させても強化して、さっさと出来のいい奴から順番に強制的に敵地に送り込むべきだよねー」
同じ部屋にいたヘッドホンをつけた金髪の青年がスマホをいじりながら続けた。
そして
「原因は彼等にある。ならば――」
切れ長の目をした背の高い男が眼鏡を掛けなおしながら呟くと、部屋の奥に座っていた黒髪のボスが神妙な面持ちで頷いた。
「あぁ、新平和組織を倒してでも生徒の管理権限を奪い取るべきだろう。そして我々の手で徹底的に生徒を育成し早急にイギリアに送り込む」
スーツを着たボスの言葉に全員が顔を上げた。
そして皆、意気込んだ。
「あぁやりましょう! 藤原さん!」
「すべての元凶はあいつ等だ。奴らに尊厳などはない」
「えぇ、彼等には地獄の苦しみを味わってでも強くなってもらいます。彼らの生死など、知ったことではない。そしてそのためにも甘ちゃんな『新平和組織』、および彼らと連携する『赤き光』から生徒の管理権限を奪い取る必要があります。ですが、我々ならそれが可能。そう我々――」
「「「『ARmS』ならば……」」」
そう、ここは中堅能力組織『ARmS』のアジトであった。
全員ウェポン型の能力を有するそこそこ知名度を誇る中堅組織で、
「じゃあまずは計画同行者を募ろうか」
彼等には横の繋がりがあった。