第2話 緊急朝礼
こうして都立晴嵐高校をはじめ能力覚醒した高校・中学校それぞれで育成が始まった。
しかし晴嵐高校ではそれ以前に恐怖が立ち込めていた。
なぜなら『姫川アイ』の存在を誰もが忘れていたからである。
晴れて『忘却能力』が解除され存在を『思い出された』彼女。
能力覚醒と同時に姿を消した彼女の存在に、学園は、特に姫川は同学年だった二年生は動揺していた。
「し、史郎君!? 姫川さんがいなくなったんだけど何か知らない!?」
「アイがいないんだよ!? てゆうか今までいないことにすら気づかなかったっていうか!」
翌日、史郎の下に数人の女生徒が駆け寄ってきた。
姫川アイの忘却を、能力によるものだと推測したのだ。
そして鈴木が犯人である以上、もはや彼女たちに能力社会の情報を伏せる必要はない。
「恐らく、能力者によって攫われたんだと思う」
「攫われッ」
史郎が事も無げに言うと少女たちは顔を青ざめさせた。
「実は、彼女のことで今能力社会がヤバいことになってるんだよ。今は評議会、あぁ能力社会のトップね。評議会も情報収集中だ。俺んとこのボスも昨日から本部に帰っていないし」
「そんな……」
「心配なんだろ?分かるよ。続報があったら伝える。……というかこの流れなら、学園の生徒達にも色々話があるはずだよ……」
史郎の微妙な物言いに女生徒たちの表情が曇る。
そして女生徒が史郎に駆け寄る様子をメイは見ていて
「何があったの九ノ枝君……?」
昼休み、メイと史郎。カンナとナナが昼食を囲んでいるとメイが眉をひそめ尋ねた。
そして鈴木が全ての黒幕だと分かった今、情報を隠す必要はない。
全ては生徒達の可能性を悟らせないための策略だったのだ。
「実はな……」
史郎はこれまでの出来事を話し始めた。
テロリストの目的は、噂になっている通り、能力至上主義者が『悪意をさえずる小鳥』を解放しようと行ったものだということ。
そのテロの裏には真犯人が潜んでいてその人物を史郎が追い詰め、『鈴木』という人物が『無差別能力覚醒犯』を放ったことを暴露させたこと。
『無差別能力覚醒犯』の目的は『無効化能力者』を生み出すことであり、その結果生まれた『無効化能力者』『姫川アイ』が誘拐されていること。
そしてその無効化能力者によって能力社会の総本山『国境なき騎士団』アジトが壊滅させられたということ。
「今は青木が犯人だって分かったからな。青木ルートで一気に関係者が摘発されている。青木関係でも日本は今はしっちゃかめっちゃかだな」
メイが作ってきたウインナーを史郎は頬張った。
一方で衝撃の話を聞かされたメイはというと……
「こ、九ノ枝君……! 心臓治したって大丈夫なの……!?」
顔面を蒼白にし史郎を心配し、カンナは
「おいおいそれマジで大事件じゃねーかよ……」
起きた出来事の重大さに青ざめていた。
「し、心臓は昨日治癒能力者に直してもらったから大丈夫だよ。まあ我ながら危ない橋だとは思ったが……。で、大事件の方だが、まあこれはマジでヤバいな……。あそこには『戦争涙』と『殺意』があるから……」
「『戦争涙』? 『殺意』?」
「兵器の無効化と、ヒトを遠隔殺害出来る能力固体があるのさ。恐らくそれによって鈴木はイギリアの権力を手中に収める。世界初、能力者が支配する国が生まれるんだ」
「マジかよ……」
史郎の説明にカンナは絶句した。
残すメイはというと、史郎の無事に胸をなでおろしていた。
そしてしばらくし落ち着きを取り戻すと、口を開いた。
「で、その鈴木って人は国を支配して何をしたいの?」
「そう、それなんだよ」
メイの問いはこの問題の核心をついていた。
「この問題は、何も国を支配してただけに留まらないんだ。おそらく彼らは――」
史郎が鈴木の目論見を口にする。
すると
「それマジヤバいじゃん……」
史郎の予測にカンナは唇を青くし、メイは固く口をつぐんだ。
「彼らがイギリアを支配した場合、彼らがやろうとしていることはもはや誰も止められない」
だが史郎の予想は、紛れもない事実。
「端的に言って、人類史に残る事件が起きるわけだ」
史郎はメイの弁当に箸を伸ばした。
◆◆◆
それから数日、史郎の予測通り事は進み、イギリア政府は『殺意』の前に陥落。
各国首脳も史郎と同様の予想をし、鈴木が行うであろう次の一手に向け動き始めた。
そしてその一環が、覚醒児達の能力者としての育成であり
「なんだなんだ……」
「緊急朝礼とか初めてじゃないか……?」
7月初旬のある日、生徒たちは朝体育館に集められていて、生徒が困惑する中、
その美女は壇上に上がって来た。
絹のように艶やかな黒髪を滴らせるグラマラスな美女である。
突然の美女の登場で、会場は一気にざわついた。
「え、なんかめっちゃ美人入ってきた!!」
「すげー胸でけー!!」
などと美女の容姿を指し男子生徒たちが熱っぽく囁く。
だが史郎はその女の本性を『知っており』、顔が曇るのを隠せなかった。
だが史郎の心配をよそに多くの男子生徒は壇上にたったその美人に胸を高鳴らせており、一方で史郎の近くにいたカンナは
「あ、おい九ノ枝!? アレって」
と先日会ったばかりの憧れの女性の登場に鼻息を荒くし、メイは
「あの人……ッ!」
怨敵を見るかのようにキッと睨んでいた
そう、現れた黒髪美女。
それは
「『お早う諸君ッ! 私は二子玉川リツだ』」
赤き光の隊員の二子玉川リツであり
リツは多くの生徒が呆気に取られている中、宣言した。
「『今日から君たちを『育成』する』」
リツは先日言っていた。
『私、二子玉川リツが、晴嵐高校の育成を預かることになった』
と。




