第1話 勇者御一行になった彼等
これより第五章開始です。
※本章は変則章になります。章中盤に本章の山場が来ます。
山場のシーンまでは連日更新していこうと、思っています。
よろしくお願いいたします。
地中海に浮かぶ小国。イギリア。
肥沃な大地を持つオリーブの名産地である。
そしてこの島には能力社会の総本山『国境なき騎士団』の本部があり――
『国境なき騎士団』が壊滅し、数日。
このイギリアの主権も、静かに鈴木たちの下に移っていた。
そしてこの異常事態を受け世界各国の首脳達は緊急の会合を開いており、
「能力社会の馬鹿どもに主権を奪われるとはいったいどうなっている!?」
EU首脳たちが一堂に会すTV会議で一人の男が声を荒らげた。
首相達はこのような秘密会合を頻繁に持っていた。
「そもそも惰弱なのはイギリアだ! イギリアの連中はどうなっている!?」
「『騎士団』地下にはいくつかの『リスク』がある。とてもではないが逆らえないんだろう」
顔を赤らめる男をいさめるように白髪の混じる男性が割って入った。
「秘密部隊も潜入させたらしいが、皆立ち入ることすら出来なかったそうだ」
「『バトルティアー』か。全く厄介にも程があるぞッ」
『バトルティアー』、日本では『戦争涙』とも呼ばれる能力社会の秘宝である。
能力者の中でも卓越した実力者しか使えない『絶対能力使役』。
これは極めると能力の『固形化』に成功する。
それにより生み出された物体はすべからく能力社会の秘宝であり、
『国境なき騎士団』の地下にはそれが安置されていた。
一般社会と能力社会は圧倒的な人口差を誇る。
そのためこの一般人がひしめくこの世において能力社会を維持するのは非常に困難だ。
だがそれを可能にするほど強力な秘宝が保管されているのだ。
その名を『戦争涙』
『いかなる兵器も無効化・無力化する』という能力を固形化したものである。
それにより――
「我々の軍を動かしても意味がない……! 案の定、イギリアの特殊部隊も敵アジトに入り込む前に無力化された……! と、なれば『兵器』ではなく『能力』! 能力社会の領域だろうというわけだが……」
「『能力』を『無効化』する能力か……。打つ手なしだな」
『騎士団』壊滅から数日。
すでに世界で二番目に巨大な国際能力組織も壊滅していた。
力づくで鈴木から『騎士団』本部を奪い返そうとしたからである。
この事件により相手方に『無効化能力者』がいることと、その存在が晴嵐高校から消えた『姫川アイ』であることが確定した。
「で、その無効化能力者とやらを輩出した日本はどういっているんだ」
「沈黙さ。国内でも様々な意見が飛び交っているらしい……」
「ここと同じか……」
TV会議に沈黙が落ちた。
◆◆◆
「で、日本政府はなんて言っているんだ鷲崎?」
「生徒を無理やり育成し戦地に送り込むか、希望者を送り込むかで大揉めだ。ごく少数だが送り込むべきでないと考える者もいる。ただ『生徒全員を鍛える』これは必須のようだ」
「ほう。で、鷲崎。貴様の考えは」
「育成するしかあるまい……。生徒たちを管理する我々が生徒の育成を放棄しようものなら世界中の国が敵になる。それに、育成はいずれにせよ必須だろう。何せ『無効化能力』に対抗できるのは『彼らだけ』なのだから……。あとは報奨金でも出して希望者の中から選抜するさ。で、そうなると」
「教育担当がいるな……。それも『相当優秀』な。目星はあるのか……」
「あぁ、ある。すでに依頼もかけている。で、そいつの名前は――」
◆◆◆
「私、二子玉川リツが、晴嵐高校の育成を預かることになった。評議会の決定だ」
「前々から話は聞いていたがリツさんなのか……」
『赤い光』の本部でリツが晴嵐高校に通う生徒の能力育成を行うと言い出し、史郎は呆れていた。
確かに、前々から能力覚醒した生徒たちを育成することになるとは聞いてはいたがまさかリツが晴嵐高校を担当するとは思わなかった。
そう、『無差別能力覚醒犯』により覚醒した生徒たちだが、今現在彼らの育成計画が政府では練られている。
事の起こりは当然、つい先日の騎士団壊滅事件である。
都立晴嵐高校から誘拐されていた『姫川アイ』の有する『無効化能力』により『国境なき騎士団』は壊滅した。
世界最強と謳われた『聖剣霊奧隊』は無効化能力により無残にも倒されたのだ。
突如、騎士団本部に『能力無効化空間』が展開。
『聖剣霊奧隊』は仮にも世界最強組織だ。
即座に異常事態に気が付き対応しようとした。
しかしそれよりも早く、鈴木が準備していた特殊部隊が本部に突入。
能力を失いただのヒトとなった者達に向けられたのは、何の変哲もないただの『銃器』だった。
ちゃちな、最新の兵器に比べればおもちゃのようにしか見えない単純な構造の『銃器』。
それらにより彼らはあっさりと、瞬く間に壊滅した。
こうして世界最強組織はあっさり終焉を迎え、鈴木の手に本部地下に保管されていた秘宝『戦争涙』が渡った。
これにより一般世界も能力世界も手出しができない。
兵器を使用しようにも『戦争涙』により無力化されてしまうし、能力者もただの人になってしまうからである。
だが、『火を消す火は有り得ない』。
実現不可能とされた能力無効化能力が実現されたのは、既存の能力とは違う『別能力』だから。
だからこそ『同じ』無差別能力覚醒犯により覚醒した生徒たちの能力は無効化『できない』。
そのため彼らの育成が進められようとしているのだ。
能力無効化空間で向けられる『銃器』で死なないレベルまで彼らを育てようと。
だが……
「納得していない顔だな」
「当然だろ。死ぬかもしれないんだから」
「フッ、私の手にかかれば彼らを絶対に死なんレベルにまで引き上げることは容易い。良かったな史郎。私が晴嵐担当で。
晴嵐が一番バラエティに富んでいるから自動的に私に指名が入ったよ」
「……」
確かに、史郎はリツの実力を痛いほどよく知っている。
だからこそ彼女にかかれば生徒たちを『銃弾では絶対死なないレベル』にまで強化することなど容易いことなどは、それこそ体に染み付くほどよく知っていた。
実際に、彼女にかかれば晴嵐高校の生徒は無事であろう。
しかし、
「納得できないか。ま、そりゃそうだな。ぶっちゃけた話、リツも俺だって納得なんてしていないさ」
史郎が難しい顔で黙っていると隣に座っていた一ノ瀬が肩をすくめた。
「だが『世界が』それを許さない。世界中の国が、一般社会能力社会問わず彼らの強化を望んでいる。なんせ、これまでにないほど今起きていることは『世界の危機』だからな」
一ノ瀬が言っていることは真実だった。
一般社会は秘密裏にこの突如爆誕した能力者主権国家を壊滅させようとしているし、能力社会もどうにか鈴木を倒そうとしていた。
それほど鈴木が行ったことは深刻なもので
「現状を唯一打破できるのが晴嵐高校をはじめ覚醒した子供たちだ。でだ史郎、この生徒の育成に史郎も一役買ってほしい」
「なぜ?」
「なぜって史郎はすでに晴嵐高校の生徒だからさ。既に生徒に受け入れられている導き手には評議会も、どころか『日本政府も』期待している」
「というより、恐らくこの任務、拒否できん。聞いてもいないんだろ一ノ瀬」
「そうだな……有無も言わさない雰囲気ではあったな……」
「やっぱそうだよね普通……」
二子玉川のにべもない合いの手に史郎はただただ頷くしかなかった。
「ハァ……」
史郎は大きなため息を吐き出した。
情報だと、『騎士団』本部周辺には、今も『戦闘涙』が展開しているらしい。
不可視の霧状に展開するそれらに触れるといかなる兵器もぶっ壊れる。
そして本部を膜で包むように『能力無効化膜』がさらに展開。
周囲を満たす『戦闘涙』を遮断し、膜内部での兵器使用を可能にする。
そして、球形に張られた能力無効化『膜』の内側で『武器を生み出す』能力者が兵器を生み続け、いざ能力者が侵入すると、膜状を保っていた『能力無効化』が、中身を満たした『球』状に変化。
敵味方の能力を封印したところを、予め生み出していた銃器で敵兵を銃殺する。
現状、この二つの能力により覚醒生徒以外に鈴木を倒すことは困難。
それは紛れもない事実。
彼等しか能力無効化空間で能力を使用できないからだ。
だからこそ晴嵐高校をはじめ能力覚醒を果たした彼らの育成が今始まろうとしているのだ。
言ってみれば彼らはこの事件により、魔王に唯一対抗できる勇者ご一行様になったわけだ。
世界の命運は彼らの手に握られてしまっているのだ。
そして、その教育を史郎も行えという。
「……了解した」
しばらくして、様々な感情をないまぜにしたまま史郎は頷いていた。
そして様々な問題を抱えたまま、育成は始まったのだ。
世界の命運を握る彼らの育成が。




