第9話 戦闘
懸念はあった。
なぜならテロが起きたあの日、史郎は青木に呼び出されていたのだから。
しかし、まさか本当に青木だとは――
だが頭の片隅で疑念を抱いていたからこそ
人一人を丸呑みにする爆炎を受け史郎は書棚をなぎ倒しながら吹っ飛ばされた。
――が
「ほう、やはり死なないか」
なんとか体から血を流しながらも立ち上がっていた。
「く……」
口元の血を拭う。
瞬間的に肉体を強化したのだ。
しかしまともに爆撃を喰らい、額や、腕からポタポタ血が流していた。
史郎は顔に煤をつけながら大きく息をする。
そうしながら
(嘘だろ……)
驚愕していた。
青木が真犯人であることや、青木が実は『爆破能力』の保有者であることも驚きだった。
しかしなにより――
一流の剣士は一合打ち合うだけでお互いの実力を把握するという。
それは能力者同士でも言えることで、
青木が『尋常ではない実力者』であることを知って驚きが隠せなかった。
それも
(恐らく俺がこれまで戦ってきた奴の中の誰よりも強いだとッ!?)
『いや~史郎君がいてくれて助かったよ。僕一人じゃどうなっていたことか~』
頭を掻いて情けない笑みを浮かべる青木の偽りの心象が崩れ去っていく。
そして目の前の青木から放たれる『殺意』は、
「……ッ!」
正真正銘、これまでの中でも最高位で、史郎は思わずゴクリと生唾を飲み込んでいた。
そして史郎が青木の卓越した実力に息を呑んでいると
青木は時間を与えない。
「じゃぁ行こうか?」
速攻で攻撃を仕掛けてきた。
青木の周囲にあった無数の書籍や書棚が凄まじい速度で史郎に飛来する。
テレキネシスである。
『力』が加えられた物体の破壊力は凄まじい。
即座に史郎もテレキネシスを起動した。
だが次の瞬間
「ッ!?」
目の前で展開された『ある事実』に目を剥く。
だが驚いてもいられない。
すぐに気を取り直し、史郎もまた『背後』の書籍・書棚・椅子、その他もろもろをテレキネシスで『操作』。
飛来する攻撃を全て迎撃して見せる。
両者の獲物が空中でぶつかり凄まじい轟音を上げた。
両物体が保有するエネルギーの膨大さから腹の底に響く重低音が辺りに響く。
そして
「フッ!!」
飛来した書籍を丸ごと打ち落とすと、史郎が操る木製の椅子が空間を割き突撃した。
「うお!?」
青木は上体を逸らし何とか回避した。
そして回避された椅子はそのまま壁に直撃し、壁をぶち破り、もうもうと土煙を上げた。
周囲から一般人の悲鳴が上がる。
ダカダカと騒がしい足音が続く。
一気に騒々しくなる周囲。
だが今ことが起きている資料館は静かなもので、青木は史郎の実力に目を見開いていた。
『一合打ち合えば相手の実力が分かる』。
それは相手も同じだったのだ。
「ほう、史郎君の才能は何度も聞き及んでいた。だが実際に打ち合うと、やはり凄まじいね……。まさか僕がこんな小さい少年にテレキネシスで『後れを取る』とは……」
だが一方で史郎も
(まるで『ジャック』出来ないだと……ッ!?)
青木の性能の余りの高さに喉が干上がっていた。
『ジャック』とは敵対者が操る物体の主導権を強制的に奪い取る技術である。
自分と相手でかなりの実力差があると使用可能になる技術なのだが、実際の所テレキネシスにおいて天才的な才能を有する史郎は『これまでジャックに失敗したことが無い』
完全に主導権を奪えずとも、殆どの場合で自分の力を介入させ軌道変更させることに成功していた。
だが今回はまるで
(操れない、だとッ!?)
それはつまり、端的に青木のテレキネシスの才能の高さを示しており
改めて敵の実力を推し量り、息を呑む史郎に
「僕もテレキネシスには多少なりともの才能を有していると思っていたのに、残念だねぇ。君の方が明らかにテレキネシスは凄いねぇ。そしてテレキネシスで優位をとれないなら、仕方ないねぇ」
青木は妖しく笑い
「『コレ』を使わないと……ッ!」
瞬間、青木の右手が眩い光に包まれ、
「――ッ!」
とっさに危険を感知した史郎が後方に飛び下がった瞬間、史郎の右手が突如赤黒い爆炎に包まれた。
史郎の右腕がいきなり爆破されたのだ。
◆◆◆
(何が起きた……ッ!?)
自分のすぐそばで起きた爆風で吹っ飛ばされ地面に叩きつけられる史郎。
だがすぐに起き上がり、青木の視界から逃れるよう青木の周囲を円を描くように駆けていた。
青木の右手は今も金色に輝いている。
青木は先ほども爆炎を使用した。
青木の個別能力は恐らく右腕で『爆撃』を操作する能力。
しかし――、
史郎は焼け焦げた自分の右手を見る。
何の導線もなくいきなり史郎の右腕は爆撃された。
青木の爆撃能力は『導線無しで対象を直接爆撃する』能力なのだろうか。
史郎は走りながら推測する。
テロリストは相次いで心臓を起爆し死亡した。
可能性はなくはない。
だがそうなると、未だ史郎が心臓攻撃を受けないのは条件が揃っていないからだろうか。
史郎は推測する。
だがいつまでも悠長に考えてもいられない。
とにかく立ち止まるのはマズイと判断し、史郎は青木の周囲を高速で走り回っていた。
そんな史郎に青木は余裕の笑みで告げた。
「速い速い。肉体強化もそこそこのものだねぇ。僕の爆破能力もさほどダメージを負っていないようだしねぇ。二子玉川のしごきが伺える。よぉ!!」
言って、駆ける史郎を狙うように青木から爆炎が襲ってくる。
煙突から立ち上る煙のような形状の、円柱状の赤い爆炎が1本も2本も3本も襲ってくる。
それらを全てを高速で縦横無尽に駆け巡ることで史郎は避け切る。
「ホラホラホラホラァ! そろそろ個別能力でも使用して挽回してみたらどうだ! 肉体強化とテレキネシスばっかで対応していないでぇ!」
個別能力を使用せず逃げ回る史郎に青木は哄笑を上げる。
だが既に史郎の個別能力、『悪霊』は起動している。
先ほど右腕に突然の爆撃を受けた際、史郎はそこそこのダメージを負っていた。
だがその後、まるでダメージを負ってないかのように表情一つ変えず走り出し、青木に『思ったほどダメージが通らなかった』と印象付けることで
『敵があると思ったものを本当に実在させる』
個別能力『悪霊』により『ダメージがあまり入らなかった右腕』を実在させたのだ。
つまり史郎は能力を使用し右腕の治療をしているのだ。
それに付随して青木が先ほど放った『爆撃能力』では早々ダメージが入らないよう多少の肉体強化の増強を有しているのだが
「ホラどうしたんだい!!?」
その後青木が放つ爆炎能力の威力が尋常ではない。
深紅の爆炎は辺り一帯の物をめちゃくちゃに薙ぎ払っていた。
書棚が吹っ飛び、爆風を受けた書籍はまるで銃弾のような速度で周囲に弾ける。
貴重な資料を有する東京【裏】中央資料館は見るも無残な状態であった。
青木の爆撃の威力は尻上がりに上昇しているように見えた。
だからこそ青木の爆撃を受けるわけにはいかなくて
ジャックこそ出来なかったもののテレキネシスの実力は完全に史郎の方が上だ
「フッ!」
史郎はわずかに空いた爆撃の間に、辺りの物にテレキネシスをかけた。
いつまでも逃げてもいられない。
反撃の時である。
周囲にあった瓦礫、机、椅子、脚立、書籍。
それらが独りでに浮き上がり、青木を強襲する。
史郎の力を得た凶器が青木に殺到する。
青木を360°全ての方向から叩く一斉攻撃だ。
逃げられる訳がない。
そして青木まであと二メートルという所まで瓦礫が迫った時――
「な……ッ!?
史郎は目を剥き、
「甘い、甘いよ史郎君」
青木は笑った。
史郎の操る物体が、青木にぶつかる少し手前で突如爆撃されたのだ。
先ほど史郎の右腕を爆破した時と同様、導線無しの突然の爆炎である。
それら爆撃によって史郎が放った総勢50の礫が軒並み打ち落とされる。
その後も確かめるように前方、側方、後方、上方、その他もろもろの角度からテレキネシスによる攻撃を仕掛けるも、青木から約二メートルの場所でいずれも爆炎で弾かれてしまう。
それはつまり――
史郎は青木が行っていることを知り息を呑んだ。
(『絶対能力使役』……ッ!?)
『絶対能力使役』
それは『能力自体に命令をしておき自身の意識の外で能力を自動発動させる』技術である。
それが使えるだけでこの能力世界において最上位クラスの実力を有することが証明される技術である。
あらゆる物体が青木から約2メートルの場所で爆撃・霧散される。
それはつまり
『自身の周囲2メートルに物体が侵入してきたら爆撃するように』
と能力自体に青木が命令を施したからに他ならない。
『絶対能力使役』は使用可能になると、このように自動防御すら実装可能になる。
「お、僕が『絶対能力使役』が使えてそんなに驚きかい!? これくらいなら僕でも出来るんだよ!?」
そして『絶対能力使役』に自身の防御全てを任せる青木は攻撃に専念できる。
『絶対能力使役』の存在が公然となり、青木の攻撃は苛烈さを増した。
青木から十数の爆炎が襲ってきた。
「クッ……」
余りにも早く、そして凶暴だった。
縦横無尽に駆けて爆炎を避け切る史郎。
だが史郎の死角を突いて爆炎が史郎の進行方向に先回りし
「グアッ!」
史郎を吹っ飛ばす。
爆風を受け壁に乱暴に叩きつけられる史郎。
だがピンボールのように間髪入れず駆けだす。
史郎がわずか立ち止まった場所は直後に起爆された。
資料館の中を縦横無尽に駆ける史郎。
そうしながら高速で思考を巡らせていた。
青木の周囲2メートルに物体が突っ込んだ瞬間、あらゆる物体は軒並み爆破されている。
つまり外側からいかなる物体を操作し突っ込ませても攻撃は出来ない。
接近戦も不可能だろう。
ならばその2メートル『圏内』。
その防御空間『圏内』の物体を直接操作してはどうか。
即座に発想を行動に移す。
「……ッ」
史郎は歯を食いしばり、自身の『力』を青木が立つ床そのものにかけた。
が
(ダメだ、まるで操作できん……ッ!)
どうやら青木が対策ですでに『力』を送り込んでいるらしい。
青木の操作物がジャック出来なかったように操れなかった。
つまり
このような自動爆撃の壁があってはテレキネシスによる攻撃は不可能。
接近戦も不可。
つまり、通常攻撃は不可能。
……
(そうかッ)
ここで史郎に閃くものがあった。
そう、物体攻撃が効かないのなら
「フッ」
『力』そのもので攻撃すればいい。
熟達した能力者は能力使用に使用する『生命エネルギー』そのもので敵を攻撃することが可能だ。
史郎は駆けながら手に『力』を集中させ、放った。
オーラ弾である。
物体ではないのだから、自動爆撃防御は不可能。
無数のオーラ弾が青木に迫る。
しかしオーラ弾が直撃する寸前、青木も生命エネルギーを直接操作。
オーラによる壁を発生させオーラ弾を防ぎ切ったのだ。
「何ッ……!?」
閃いた策すらあっさり弾かれた。
その驚愕で史郎の足が僅かに鈍った。
そしてその瞬間を青木は逃さなかった。
「どうやら『力』そのものの利用は僕に分があるらしい。そして――捕まえた」
青木の放った爆撃が史郎を捕らえた。
史郎の身体が赤い爆炎に包まれた。
◆◆◆
(――ヤバイ)
思いっきり爆炎に晒されながら史郎は考えていた。
(このままだと――ヤバイ)
「どうしたどうした! 天才なんだろ!? 『天才』って呼ばれているんだろ!? こんなもんじゃないだろう!?」
青木の哄笑が遠くに聞こえた。
爆炎が晴れ、史郎の姿が現れすかざず青木が爆炎を振るう。
それをバク転のように跳ね躱しながら史郎は考えていた。
現状史郎には打つ手がない。
なにより『絶対能力使役』が痛い。
アレがあるせいでまるでこちらの攻撃が通らない。
自動防御陣の外側からの攻撃は無効。
自動防御陣『圏内』から攻撃を仕掛けようにも、陣内の物体は青木の力で操作不能。
ここに木嶋がいれば、と史郎は口惜しんだ。
自動防御『陣内』に直接入り込める木嶋のテレポートがあれば、一瞬でケリが付くのだ。
――能力者の戦いは相性だ。相性が良ければ一瞬で片が付く。
木嶋のような能力があれば一撃で沈められるのに――
と、史郎が今はいない友人の姿を悔しく思った時だ
ここで一つ閃くものがあった。
(そうだ……)
「ホラホラどうしたんだい!? 反撃の手がぬるいぞ!?」
史郎からのテレキネシス攻撃が止み、視界が開けますます青木の攻撃の苛烈さが増す。
だがそれらを無視し史郎は走りながら考え込んでいた。
たった今、ふと思いついたこの作戦だが、その作戦を行うためには現状一つ欠けているピースがあるのだ。
それは
『まぁそんな史郎でも私はまだ注文つけたいところがあるんだがな』
二子玉川がメイとカンナに言っていた言葉が思い出される。
『実はコイツ気体の操作が出来ないんだよ』
そう、欠けているピース、それは『気体操作』である。
作戦を実行するのは、史郎が未だかつて成功していない気体操作を完璧に行う必要があるのだ。
(出来るか……!?)
史郎は自分にそれだけの才能があるか自身に問い返す。
しかし答えは一つしかない。
(出来るかじゃない……、やるしかないんだ!)
史郎は自分を叱咤した。
(持ち前のテレキネシスの才能で『天才』だなんて呼ばれてるんだろう!? 『神の見えざる御手』だなんて呼ばれてるんだろう!? 気体操作の何十倍も難しいホルモン操作だって数日で体得して皆を驚かせたじゃねぇか!? ならそんな俺に、気体の操作が出来ない訳が、ねぇぇぇぇぇぇぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
かくして史郎はテレキネシスによる自己操作により自身の脳内のアドレナリンを全開に放出した。
無理やり自分の意思でスポーツで『ゾーン』と呼ばれるような境地に一気に突入していく。
そうしながら史郎は過去に二子玉川に言われた指導内容を思い出していた。
『史郎、気体は水と変わらない』
『同様に粘度を有する』
『だから水飴をかき混ぜる感覚で問題ないんだ』
その他もろもろの二子玉川の言葉が思い出される。
そして、それは圧倒的な史郎の集中力でもって一気に『実現した』。
史郎は頃合いを見計らうと、天井全体にテレキネシスを走らせた。
そしてそれらを下階へ一気に引き抜く。
天井が丸ごと崩れ上階の物体が丸ごと落ち、両者の姿が土煙に飲まれた。
「ハハハ、それがどうしたって言うんだい!」
上がる土煙を余裕そうに青木は受け流す。
天井から降ってくる瓦礫も、この土煙の先から放たれるであろう史郎の物体操作も『絶対能力使役』による絶対防御で防げるので全くの問題が無い。
さぁこれから史郎をどう料理してやろうかと思った時だ
「こっちだ」
耳元で史郎が囁き、青木は目を剥いた。
そしてその瞬間、青木は『思ってしまった』。
(まさかコイツ!? 俺の防御陣内に入り込みやがったのかッ!?)
と。
だがそれは史郎が空気を操り作り出した『偽の声』
そして青木が史郎が自動防御圏内に入り込んでいると思い込んでしまった瞬間
『敵があると思ったものを本当に実在させる』『悪霊』が、その実態を作り出し、史郎は青木の背後、絶対防御陣の内側に『テレポート』していて、
青木が想像した最もいて欲しくない場所に転移した史郎は、オーラ刀で青木を両断した。




