第7話 二子玉川リツ
「ねぇ、メイちゃん、カンナちゃん? 今から私んち『赤き光』の本部に来ない?」
ナナがおかしなことを言い始めている。
「え??」
思わず史郎は訊き返していた。
「いや、ナナ。お前が良いって言ったって連れて行けるわけないだろ。仮にも『赤き光』は日本、いや世界最強クラスだぞ? そんな本部に赤の他人をポンポン連れていけるわけねーだろ」
「でも海が良いって言ったんだよ!? 史郎の知り合いならぜひ会ってみたいって」
「いやいやそんなわけないでしょ……」
史郎はそう切り捨て確認のために一ノ瀬に電話をかけ、尋ねた
「……ってなこと言ってんだが、ダメだよね?」
『いや全然構わないけど?』
だが返ってきたのはそんな信じられない言葉だった。
「はぁ!?」
『いや俺も史郎の友人もとい好きな人のメイちゃんに会ってみたいからさ。むしろ是が非でも連れてきてくれ。なぁに普段の経路で来ればばれっこねーよ』
じゃ、茶と菓子用意して待ってるぞー
そんな軽い言葉と共に通話は切れ
「なんか、ナナの言う通りなんだけど……」
来たい?
史郎が恐る恐る尋ねると、メイとカンナはコクコクと凄い勢いで頷いていた。
そういうわけで今現在
◆◆◆
「はい、ここが本部ね」
メイとカンナが『赤き光』の本部に来ていた。
そう、メイとカンナが『赤き光』の本部にいるという異常事態が起きているのである。
「うおぉぉぉぉぉすげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 地下にこんな空間が広がっているのかよ!?」
「……すごい」
二人はアリの巣のような地下通路を歩き辿り着いた昇降機、それを降りた先に広がっていた光景に目を輝かせていた。
一面黒塗りの広大な部屋だ。
隊員の休憩所になっていて部屋の中央には机が置かれ隅には書籍が並べられている。
そして部屋の中央では
「お、二人ともお帰り~。それとそうか。君たちが白鳥カンナちゃんと雛櫛メイちゃんね。いつも史郎とナナが世話になってるね! 二人には感謝しているよ。初めまして隊長の一ノ瀬海でーす」
一ノ瀬がコーヒーを啜って待っていた。
そしてナナから聞いていた特徴通りのメイを見ると
「ほう、こういう子が好みなのか史郎……」
「おいお前は黙れ!」
そんな下らない事を言い出し、
「……ッ」
メイは顔を真っ赤にして俯いていた。
メイと遭遇して二秒もしないうちに下らない事を言い始めた一ノ瀬。
ここ『赤き光』で史郎がメイに恋をしているのは周知の事実なのだが、こんな場所にメイがいて大丈夫なのだろうか、という今更過ぎる不安が鎌首をもたげた。
そして案の定、
大丈夫ではなかった。
二人が来てしばらく
・『赤い光』は俺が始めた。
・隊員は九名で、これは全くの偶然なのだが、全員苗字に数字が入っている。
・一番強いのが俺か隊員ナンバー2の隊員。
・だがここ一番では明らかに史郎が頭一つ抜ける、などなど
カンナの質問に一ノ瀬が気さくに答えていると
「あと一応隊員には全員隊室があるんだぜ」
そんな言葉が飛び出し
「そうだ、史郎見せてやったらどうだ?」
「え゛」
と、史郎の部屋をメイに見せるハメになったのだ。
そして、史郎が自分の隊室の前に立ち
「でな、ここが俺の隊室」
と言いながらボタンを押しプシュッと音を鳴らし部屋を開けると
目の前にある壁にデカデカと『メイの写真』貼ってあった。
(やばい)
即座にテレキネシスが起動する。
史郎の乱暴なテレキネシスで写真の張られた壁が壁ごとゴッソリえぐり取られる。
そんな中メイの写真はくるりと綺麗に丸められると部屋隅へと放り投げられた。
そして突如壁が崩れ去るのを目の当たりにしたカンナは心底驚いており
「おいおい今の大丈夫か!? 壁が壁が……!?」
「あぁ大丈夫だ。地下だから崩れたんだろう……」
「地下だから!?」
史郎の返事に余計驚いていた。
一方でメイは普通に声が出ないくらい驚いていた。申し訳ない。
心の中でメイに謝りつつも史郎は静かに心臓をバクつかせていた。
そうだ。史郎は昨日この部屋でメイのブロマイドを飾り耐性をつけていたのだ。
完全にそれを失念していた。
こうして始まった史郎の隊室探索。
「まぁ普通だな」
「そりゃねぇ」
さして特別なことは起きなかった。
実際史郎の隊室には机とベッドと本棚くらいしかない。
おかしなことが起きようがない。
だが史郎はというと
「これは九ノ枝くんの部屋……」
と呟くメイがベッドの近くにいて多少興奮したり
「あ、あの写真なんだ九ノ枝?」
とカンナが指さす先にメイの写真が写真立てに入り飾られていたので
「あぁなんでもねーよ?」
速攻でテレキネシスを起動し写真立てを倒すなど、気が気ではなかった。
史郎の部屋には実は他にもメイの写真などが飾られていたのだが、それらはブロマイド遭遇と同時にあらかたテレキネシスで片付けられていた。
(まさか取りこぼしがあったとは……)
史郎は自分の部屋におけるメイの写真の多さに自分で驚いていた。
そして史郎とメイ・カンナが休憩室に戻ると
「ほぉその娘たちが今噂の雛櫛メイと白鳥カンナか。で、どっちが雛櫛なんだ?」
休憩室で一ノ瀬とナナに加え、新しく黒髪の美貌の女性が寛いでいた。
「え、この人誰なの!?」
脚を組みコーヒーを啜る大人の女性の登場にカンナは目を丸くした。
「組織ナンバー2。スーパーコーディネーターの異名をとる二子玉川リツさんだよ。あ、さっき隊長が言ってたこの組織で一番目か二番目に強い人ね……」
「そう褒めるんじゃない史郎よ」
史郎が紹介するとリツはどや顔でコーヒーを啜った。
なんでコイツがいんだよ……。
史郎は溜息をついた。
◆◆◆
『赤き光』の隊員の中で誰の能力が欲しいか。
そういった話題は隊員の中で良く上がる。
大体人気なのがナナが有する『氷点世界』だったり組織ナンバー6、六透優が有する幻覚操作の『幻世の王』だ。
その使い勝手の良さに多くの隊員の達の人気が集まるのだ。
だが中でも段違いで人気なのは――
「スーパーコーディネーター?? なんか特別なお仕事しているんですか??」
カンナは席に座りながらフンスと鼻息荒く問うた。
「リツさんは能力者育成のスペシャリストなんだ」
「おいおい私から言おうと思ったのにバラすなよ史郎。で、改めてだが私は能力育成が専門の能力者だ。名を二子玉川リツという。よろしく頼む」
優雅な笑みを浮かべて自己紹介をするリツ。
一方で席に着いたメイとカンナは口をポカンと開けて驚いていた。
そりゃそうだろうと思う。
史郎は彼女たちの心中を察する。
何せ晴嵐高校にはいまだかつて能力を育成するような教官は来たことが無い。
リツという存在は晴嵐高校に在籍する生徒全てが教えを請いたい人材だろう。
ちなみに現在リツはテレポーターである木嶋の教育も行っている。
「ってか最近どうなんすか。木嶋の調子は……」
「上々だな。お前ほどではないか中々筋がいい」
口の端が吊り上がる辺り木嶋の才能はそこそこ良いのだろう。
史郎は他人事だがホッと胸を撫で下ろした。
そう、今現在リツは特別に木嶋の育成も請け負っている。
先日の事件の後、史郎は木嶋に泣いて頼まれたのだ。
『強くなる方法を教えて欲しい』と。
そして史郎はリツを紹介し、最近学校で会うたびに『やつれている』木嶋を心配していたのだが
「今はあのウザったい赤い靄を消そうとしているところだ。一向に消えんがな。今日もゲロ吐かせてやったわ」
……やはりスパルタを受けているらしい。
史郎はこの女に指導された地獄の日々を思い出して身震いした。
てゆうか消せるんだあの靄……。
史郎はリツの能力改善スペックにも恐々としていた。
「て、てゆうかどうやったら能力って強くなるんですか? 実は私たちも能力強くしたいんですけど、知ってることが走る事とか瞑想して体力・精神力を高めたりとか、能力使いまくるとかそんなことばかりで、もっとこう、ざっくりじゃなくて明確な方法を知りたいんすけど」
カンナがせっつくように尋ねた。彼ら生徒のここ最近の能力向上心は著しい。
「大体それで正しい。『それぞれにあった訓練法』を発見しない限りそれしかない」
「……そうですか」
「ハハハ、そう落ち込むな少女よ。そうすれば確実に成長するのだから良いではないか。それにもしお前が私に気に入られたのなら、能力社会中堅並みの異能保有者になれるかもしれんぞ」
「どういうことですか?」
「言ったろ。私はスーパーコーディネーターと呼ばれていると。私は『それぞれにあった訓練法』が視えるのだよ。私の能力『ひずみの視認』をもってすればな」
そう、『ひずみの視認』
それこそがこの組織において一番人気の能力である。
そして
「『ひずみの視認』……?それってどういう能力なんですか?」
難しい顔をするカンナに、別に隠しているものでもない、リツは得意げに話始めた。
「多くのものには『ひずみ』がある。それを視認する能力だ。おいお前肩凝っているだろ?」
「えぇ、まぁ」
「ならばここを押せばいい」
そういって立ち上がりカンナの背中の右上の辺りを押すリツ。すると
「あぁ凄い治った!」
立ちどころに肩こりが解消されカンナの顔が笑みに包まれた。
「お前の身体には先ほどから肩こりという『ひずみ』が生じていた。そしてそのひずみをツボを押すことで解消させた。このように私はものの『ひずみ』が見える。そして今は治して見せたがこの能力、破壊にも有用だ。『ひずみ』を突けば物は壊れ人体は破壊される。で、ここからが重要なんだが」
と、リツは一つ間をおきコーヒーを啜った。
「理想と現実にはいつだって『ひずみ』がある。そして私のこの眼はその理想と現実の合間に存在する『ひずみ』すら見える。木嶋の『赤い靄をなくしたい』という『理想』と『現実』の間にどういった『問題点』があるか視えるんだ。そして長年『ひずみ』を視続けた私はどうすればそのひずみを解消できるかが分かる。こうしてその個人に合った的確で最短コースで能力者育成をするから私は『絶対教育者』などと呼ばれるわけさ」
そう、それがリツが有する二つ名の真相であり、彼女がこれまで何人もの能力者を育ててきた力の根源である。
そしてリツの説明を聞いたカンナは成程と手を打ち
「じゃぁ九ノ枝も二子玉川さんに鍛えられたのか?」
そんな割と屈辱的なことを聞いてきた。
そして史郎が首を振る前にリツは答えていた。
「いやこいつは、というか『赤き光』の隊員で私が本格的に育成した奴はただ一人としていない。全員が入隊当初から既に私級の天才集団だ。まあ史郎を始め若い衆にはテレキネシスの使用法始め多少は教育を施したがそれでもまぁ微調整程度だ」
だがまあその『多少の教育』の所為で死ぬほどつらい目に史郎はあったのだ。
史郎は遠い過去の日を思い、涙を流した。
史郎もまたこの組織に入った当初、リツの指導を受けた。
始まりの日の事を今も史郎は覚えている
『今日から貴様の指導に当たることになった二子玉川だ。お前はすでにかなりテレキネシスが使えているから早速ホルモンの操作を覚えてもらう』
『ホルモン? 肉の?』
『舐めとんのか貴様』
『ブフゥ!』
中学生当時、肉のホルモンしか知らなかった史郎は鉄拳制裁を受けたのだ。
史郎は遠い日の事を思う。
このように史郎はリツに血を吐かされた経験があるため
「史郎、話していたら私は喉が渇いてしまったな。『茶』」
「あ、はい」
リツには逆らえなかった。
(今やれば勝てるはずなのに……ッ!!)
だが血を吐かされた昔のことを思うとどうしても体が従ってしまう。
「でも九ノ枝を育てたってのには違いないじゃないですか? 凄いんですよ九ノ枝! 学校でも結構人気あって」
「そりゃ史郎は、殆ど手掛けていないから私の作品とはとてもではないが言えないが、もし言えるならダントツトップだからな」
「えぇやっぱり九ノ枝凄いんですか!?」
「そりゃそうだろうよ。この若さでアレほど強力かつ正確なテレキネシス使いがこの世にどこにいる。まぁそんな史郎でも私はまだ注文つけたいところがあるんだがな」
「え、まだなんかあるんですか?」
あーはいはい。またその話題ねと史郎は無心で茶を用意していた。
確かに史郎。リツに指導を受けて様々なものを操れるようになった。
しかし――
「実はコイツ気体の操作が出来ないんだよ。いくら言っても駄目だった」
そう、これが原因で史郎はリツに徹底的に泣かされ吐かされている。
特訓を始めて数日で特定のホルモンや神経伝達物質の操作を習得し隊員を仰天させた史郎。
だがそれよりも難度が十数段階も低い気体操作をいくらたっても習得できなかったのだ。
思うに無力透明の物体の操作が苦手らしい。加えてどうしても風を掴む感覚が分からなかった。
おかげで
『なぜ貴様は』
『あぁぁぁぁ!!』
『気体の操作が!!』
『ぐふぅ……!』
『出来ないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『グアアアアアアアアアアア!!!』
てな具合で中学生の史郎君は鉄拳制裁付き教育を施されたのだ。
「全く何度吐かせたことか」
「あ、あの時は大変でしたね……。おかげでだいぶ強くはなりましたけど……」
と懐かしみながらリツ始めメイたちに茶を配る史郎。
だがふと愛しのメイに視線を向けた時だ
(うお!!)
何やらメイが目を吊り上げてリツを睨んでいるのを発見した。
史郎が今まで見たことのない本気で怒っているメイである。
(怖!!)
なになにどうしたの!? 俺なんか気に障る事言った!? と動揺していると
「その九ノ枝くんを吐かせたって言うのは本当なの?」
背筋がヒヤッとするような声色でリツに敵意剥き出しで尋ねたのだ。
この能力世界でこんな真正面からリツを叱責するような人は殆どいない。
久しぶりに向けられた敵意にリツは「ふうん」と満足そうに頬を緩めた。
「あぁ吐かしたぞ。それがどうした娘っ子」
「もう吐かしたらダメよ?私が許さないわ」
「おいおい許さないってどういう関係なんだお前達は?」
「パートナーよ。学校指定の。でもパートナーかどうかなんて関係ないわ。今後あなたが九ノ枝くんを傷つけたら、私はあなたを一生許さないわ」
「ほぉう。それは怖いな。ならばよし、考えておくとしよう」
そしてこの問答。相当リツのお気に召したようで、しばらくするとにやりと笑みを作り史郎に囁いた。
「お前良い子見つけたなぁ……この私に立ち向かうとは相当見所があるぞ……」
この師匠は……。
うきうきと自分の事のように喜ぶリツに史郎は溜息をついた。
◆◆◆
いつの間にかだいぶ遅い時間になっていた。
史郎は危ないからと家まで送っていこうとしたが「それはいい。私とナナが送ろう」とリツが言い出し
「じゃぁな九ノ枝。今日は楽しかったぜ」
「じゃぁね。また月曜日。九ノ枝くん……」
と二人が去っていき
「じゃ、じゃぁね」
史郎は顔を赤く染めながら二人を見送り休憩室の椅子に座った時だ。
「話は変わるが史郎。お前が言っていた話、無効化能力者発生の可能性の話だが、鷲崎に伝えた」
ようやくという雰囲気で一ノ瀬は話だし、大きく息を吐き出すとこう切り出した。
「そこでお前に再捜査して欲しい人物がいる」
そうして渡されたのは痩身の男性の写真だった。
名を鈴木康彦。
この能力世界を管理する『国境なき騎士団』
その最高意思決定機関『首脳会』の構成役員の写真だった。
史郎が写真を眺めていると一ノ瀬は言った。
「無差別能力覚醒犯を放ったのはこの男かもしれない」




