第6話 トシマノ園
注意:本話約11000字(普段は5000字)
プール編を纏めたらこんな結果に・・・
お時間に余裕のある時に、読んで頂ければ・・・・・・
『明日、カンナちゃんとメイちゃんと一緒にプールに行くの!! だから史郎も着いて来てーー!!!』
ナナからその台詞を聞いた時、耳を疑った。
史郎は常々メイとデートに行きたいと思っていた。
だがその一歩は欠片も踏み出せないでいた。
『パートナーシップマラソン』で、二人分の『ペルデュシカ』の優先招待券及びクーポンを手にしているというのに、踏み出せないでいたのだ。
メイとデートに行くなど夢のような話だった。
だからこそ、耳を疑った。
メイとデートに行けるというその報せに。
しかも
(プール、だと……ッ!?)
余りの衝撃に、目ん玉が飛び出るかと思った。
だからこそ、史郎は即座に――『よしきた』――同意した。
そして、六月某日。土曜日。
デート、当日である。
史郎は待ち合わせの場所である学園からほど近い中野駅で他のメンツを今か今かと首を伸ばして待っていた。
服装は、出来る限りの努力を尽くしている。
なぜなら昨日、『赤き光』の本部にて、隊員一チャライと知られるイケメン。
組織ナンバー6、『六透優』に
『こ、これでいいか?』
『あ、ま、まあいいんじゃね?』
『おい適当か?』
『いや殺気出すんじゃねーよ!? 怖えーよ!?』
と至上のコーディネートを頼んだからである。
きっと無難に違いない。
そして、今回のデートを成功させるに当たって史郎はある知恵を手に入れているのだ。
そう、このデート、なにも史郎だけではない。
多くの生徒に『後押し』されているのだ。
史郎は昨日、ナナにプールに誘われた後すぐに、最近仲良くなれた『田中』と『佐藤』に廊下に呼び出されたのだ。
田中は史郎を呼び出すと声を潜めて息巻いた。
『史郎、お前雛櫛のこと好きなんだろ……!?』
と。
『ブッ!!』
まさか田中に自分の大切な心の内を知られているとは思わなかった。
『い、いや違うよ!! そ、そんなんじゃねーよ! 勘違いすんなよ!』
思わず顔を真っ赤にし否定していた。
だが田中は鼻息荒く首を振る史郎など意に介さないようで『落ち着け、落ち着け史郎』と囁き、佐藤は『ドードードー』と言いながら史郎を宥めた。
そして顔を上気させた史郎が黙ると
『いや、良いんだ。史郎。落ち着け。史郎、お前がメイを好いていることは俺達にとって都合が良いんだ。非常に、ひじょーーーーにな』
そんな意味の分からないことを言い出したのだ。
『どういうことだ??』
『そりゃお前。この学園の女子の八割、いや九割、いや九割五分以上がお前に気がある状態なんだから――、いややっぱムカつくからこれ以上は言わないでおくわ。重要なのはとにかくお前がメイしか眼中にないこの現状は、俺達にとって最悪ながら最高ということだ。でな俺達はお前の敵じゃない。是非ともお前とメイには恋仲になってもらいたいんだ。だからなんとなく、なんとなくだぞ!? 恋愛経験が人並みに見えるお前に恋愛必勝法を授けに来たんだ。お前明日、メイたちとプールに行くんだろ?』
そんなことを言って、二人は史郎に恋愛必勝法を、その極意たる術を授けてくれたのだ。
そして田中と佐藤が言っていた極意、その一は――
『まず相手の服装を褒めろ。前日と変わっている点を褒めろ』
という教訓であった。
――正直知ってた。
だが、それはつまり、多くの人が口を揃えるほど重要だという事だ。
ならば――、やってやる。
きっと恥ずかしくて仕方がないだろうが、言ってやる。
今日の史郎は男だ。
だがそうなると問題が生じる。
時折史郎に生じる『メイがあまりに可愛くて直視出来ない』現象である。
直視できなければ――全く持って恐ろしいことだが――メイがどこが可愛いのか、どこが昨日と違うのか言及する事など出来ない。
しかし今日の史郎は本気。それも対応済みである。
既に昨日『赤き光』本部に飾られてあるメイのブロマイドをガン見し続けることで多少なりとものメイ耐性を手に入れている。
――つまり、準備は万端。
いつでも来いッ!!
と史郎が心の中で息巻いた時だ。
駅前の人だかりの中に圧倒的な後光を放つ人物が現れた。
「何ィ!?」
突如群衆の中に現れた圧倒的な光源。
その余りの眩しさに史郎は思わず目を細めた。
そして史郎が(誰だ!?)と動揺していると、その女性は史郎の下に近づいて来て
「おはようッ、九ノ枝くん!」
そう言った。
そう、その光源の主。
メイでした。
なぜかメイの背後から後光が差して見える。
俺の目は大丈夫なんだろうか?
史郎は真剣に目をこすりその機能を確認する。
が
「うおっ……!」
そんなことより圧倒的に重要なことがあることに気が付く。
「ど、どうしたの?」
史郎にびっくりされて目を丸くするメイ。
だが史郎はそんなメイの反応に気を取られる余裕もなかった。
今日のメイ。
『圧倒的に可愛い』
この世の人物とは思えない程に。
普段も大きい瞳は今日は普段以上の大きさに見え、肌だっていつも以上に抜けるように真っ白だ。
え、こんな生物居ていいの?ていうレベルである。
天使・妖精。そんな言葉でしか表現できないレベルである。
白いワンピースも飛び切りキュートじゃないか……。
感慨にふける史郎。
だが一時の興奮が過ぎ去ると、自分の使命を思い出した。
そう、まずはメイの服装を褒めなくてはいけないのではなかったか。
史郎は気を取り直すると言った。
「そ、そのワンピース綺麗だね」
と。
今日の史郎は男である。
「ホ、ホントに!?」
史郎に面と向かって外見を褒められることなど、未だかつてなかった。
史郎に褒められてメイは顔を真っ赤にし、しきりに髪をいじり始めた。
「へーやるなぁ」
その様子を遅れてやってきたカンナは感心しながら眺めていた。
「昨日、今日のために急きょワンピース買いに行ったかいがあったなぁメイ」
「カ、カンナは余計なこと言わないでッ!」
そしてメイはカンナの口を慌てて塞ぎに行っていた。
一方史郎。
メイの反応に確かな手ごたえを感じていて、さらに口を開いた。
そう、今日のメイは服装が可愛いだけではない。
昨日と明確な、大きすぎる違いがあるのだ。
これほど大きな違いなのだ。
それを指摘しないというのは失礼というものだろう。
こうして――
「も、もう! 変なこと言ったら怒るからねカンナッ!」
とカンナを叱るメイに
「あと雛櫛、髪切った?」
そんな『衝撃的な』言葉がかけられた。
「「え??」」
史郎の言葉を聞いて、メイとカンナの二人が固まった。
そう、このメイ。
史郎の事を好いており、昨日急きょ話の流れで史郎とプールに行くことになり
『カ、カンナ! わ、私だけじゃどれにしていいか分かんないから手伝って!!』
カンナに自身のショッピングの手伝いを頼み込んでいた。
そしてカンナは快くメイのショッピングに付き合ったのだが、帰り際メイがおかしなことを言い出したのだ。
『じゃぁカンナ。悪いんだけど、私今から美容院の予約あるから、帰るね』
『え、明日仮にもプールだよ!? 髪普通に濡れて髪型どころじゃなくない?いるそれ!? しかも最近メイ切ったばかりだよね?? 確か先週だよね?? 大丈夫だよ! まだ完璧に整ってるよ!!』
そう、メイを止めたのだが
『い、いや、……絶対行く……ッ!』
メイの意思は固く買い物だけ済ませると早々に美容院に去っていった。
しかし今日メイを見た時、ぜんっぜん変わっていなくてカンナは
(なんだ、全然変わってないじゃない……。さすがにお金勿体ないんじゃないの?)
と呆れ、だがそんなにも一途に史郎を好いているメイを微笑ましく眺めていたのだが
「まさか、九ノ枝……。違いが分かるのか!?」
目の前の超生物がメイの髪の違いを言及し始め目を見張った。
メイも
「分かるの??」
期待を込めた目で史郎を見ていた。
メイの瞳はますます光を帯びていた。
そして史郎は事も無げに言ったのだ。
「そりゃ分かるよ。だって全然違うじゃん? 前髪軽く切って全体的に軽くしたんでしょ? あとホントに軽くだけどパーマもあてた?」
と。
それを聞くとメイは
「凄い……ッ!」
と感極まって顔を真っ赤にし口を手で覆い、カンナは
「九ノ枝お前ホントスゲーな」
と呆れていた。
そして二人が一様に史郎からすると不思議な反応をしていると
「おっはよー」
ナナがやって来た。
こうしてデートのメンツは集まった。
◆◆◆
今日行くのは豊島区にあるトシマノ園という数々の絶叫マシンやアトラクションに加え広大な屋外プールを有する遊園地だ。
ウォータースライダーや流れるプール、波のプール、飛び込み台に加えて通常プールを備え、6月という早い時期から解放されることで有名だ。
そんなこともあり今日もトシマノ園は多くの若者でひしめいており
「来ないな……」
水着を着た人間で賑わう空間で史郎は一人ポツンと立っていた。
男の着替えは女子のそれと比べ圧倒的に早い。
そのため男が女性陣を待つというのはよくある話だ。
史郎も例に漏れず待ちぼうけの憂き目にあっていたのだ。
しかしそれも大して長い時間でもなかった。
史郎が一人で待機する事数分、
「お待たせ史郎―――ッ!」
いち早くナナが着替えを済ませやって来たのだ。
ようやく知り合いが来た。
ナナの登場に史郎の顔が晴れる。
だがその姿がはっきり見えてくると史郎の顔が険しくなった。
なぜなら――
「なんでお前すでに浮き輪つけてるわけ?」
ビキニはいい。ナナの青髪に良く似合う青色のビキニだ。
だが浮き輪はないだろう。
なぜなら仮にもナナの水泳の特訓なんだが?
と言葉に怒りを滲ませることで言外に主張する史郎。
だがナナはそんな史郎の意図を理解せずへへへとお気楽な笑みを浮かべて頭を掻き
「だって溺れたら危ないし?」
「は?」
瞬間、史郎のテレキネシスがナナのデカい浮き輪に襲い掛かる。
鬼のような勢いでナナの浮き輪を地面に沈めにかかる。
「あ、やめて史郎!! わ、私から浮き輪取り上げないで!! 虐めないで!! 溺れたらどーするのよ史郎!!」
「溺れないようにすんだろ今からなぁ!!」
『やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!』『諦めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
途端に史郎の『テレキネシス』とナナの『強化能力』の戦いになる。
そして人目をはばからず史郎とナナが隠れ能力バトルを興じていると
「おう待たせたな。ってお前ら何やってんだ……」
カンナがやって来た。
そしてカンナの姿が目に入った瞬間
「あいたぁ!! ちょっと史郎いきなり能力と解くの反則よ危ないじゃない!!」
史郎は能力を解き、ガバッとカンナの奥に目を向けた。
そう、なぜならその先に、いるはずなのだ。
水着姿のメイが。
しかも学校指定のスクール水着ではない、グラマラスな水着を着たメイがいるはずなのだ。
かくして視界の先、数メートルの位置に、その存在はいた。
妖精・精霊・天使・女神。
そんな言葉でしかもはや表現できない美の化身である。
白い、思わず吸い付きたくなるような肩に、確かにその存在を主張するバスト。
しなやかにくびれたウエスト。
キュッとしまったヒップ。
そしてスラリとしていて、そうでありながら柔らかそうな太腿。
全てが史郎ズベストに整えられた、この世界に生まれた偉大な奇跡。
超美少女、雛櫛メイである。
メイが着ていたのは――史郎としては最高なことに――ビキニであり、その水玉模様のビキニにより、そのスラリとしたスタイルが強調されていた。
そしてその姿を見た瞬間史郎は
(うおッ……!?)
余りのエロさに気絶しそうになっていた。
だが
「くッ!」
なんとか意識をキープ。最悪の事態を脱した。
そして、
「はえ~~~~~」
メイから目が離せなくなってしまった。
思わず感嘆の溜息が漏れた。
その姿を、肩を、肌を、胸を、腰を、足を、いつまでも見ていたいという欲求に抗えない。
だがさすがに史郎の視線はあからさま過ぎて
「ちょ、ちょっと九ノ枝くん、見過ぎ……ッ」
メイは顔を赤く染め胸のあたりで腕を交差し身を捩ってしまった。
その恥ずかしそうな様子にようやく史郎が正気に戻る。
「あ、あぁスマン……!」
だが明らかに史郎は動揺しており
「あ、あまりに綺麗でちょっとヤバかった……」
そんながっつり一線を超えた発言を放つ。
言った直後に(あぁぁぁやべぇ!!)と思うが時すでに遅し、覆水は盆に返らない、
「~~~~~~~!!!」
メイはより一層顔を赤く染めて恥ずかしそうに俯いてしまった。
そんな恥ずかしそうなメイを見てカンナは白い歯を覗かせメイの肩を叩いた。
実際の所カンナとしても史郎の反応は嬉しかったのである。
「まあ良かったじゃねーかメイ。昨日、時間が無い中買いに行った介があったな。いやーこのビキニ決めるの時間かかったんだよな。二時間以上かかったよな? あぁでもないこうでもない。九ノ枝はどういう柄が好きそうだ何だってむーーーー」
メイは顔を真っ赤にしながらカンナの口を塞いでいた。
こうして、ただ水着でプールサイドに出てきただけで散々な目に合うメイ。
しかし酷い目にあったのはメイだけではなく、史郎もであった。
「てかなんで九ノ枝、お前はもうプールん中入ってんだよ??」
きっかけは、カンナのそんな言葉でした。
そう、今ほど史郎がメイの水着をガン見出来たのには理由がある。
第一は今回史郎がズボン型の水着を履いているから。
そして第二が史郎は既にプールに浸かっているからである。
実は、先ほど
『お待たせ史郎―――ッ!』
とナナがやってきた時すでに史郎は腰ほどの深さのプールに入水済みなのである。
――全ては『事件』を起こさぬために――
そしてカンナは明らかに史郎の意図を知っており、今の問いかけは『史郎がおかしなことをしている』ことをメイに気が付かせるための呼び水であり
「?? そういえばどうしたの??」
案の定餌に食いつき小首をかしげ始めるメイに
「実はな……」
と、コソコソと、ニヤニヤしながら囁き始めた。
「おいやめろ!」
史郎はすかさず止めようとするが、カンナは聞く耳を持たなかった。
史郎の耳にもカンナの囁きが聞こえてくる。
『つまりな 枝にとって イの 着は 激が強く アレがアレしてそれ バレると、こ るから かじめブ ブカの 着を着て 面下に待機 たってわけさ』
そしてカンナの囁きを聞いていたメイはみるみるうちに顔を赤く染めていき、サッと史郎から目を逸らした。
……史郎としても恥ずかしいことこの上ない。
しかも視線を外したメイが時折チラチラと史郎の水面下を見るのが非常に恥ずかしい。ちなみに今は何も起きていない。……なにも!!! な゛かった……!!!
こうして史郎が(何てことしてくれやがる……)と頭を抱えていると、カンナは眉を下げヘラヘラしながら言った。
「ま、まあ気にすんなよ九ノ枝。メイもお前の水着姿に興奮してるんだぜこの前のプールの時なんて」
だがその言葉は最後まで言い切れなかった。
「だからやめてッ!」
メイが抱き着くようにカンナを止めにかかり、カンナが重心を崩し
メイとカンナが史郎に向かって落ちてきたからだ。
「「「うううおおわああああああああああ!!!!???」」」
三人が三者三様の悲鳴を上げ、ダッパーン! と白い飛沫が上がった。
「じゃ、じゃぁ、ナナの水泳の練習を始めようか……」
それから数分後、史郎、メイ、カンナがようよう水から上がるとナナのトレーニングが開始された。
◆◆◆
午前中みっちりナナを指導すると、ナナは割と泳げるようになった。
そしてナナが思いのほかの成長を見せたこともあり、午後からは普通にアトラクションを楽しむことになった。
というより史郎自身、このような環境を前にし、欲望に抗える気がしない。
だからこそ泳げるようになりたいナナを早急に泳げるようにすべく割とスパルタな指導を施した。
メイとカンナも、実際の所、もとより午後は遊ぼうと思っていたらしく、史郎の提案にあっさり首肯した。
「や、やった。やったわ……」
史郎のスパルタ指導を受けボロボロになったナナはやつれた顔をしながら喜んでいた。
ちなみに、ここまでノートラブルという訳ではない。
いくつかトラブルが生じており、例えばメイがナンパされたり、メイがナンパされたり、メイがナンパされたり、メイがナンパされたりしていた。
その度に史郎が動き
「あ、なんだこのクソガキ!?」
などと凄んでくるナンパ男達に
「あ゛ぁ゛!?」
凄む。
そして仮にも史郎は日本最強組織の一角『赤き光』の隊員であり、つい一か月ほど前、敵の脅威度を自動測定する『脅威度測定』でとんでもない数値を叩き出しており、実際に圧だけで聖野という学生を気絶させている。
それほどの実力者である史郎が凄めば
「うおおおぉあ!???」
大抵のナンパ師は目を剥いて一目散に逃げていった。
「スマン、怖かったか……?」
そして自分の剣幕が怖かったのではないかとメイに謝る度に
「いや、そんなことない……」
と、メイはポッと顔を赤らめていた。
そんな史郎を前にしカンナは
「いいね~。実際問題、私もあんだけ愛されてみたいもんだわ~。メイ、羨ましいわ~」
などと毎度ぼやき
「ちょ、ちょっとカンナ狙っちゃダメよ!」
とメイが手をグーに握りワタワタと焦っていた。
「まー史郎はいつもあんなだよーー」
一方で、二人の会話を聞いたナナは『そんなことより目の前の焼きそばだ』と言わんばかりに買った焼きそばをずるずると啜っていた。
そう、今ほどのナンパは、メイが空いた空容器をゴミ箱に捨てに行った際に起きたのだ。
そして昼食が終わったら、アトラクションで遊ぶ、午後の部の開始である。
◆◆◆
ズビシュッ!
昼食を終えてしばらくした頃、
とても人間から放たれたとは思えない威力の水鉄砲が史郎に直撃していた。
ズビシュッ!
「痛!?」
ズビシュッ!
「痛!?」
半端ではない威力の水鉄砲である。
そしてその攻撃の出どころは
「いってーぞナナ」
ナナである。
実は先ほどから史郎達は飛び込み台に行くべく子供用プールを横断しているのだが、ナナが勝手にそこで水鉄砲を打ち始めたのだ。
「ホラホラ、どうよどうよ史郎! 私の水鉄砲は!!」
史郎が反応したことに気を良くして
ズビシュッ!
と破壊力のある水鉄砲が今まで以上の速度で飛んでくる。
ズビシュッ! 確実に攻撃力のある水鉄砲が飛んでくるのだ。
そして子供の茶々に本気になるほど子供ではないと史郎は無心の心で耐えてきたのだが
ズビシュッ!ズビシュッ!ズビシュッ!ズビシュッ!
ズビズビズビズビシュッ!ズビシュ!ズビシュッ!ズビズビズビッシュ!!
と、ナナが怒涛のラッシュを仕掛けてきて
「ほぉう、いい度胸だなナナ……」
と史郎がこめかみの血管を浮かばせて反撃に出ようとした。
その時だ
「えいッ」
可愛い掛け声と共に後ろから水がかけられた。
「ん?」
違和感に気が付き振り返る史郎。
するとそこには
「えいッ」
満面の笑みのメイが史郎に水をかけていた。
「えいっ!」
メイは史郎に水をかけてとても幸せそうである。
そして史郎はというと
(これが聖水か……)
感動に打ち震えていた。
メイの放つそれを浴びるとなぜか自然と体が清められていく気すらする。
もっとかけて欲しい。
そして脳に落雷が落ちたかのような衝撃で固まる史郎に
「え!? 大丈夫? 九ノ枝くん?」
メイは俄かに動揺し
「だ、ダメだやめとけメイ……。こいつ今絶対変なこと考えてるわ」
カンナは本能的危機感で何かを察知していた。
だがこの機会、史郎が見逃すわけがない。
カンナがメイを退避させる前に
「えい!」
「あ、やったな、えい!」
「えい!」
「えい!」
とメイと水かけっこ、否、聖水かけっこを興じた。
ズビシュッ!とナナの水がスナイプしてくるので「この野郎!」史郎はナナとも戦った。
それからも4人はアトラクションを楽しんだ。
ナナが飛び込み台から落ちたり、4人で流れるプールを漂ったり、波のプールで大波をかぶったりした。
そして時間は飛ぶように過ぎ、時刻は四時過ぎ。
だいぶ遊び果て疲れ切った頃――
「じゃ、アレ二回やって帰ろうぜー」
ウォータースライダーに乗ることになった。
そしてトシマノ園のウォータースライダー。
二人同時滑り、である。
◆◆◆
数分後、史郎は動揺していた。
「だ、大丈夫、九ノ枝くん……?」
目を白黒させる史郎をメイが下から覗き込む。
だが、大丈夫な『わけがなかった』。
なぜなら――
「あ、じゃぁ次の人たちは前に出てね。そう、そこのお嬢さんとお兄さんね」
「あ、ホラ、私たちの出番……」
「あぁ、はい……」
史郎はメイと一緒にウォータースライダーを滑ることになっていたのである。
事の起こりは数分前だ。
史郎は先刻の事を思い出した。
流れるプールで漂っているとカンナがウォータースライダーを指さし
『じゃ、アレ二回やって帰ろうぜー』と言いだした。
そして『じゃ、私史郎と滑ろうかな~』と無邪気に呟くナナに、カンナは言ったのだ。
『二本目は史郎とナナで滑りなよ。でも一本目はパートナーシップで滑ろうぜー』
と。
『ちょっとカンナ!?』
予想だにしないカンナの発言に目を丸くするメイ。
だがメイの動揺などカンナは相手にせず
『おいおいメイ~、いいじゃねーか。パートナーと親睦を深める。これもプールの醍醐味だろ~』
と両手を広げ大仰にのたまいメイを寄り切って見せた。
だから今こうして――
「もうすぐね……」
「うん……」
史郎とメイは、地上まで曲がりくねりながら下るホース状のウォータースライダーに一緒に送り乗ることになっていた。
そして史郎はというと――
(ヤバい……ッ!)
完全に動揺していた。
メイは早々に意を決したようなのだが、史郎は自分の番が近づけば近づくほど、心臓の高鳴りは際限なく高まっていた。
もはや誇張ではなく心臓が喉から出そうであった。
自分はメイとこのウォータースライダーを下れるのだろうか?
仮にもこの二人乗りウォータースライダー。
だいぶ『密着』する。
この歩く十八禁みたいになっているメイを前方に抱え込んで史郎は無事でいられるのだろうか。
理性を保ち常識的な行動が出来るのだろうか?
正直、全く自信がない。
そう史郎が途方に暮れている時だ
「じゃお兄さんたちの番ですねーハイ準備してー」
と、とうとう史郎達の順番が回ってきてしまった。
「じゃ、じゃぁ、私、前を……」
と顔を真っ赤にしながらメイがおずおずと流水が放たれ続ける滑り台の基部に腰掛ける。
そして――
「じゃ早くお兄さん」
――ついに史郎がメイの背後に密着する時がやってきた。
もうメイの背後に密着するしかなくなり史郎はゴクリと生唾を呑んだ。
そしてそのメイの首元を、うなじを、マジマジと観察する。
傷一つないきめの細かい肌に、華奢な体。
あっさりと両手で包み込めそうなほっそりとした肩。
全てが史郎にとって理想形に整えられたこの世の美の究極。
それに今から触れと言うのだ。
その事実はまるで神に対する畏敬の念のように想像するのも恐ろしいことだった。
だが、実際問題、もうすでにメイを後ろから抱きかかえるしかない。
もう逃げ返せない段階まで自分は来てしまっている。
だから史郎は
(行けッ!!)
自分を叱咤し
「(う、うぉおおおおああああああ!!!)」
自分にしか絶対に聞こえない声量の叫び声を上げ
「ふん!」
「ッ!?」
メイの肩に、生肌に手をかけた。
そしてその瞬間、
メイのその信じられない程柔らかくそしてすべらかな肌に。
「――――――ッ!?」
史郎は小宇宙を感じていた。
「ハイ流れまーす」
そして数秒後、お互いに対して固まり合う二人は、機械的に送り出された。
二人の身体は機械的に送り出されたのだ。
スーパーひとしくんのように。
だがこのウォータースライダー。
ただメイと接触出来たという事実だけで終わらなかったのだ。
史郎とメイがお互いにかかったスタンが解け
「意外と気持ちいいね」
「そ、そうだね……」
とドギマギしながら下っていくと、突如背後から
「あーあぶないあぶないどいてどいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
というナナの悲鳴が聞こえてきたのだ。
こんな場所でナナの声が聞こえるなどあり得ない。
「は?」
なんだ遂に幻聴か?と振り向く史郎。すると
「どいてしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
すっさまじい速度でナナが下ってきていたのだ。
「はぁぁぁ??」
史郎はその余りの速度に目を剥いた。
「うっそだろお前!? てゆうか普通滑り終わったら吐き出さね!? なんでお前が今ここに居んだよぉぉぉぉ!! てゆうか早すぎだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「足滑って落ちてきちゃったのよ! でなんかなぜかスピードが出たの! てゆうかなんで史郎こそまだそんなとこいんのよ!! とにかく退いてしろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「退けるかボケェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
そして数瞬後、史郎の背後にドォン! という打撃音と共にナナがぶつかり
「ぐふッ!」
余りの衝撃に史郎は目を剥いた。
そう、ここまでは良かったのだ。
正直なところ、おバカなナナが暴走する線も『予測の範囲内』でもあろう。
だが、その衝撃から『メイを守ろうとした』のがいけなかった。
ナナが後ろから突っ込み、とっさに、危ないッとメイを完全に抱きかかえる史郎。
このままじゃ凄まじい速度で壁にぶつかりかねない。
史郎は即座にメイを守るようにメイの前で両手をクロスしようとした。
だが完全に目算を誤って、思い切りメイの胸を『揉んだ』のだ。
というより『鷲掴み』にしたと言う表現が正しい。
なぜなら、史郎はメイを守るべく渾身の力を込めたのだから。
そして
「ちょ!?」
「うおわああああああああ!!??」
両者とも動揺する中、きりもみになりながら三人はそのままプールに着水。
盛大な水しぶきを上げ、着水するまでのわずかの間――ナナを加えてきりもみになったため――史郎はメイの胸をしこたま揉みしだくことになったのだ。
結果メイはウォータースライダーから上がると
「こ、九ノ枝くん、今……!?」
と顔を真っ赤にしながら胸を覆い狼狽え、そんなメイに史郎は
「本当にすいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
本気で謝る羽目になった。水中土下座である。
こうしてあえなくウォータースライダーに乗り史郎に胸を揉みしだかれる羽目になったメイ。
だがウォータースライダーで恥ずかしい目に合うのは史郎も同様だったのだ。
そして史郎が酷い目にあったのは
ウォータースライダー二回目。
先発したメイとカンナの後を追うように史郎とナナが滑っていた時だ
「あちょっと目に水入った! 史郎目が痛くて開けれない!史郎!」
と出口付近でナナが騒ぎ出したのが原因である。
だがナナの目の状態でスライダーが止まるわけもなく数秒後二人は着水。
大きな水しぶきを上げた。
そして史郎が、やれやれ今日は散々な目にあったとさっさとプールから出ようとすると目が痛くて開けれないナナが一番近くにあったものを鷲掴みにし立ち上がろうとしたため
ズルゥッと史郎の海パンがずり下がったのだ。
「え?」
「え……ッ」
メイの目の前で。
「うおおおおおおおおい!!!!」
史郎はすかさず海パンを引き上げ
「ッ!??」
メイは顔を真っ赤に染めて遠くにいたカンナの下に逃げていった。
こうしてメイとのプールデートは幕を閉じたのだ。
そして
◆◆◆
夕日が落ちる帰り道、
「な、なぁ、雛櫛?」
「……なに?」
史郎はメイに尋ねていた。
「見てないよね……」
「う、うん。何も見てない……」
「本当……?」
「ほ、本当よ。何も見てないわ九ノ枝くん……」
「本当に本当?」
「うん本当に本当よ」
「ねぇ雛櫛ほん」
「……もう確認しないで……ッ」
顔を真っ赤にするメイに止められた。
(あ゛あ゛あ゛あああああ!! これ絶対見てんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
史郎は頭を抱えた。
そしてそれぞれが感慨にふけりながらトシマノ園を後にし最寄りの駅へ歩いている時だ、先頭を歩くナナが振り返り、言った。
「ねぇ、メイちゃん、カンナちゃん? 今から私んち『赤き光』の本部に来ない?」
と。
「「「え??」」」
史郎、メイ、カンナが一様に固まった。




