第5話 ペテン
「よし行くぞ」
史郎は『ラコティス』の漆仕立てのドアを開く。
そうしながら史郎は先ほど話し合った『作戦』を思い出していた。
と言っても、作戦という程のものでもない。
なぜなら今回騙すのは『能力者』ではなく『一般人』。
騙すのは容易であり、史郎達の狙いは
『防犯カメラ。さすがについてんだろ。そのパスワードを『悪霊』で攫う。で、方法は当然、俺達は能力者なんだ。王道で行こう』
というもの。
そしてこの『王道の方法』というのが――
『手品と謀って、パスワードを手に入れる、か』
というものである。
しかもこの『バー』という環境。
『悪霊』を発動させるのに非常に適している。
なぜなら――
カランカランとベルの音を鳴らしドアを開けると、薄暗い空間が広がっていた。
木目の美しい店内の奥にカウンターがあり、そのさらに奥にワインやらなにやらが大量に並べられている。
そしてカウンターにいたオールバックのバーテンの男は史郎(※16歳)が入ってきたのを見ると、あからさまに顔を顰めた。
……
早くも『敵意』獲得完了である。
正直とても複雑な気持ちだ。
だがしかし、これも作戦。進めるしかない。
バーテンダーの男も仕事は仕事という風で、表情を引っ込め、史郎と後から入ってきた周防を業務的にカウンターに招いた。
そして史郎達が席に着くと、
「別にいいですけど……、このご時世、結構困りますよ。未成年、連れて来る場所じゃないでしょ?」
すかさず窘めてきて史郎と周防はたじろいだ。
目を眇めて史郎と周防を睨み、完全に敵意全開である。
だが今は作戦中。
申し訳ないが譲るわけにはいかない。
史郎は頑なに机のシミを眺め続け男の言葉を無視する。
そして周防はというとヘラヘラした調子で頭を掻き
「いや~実はコイツのデビュー祝いなんすよ。それで前からコイツがここ来たいって言っててね。一杯ひっかけたら出てくんで許してください。コイツには水で良いんで。で、俺は~」
と史郎が聞きなれない酒を頼んでいた。
程なくして史郎の前に水の入ったグラスが置かれ、周防の前にも頼んでいたものと思われるアルコールが置かれる。
その間に史郎は周囲を見回し入口にカメラが付いているのを確認した。
条件は揃っている。
そう、周防に目配せしようとした時だ、
「フーン? デビュー? なんの?」
相手から罠に飛び込んできた。
(マジか相手から来たぞ!?)
周防が目を輝かせて史郎を見る。
対し史郎はコクリと頷いた。
相手から入って来たのなら、訳もない。
作戦スタートだ。
そして周防は
「手品? マジシャンかな? 実は自分らパフォーマーなんすよー」
と、思いっきりぶっこんだ。
「パフォーマー?」
案の定、珍しい職業に男――名を山崎という――は目を丸くした。
「そ、パフォーマー。マジシャン?かな。で、今日、コイツのデビューだったわけ」
「ホー」
一転山崎は史郎に羨望の眼差しを向けてきた。
どうやら史郎の生き方(嘘)に共感するところがあったらしい。
だいぶ印象が良くなってしまった。
(後で『敵意』を再取得する必要があるな)
そう脳内で作戦変更をする史郎。
一方で周防は着実にプランを進めていて
「そうだ、コイツを受け入れてくれた礼に一つ手品を見せてやるよ」
「おー、見せてみてよ。興味あるね」
早速山崎に対し手品を披露し始めていた。
周防はポケットからピンポン玉を取り出した。
「おーマジで浮いてんじゃん」
周防が上下に両手を広げ、その合間でピンポン玉をゆっくりと行き来させると山崎は目を輝かせた。
「スゲーな、浮いているようにしか見えないわ」
当然、このピンポン玉。本当に浮いている。
テレキネシスで動かしているだけだ。
「スゲェな、マジでスゲェ」
と本気で感動している山崎を見ていると申し訳なくなってきた。
だが憐憫に浸ってもいられない。なぜなら――
「まーコイツの方が凄いんすけどね」
これからは史郎にスポットライトが当てられるからだ。
「え、でもさっき今日デビューしたって……」
周防の言葉に不思議がる山崎。
「才能は完全に俺よりも上なんすよ。ホラ史郎!特別に入れてもらってんだ。芸くらい見せろ!」
こうして史郎は、一芝居打ち始めた。
「はぁ……」
死ぬほどダルそうにしながらポケットからトランプを取り出す史郎。
敵意をより得やすいようウザいキャラの役作りである。
そして
「ん」
つけどんにそれを山崎に手渡し、中身を確認させる。
そして中身に何も異常がないことを見せつけると、
「え、何? これからありがちは数当てゲームでもするの?」
と史郎の実力を侮る山崎の目の前で、『それ』を披露した。
「違いますよ?」
周防が得意げな笑みをこぼす。
「今からトランプでピラミッドを建てるんです」
瞬間、テーブルの上に置かれたトランプ。
その上に置かれた手を史郎ゆっくり上に上げると、まるで磁力で引かれるようにトランプが連なって持ち上がり始め――それがなんと、独りでに三枚組の三角形を作っていく。
そしてそれが無数に連なり――
数秒後、よくあるトランプのピラミッドが出来ていた。
「嘘だろ……」
目の前で繰り広げられた衝撃の映像に一転、山崎は目を丸くしていた。
だが山崎の驚きは
「ここじゃ終わりませんよ?」
「え?」
「……見てて」
目を見開く山崎の目の前で史郎は出来上がったピラミッドの横を指ではじく。
すると、バララとピラミッドが崩れ始め、崩れたトランプは豚のしっぽのような綺麗な円を描いたのだ。
「おぉ」
山崎は目を丸くして驚いていた。
(良い感じだ)
全てテレキネシスによるものだが、それを知らない山崎は相当驚いている。
そしてその後、史郎が史郎の手元では机に叩きつけても床に落としても『絶対に割れない卵』という『強化能力』を駆使した手品を見せつけ
(山崎は自分の手元ではあっさり卵が割れ大層驚いていた)
(そろそろ行けるだろう……)
――準備は整ったように思われた。
そう、ここまでのペテンはこれから行う芸に説得力を持たせるための前振り。
だから――
「で、山崎さん。実はコイツ新しい芸を取得中なんすよ? 相手の脳内にある数字やアルファベットをスマホ上に表示させるっていう芸なんすけどね。その相手になってもらえないっすか?」
「お、良いよ良いよ」
「じゃぁお題は、クレジットなどを抜かした『パスワード全般』で」
最終ミッションを開始した。
「え?」
パスワード全般というヤバすぎるお題にさすがに山崎もたじろいだ。
しかし、さすがに手品なら無理だろうと、と史郎達の作戦に乗った。
そして一分ほどもすると、スマホをジッと眺め動かなくなる史郎に
「にしてもそれ、マジで出来たら犯罪的だな」
などと小馬鹿にしたようなセリフを放ってきた。
「出来るよ、舐めんなおっさん」
対する史郎はここから反撃開始。
挑戦的なセリフを放って『敵意』を取得。加えて
「右ポケット」
小さく告げる。
するとそこからは
「はぁ!?」
山崎はポケットに手を突っ込むと驚いた。
そこには先ほど使ったバイスクルのトランプが大量にあり、それがバラバラと落ち始めたからだ。
「いつのまに!?」
信じられない事態に男が泡を食っていた。
山崎の注意が卵のトリックで自分達に向いているとき、史郎がこっそりテレキネシスで移動させたのだ。
そして目を見開く山崎に史郎は矢継ぎ早に
「胸ポケット」
「左ケツポケット」
と指摘し続け、そこからトランプが溢れ出すという事態が続く。
「どーなってやがるッ!?」
信じられない手際に男は慌てふためいていた。
だがこれで終わらない。
間髪入れず史郎が攻める。
「で、ところでおっさん? パフォーマーの醍醐味って何だと思う?」
「だ、醍醐味!?」
「そうだ、醍醐味。いや、答えを言おう。醍醐味といえばどこからともなく現れる鳩だ」
「おいおい、お前、今からその細見から出そうって言うのか?」
目の前の史郎に山崎は目を見開く。
しかしそこに決定的な言葉が告げられる。
「違いますよ? 『あなたの細見から』現れるんです」
「ハァッ!?」
何言っているか分からない、山崎が叫んだ時だ。
鳩尾の辺りがバタバタッとはためき始めた。
「な!?」
まるで、本当にそこに『何かが潜んでいる』かのように。
シャツとワイシャツの間で何かが凄まじい勢いで暴れていた。
(嘘だろ!?)
そして信じられない事態に男が目を剥いた瞬間、
「……五羽は行けたな」
そんな史郎の呟きと冷徹な瞳とぶつかり、
「まさか本当に!?」
その存在を信じた瞬間、
『史郎に敵意を向ける相手が『あると思ったもの』を本当に実在させる』
『悪霊』が実態を宿す。
瞬間、鳩尾の泡だちが一層大きくなり、胸元から本当に『生きた鳩』が現れた。
そして現れた五羽の鳩は史郎がテレキネシスで開いておいたドアから外へバタバタと出ていく。
テレキネシスで男の衣服を動かし鳩が本当にいると誤認させたのだ。
そしてこのようなとんでもない神業を見せつけられれば
相手のパスワードを自動表示させるなどという常識の埒外の技術すら、
「出来ないとでも、お思いですか?」
あるのかもしれない。そう思ってしまう。
そしてその疑念を一瞬でも信じ、山崎が脅えたような顔をした瞬間、
真っ暗だった史郎のスマホの画面が白く光りだし、そこに
P02….
01485………….
Yuter5875…..
などとパスワードが表示され始める。
そしてトドメだ。
史郎が適当なパスワードの頭の
「P0……」
などと口にし始めれば、その疑念は確実なものになり、
「う、うそだろ……ッ!??」
P02587445965………
014854751125………
Yuter5875412…..
Lookjtb5486……
Ouy0319…………………….
Hujkb982…...
...
...
..
.....
.
その他無数のパスワードが完全な形で表示され始める。
そして周防が
「そういえばパスワードの横に何のパスかも表示できるんだっけか」
と横から首を突っ込み言えば、完璧だ。
P02587445965…………E席リザーブ…
014854751125………アイワハウス………
Yuter5875412………ミクシィ………
Lookjtb5486……店舗PC……
と各パスワードが紐づけされ始めた。
そして、欲しいパスワードはすぐに手に入った。
史郎はそれを確認すると
(店じまいだ。この男を安心させる必要がある)
今までの相手を追い詰めるような声音を消し去り、柔和な笑みを浮かべ
「P028852。自宅扉暗証番号。合ってる?」
敢えて間違えた。
すると
「ハハハハ」
山崎は目に涙を溜めながら笑った。
相当怖かったらしい。
当たり前だろう。何せ全パスワードが抜かれたかもしれないと思ったのだから。
史郎自身、いくら任務とはいえ申し訳ないという気持ちが先に立つ。
そして山崎が
「ぜんっぜんちげーよガキ。焦らせやがって」
と、言うと
P026 5: 席リ ザブ
25:
4 12: シィ
ob58 6:舗PC
史郎のスマホに表示された情報が一気に消え始め、ついには全文字列を消し、暗転した。
だがこれで、欲しい情報は手に入れたのだ。
「じゃ、約束通りお暇するわ」
それからしばらくして周防が飲み終わると史郎達は席を立った。
もう情報は手に入ったのだから長居する必要もない。
そして史郎が立ち去ろうとすると山崎が史郎に声を掛けた。
「結局、お前の最後の芸は失敗だったけどよ、ピラミッドとか、鳩とかマジ凄かったぜ? 才能あると思うぜ史郎!」
などと言って来て、とても気まずい。
罪悪感に押しつぶされそうだ。
だから史郎は
「なにこれ?」
「俺の携帯の電話番号だよ。もしどうしても何か困る事があったら連絡して。多分俺、相当役立つから」
自分の電話番号を記載した紙を渡し立ち去った。
「ガキンチョに頼むことあるかぁ?」
背後からはそんな史郎の実力を訝しむ声が聞こえてきた。
それから数時間後だ。
朝の陽ざしが差し込むバーに史郎と周防はいた。
周囲には史郎と周防以外誰一人いない。
当然、ここはラコティスの中だ。
史郎達は予めトイレの窓がSEC〇Mに対応していないのを発見しており、そのカギを外側からテレキネシスで開け侵入したのだ。
そして史郎達が今やっていることと言えば
「もう終わったか周防」
「結構膨大なんだよデータが……待て。だがもう終わるッ」
防犯カメラのデータを吸いだしである。
今史郎の目の前ではパスワードを抜き出せねば起動も出来なかったPCが起動しており、そこから今まさにデータが抜き取られている。
そしてしばらくしてその数か月に及ぶデータの吸いだしは終了した。
取り出した情報量の膨大さに周防は呆れ返っていた。
「にしても時期を絞れなかったのはイてーな」
「しゃーねーよ。来栖川が全然覚えていねーんだもの。だから周防、任せたぞ」
「あぁ、任せろ。ここからは俺がやる。お前は約束通りあとは普通の学園生活を送ってていい」
任務の進捗は一ノ瀬にも話してあり、事情を説明したところ、後の単純作業は史郎は関与しなくてよく、一応学生なので学生としての生活を重視してよいという事になっている。
後は染谷が集めた数十人のメンバーでその数か月分のデータを一気に解析するのだ。
そこに史郎が一人加わろうと加わらなくても、さして影響はない。
つまり後は史郎は真犯人の名前が届けられるのを待つばかりという訳である。
「じゃ、犯人が分かったら教えてな~」
こうして史郎の『真犯人捜索任務』は一応の終わりを見せた。
さぁプールだ。
おまけ(おもいつき)
史郎とのプールが決まりメイとカンナは放課後、水着を買いに来ていた
「カ、カンナ、どれにすればいいかな……ッ!?」
「そうだな布地は少ないのがいいだろう」
「? なんで?」
「いつだって九ノ枝はメイの事をエロい目で見てる」
「もう、バカ!」